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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第九章 あなたの居場所
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三百三十九話「続いていくいつも」

「っ、っ、やっ、やったー!!!」

「わっ、アオお姉ちゃ、」

「これでみんな一緒に、旅できるんだよね!?」

「わ、わ、……!?」


 そうと決まった瞬間、真っ先に諸手を挙げて喜びを顕にしたのがアオちゃん。突如ヒナちゃんを後ろからぎゅうぎゅうと抱きしめたかと思えば、彼女はそのままヒナちゃんを抱き上げてぐるぐると回り始めた。そのおかげでヒナちゃんは文字通り目を回している。

 元気すぎるアオちゃん、それと先程まで泣きそうになっていたというのに今度は困惑しているヒナちゃんを見れば、シリアスだった雰囲気はあっという間に吹き飛んで行って。ちらりと視線を動かしてみれば、その先に居たこっくんも心做しか苦笑気味である。いやあれは高速回転しているヒナちゃんを心配している顔のような。


「…………」

「……あ、シロ様……」

「ピュ……」


 と、そんなことを考えているうち、私は足音を消して近づいて来ていた影に気づいた。シロ様である。まだ毛玉が旅に付いてくることを完全には納得出来ていないのだろう。冷ややかな表情は、喜んでいるアオちゃんの笑顔とは対照的で。それに気圧されたのか、毛玉は若干怖気付いたかのような声を上げる。しかし退く気はないのか、シロ様へと向けていた視線は逸らさなかった。


「……もう一度問う。覚悟は決まっているんだな」

「……ピュ!」

「この先の道が困難を極めていても尚、か?」

「ピュイ!」


 その視線から覚悟を感じ取ったのか。二つ程問いかけたシロ様と、それに元気よく答える毛玉。この小さな生命体がシロ様の言葉の意味をどこまで理解しているのかまでは私にはわからないが、迷いは微塵もなさそうである。わかってはいたが、意思は固いらしい。

 さてそんな毛玉を前に、シロ様は何を告げるやら。いや逆か。毛玉はどうやって、シロ様を説得するのだろう。私が決めたことならばある程度はシロ様は受け入れてくれるだろうが、今回の事件があった以上そう易々とは頷いてくれないかもしれない。とりあえずシロ様の出方を窺った所で、毛玉の味方に付くのが吉だろうか……。


「なら鍛えろ」

「……ピュ?」

「これから先も旅に同行するならば、お前は今からでも鍛えるべきだ。最低限、自分の身は守れるようにな」

「ピュイ」


 しかし意外や意外。シロ様は思ったよりもあっさりと、毛玉が旅に付いてくることを受け入れた。どうやら条件付きのようではあるが。鍛えろ、とは。こんな小さな生き物には少々無謀では……? そう口を挟もうとして、思いの外毛玉が真剣な鳴き声を返したことに慌てて口を閉じる。その声は、まるで「どうしたらいいの?」とそう問いかけているようだったから。


「お前はヒナやアオ、それとミコか? こいつらを守りたいのだろう。だが弱い身では何も守れず、今回のような事態を引き起こすだけだ」

「ピュイ……」

「だから鍛えろ。その覚悟もあるんだろう?」

「……ピュイ!」


 そんな毛玉にシロ様は厳しいようでとても優しい言葉をかけた。相変わらずの無表情だけど、私にはなんとなくわかる。その奥にちょっとした苦悩が潜んでいるのが。きっとシロ様は、かつて家族を失ったことを無力さゆえだと思っている。自分がもっと強ければと、今でもそう思っているのだろう。

 だから毛玉のことは安全な場所に置いていきたかった。この子は身を守れる力を持っているわけでもなく、わざわざ旅をする理由だってなかったから。けれど毛玉の望みは自分の群れにいる事で、それを私が受け入れて。それならばと別の道を提示することにしたのだ。毛玉を私達が失わなくて済むように、それと同時にこの小さな生き物がかつての自分のような喪失を経験しなくて済むように。


「さっきのミコを吹き飛ばしたのは中々にいい威力だった」

「ピュッ!」

「それを極めろ。ただし」


 ……まぁそれと、私を吹き飛ばした時のことを褒めるのは話が大分別だと思うのだが。あのタックルはあんまり極めて欲しくは無いな、と思いつつなんとなくいい雰囲気なので口を挟めずにいた私。しかしシロ様が「ただし」と言葉を区切った瞬間、辺りの空気は一気に変わった。


「ピュ?」

「再びミコを吹き飛ばし、それで怪我をさせるような事があったら……お前は鍋の具にする」

「ピュイ……!?」

「ちょっ、シロ様!?」


 おどろおどろしい空気の中告げられた、脅しでしかない一言。それに怯えたのか、毛玉は思い切り体を縮めた。ぶるぶると震えるその様子と言ったら可哀想の一言である。気の所為でなければ周りのフルフたちも怯えているような。あとヒナちゃんとアオちゃんの顔色も悪い。そんな中、こっくんだけは呆れ顔であったが。


「あれは私も悪かったから……! こら、離してあげて!?」

「躾はしておくべきだ。お前は脆い」

「私が脆いのは確かにそうだけども! 周りの子も怯えちゃってるんだってば!!」


 というか受け止めてくれた時は平静を装っていたが、あれで結構心配してくれていたのだろうか。私の手に乗っていた毛玉を鷲掴みにしたシロ様をなんとか落ち着かせようとするも、中々離してくれない。ああ、このままでは毛玉が潰れてしまう……! と、私が焦ったところで私の手の中にあの子は戻ってきたのだが。

 とりあえず煎餅のようにならなくてよかった、とかたかた震えるその体を慰めつつ。というかこれで小さい子を虐めている……! と周りのフルフ達に敵視されたりしないだろうか。今のところは見ているだけだが、四方からタックルを決められる可能性も。……いや、なさそうだ。全員シロ様の方を見てぷるぷるしている。さっきのが余程怖かったらしい。


「し、シロ様……えっとさ、あのメイドさんとミハイル・マスクの意識を失わせる事ってできるかな?」

「容易だ」

「それで見張りをお願いしたいなー、って……。私とこっくんで屋敷の中を探してこよう、かと」

「えっ」


 とにかくフルフたちからこの虎を遠ざけてあげよう。あとそろそろこっくんを見張りの番から解放してあげないと。そんな考えの元、今は落ち着いて見えるシロ様にお願いをしてみた私。尚、特に異論はなかったらしくあっさりと頷いていただけた。異論、というよりは困惑してそうなのは遠くのこっくんであったが。

 だがそれもシロ様の注意をフルフたちから逸らし、一点に注目してもらうためなのだ。必死に目配せを送れば、なんとか意図は察して貰えたらしい。こころなしか表情が緩んだこっくんは、シロ様と入れ違いにこちらへと近づいてくる。……視線を逸らした際、後ろから鈍い音が聞こえてきた気がするが気にしては行けない。意識を奪う手段、大分暴力的だったな。


「こっくん、船にはまだ証拠が残ってると思うけど、万が一無かったら事だから」

「……ああ、成程。シロが壊しそびれてるのを願って探しに行く、って話か」

「うん、頼めるかな」

「大丈夫。……見張りは心配無さそうだし」


 そっと現実から目を逸らし、私は屋敷に入る理由をこっくんに告げた。すると納得してくれたらしく、こっくんは頼もしくも頷いてくれる。その際ちらっと後ろへと視線を向けたこっくんが何を見たかについては、私は聞けなかった。多分聞いても幸せになれないので。


「……ミコ姉、あたしたちは? 手伝う?」

「うーん……アオちゃんとヒナちゃんは、外から人が来ないか見張っててくれると助かるかな。危ないかもだけど……」

「それぐらい任せてよ! それにこっちにはシロくん居るしだいじょぶ! ね、ヒナちゃん?」

「うん、大丈夫」


 そう、そちらは見ないふりをすることにして。後はヒナちゃんとアオちゃんに外から来る人たちが居ないか、見張りのお願いをしておけば完璧である。ちょっと危険な気もするが、まぁアオちゃんの言う通りシロ様が近くにいるなら大丈夫なはず。頼もしく片手を上げて笑顔を返してくれた女の子たちは大変可愛かった。


「じゃあ行こう、お姉さん」

「うん……フルフも、二人の事お願いします」

「ピュイッ!」


 何よりも、二人の傍に毛玉が居るのが特に。私が屋敷の中に戻ろうとすると宣言してからいつの間にかヒナちゃんの肩へと移動していた毛玉は、元気に鳴き返してくれた。それを見てか、周りのフルフ達は嬉しそうにふわふわと浮いている。

 返ってきた日常は、これからも過不足なく続いていくらしい。穏やかな光景に思わず微笑みを浮かべつつ、私はこっくんと一緒に屋敷の中を探索することにした。ひび割れまくっているガラス瓶に顔を引き攣らせながらも、最終的には無事な瓶を一つ見つけることが出来たので収穫はゼロではなかったと言っておこう。あとついでに、テーブルの下に隠れていたミハイル・マスクの商談相手と思しき人物を見つけられたのも。

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