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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第十章 顔も知らぬ娘に捧ぐ
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三百六十一話「こちらの再会」

「っはぁ〜……俺らと別れてからんなことがあったとはなぁ」

「あはは、結構慌ただしい旅路だったというか……」

「それだけのこと慌ただしいだけで済ませるあたり、嬢ちゃんも嬢ちゃんだと思うぜ」

「えっ」


 私達以外誰もいない路地裏で話すこと十数分程。それだけあればこれまでの旅のことを掻い摘んで話すことくらいは容易くて。時空断裂に巻き込まれたのを糸くんの力で何とかした後、辿り着いたエーナの街では独裁的な領主代理によって投獄されることになり。それが解決したと思ったら今度は霧雪大蛇の討伐。それが無事終わった次にはミツダツ族の領地へ。そこで一族そのものを揺るがす問題を解決したかと思えば、今度は船旅の中タコに襲われて……いや、こうして羅列してみると実に慌ただしい旅路であった。

 ついでにカサヴァの街では、フルフの誘拐騒動やら忘年実による大犯罪を食い止める……なんて事件も起きたわけだし。まぁそれも終わってみればいい思い出……うん、総合して四捨五入すればぎりぎりいい思い出である。しかし私の葛藤もなんのその、話し終えたことに少し安堵して息を吐けば、レゴさんはこちらに「ドン引きです」と言わんばかりの表情を向けてきた。な、何故……?


「まぁ、そんだけの目に遭って大きいケガがないようなら何よりだよ。……一応言っとくが、時空断裂に巻き込まれてまた再会できる……なんてそれだけで奇跡なんだぜ?」

「それはそう」

「こ、こっくんまで……」


 こっくんまでレゴさんの味方になってしまったし。いやまぁ確かにそれぞれの事件は私一人で巻き込まれていたら即死待ったなしの大事故ではあるのだが、私の隣に常に居てくれたのはシロ様である。そうなると今私が生きているのはシロ様との出会いを除き、奇跡なんかではなく必然だと思うのだが。

 その点を必死に訴えたところ、レゴさんには何故か生ぬるい視線を向けられてしまった。ついでにこっくんにも不満そうな表情を浮かべられてしまったし。どうしよう、この場に私の味方がいない。多分シロ様、そしてヒナちゃんならこの話に同意してくれるはずなのに。


「まぁ嬢ちゃんの惚気はいいとして……そろそろその旦那と合流した方がいいんじゃねぇかな。言っとくがこの辺、日暮れは早いぜ? あんま暗くなるとあいつの過保護が発動しそうっていうか……」

「旦那、って……」

「あんなのお姉さんの旦那じゃないです。やめてください」

「お、おう……これは俺が悪かったな」


 しかし悲しきかな、この場に二人はいないのだった。さっきの話を惚気だと捉えたのか、シロ様を私の旦那さんだと揶揄したレゴさんに思わず半目になりつつ。だが今回はしっかりとこっくんが反論してくれた。堅苦しい敬語かつ、シロ様を「あんなの」呼ばわりしてるあたり今の冗談が余程不快だったのだろう。そこまで不快になることかとも思うけれど、レゴさんが引いてくれたならまぁ……いいか? 


「でも確かにそろそろ皆と合流しなきゃだね。あ、レゴさんも一緒にどうですか? 実は今、ヒナちゃんが飛びに行ってて……」

「ああ、それでその監督をあの坊ちゃんがしてるわけか。それなら俺も行くとするかな。ヒナの嬢ちゃんがどんだけ飛べるようになったかも気になるし、あの坊ちゃんの顔も拝んどきたいし」

「やった……! ありがとうございます!」


 強い不快感を表情に乗せるこっくんと、それを宥めるレゴさん。その光景を、久々に親戚の子供に会ったが上手く対応できていない年長者のようだと思いを馳せつつ。けれど前半はともかく、後半に関してはレゴさんの言うことは的を得ていた。確かに時刻はもうすぐ日暮れ。レゴさんの言う通り日が落ちるのが早いのだとしたら、そろそろ皆との合流を図った方がいいだろう。実際シロ様が過保護なのは事実である。

 そういえば。折角会えたのだし、時間があればレゴさんも二人の顔を見ていってはくれないだろうか。その思いのまま問いかけてみたところ、どうやら運は私に味方してくれたようで。快諾してくれたレゴさんに思わずはにかみつつ、私はちらりとこっくんへと視線を向けた。勝手に同行をお願いしてしまったが、こっくんにとってレゴさんは知らない大人。人嫌いなこっくんからすれば辛いことではないだろうかと様子を伺ったのだ。


「いいかい? 坊主。せっかくのデート邪魔しちゃうけどよ」

「でっ……!? べ、別に、俺はお姉さんがいいならいいし……!」

「そうかそうか。懐が広いなぁ、お前。将来いい男になるよ」

「…………」


 が、その心配は必要なかったらしい。私が問うよりも早くしゃがみ、こっくんへと笑いかけたレゴさん。お年頃なのかデートという単語に顔を赤く染めつつも、褒められて悪い気はしなかったのだろう。フードを深く被りながらも、こっくんは小さく頷く。……こっくんとの付き合い方を早速理解するとは。流石レゴさんだ。あのシロ様ともある程度コミュニケーションを取れていただけはある。


「歳はいくつだ? あの坊ちゃんよりちとでけぇし……十五とか?」

「!……十三」

「おおう、そりゃ悪い。だがその歳でその身長なら相当伸びるだろうな。レイブの奴にしては珍しい」

「……そ。どーも」


 そういえば姪っ子さんが居らっしゃるらしいし、子供の相手は慣れているのかもしれない。道中進みながらこっくんへと話しかけるレゴさんの姿には、圧倒的な安心感すら感じ取れた。人間、その中でも特に大人を嫌うこっくんだが、レゴさんに不快感は感じなかったのだろう。ある程度は受け答えをしている。アーシャさんとも少しは交流があったが、それは彼女がこっくんの中で大人に当てはまらなかったからだ。完全な大人とも言えるレゴさんのような人と交流するこっくんは結構珍しい。

 同じ幻獣人だから? それとも私の恩人と知っているから、或いはファーストコンタクトで殴り飛ばしたのを引け目に思っているのか。まぁ理由はなんだっていい。世界には信頼出来る大人だって居ることを、こっくんが知ってくれるのなら。ぼそぼそとしながらもレゴさんと話しているこっくんの姿を微笑ましく思いつつ、私は二人にゆっくりと付いていった。この先には喜ばしい再会が待っているのだと、そう信じて。


 けれど。


「それ以上近づけば、貴様の背に生えた『誇り』とやらが飛ぶものだと思え」

「っ、だが、その子は……!」


 港に近づいたところで聞こえてきた、心臓ごと凍りついてしまいそうな冷たい声。聞き覚えのあるそれに三人で顔を見合わせること一瞬、白い道を一気に駆け抜けた先で私達は衝撃の光景を目にすることになる。

 夕暮れ時ということで人もまばらな世界の中。数人の人影が刀を抜いた小さな少年……シロ様と、その背後に庇われた少女達へと迫っている光景。シロ様の足下では普段よりもサイズアップした柘榴くんが低く唸り、肩の上では膨れたフルフが精一杯に威嚇していた。それでも尚引く気はないのか、数人の供を連れた青年は焦れたようにシロ様を……いやその先を見つめる。その背に生えていたのは橙の翼。そしてその瞳が追っていたのは。


「ヒナちゃん……!?」

「っ、お姉ちゃん……!」


 掠れた私の呼び声に泣きそうな声を上げた、赤い羽を広げた少女だった。

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