三百六十五話「真に欲しているもの」
「さて、と……ヒナもアオも落ち着いたことだし、状況を整理するか」
それから十数分後。ヒナちゃんとアオちゃんが泣き止んだ頃合で、私達はこれまでの状況を整理することにした。まずこのズェリの街に来た目的と、今回新たに浮かび上がったヒナちゃんの血縁者に関する問題についてを。
「レゴさんにも分かるよう話すけど、俺達はとある調査のためにこの街に来た。詳しくは話せないけど、昔事件に巻き込まれたっていう画家に話を聞きに」
「画家……?」
「はい。話によると、その事件のせいで下半身が不随になったとか……」
こっくんの言葉を皮切りに、現状の整理は始まった。これまでの流れを知らないレゴさんにもちゃんと伝わるように。そう、私達がこのズェリの街に来た目的は、昔事件に巻き込まれ下半身が不随になったという画家の人を探すため。だからこそ宿に拠点を構え、ゆっくりと該当者を探すつもりだったのだ。
今も尚連続している枯渇死事件において恐らくは偽装ではない最初の事件かつ、事件のことを何か知っているかもしれない巻き込まれの被害者まで生き残っているこの一件。足が動かなくなったと記載されていたその画家ならばまだこの街に残っていて、なおかつ赤い羽について何か知っているのではないかと。そう踏んだ私達は船に乗ってここまで来た。つまり、この街からはその人に出会い話を聞くまで離れることは出来ない。
しかし、だ。
「だが、捜査をするに辺り今日一つ問題が発生した。ヒナの血縁者からの干渉だ」
「…………」
「去り際、あのゴミはヒナを迎えに来ると言っていた。懲りずにヒナを攫おうとする可能性は高い」
「高い、ってか確定でしょ。あの人の目、なんか気持ち悪かったし」
そう、シロ様の言う通り。タイミングが悪いのかなんなのか、この街には今何故かヒナちゃんの血縁者達がいる。ヒナちゃんが特に反応を見せていなかったあたり、恐らくはここはヒナちゃんの故郷……というよりは彼らの住む場所では無いはず。だというのに何故かち合ってしまったのか。旅行であちらもたまたま滞在していたとか? だとしたら運が悪いとしか言いようがない。
しかも居るだけならともかく、あの従兄弟のお兄様殿はヒナちゃんを誘拐しようとしているのだ。迎えになんてのたまっていらしたが、かつての所業に加えヒナちゃんが嫌がっている以上彼の行いは立派な誘拐である。アオちゃんの言う通り、視線もなんか粘着質で怖かったし。あんな人にヒナちゃんを渡せるわけがないだろう。
「あーっと、つまり? お嬢ちゃん達はその画家について調査しながら、同じムツドリ族とは思えねぇクズ共からヒナの嬢ちゃんを守る必要があるってわけか?」
「はい、そういうことになります。あんな人達に私達の大好きで大切なヒナちゃんを渡したりしないので」
「!……お姉ちゃん」
関係者の話になった途端顔を青ざめさせたヒナちゃんを抱きしめ、その事はしっかりと明言しておいた。そうでもしなければ優しいヒナちゃんのことだ、罪悪感から私達から離れていってしまう……なんてことも有り得なくはないわけで。青ざめた顔色のまま、こちらを縋るように見つめてくるヒナちゃん。その小さな体躯を抱きしめて、私はヒナちゃんに小声で囁いた。
「ヒナちゃん、さっきアオちゃんも言ってたけどね」
「……うん」
「ヒナちゃんが私達と一緒に居たいと言ってくれる限り、私達だってヒナちゃんと一緒にいたい。勝手に居なくなられたらすっごく悲しくて、皆泣いちゃうから。だから、それだけ覚えておいてね」
「…………う、ん」
……ちゃんと、伝わったかな。うん、多分大丈夫だ。だって今ヒナちゃんの手は、私の服を強く握ってくれているので。頑張って泣かないように耐えながらも、私の言葉に強く強く頷いてくれたので。
ぽんぽんと柔らかい髪を撫でれば、すりすりとまるでフルフのように私に懐いてきたヒナちゃん。……なんというか、ほんとにこんな可愛くていい子で天使なヒナちゃんに、どうして元家族だった彼らは暴言を吐いたり暴力を奮ったりといった行為が出来たのか。多分頭のネジをどこかで、或いは生まれた時に落っことしてきたに違いない。それならそれで一生関わって来なければいいのに、なんで今更になってヒナちゃんに関与してきたのだろうか。
「……うーん、なら俺から一個情報提供してやるよ。ついでに、ヒナの嬢ちゃんの生家の方の情報も後で探っとく」
「……? 情報提供、ですか?」
「そ。なんであいつらがヒナの嬢ちゃんに今更接触してきたのか……一個察せるもんがあるんだわ」
気になっていた、彼らがかつて虐待していたヒナちゃんに突然関わってきたその理由。しかしなんでも、レゴさんにはそれがわかるらしい。現場に居たシロ様もアオちゃんも、並びにヒナちゃんも分からなさそうだったというのに何故。
同じ疑問を抱えたのだろうこの部屋全員の視線が集中しても、レゴさんの表情は変わらなかった。その情報にそれだけの確信があると言わんばかりに、彼は不敵に口角を上げる。けれどその瞳の奥には決して暖かな色は秘められてはいなくて。そうして恐らくはヒナちゃんの血縁者たちへの侮蔑をその瞳に宿したまま、レゴさんは口を開いた。
「ずばり、赤い翼だ」
「……ああ」
「……赤い翼。そういうことか」
「おう。そういうことだよ」
赤い、翼? それがどうして、彼がヒナちゃんに近づいてきた理由に? 途端に目を少しだけ見開き、雰囲気が物騒になった男の子たち二人を前にしても私は全然ぴんとこなかった。赤い翼、赤い翼……? 恐らくレゴさんは彼が近づいて来た理由はヒナちゃんの翼だと言いたいのだろうが、どうしてそれが近づく理由になるのか私には分からなかった。ついで、ヒナちゃんとアオちゃんも。
「……嬢ちゃん、俺が前話したことを覚えてるか? 昔赤い翼で栄えたムツドリ族のいいとこのお家は、俺らの信条たる愛を忘れて赤に限りなく近い色の者同士で婚姻させようとする、って」
「……あ」
「ハーフで赤い翼の知り合いはいるが、そっちの成功例は聞いた事ねぇんだけどな。どっからそんな眉唾が生まれたやら」
けれどその疑問は補足を入れられたことによって途端に晴れていく。前に話したこと。そうだ、そういえばそんな話を聞いたことがある。あれはブローサの街からウィラの街への移動中のこと。私がいまいちムツドリ族について知らないということを察してくれたレゴさんは、そんな話をしてくれたのだ。
『しっかし昔赤い翼の持ち主の手で栄えた家は、昔の栄光を忘れられない。子供に無理な結婚を強制する親も居るってんだから、信じられない話だぜ』と、レゴさんはそう言っていた。そうやって愛という生きるための信条に背いてまで、ムツドリ族の一部は赤い翼を欲するのだと。それならつまり、彼が狙っていたのはヒナちゃんではなくて。
「で、話を聞くにヒナの嬢ちゃんの生家は間違いなくそういういいとこのお家だ」
「…………だから」
「おう、だからあの男はヒナの嬢ちゃんを今更取り戻そうとしてるんだろ」
ヒナちゃんが赤い翼で飛んでいたから、今更関わりに来たのか。余計に反吐が出そうな情報を前に、自然と寄った眉。しかしそんな気持ちを抱いたのは私だけではなかったらしい。レゴさんの冷めた視線も、シロ様を筆頭にうちの子達の殺意が宿る視線も。その内に宿る心情は誰一人としてずれていなかったはずだから。




