三百四十七話「初めての従魔契約」
「うーん、まぁこの子が護衛でいいんじゃないかな?」
「アオ……!? 何言って、」
「だってこの子、強いしミコ姉に懐いてるし大きさも丁度いいし?」
どうしたものかと膠着していた状況が続いていた最中。そこで声を上げたのは、ヒナちゃんと教科書を覗いていたアオちゃんだった。あ、でももうちょっと小さいほうがいいのかな? なんてことを呟きながらベッドから降りたかと思えば、アオちゃんは私の方へと近づいてくる。そうしてそのまま、私の膝に頭を置いて落ち着いていた黒獄狼くんに視線を合わせるよう屈みこんだ。
「ねぇねぇキミ、このかっこよくて可愛くて世界で一番優しいお姉さんのこと好き?」
「グル……?」
「もうちょっと小さくなってくれたら、このお姉さんが面倒見てくれるって! その代わり護衛もしなきゃだけど、どう?」
「ガウッ!」
……なにやら私のことを飾る枕詞が大袈裟すぎたことはひとまず置いておくことにして。どうやら黒獄狼くんはアオちゃんの話に興味を持ったようである。この子も人の言葉がわかるのか。いやでもフルフもこちらの話すことがわかっているようだし、魔物は私が思うよりも知能が高い個体が多いのかもしれない。
それはともかく。赤い瞳でアオちゃんをじっと見つめていた黒獄狼くんは、最初は何を言っているのだと言わんばかりに首を傾げていた。しかし「面倒を見る」その言葉の意味は理解したらしい。全身を薄っすらと赤く光らせたかと思えば、黒獄狼くんは一回り小さくなった。大型犬から中型犬、私が両手でだっこできるくらいのサイズにまで。その状態で私の膝の上へとよじ登り、くるりと丸くなる。……ええとこれは、受け入れたということでいいのだろうか?
「……本人の意思もこのようだが」
「……なんでお姉さんって変なのに好かれやすいかな……」
「ええ!?」
一体私の何が良かったのだろう。シロ様に乱暴にされたところで優しくしてもらったから、みたいな相対効果的なアレか? それにしても初対面の相手の前でリラックスしすぎな気がする。とはいえふわふわな毛並みには抗えず、耳を垂らすその子を撫でていた私。しかしそこで聞き捨てならない言葉が。
そ、そんなに私って変なのに好かれているだろうか? 覚えとしてはコダなんちゃら様くらいというか。アレも髪色だけで目を付けられたようなものだったし。いやこっくんのことだから変なの、の中にシロ様も含んでいる気がする。そしてこの黒獄狼くんも。となると二人と一匹……うーん、好かれやすいと言われても仕方ないか? いやでもシロ様も黒獄狼くんも変なのでは無いし。
「ミコは害のある雰囲気が全く無いからな。お前にも心当たりはあるんじゃないか」
「…………それは、まぁ」
「わ、わかるんだ……?」
若干納得が行かずに首を捻っていた私だが、こっくんは何故か納得したらしい。害のある雰囲気が全くない、とは。確かに誰かに害を及ぼした覚えはあんまりないが、そういうのって雰囲気に出るものなのか? なんかヒナちゃんとアオちゃんも分かるというように頷いているので、幻獣人だけの感覚なのかもしれない。
「……はぁ、まぁいいや。黒獄狼なら一匹でも護衛として申し分ない。フルフとも契約して問題ないはずだよ、お姉さん」
「えっ、この子そんなに強いの……?」
「戦力としては災厄級より少し下くらい。こっちから手を出さなきゃ何もしてこないし、ある程度意思疎通が出来るから災厄級じゃないなってぐらいの強さだね」
「……それは、かなりお強いというか」
「ついでにかなり珍しい。ほんとにどっから見つけてきたんだよ……」
と、まぁ色々迷走したが。こっくんのお墨付きも出た以上、この子が護衛役ということでいいらしい。あの心配性なこっくんが一匹でもいいというくらいだ、相当強いとは思っていたがまさか比較対象に災害級が上げられるとは。こ、この子があのセミやタコくらい強いのだろうか。可愛くなってしまっている見た目からは全く想像できない。
ついでにシロ様が、どうやってこの子を見つけてきたのかも。こっくんの質問にふいと顔を背けたシロ様は、そのまま私の使っているベッドに腰をかけた。我関せずである。答える気は無いということらしい。それを見たこっくんは顔に青筋を立てていたが、もう何を聞いても無駄だと判断したのだろう。溜息を一つ、こっくんがそれ以上シロ様を追求することは無かった。
「シロくんのおかげで護衛問題はサクッと解決だね! じゃあ早速契約結ぼうよ!」
「お前ほんと、能天気……」
「あっひどーい! ヒナちゃんだって契約見たいよねー?」
「えっ、う、うん……?」
何か話したくないことでもあるのだろうか、とちょっと引っかかりつつ。まぁこっくんが諦めた以上、この場で私が深堀りするのはよくないかもしれない。そんな具合で思考を切り替えた私は、はしゃぎ始めたアオちゃんを見て苦く笑った。一応契約するのは私なのだが、まるでアオちゃんが当事者のようである。今日も元気で何よりではあるが。
「……従魔契約はぶっちゃけ簡単。魔物に名前付けて、契約者の血を飲ませるだけ」
「……えっ、血?」
「うん、血だよ。契約においては血は有用な媒介だからね」
「へえー!!」
……いや、当事者じゃないから元気なのか? こっくんによって当たり前のように告げられた、血を使うと言う言葉。私はそれに正直怯えてしまった。いや、だって怖いだろう。それはつまり自分で怪我をして、挙句の果てにその血をフルフや黒獄狼くんに飲ませるということなのだから。
「……お姉ちゃん、ケガしたらわたしが治すね……!」
「あ、ありがとうヒナちゃん……!」
が、その恐怖は癒しの天使のおかげで見事に吹き飛んでいってくれた。私が怖気付いたのを察してか、ぐっと両拳を握り頑張れ!と言わんばかりに私を鼓舞してくれるヒナちゃん。その可愛さと言ったら、今日も天井知らずである。どこまで可愛くなるのか、逆に未来が恐ろしいかもしれない。
……よし、ヒナちゃんが応援してくれているのだ。怯えたままでは格好が付かないだろう。それにこれは必要なことなのだ。覚悟を決めていざ……! ん、いや? この場合どうやって切るべきだろう。指先をちょこんとくらいでいいなら、シロ様からナイフでも借りた方がいいのか? 多分持ってるだろうし。
「なら我が切ってやる。指でいいか?」
「…………いや、自分でやらせてください」
「……何故」
「指先ってことなんだろうけど、シロ様指ごと切り落としそう」
ちらりと視線を向ければ、案の定持っていたらしい。どこから取りだしたのか、こちらへとナイフを向けてきたシロ様。しかしシロ様に刃物を向けられるのは色々心臓に悪すぎる。絶対にやらないとはわかっているが、そんな小さなナイフでも私をコンマ一秒で殺せるのがシロ様なのだ。
そんなわけで有難い提案をそっと退け、不満そうなシロ様からナイフを受け取り、恐る恐るそれを自分の指先へと近づけた私。ええと、切れ味が良さそうだしそっと当てて押し込むだけで……ああ、切れた。鈍い痛みが指先に滲んだが、まぁ大したことではない。心配そうに見つめてきたこっくんに微笑みかけると、私はそのまま指先に滲む血を膝の上で待機していた黒獄狼くんに向けようとした。
向けようとした、ところで。
「ピュッ!!」
「えっ」
「グル……!?」
眠っていたフルフが飛び起きたかと思ったら、私の指先に飛びついてきた。それを脳で理解したのは一瞬遅れてのこと。その隙に血を舐めたらしいフルフが、ぱあっと体を白く輝かせる。そしてその光が収まった頃には、私の左手には何かの紋が浮き上がっていて。……ええと、どうやら契約は完了したみたいだった。黒獄狼くんとではなく、フルフとのものではあるが。




