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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第九章 あなたの居場所
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三百三十八話「君の答え」

 毛玉に吹き飛ばされた私は覚悟した。ああきっとこの後頭を地面に思い切りぶつけ、意識を失うようなことになってしまうのだろうな、と。というか私は毎回毎回色んな国や街で意識を失いすぎではないだろうか。もはや形式美の一種になってしまっているような。そんな形式美ごめんである。


「っ、わ……!」

「……無事か?」

「あ、シロ様……」


 しかし私が頭を地面に激しく打ち、こんな山奥で意識を失ってしまうような事態はなんとか回避された。地面に体を打つギリギリのところでシロ様が腕を滑り込ませ、私を受け止めてくれたのだ。そこそこ離れた距離にいたのに流石の反射神経である。おかげで傷一つないどころか服も汚れていない。

 しゃがみ込んだ状態で私を横抱きにしたシロ様を見上げる。私が吹き飛んだことに特に焦りもしなかったのか、シロ様はいつも通りの表情で私を見下ろしていた。その泰然とした態度にか、思わず体から力を抜いてしまえばシロ様はそのまま立ち上がる。……え、いや、もう降ろしてくれてもいいのだが。まさかまた毛玉に吹っ飛ばされるのを心配してくれているのだろうか。流石に二度目はない、と……。


「ギュウウウウ……!」

「…………シロ様、降ろさないで欲しい」

「わかっている」


 いや、まだ全然お冠である。後ろから聞こえてきた不満を煮詰め凝縮したような声に、私は咄嗟にシロ様に抱きついた。その瞬間二方向から鋭い視線が飛んできたような気がするが……いやそれはまぁいい。あんまり良くないかもだけど、とりあえずは。今の問題はどうやって悪鬼羅刹のごとく怒り狂っている毛玉に許してもらうか、である。


「ふ、フルフちゃん、落ち着いて……」

「ギュッ!!」

「お、怒っちゃやだよ……」

「…………ギュ」


 とりあえず食べ物でも貢げば……などと考えながらもシロ様に抱えられた状態で方向を転換して貰えば、視界に入ったのはヒナちゃんが毛玉を宥める姿。いかに怒れる毛玉であれど、涙目のヒナちゃん相手には勝てなかったらしい。悲しそうな少女の声を聞けば、何倍にも膨らんでいた体は少しずつ小さくなっていった。尚、私に向けられた鋭い視線は未だ健在ではあるが。


「……シロ様」

「……もういいのか?」

「うん。でももしもう一回吹き飛ばされちゃったら、また受け止めてくれる?」

「ああ」


 けれどその視線からは怒り以上に悲しみが感じ取れる気がして。毛玉の視線を受け止めた瞬間、私はなんとなくこの子と真正面から向き合わなくてはいけない気がした。そうでなければ、決定的な何かを掛け違える気がしたのだ。シロ様に降ろすことを促せば、わかっていたと言わんばかりにシロ様は私を降ろしてくれる。相変わらず頼もしい限りである。

 ……言い訳になるかもしれないが、私はこの子をこんなに怒らせるつもりはなかった。ただ毛玉にとってより安全な居場所を示し、これからは私達から離れそこで過ごした方がいいのではと話を推し進めようとしただけ。そっちの方がこの子にとってはいいと思った。これ以上旅という危険にこの小さな生き物を巻き込みたくなかったのだ。


 でもきっと、それはこの子の意志を無視する行いだった。


「……フルフ」

「…………」

「ごめんなさい。私、貴方に酷いことを言ったみたい」

「…………ピュ」


 ゆっくり、警戒させないようにヒナちゃんの手の中で膨れる毛玉に近づく。すると最初は鋭く睨みつけられたものの、私が謝った瞬間にその瞳の険しさは少し和らいだ。そしてやがて、しおしおと小さくなっていく。たとえるのであればそう、膨らみすぎた風船が破裂してしまったかのように。


「ピュー……」

「え? きゅ、急にどうしたの?」

「ええと……フルフちゃん、お姉ちゃんをケガさせそうになったからしょんぼりしてるみたい」

「そ、そっか……」


 その変わりように困惑するも、ヒナちゃん曰く私に暴力を奮ったことを反省しているらしい。そんな急に、と思ったが落ち着いたところで遅れて後悔がやってきたということなのだろうか。その感覚には私も覚えがある。時に衝動というものには誰しも抗えないものだ。というか私はそれだけの怒りをこの子に覚えさせてしまったのか。逆に申し訳なくなってきた。


「えっと、シロ様に受け止めて貰ったからケガはしてないし……大丈夫だよ」

「ピュイ……」

「それより、フルフがどうしたいのかについて聞きたいんだ。話してくれる、かな?」

「ピュイ」


 つまるところ痛み分け、ということである。いやお互いに痛みを味わっていない以上、この表現はちょっと間違っているような気がしなくもないが。とにかく毛玉が落ち着いたようで何よりである。こころなしか周りのフルフたちの空気も先程より緩んでいるような気がするし。

 さて、先程は私も話を少し急ぎすぎていた。よくよく考えなくてもまずは最初に毛玉の話を聞くべきだったのだ。手を差し伸べれば、ヒナちゃんの手から私の手へと飛び込んできた毛玉。小さな生き物はきりりと表情を引き締めると、こころなしか真剣な声で鳴き始めた。


「ピュイ、ピュ」

「う、うん」

「ピュッ! ピュピュピュ!」

「…………」


 が、やはり私には毛玉の言葉を完全には翻訳できなくて。何か毛玉にとってとても大切なことを訴えているような気はするが……。これは怒りと言うよりは憤り、だろうか。この子は何に憤っている?


「……『自分のむれは、みんなのそばだったよ』って」

「……!」

「『この子たちは自分の仲間だけど、むれじゃない』って。『自分は別のむれに移る気はない』って、フルフちゃんは……」

「ヒナちゃん……」


 けれどその疑問は、すぐに解けていった。そうか、そういうことだったのか。瞳を潤ませたヒナちゃんの言葉に、私は思わず目を見開いた。私は本当に、本当に大事なことをわかっていなかったのだ。


 ……毛玉との旅は、あの微睡みの森から始まった。ジャムを煮込んでいた時に現れた、とても小さな魔物。そんなあの子と出会った時、私とシロ様は本来は群れで居るはずのこの子がひとりぼっちでいたことから「群れからはぐれたのだろう」と思っていた。だからこそいつか毛玉たちの仲間が集まっているところに連れて行って、この子を群れの中に戻せたらと。そのためだけにあそこからこの子を連れ出して。

 でも違った、最初から考え方を間違えていたのだ。毛玉は最初から群れを見つけていた。まだ会ったこともない自分と同じ種族の仲間たちではなく、私達を群れの仲間だと思ってくれていたのだ。だから私が毛玉に別の群れに移るよう勧めた時、怒った。 群れの中に自分なんて居なくても大丈夫だと、そう言われたように思ったのだろう。


「……フルフ、は」

「ピュ」

「本当に、私達の群れでいいの?」

「ピュ……?」


 それは、違う。違うけれど、それでもまだ迷いは残っている。小さな声で問いかける私を、毛玉はつぶらな瞳で見つめていた。その純粋な輝きに胸の奥が詰まるような心地になる。私達を見極めるような、周りのフルフたちの視線だって。


「フルフはあんまり寒いのが得意じゃないよね。暖かい場所で、甘い果物とかを食べるのが好き。……まぁ美味しいものならなんでも好きなんだろうけど」

「ピュイ!」

「ふふ、でもね。ここは暖かいし、果物だっていっぱいあった。この群れに居ればきっと、暖かい場所で美味しいものを食べる……そんな日々を送れる。貴方のことを理解してくれる仲間も、沢山居る」

「ピュ」


 突き刺さる視線たちを前に私は、ただひたすらに誠実でいなければと思った。もうこの子を引き離したいとか、この子の安全のためにとか、そういうのを考えるのはやめにして。ただ毛玉がこの先どうしたいのかを、どこまで覚悟を決めているのかを、真剣に確かめなければいけないと考えたのだ。

 サンザ山。ここは密猟者たちから隠れるに相応しい密林もあれば、あちこちに果物だってある。気温は夜も安定して暖かいし、何より毛玉と同じ種族の生き物たちがいっぱい居る場所だ。この子がこれから一生を過ごしていく上でここ以上に相応しい場所は無い。対して私達の旅といえば。


「対して私達の旅は多分これから、過酷なものになるかもしれない。今回みたいに攫われたり、酷い怪我を負ったりするようなことだってあるかもしれない」

「ピュ……」

「きっと君には、辛い道のりになる」


 これから先、多くの戦いが待ち受けているとわかっている旅だ。赤い羽、枯渇死、ビャク。わかっているだけの困難はこれだけあって、今はわからない困難だってたくさんあって。そして毛玉はその希少性から、或いは私達の能力を狙ってか、また攫われるようなことがあるかもしれない。

 どちらが賢い選択かなんて、あの森で初めて出会った熊の魔物にだってわかるはずだ。でもなんとなく、これから先の問いかけに対する毛玉の答えはわかっていた。分かっているからこそ、私は泣きそうな笑顔で目の前のその子を見た。


「それでも一緒に、来てくれるの?」

「ピュイ!」

「っ、フルフちゃん……!」


 ほらやっぱり、即答なのだ。私の震え声の問いかけに迷いもせず頷いた毛玉を、フルフを、ヒナちゃんがぎゅっと抱きしめる。こうして私たちの間にあったフルフを群れに返すか返さないか問題には、決着が着いたのだった。

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