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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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三十七話「指名手配」

「……とりあえず、どうしてそうなったのか聞かせてもらっていい?」


 帰宅早々、服を仕立ててほしいなんてことを言ってきたシロ様。私は理解できない状況に、何だか頭痛がして。けれどまずはどうしてそうなったのか、それを聞かなければ。膝に乗せたフルフを手慰みに撫でつつ、私はシロ様を見つめた。そうして説明を求めれば、シロ様は鷹揚に頷いて話し始めてくれる。


「ああ、まず……我の身柄は指名手配されていた」

「しめっ!?」

「まぁ予想の範囲内ではあったが」


 だが混乱した頭を殴ったのは、更にと上乗せされた衝撃だった。ここらがクドラの領地である以上何かしらの騒ぎにはなっているとは思ったが、まさかの指名手配。そんなの、扱いがほぼ犯罪者ではないか。しかし驚く私とは反対に、納得したような面持ちでシロ様は深く頷いている。言葉の通り、今の状況はシロ様にとって予想通りだったらしい。

 現在クドラ族に長は居ない。シロ様のお父さんが亡くなって、その瞳を受け継いだシロ様はビャクの魔の手から逃れてきたから。そうなると自然的に、現在クドラ族の覇権を握っているのは当主を倒したビャクの可能性が高くなる。だからこそ何かしらの手回しはされているとは思っていたが、そこまで大々的にシロ様の身柄が探し回されているとは。シロ様にとっては予想通りでも、私にとっては予想外である。


「とはいえ様子を窺うに我がクドラ族であること、そして次期長だったことは隠されているようだった」

「……と、いうと?」

「白銀の毛並みと瞳、白い肌の虎獣人の子供。クドラ族特有の衣装を着ており、目立つ容姿。風に乗って聞こえてきたのは、その範囲だ」


 しかしいつまでも驚いて呆けている場合ではない。何せまだ、本題にすらも入れていないのだから。こちらを待つようにじっと見つめるシロ様に、驚きは飲み込みましたよと告げるように頷く。そうすれば待ってくれていたシロ様は、街の外から仕入れてきた情報を話してくれて。

 成程、確かに話を聞くにシロ様がクドラ族で在ることは伏せられている気がする。シロ様のことをわざわざ白銀の虎獣人とそう名付けて探すよりは、クドラ族と銘打って探す方が確実で手早いはずだ。だがそうしないということは、相手側は探しているシロ様がクドラ族と周知されるのに何かしらの不都合があるのだろう。生憎とそれがなにか、までは私にはわからないのだけど。


「……えっと、それで服?」

「そうだ。耳と尾を隠し、普通の人間のように振る舞うのは容易いが……服で疑いを掛けられては元も子もない」


 けれどとりあえず、シロ様が服を求めた理由はわかった。恐らくシロ様が今着ている衣装、それがクドラ族特有の衣装とやらなのだろう。成程確かに、そう意識して見てみれば特別な衣装のような。

 私の知識で言えば、全体的な構造は漢服に近い気がする。配色は基本的に白で、しかし裾や合わせの部分には墨色の差し色。腰元は銀の紐で締められており、そこから裾までもまた同じ色の銀色の飾り紐が揺れている。そしてその中でも何より特徴的なのは、袴とは違い太ももから膝の少し下までに重ねられた前掛けのような部分だろうか。


「それ、虎だよね」


 僅かに灰がかかったその白に刺繍で描かれたのは、虎の姿。銀糸で描かれたそれは、きっと私が裁縫に興味が無くとも見惚れたことだろう。その虎は精密に、けれども大胆に、今からでも動きそうなほど躍動感に溢れている。今まで興味を持てなかったのが、不思議なほど。……いやまぁ初対面がその刺繍もわからぬほどの血塗れだったので、視界外だったのだろうが。


「ああ。……これは武人として認められた時に贈られる、クドラの武人のための衣装」

「……そっか、じゃあ大切だね」


 それからは日々を生きるのに必死で、隣に立つ彼の服を見る余裕もなかったしなぁと一人ごちつつ。しかしそこで密やかに落とされた呟くような声に、私は顔を上げた。視線を上げた先、そこにはシロ様が居る。どこか寂しそうな表情で虎の刺繍を見下ろす、シロ様が。

 きっと本当は、この服を着たままでいたいのだろう。この服はシロ様にとっての誇りなのだ。そう考えると、水筒の水で血の汚れが落ちきって良かった。そんなことを頭の隅で考えながらも、私はささやかな相槌を落とす。するとシロ様は、それに無言のまま頷いて。


「しかし面倒な争いは避けるべきだ。追われたら、手加減は出来ない」

「……うーん、逃げ切る気ではあるんだなぁ」


 だがシロ様は、やはりシロ様だった。先程の切なげな表情はどこへやら、すんとした無表情で言い切ったシロ様。どうやらこの少年、仮に追われることになったとしても逃げ切る気満々であるらしい。手加減とか言ってるし、その逃亡劇は結構暴力的なものになりそうである。そして十中八九、私もそれに巻き込まれるのだろう。何だかじんわりとした寂しさが、どこか遠くへ飛んでいってしまったような。


「それで……お前は裁縫が得意らしいが、仕立ては出来るか?」


 まぁ元気なら元気な方が良いか。ふっと思わず遠い目で笑みを浮かべれば、服へと落としていた視線を上げてこちらを見つめてくるシロ様。だがその問いかけには、なんとも答えづらかった。そろり、視線を少し外す。それに何か感づいたのか、揃わない瞳を細めたシロ様に若干怯えつつ。


「……あのさ、怒んないで聞いてくれる?」

「……内容による」

「絶対それ怒るやつじゃんか!」


 恐る恐る、話を切り出してみる。しかし返ってきた答えは素っ気なく、こちらを見つめる瞳はますます威圧感を増した。それに悲鳴のような声を上げれば、膝下でうとうととしていたフルフが目を丸くしてこちらを見上げてくる。一瞬それに和みそうになって、だがそれよりも隣に座る存在が怖くてたまらない。

 自分より小柄な少年を恐れるなんて、と笑わないでほしい。シロ様は基本的に男前、そして時々可愛くて、しかし怒るとなるとめちゃくちゃに怖いのだ。シロ様が基本的には優しいのは、周知の事実であろう。しかし一度怒らせると、極寒の瞳に晒された挙げ句淡々とした説教を食らうことになる。


 例えばこの世界に来て日が新しかった頃。その日私は、小屋の周辺で枝集めをしていた。シロ様に離れすぎないようにするなら、という許可を貰ってである。だが私はその忠告を破り、少しシロ様から離れすぎてしまった。そして結界の外に出てしまったのか、そこを襲ったのがまたしても熊もどきである。

 当然魔物である奴は私を狩ろうとするし、私は悲鳴を上げるし。結果としてはシロ様が私の悲鳴で飛び込んできてくれたから良かったものの、ワンチャンどころか高い可能性でお陀仏であった。当然、その後私は懇懇と説教を喰らったのである。その時は故意でなかったからこそ良かったが、ぶっちゃければ今回やらかしたことは故意だ。


「ミコ」

「…………」

「わかった、怒らない。さっさと話せ」

「表情が怒ってるからね!?」


 口を噤む私に、優しく微笑みかけるシロ様。しかしその瞳は口元を飾る柔らかな笑みとは反面、極寒のそれである。自分から言いだしておいてなんだが、怒らないで聞いてという言葉には何の拘束力もない。なんせ大抵その言葉は、相手の怒りを煽る言葉にしかならないからだ。


「……わかった、話すから。だからその顔やめよ? 治安悪いよ」

「……表情に治安が悪いは表現としてはどうなんだ」


 だがこうしていつまでも黙していたところで、時間の無駄だろう。もうこの表情になったシロ様から、お叱りを避けられるような未来は見えない。それならこれ以上の怒りを買うよりも、約束を破ったことを素直に怒られる方が良い。気は進まないが、どうせいつかは話さなければいけなかったことだし。

 そう考えて溜息を吐きつつお願いをすれば、若干の呆れ顔にはなったものの極寒の笑みからは解放された。それに安堵しつつ、私はそっとフルフを自分の膝からシロ様の膝へと移した。不思議そうに見上げる茶色の瞳と、物言いたげに見てくる白黒の瞳。それに背を向けて私が向かった先は、リュックが置いてある場所だ。


「……ミコ?」

「ピュ?」


 背に掛かる二つの不思議そうな声。それに息が詰まるような心地になりつつ、私はリュックを開く。そうしてそこからそっと、一つの物を取り出した。ひらり、浅葱色の布地が揺れる。それに後ろの誰かが息を呑んだのを感じつつ、私は視線は他所にやりながら振り返った。話すとは決めたもの、正面からやり合う気概はないのである。


「……こちら、浴衣になります」


 手にした浅葱色に、白の菖蒲が書かれた布。しかしそれは、ただの布ではない。なんとこの森では手に入ることのない、人の手が入った浴衣であった。そうしてこれを作ったのは、実は私であったりする。いやまぁ、正直少し違うような気はするのだけど。

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