三百四十五話「契約検討中」
「……で、お姉さんがフルフの契約主になりたいと」
「うん、そうです……」
本人、いや本魔物からのご指名でフルフの契約主になることになった私。しかし正直に言ってしまえば従魔契約について私が知ってることなんて、結んだらどうなるかという効果だけで。聞けばアオちゃんは結んだことがないと聞くし、ヒナちゃんが結んだという召喚従魔契約は勝手が違うようだし。
そんなわけで私達は、従魔契約について詳しそうな二人の内どちらかの帰りを待つことにした。シロ様、もしくはこっくんのことである。そして昼食を終えて暫く経ったタイミングで、こっくんが帰ってきてくれたというわけだ。てっきりシロ様の方が先に帰ってくると思っていたのだが……一体どこまで魔物を倒しにいったのか。
「……とにかく、従魔契約を結ぶのは俺も賛成。フルフが攫われやすいのは今回の件でよくわかったし」
「うん」
「それでまぁ契約主がお姉さんってのも……正直、最善だと思ってる」
「ん?」
夕飯までには帰ってくるだろうかと若干不安になりつつ、私はこっくんにこれまでの経緯について説明することにした。諸々お疲れのところ申し訳ないが、これは至急の要件であると判断したのである。だってまたフルフが攫われるようなことになったら……なんて、冗談では無いので。
するとどうしたことだろう。まさかのこっくん的には、私とフルフが契約を結ぶのは最善だと思っているらしい。そう言いながら眉間に皺が寄っているのには気になるが……。何か理由があってのことなのだろうか。促すように首を傾げた私を見て、こっくんは小さく頷いた。その指が撫でるは、ブローチもどきを抱えてご機嫌に眠るフルフル。
「フルフは布を織れる。それは服を仕立てることが出来るお姉さんにとって必要な力だよね?」
「……そ、れは……そう、だね」
そして明らかにされた私とフルフの契約が最善という理由は、確かに筋が通っていて。そういえばフルフの安全面のことばかり気にしていたから忘れていたが、本来従魔契約というのは契約を結んで従魔の力を借りるのがメインなのか。そうなると確かに、フルフの布を有効活用できる私が契約を結んだ方がいいというのは理解出来る。……しかしそれならば何故、こっくんはそんな難しい顔を?
「だからお姉さんが契約主なのは妥当だけど……俺としてはフルフと契約するより、数匹の強い魔物と契約して護衛にした方がいいかも、とも思うんだ」
「……そ、それも確かに」
その理由も、こっくんはちゃんと説明してくれた。成程、確かにその考えにも一理ある。率直に言おう。私はこの世界において弱肉強食のヒエラルキー、その最下位に居る。多分一人でこの世界に落とされていたら、開始一日辺りで死んでいただろう。私が今生きてるのはシロ様のおかげである。
しかし幸いな事に、法力においては他の人間より恵まれているのだ。それならばその恵まれた部分を活用し、戦闘力を底上げした方がいいというのは実に真っ当な意見だった。平和に街で暮らすならともかく、こうして旅をしているので。で、そのためにその枠をフルフに使うのは少々勿体ないという意見も正論である。しかしなんというか、護衛のために生き物を飼うのはどうなのだろう。なんとなく気が引ける、というか。
「あー、それはわかるかも。フルフちゃんじゃミコ姉、守れないだろうし。こっくん、ミコ姉は何匹くらいと契約できそう?」
「……多分、三体が限界かな。」
「ええと、フルフちゃんとけいやくするならほかにもう二人……?」
「そうだね。それも普通の従魔である必要がある。召喚従魔だと召喚中ずっと法力を消費するから、お姉さんの籠繭と相性が悪い」
「でも普通の従魔だとずっと一緒でしょ? だったらあんま大きい子だと色々不便そうだから、小型で強い子ってなるよね」
しかしそれを言い出すにはあまりにも、他の三人が真剣すぎて。お、おおう……。なんだか皆が私を守るために色々と考えてくれている。嬉しいような、情けないような、複雑な気分だ。少なくとも年長者らしくはない気がする。
あぁ、私に戦闘能力があったらよかったのだが……先日の件で自覚した。今から私本人が鍛えるというのは、大分厳しい。糸くんという能力があって何故ダメなのかって? 単純な話である。多分私は自分の目の前に武器が振り下ろされたら、反射的に目を瞑ってしまうのだ。それが訓練を受けていない鈍った人間の自然な動き、とでもいうのか。
俯瞰的に、例えば誰かが怪我しそうになっているのであればまだどうにか出来る。あとは先日のタコの件のように、あまり敵を直視している必要がないパターンとか。しかし正面から自分に武器やら法力が振るわれれば、多分私はそれに対して構えることが出来ずに目を瞑ってしまう。ヒナちゃんのように避けることなんて到底出来やしない。
戦う以前の問題というわけだ。その体の動きをどうにかするには多くの時間を費やすことになるだろう。橋本くんが一時期授業で野球をしていた時、ボールをキャッチする時に目を瞑ってしまうと言っていた意味が今になってようやくわかった。わかる。武器を向けられると目を瞑ってしまう。いやまぁ話が大分物騒になってるけれど。
「うー、考えるのしんどい……。もうあたしたちで守る!じゃダメ?」
「馬鹿。それが出来ない状況だってある。先日の件みたいにな」
「うぐ、……」
「今考えるのを怠けていつかお姉さんを喪うとか、そんなの俺はゴメンだ」
「…………!」
……まぁ色々複雑な部分はある。守ってもらうために従魔を探すのかとか、私が強くなくて申し訳ない、とか。ある、あるけれど……護衛してくれる従魔を探すべきというのは正しいことなのかもしれない。真剣な顔で告げたこっくんを前に、息を飲んだのはアオちゃんだけではない。私も同じだった。
「……ありがとう、こっくん。色々考えてくれて」
「!……いや、ほとんど俺のためみたいなところ、あるから」
「何言ってんの、ミコ姉のためじゃん? あーもう、こっくんにそこまで言われちゃったら、もっと真剣に考えなきゃなー!」
「……うるさいアオ」
そんなに、心配してくれていたのか。心がほわっと温かくなるような心地に背中を押されて礼を告げれば、ふいと視線は逸らされてしまったけれど。でもこっくんの思いは痛いくらいに伝わってきた。私を喪わないために、そのために色々と一生懸命考えてくれていたのだと。アオちゃんの言葉に眉を顰めても否定しないのがその証拠である。
それなら私も真剣に考えなくては。だって自分のことなんだから。ひとまずフルフとの契約は見送り……いや、他の子に任せた方がいいかもしれない。希望してくれたフルフには悪いけれど。そして生物の教科書でサイズ的に問題なく、それでいて戦える魔物を見つけ。そしてその子に護衛をお願いしたりなんかして。そうすればきっとこっくんたちの不安も減らせるはず……。
と、そんな具合に話が纏まったタイミングで。
「帰ったぞ」
「……………?」
「……………………」
「…………ふぇ……?」
「……え、シロくんなにそれ?」
突然がちゃりと開いたドアの、その先。そこに立っていたシロ様と、そのシロ様に抱えられているクッションサイズのふわふわとしたもの……いや生き物を見て。私達は揃って思考が停止したのだった。いや、どういうこと??




