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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十章 顔も知らぬ娘に捧ぐ
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三百六十九話「過ぎる姿」

「じゃ、画材屋から回るとするか」

「画材……? この街にはそんなお店があるんですか?」


 さて、朝食を済ませればいよいよ情報収集開始である。特訓は午後からにすると部屋に戻っていったシロ様たちを見送った後、私とこっくん、それにレゴさんは宿の外へと出た。本日は少しばかり空に雲がかかっているものの概ね快晴。ムツドリ族の領地は全体的に湿度が高いようだが、今日は雨の心配はなさそうだ。

 となるとあとは体力との勝負である。出来ることならば今日一日でその画家さんを見つけ、情報ゲットまで持っていきたいところだが……果たしてそう上手くいくだろうか? 狭い街というわけではなさそうだし難しそうだ。と、そんなことを考えたところで、レゴさんから飛び出てきた「画材屋」という言葉に私は瞳を瞬かせた。画材屋。確かに画家を探すにはもってこいの場所な気がするが、この世界にもそんな場所があるのだろうか。他の街では見かけたことがないような。


「おう。っていうかズェリは芸術家のための街みたいなもんなんだよ。でっけぇ港がある分輸出と輸入が盛んでな。各地から絵や彫刻用の特殊な素材が集まってくる。ちなみにあの真っ白い港も、昔の芸術家が設計したらしいぞ」

「……なら、色とりどりの街並みも?」

「そこまではどうだろうなぁ。ま、でもこの街の連中は美意識ってのが高いやつが多いかもな」


 しかし画材屋というのは、むしろこの街ゆえの特色だったらしい。ズェリってそういう街だったのか、知らなかった。ちらりとこっくんにも視線を向けてみたところ、彼もその辺りの情報は知らなかったらしくぱちぱちと目を瞬かせている。そうか、妙に都会的でおしゃれな風貌の街だと思ったのは、そういう部分も関わっているからなのかもしれない。


「ちなみに今日は週末だろ? 昼になったらそういう素材をメインの売り物にした市が広場で開かれる。それまでは数軒ある画材屋に聞きこむ感じでいいか?」

「は、はい! この街に来たばっかりなので、そういう情報はすごい助かります……!」

「ははは。俺はムツドリの領地内をしょっちゅう飛び回ってるからなぁ。これくらいなら朝飯前だぜ」


 それにしても、とても助かる。レゴさんがまさかこんなにこの街に精通していたとは。今教えてくれた情報も多少聞き込めば手に入るものかもしれないが、その最初のスタートラインの差はとても大きい。今教えてくれた市だって、私達だけでは見逃していた可能性が高かっただろう。画家のための市なんて、それこそ情報の宝庫だろうに。

 というか市、市か。これは今日だけでその画家さんを特定するのもそう無理な話ではなくなってきたのではないか。私達が知っている画家さんの情報は数年前に襲われたことと、下半身が不随であることの二つのみ。しかし後者の情報はとても大きなアドバンテージになるはず。そんな重く苦しい怪我を負っている人なんて、この世界でも滅多に居ないだろう。


「にしても昔下半身に大怪我、ねぇ」

「? なんか心当たりとかあるの?」

「一応な。そういう経歴の奴は画家に多い。普通に食っていけなくなって一か八か……みたいな奴らがな。でも万が一俺の心当たりのそいつだったら、話を聞くってのは厳しそうだ」


 ……なんて考えていたのに。残念ながら、レゴさんの口ぶりを聞くに少なくはなさそうだ。自分が思うよりもこの世界はやっぱりずっと過酷で、そして残酷なのだろう。痛みを背負いながらもそれでも懸命に生きようとしている人たち。その人たちを思って胸が痛んだところで、しかし私はレゴさんの言葉に瞳を瞬かせることになる。

 そいつ、とは。レゴさんはあまり芸術に興味がある……という感じの方ではないが、知っている画家に下半身に大怪我を負っている人が居るのだろうか。だとしたら一応話を聞いてみたい。が、しかし。難しそう、とはどういうことだろう。画家というと気難しい人もいるイメージだが、一見さんお断りみたいなそういうタイプの人なのだろうか。


「ミコちゃん、昔話したラムって画家を覚えてるか?」

「え、は、はい! ハーフのムツドリ族の女の子の絵を描いてる、って人ですよね?」

「ん? 俺そこまで話したっけか」

「いえ、他の場所でも耳にする機会があって……」


 首を傾げていたところ、知っている名前が出てきたことで私はまたしても瞬きを繰り返すことになった。ラム。それはエーナの街の近く、ピリア村でも聞いた名前である。霧雪大蛇を倒した後、村長さんの家が怪我人でいっぱいだったことからお邪魔した家。村長さんの娘である、抽象画家のササさんから聞いた名前だ。確か代表作?の名前が……『顔なき娘の肖像』?だっただろうか。

 そのモデルになったのがおそらくはハーフのムツドリ族の少女で、ササさんにヒナちゃんがモデルをお願いされることになったのだったか。絵を描く時はテンションがおかしなことになっていた彼女を思い出して思わず苦笑を浮かべる。村長さんはちゃんと仲直りされただろうか。願わくば彼女が大きな怪我など負うことなく、楽しく絵を描いていますように。


「俺が知ってる下半身に傷を負った画家ってのが、そのラムなんだよ」

「…………え?」

「数年前なんかの事件に巻き込まれて下半身が不随に。当時から有名だったからな。魔物の被害じゃなかったのも相まって結構な騒ぎになったよ」

「……それ、って」


 いつか彼女がラムさんという画家に見せた憧れを思い返し口元が緩んだところで、けれど続いた言葉に私は思わず絶句してしまう。そのラムさんが、私たちの探す該当者の特徴と一致している? しかも魔物の被害ではないというところまで。いや、後半の情報はレゴさんは知らないのだけれど。でも、なんとなく偶然ではないような気がして。ちらりとこっくんに視線を向けたところ、こっくんもまた真剣な表情を浮かべていた。


「あんだけ稼いでる画家だってのにろくな治療も受けなかったらしくて、その後も黙々と絵を描き続けたんだってさ」

「……ハーフのムツドリ族の、少女の絵を?」

「おう。題材はそればっかだな。しかもその絵には全て同じ特徴があるんだよ」

「特徴、ですか……?」


 私達の様子が変わったことに気づいてかそれとも気づいていないのか。画材屋さんへと足を進めながらも、レゴさんは次々とラムさんの話を教えてくれる。当時から人気で結構稼いでいた。だというのに怪我をした後もろくな治療を受けずに、絵を描き続けていたとは。それだけを聞くと、大分変わった人のように思える。それほどまでに絵に執着していたのだろうか。

 そして彼がそこまで執着した絵の、特徴。ササさんからはハーフのムツドリ族の少女の絵としか聞いてなかったが、他にも何か特徴があるのだろうか。ラムさんが事件の関係者である可能性が高くなっている以上、聞ける情報はなんでも聞いておきたい。前のめりになった私を見て、レゴさんはどう思ったのか。困ったように笑った彼は、それでもラムの描く絵について詳細を話してくれた。


「歳の頃はその時によってまちまち。ああでも、こころなしか新作ほど成長してる気はするな。確か先月出た絵は十歳くらいだったか」

「……十歳」

「翼の色は赤に限りなく近い橙。時折赤かったりオレンジだったりはするがな。んで、これがその特徴なんだが」


 全部の絵の少女の顔が、塗りつぶされてるんだよ。それが想像力を駆り立てる、とかで高額で買う好事家が多いってわけだ。そう告げたレゴさんを前に、私は少し違和感を覚えて立ち止まった。ムツドリ族のハーフの少女で、翼は赤め。そして年齢は徐々に成長しているようで最新作は十歳頃。そんな人物に、心当たりはないだろうか。


 「…………」


 ……いやまさか、そんなわけが。そんな特徴の少女なんて多くはないだろうが、少なくもないだろう。それに仮に『モデルがそうだったとして』、そこになんの意味があるのか。

 一度過ぎった、今宿で待っているあの子の姿。それを振り切って、私はラムさんが私達の探している画家の条件を満たす該当者かどうかを考え始める。限りなく近い気がするが、果たして。とにかく画材屋で情報を集めることから始めるべきかもしれない。あと、市場の方でも。そこで他の候補者を見つけてから考え直すのも悪くは無いだろう。そうやって思考を切り替えると、私はいつの間にか距離が開いていたレゴさんとこっくんの背中目掛けて慌てて走っていくのだった。

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