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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第九章 あなたの居場所
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三百四十話「遠い未来のこと」

 それからイファさんの使いだという兵士さんたちがやってきて、ミハイル・マスク及びその手下の人達を連行するのに合わせ私達も山を降りた。勿論隠れていた取引役と思しき人も一緒である。正確に確かめたわけではないが、恐らくはその時点で時刻は夜中の三時程。ヒナちゃんとフルフはおねむかつ、アオちゃんも「肌に悪い!!」なんて嘆いていて。

 そんなわけでシロ様がなんと眠る二人プラス一匹を背負って下山した。悲しきかな体格的に難しそうだったので、二人を私の糸でシロ様の背中に括り付ける形で、ではあるが。ちなみに下山後一番元気だったのもシロ様だった。私なんぞは込み上げる疲労感から、こっくんに肩を支えてもらっていたというのに。驚異的な体力である。


 そこから船まで戻り、イファさんに残っていた最後の忘念実を預ければこちらの仕事は完全に終わり。ヒナちゃんとアオちゃん、それからフルフを部屋で寝かせ。その後私も泥のように眠った。

 何も気負うことなくベッドに飛び込めたのはこっくんのおかげである。本来ならば汗やら泥やらで汚れている中ベッドに倒れる訳にはいかなかったが、こっくんが水の法術の応用である浄化なる技を使ってくれたのだ。本来は傷口を綺麗にするなどの用途に使うものらしいが、こっくんほどの術師であれば法術を拡大化して使うことも可能らしい。「今日は特別」と言って笑うこっくんを私は国宝に認定したかった。彼とて心底疲れているだろうになんて心遣いなのか。


 で、その後どれくらい眠ったのか。


「……ミコ、起きろ」

「……ん、んん……?」


 ゆさゆさと、体が揺さぶられる感触。それに深く沈めていた意識をゆっくりと浮上させていけば、瞼は勝手に開いていく。その先に待っていた目を灼く銀色の美貌に、寝起き早々私は強制的な覚醒を促されることになるのだが。いやシロ様の顔、相変わず目に優しくないな。


「……おはよう、ございます……」

「ああ、早くないがな」

「ん……?」

「もうじき日暮れだぞ」

「…………うぇっ!?」


 尚、それ以上に言葉が優しくない。日暮れ。つまり、夕方ってこと!? とんでもない言葉に慌てて体を起こせば、ずきずきと太腿の辺りに痛みが走った。ああ、昨夜山登りなんてしたから筋肉痛が……いやいや、そうではなくて。

 痛む脚を引きずり、なんとか船内の扉へと突っ込む。私の行動を予想していたのか後ろからシロ様の足音が聞こえてきたが、今はそれを顧みる余裕すらなかった。誰もいない廊下を超えて階段を上り、甲板へ。しかしシロ様がわざわざ私に変な嘘なんてつく理由は無い。寝起き眼に飛び込んできた日の光は赤。太陽は今にも海の彼方に消えていきそうだった。


「え、ええ……?」

「日中観察してたがよく寝ていたな。法力をかなり消費したせいもあるだろう」

「そ、そっ……いやいや!? 人の寝顔観察しないでほしいな……!?」


 混乱して、そこで聞こえてきたシロ様の言葉に納得しかけた後にまた混乱して。ダメだ、起き抜けに忙しすぎる。というかこの子、今日一日私の寝顔を見て過ごしていたのだろうか。シロ様やアオちゃん程の美貌の寝顔ならば一生観察しても飽きないだろうし、ヒナちゃんやこっくんの寝顔だって私は一日見ていられる自信がある。が、私の寝顔なんて見て何が楽しかったのか。

 ……いや、別に楽しくはなかったのかな。シロ様の表情の奥深く、潜む安堵に私は口の端を噛み締める。ウィラにて昏昏と眠り続けた記憶は随分と昔のことのように思えるが、またそう時間が経ったわけではないのだ。また私が昏睡するのでは、と危惧するのは何らおかしい話ではないはず。というか私がシロ様の側だったら不安になるだろう。


「……まぁいいか。シロ様、おはよう」

「……ああ。部屋に戻るぞ」

「あはは、慌てすぎて飛び出しちゃった……」


 まぁなんとか無事起きたので、心配をかけてしまったことは許して欲しい。笑いかければ完全に不安は払拭できたのだろう。頷くと同時、差し伸べられた手を迷いなく取る。その手が以前よりも大きくなっている気がして、私は思わず瞳を細めた。ああ、身長も出会った頃より伸びているような。


「シロ様、ちょっと大きくなった?」

「……手か?」

「うん、もしかしたら身長も。ずっと一緒に居ると、わかんなくなるね」


 ゆっくりと部屋に戻る間、そんなことを伝えればシロ様は心做しか嬉しそうにしていた。やはり年頃の男の子。こっくんに身長で負けていることを気にしていたようだし、育つのは素直に嬉しいらしい。

 ……シロ様が大きくなったら、一体どんな大人になるのだろう。絶世の美青年であることはまず間違いないにしても、このまま儚げ(詐欺)の雰囲気のままなのか、それとも荒々しい戦士のようになるのか。どちらにせよ女の子にモテて仕方ないはずだ。今でも多分同年代の子にはモテるだろうけど、残念ながらあまり関わり合うことがないので。


「シロ様、大きくなったらモテモテになりそうだね」

「もて……?」

「女の子たちに大人気!ってこと。いつかはお嫁さんを連れてきたりして?」


 尚、本人はあまり関心がなさそうだったが。モテるという概念すらなかったらしい。つくづく戦いにしか興味が薄いクドラ族らしいと言うべきか。いやまぁだとしても種の存続はしているわけで、それならいつかシロ様がお嫁さんを連れてくることだって……。

 そ、そうなったら私はどうしよう。シロ様とはずっとずっと一緒に居るつもりだったが、流石にお嫁さんを連れてきたこの子の傍に他の女である私が居るのはまずいような。まさしく目の上のたんこぶってやつだ。その場合近くに住むことくらいはお嫁さんは許してくれるだろうか。いや、そもそも半身のようなものとはいえ家族では無い私がそんなことを望む権利があるか?


「そんな日は来ない」

「……え?」


 決まりきっていたと思っていた未来にヒビが入ったことに、動揺していた私。しかしそのヒビの向こう側から少年は顔を出す。部屋に入り外へと繋がる扉を閉じると同時、シロ様は端的に述べた。その声音には何の色も乗っていない。決まっていない未来のことを話しているはずなのに、ただ事実だけを述べるようなその音に私は困惑した。


「ミコ、クドラの里は襲われ暮らしていた者は我以外皆死んだ。残ったのは裏切ったビャクとその仲間の十数人程」

「え、あ、う、うん……」

「そしてその中に、我の知る限り女は居ない。居たとしても仇と契りを結べるはずもない」

「え?…………え、それ、は」


 でも私は、私はわかっていなかったのだ。シロ様の家族が皆殺されてしまったことも、里が滅ぼされてしまったことも知っていたはずなのに。その先のことにまで、思考が及んでいなかった。そしてずっと知らずにいたそれを、今叩きつけられる。

 普通のクドラ族の人達は皆殺され、裏切り者の中に女性は居ない。そしてシロ様は以前、強さを求めるクドラ族の者で外に出る者は皆無だと言っていた。里の外にそれ以上の強さはないと、皆知っているから。クドラ族に生き残っている女性は居ない。それはつまり、どういうことになる? そういえばムツドリ族以外の幻獣人にハーフが居たなんて話を、私は聞いたことはなくて。聞いたことがない、つまりそれは。


 存在しないって、意味?


「我らは人とは子を成せない。当然他の幻獣人とも、獣人とも」

「…………」

「そしてクドラ族においては子を成せぬ婚姻には価値がないという考え方が一般的だ。我も、そう思う」


 クドラ族は同族同士以外では、子供を授かることが出来ない。じゃあこの先新しいクドラ族が生まれることはなくて……ない、ないの? じゃあもうクドラ族は、シロ様の一族は、滅ぶしかない? 頭が真っ白になった私の髪を、シロ様が優しく撫でた。その指先に震えや迷いは無い。


「……お前の期待には、全て応えたい。だが、」

「しろ、さま……」

「もてもてとやらになることは出来ても、我が伴侶を連れてくることは無いだろう」


 シロ様は決して私の言葉に傷ついた訳では無いのだろう。なんとも思っていないわけではないけれど、その言葉通り。私の描いた未来にそぐえないことにだけ、小さな心苦しさを感じている。多分それだけだった。だからこそに悲しくて、苦しくて、私は泣きそうになってしまった。

 でも泣けない。泣いてないこの子の前では、泣きそうな私を見た瞬間に宥めるように目の下を撫でてくるこの子の前では。ぐっと奥歯に力を込めて、私はぎゅっとシロ様を抱きしめた。そうして一つのことに気づく。残った同族は皆仇、生き残りは誰も居ない。シロ様はこの世界では一人ぼっちかもしれない。でもそれと同じくらいの一人ぼっちは、ここに居るのだ。


「……私もさ、この世界の人とは子供とか作れないかも」

「…………」

「稀人、だっけ。別世界で生まれた私は、こっちの世界の人とは遺伝子とかそういうのが違うと思うんだよね。法力も皆と全然違うし」


 一人ぼっち。きっと遺伝子構造そのものが違うであろう私だって、この世界ではそうなのだ。稀人。シロ様はそういった人が時折こちらの世界に落ちてくると言っていたけれど、見た目では判断のしようがない。そうして私のように特異な力を持っていたとしても、世界に溶け込むために当然彼らはそれを隠すだろう。わからないなら、出会えないのなら、それは居ないのと一緒。


「一緒だね、シロ様」

「……ああ」


 一緒でよかった、と思った。子供が作れなくて、家族が作れなくて、この先ちょっぴりだけ憧れてた恋愛なんてものに永遠に縁がないとしても。それ以上にこの子を真の一人ぼっちにしなくてよかったと、心から思った。

 少し体を離して微笑みかければ、一度軽く瞳を伏せた後にシロ様も微笑んでくれる。少しだけ悲しそうなのは、きっと私と同じ思いから。私が絵に描いた普通の幸せを享受できないことを悲しんでくれていて、けれどそんな私を一人にしなくてよかったこと、自分が似た立場であったことに安堵している。


「……あのさシロ様。ビャクのこと、赤い羽と枯渇死のこと、全部終わったらさ。やりたいことがあるんだ」

「ああ、聞かせてみろ」

「ふふ、うん。じゃあ、まずはね……」


 それからこっくんが部屋に戻ってくるまで暫く。私達はベッドに二人並んで座って、手を繋いで話をしていた。旅が終わった先に、何をしたいかを。


 それはまぁ、二人だけの秘密ということで。

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