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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十章 顔も知らぬ娘に捧ぐ
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三百六十八話「二度目の代価」

 翌日、私が起きた時にはヒナちゃんはもうすっかり元通りで。なんなら私よりも先に起きたアオちゃんと二人、「ミコ姉と一緒に寝てたの!? えー、あたしも誘ってよ〜!!」「じゃあ、今日みんなで寝たいな……」「やったー!! 約束だよ!」「うん……!」なんて実に微笑ましく可愛らしいやり取りを繰り広げていたりして。思わずにやけてしまい朝から顔が大変残念なことになったのは、毛布の中だったが故に誰にも気づかれていないはずだ。……多分。

 その後全員が起きて軽く身支度が出来たところで、私達は下の食堂で朝食を済ませることにした。途中でレゴさんも同席し、なんだか海嘯亭でのことを思い出したりなんかもして。……ウィラの街の皆さんはお元気だろうか。色んな人達と知り合ったが、結局は海嘯亭のミーアさんにレーネさん、ガッドさんの三人家族の印象が強い気がする。滞在中はとても良くしていただいたので。


「……お姉さん、手が止まってるけど」

「……はっ、ご、ごめんね。ちょっとぼうっとしちゃった」


 尚春若葉宿の食事はあそこのようなお米や和食中心ではなく、パンや洋食といった子供受けしそうな料理の方が多いのだが。ふわふわのパンにエビのフリット。スクランブルエッグにトマトとイカらしきスープの朝食をぼんやりと食べ進めていると、少しぼんやりしすぎてしまったのかこっくんに怪訝そうな視線を向けられてしまった。まずい、寝ぼけてると思われるのはちょっと恥ずかしい。

 ぱたぱたと片手を振って、なんでもない事をアピール。その後もくもくとご飯を食べ進めると、こっくんは少しだけほっとしたように頬を緩めていた。……もしかして、体調が悪くないかという心配の視線だったのだろうか。確かにシロ様じゃないんだし、こっくんは私が寝ぼけてることに一々突っ込んで来たりしないか。……などと考えたところで、今度はシロ様の方からキツめの視線が飛んできたのだがそこは割愛させていただいて。


「じゃあ俺たちはこのあと、聞き込みの調査をしてくるから。出来ればシロとアオ、それにヒナは宿に居た方がいいと思うけど……」

「基本的な過ごし方としてはそれが無難だろう。だが戦闘訓練は別だ」

「……戦闘訓練?」


 こほんと咳払いをひとつ。それでどうやら見逃してくれる気になったらしい。途端離れていった視線に安堵しつつ、私はこっくんの言葉に耳を傾けた。ふむ、確かにこっくんの言う通りヒナちゃん達は宿に待機が今一番安全だろう。どこをあの連中やヒナちゃんの元家の関係者が歩いているかなんて分からないのだから。

 なんて内心頷いていたところ、シロ様の方から予想していなかった言葉が聞こえてきて思わず反芻することになったのだが。戦闘訓練。ヒナちゃんとアオちゃんがフルフにパンを与えている愛らしいこの光景にはそぐわない、物騒な単語である。当然、穏やかな朝にも似つかわしくない。


「いくら我らが守りを固めるとはいえ、絶対は無い。ヒナ自身にもこれまで以上に守る術を身につけて貰えれば盤面はより磐石になるだろう」

「……よーするに、ヒナちゃんを守りの方向にパワーアップ作戦ってこと?」

「そうだな」


 しかし話を聞けばシロ様の意図はすぐに納得できた。現状をより磐石にするため、か。確かにシロ様の言うことは理に適っている。シロ様とアオちゃんの護衛。私にはそれだけで十分磐石の体制のようにも思えるが、ヒナちゃんが自分で自分を守れるに越したことはないというのも間違いではないだろう。

 要するに、今までシロ様がヒナちゃんに教えていた短弓や火の法術を中心にした攻撃特化の訓練を一時中断。シロ様なりの、ヒナちゃんが身を守るための訓練を行いたいということらしい。ヒナちゃんを守りの方向にパワーアップ。シロ様の話とは違って微笑ましく、それでいてわかりやすいアオちゃんの表現につい笑みが溢れそうになって。けれどそうして思わず微笑んでしまうよりも早く、こっくんの呆れたような声が耳に届いた。


「……っても訓練って。どこでやる気だよ。どう足掻いたって目立つだろ……」

「問題ない。あの姿隠しの札を使うからな」

「あー、まぁ、それなら……?」


 話自体には賛成だが、それでヒナちゃんの安全が危ぶまれるのではという苦言の一言。しかしそれはシロ様の鷹揚な頷きで引いていく。そこも準備万端、と。姿隠しの札。それは私やミーアさん、ヒナちゃんが奴隷として捕まった時に馬車に描かれていた呪陣を応用して作った法符だ。キメラ騒ぎの時からシロ様は何かと有効活用している。というか、使い倒している。まぁ利便性が高いので気持ちはわかるのだが。


「……で、俺としてはなんもわかんねぇけど。話は纏まったってことでいいかい?」

「あ、ごめんなさいレゴさん。大丈夫です」

「りょーかい。さてはて、じゃあ初日は俺も嬢ちゃんの方に同行しようかね」


 とにかくそれで話は決まりである。私とこっくん、ついでに今困ったように話に参加してきてくれたレゴさんは街で情報収集。で、シロ様にヒナちゃん、アオちゃんは姿隠しの札を使って守りの訓練、と。その間フルフと柘榴くんはどうするのかと思ったが、今日は宿でお留守番とのこと。二匹からは特に不満の鳴き声は上がらなかったので、了承ということで良いのだろう。

 まぁ二匹とも賢いから置いていくのに不安は無い。が、レゴさんには本当に付いて来てもらっていいのだろうか。昨日も乗りかかった船だしということで手伝ってくれるとは言っていたが、色々とお忙しいはずでは。その時私が不安な表情を浮かべたのがわかったのか、そこでレゴさんはこちらへと笑いかけてきて。


「この街、割と知り合いが多いんだ。若いお嬢さんとお坊ちゃんが二人で聞き込むよりは、確かな情報が手に入ると思うぜ」

「……正直、それは助かる」

「おーおー、好きに使ってくれ。ただよ、諸々が済んだら頼みてぇことがあってよ」

「頼みたいこと、ですか……?」


 ……成程、ツテがあるということか。確かにそれはより早く情報を欲している私達からすれば、喉から手が出るほどに欲しいものである。その画家がどれほど名の知れている人かはわからないが、私とこっくんでは子供のお使いに見られて相手にしてくれないパターンもあるだろうし。

 しかしその代わりとでもいうのか、どうやらレゴさんは私達に頼みたいことがあるらしい。いや私達、というよりは視線の向きから察するに私、なのだろうか。真剣に、けれどちょっと言葉を出し渋って。けれどシロ様の「さっさと話せ」と言わんばかりの表情に負けたのか、レゴさんは小声で告げた。


「……その、前貰ったシュシュってやつ? また、貰えるか?」

「…………!」


 成程、そういうことだったのか。確かにそれは、私宛の頼みである。レゴさんの言葉に「これ?」なんて自分の頭を縛っているシュシュに触れたアオちゃん。そのアオちゃんの問いかけに、レゴさんは照れくさそうに頬を掻きながら頷く。これで二回目だ。レゴさんから、シュシュを頼まれたのは。そしてきっと今回も以前と同じように、彼自身がシュシュを欲している訳では無いのだろう。


「ふふ、姪っ子さん達のですよね? はい、勿論」

「! そうか! いやぁ、すっかり姪っ子たちがお気に召してなぁ……」


 服に合わせて新しい柄やら色が欲しいって言われてしつこいんだよ。そう困り果てた様子のレゴさんは、けれどやっぱり嫌そうというよりは照れくさそうで。相変わらず姪っ子さんたちとの関係は良好なのだろう。そう思うと心が少しだけ緩むような気がした。

 恐らくは私と似たような気分になったのだろう。そんな彼の様子を見ていたヒナちゃんとアオちゃんは楽しそうに、シロ様は変わらないなと言わんばかりに鼻で笑って。そしてこっくんは、少しだけ頬を緩ませていた。そんなわけで、レゴさんの姪っ子さん効果か朝食の時間はとても穏やかな空気で終わったのだった。

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