三百三十話「月下の襲撃者」
見張りの人達を無力化し、籠繭で屋敷全体を囲うことで無事犯人たちを逃がさない包囲網を作ることに成功した私達。しかしそこまで大胆な行動に出てしまえば、見張りの人達の意識を奪っていても屋敷の内部の人達に異常を察知されてしまうわけで。
大きくて豪奢な作りの両扉からぞろぞろと現れたのはいかにも、といった風貌の人間や獣人たち。彼らは最初は見覚えのない籠繭に混乱していたようだが、外で待ち構えていたのが小さな女の子が二人に男の子が一人、そして強そうな戦士に見えるとはいえ一人しかいない男性と見るとすぐに下卑た笑顔を浮かべた。大勢で囲んで叩けばこの程度の侵入者など余裕で排除出来ると考えたのだろう。
が、しかし。
「ぐあっ!? っく、そ……!」
「このっ、ガキ……!」
「っ、フルフちゃん、返して……!」
屋敷の左側の方で疾風のようにかけていくのは風の矢。火では相手を殺してしまうからと、二番目に得意な風の法術で作った矢を短弓から飛ばしているのだろう。小さな体で駆け回りながら、ヒナちゃんは自分の方へと手を伸ばしてくる男達を避け、そうして仕返しと言わんばかりに放った風の矢で相手を吹っ飛ばしている。シロ様の訓練を受けているせいか、その速度は野生動物のように機敏であった。
愛らしい少女の顔に浮かぶのは確固とした覚悟。普段であれば誰かを傷つけようだなんて思わないヒナちゃんは、大切な誰かを守ろうとする時は信念のある戦士になれる。まだ幼いながら、弓を引くその手に一切の迷いはなかった。これもシロ様の訓練のおかげか、それとも普段はつい忘れてしまいがちな過去が要因となっているのか。とにかく、敵に対する容赦は微塵もない。
「はい残念、後ろだよ!」
「ぐあっ……!」
「っ、このっ……!」
「っと、……『流れ撃ち!』」
「うああっ、……!」
それはアオちゃんも一緒だった。華やかな美少女が振るうには似つかわしくない槍は、次々と敵達を床に沈めていく。水の法術を同時に操っているのか、槍先から時折伸びていく水の柱。それは相手を怯ませるだけではなく、薙ぎ払うのにも使えるらしい。一番弱そうに見えるのであろうヒナちゃんに向かっていこうとした男達が二、三人一気に吹き飛ばされた。なんというか、アオちゃんはヒナちゃんに輪をかけて彼らに容赦がない気がする。まぁヒナちゃんのような小さな子供を狙う人達に容赦は要らないとは思うが。
まぁこんな感じに私よりも小さく可愛い女の子たちが余裕たっぷりに敵を殲滅しているのだから、あとの二人はもはや心配するだけ失礼というか。
「ひっ、ひっ……! やめ、やめっ、あああ!」
「ば、化け物……!」
「…………人様の妹に手を出そうとするからだ」
ちらりと今度は視線を屋敷の右側の方へ。声を上げる暇すらなく沈められた人が一人、二人……恐らく五人? 残った二人も落とされた舌打ちと同時に意識を奪われる。白い顔色で地面に倒れ伏せていった彼らに見向きもせず、次の目的へと向かっていったのがジョウさん。どうやらアオちゃんに手を出そうとしている人を積極的に沈めようとしているらしい。基礎的な力や訓練量が違うのか、その槍の振るい方はアオちゃんと比べても堂に入っていた。まぁこれから境界騎士だなんて重責を担う人なのだ。それも当然か。
シロ様には全戦全敗と聞いていたが、十分すぎるほどに強すぎる。私なんて目の前に立った瞬間瞬殺されるレベルだ。一薙ぎで数人を吹っ飛ばし、そのついで近づいてきた一人に足技を決める。数人に囲まれても華麗に受け流し、敵同士の相打ちを誘う。その振る舞いに隙は一切ない。強いて言うならシロ様と比べると若干速度に劣りを感じるくらいだが……いや、戦闘素人の私の言葉など宛にならないだろう。頭の中だけとはいえ偉そうことを考えてしまい少し恥ずかしい。
「……どしたの、お姉さん」
「い、いや……というか、こっち来て大丈夫なの? こっくん」
「まぁ俺の攻撃は基本遠距離だし」
と、そこでつい俯いてしまったのが悪かったのか。中央部で法術を行使していたこっくんがこちらへと近づいてきた。私を案じるように見上げてくる表情は健気に見えるが、その実右手では法術を使い続けている。今しがた、また地面から伸びてきた茨が一気に何人かを地面へと引きずり込んでいったところである。
本日はいつもの土塊を使わず、地面から茨を伸ばして攻撃しているこっくん。多分結構激しい音がするからだろう。あとこの辺りの地盤を気にして、というのもあるかもしれない。だが得意技を出さずとも烏合の衆の前ではそれだけで十分だった。さっきから地面へと引きずり込まれた人達の多くは恐怖に戦き失神している。失神していない人も、首から下全てが埋められては自力で出てくることはほぼ困難。これだと私が後処理をする必要もないのでかなり楽だ。
「ミコさん、あちら。纏めて縛るのがいいかと」
「あっちのヒナさんの方もね。法力は大丈夫?」
「あ、大丈夫です! 今縛りますね……!」
そう、後処理。籠繭を張って暇になった私が今何をしているかと言えば、ヒナちゃんやアオちゃん、ジョウさんの攻撃によって一時的に意識を奪われた人達が後に厄介なことを起こさないよう縛って回っているのだ。私、というよりは糸くんと言う方が正確だが。アイさんとイファさんの指示に従い、視界に入る範囲で倒れた人を次々とぐるぐる巻きにしていく。糸の盾などは現状あの面々に必要なさそうなので、縛り役に徹しているというわけだ。
「百人程度って言ってたかしら。やっと半分、ってところね」
「……あの、イファさん。フルフ、は……?」
「見つからないわ。彼も結構移動して回ってるけど、この屋敷無駄に広いわね」
「そう、ですか……」
時折私が外の白い壁を作っていると気づいて向かってくる勘のいい人が居るが、それらは大体こちらに着く前に倒れ伏すかアイさんが吹き飛ばしてくれている。その工程をどれほど繰り返したのか。結構な時間を経たというのに、中の敵はまだまだ残っているしフルフもまだ見つかっていないらしい。シロ様とイファさんという二重の捜索を持ってしても、である。イファさん曰く地下室もある上に四階建てらしいし、そう簡単に見つかるものでは無いのかもしれないが……。
「……ミコさん、あのふわふわさんは結構なお転婆でしたよね?」
「えっ、は、はい。結構元気、というか……」
「でしたら一人で逃げ出した、という可能性は考えられるのでしょうか?」
「……そ、れは……」
それでもここまで見つからないとなると、誘拐犯がミハイル・マスクでは無かったという可能性も出てくるわけで。心が不安に揺れる最中、アイさんから投げかけられたのはそんな質問。フルフが一人で逃げ出した、か。正直、その可能性は無いとは言いきれない。だからこそ余計に不安なのだが。
はっきり言おう、フルフは捕まって大人しくしているような性格では断じてない。最近はヒナちゃんにアオちゃんと庇護する対象が増えたせいもあってか、より張り切っているように見えたし。二人が泣いてるかも……! と抜け出している可能性は半々、というか七割くらいあるだろう。しかしそうなって来ると本当に困る。だって何処にいるかまるで検討が付かなくなるだろう。それに仮にフルフがここに居なかったとしても、ここまで攻め込んでおいてこのまま帰る訳にはいかないし。というかそんなことしたらイファさんにしばかれそうである。
「よければ私が一度外に出て探しっ……!」
「っ、アイさん!?」
眉を下げる私を見て何を思ったのだろう。ふっと表情を緩めると、何かを言いかけたアイさん。しかしその言葉は、途中で途切れることになった。次の瞬間聞こえてきたのは金属同士が擦れるような高い音。次いで風圧。私を庇うように前に出たアイさんの、その向こう。月明かりに照らされた銀色が風にたなびくのが見えた。
「……どいてもらえないか。彼女を殺さなくてはいけないので」
「……それを聞いて、退くと思うのかな」
いつのまに現れたのか、そこに居たのはメイド服に身を包んだ美女。乱戦状態になっていた屋敷前を潜り抜けて、その人は私を狙いに来ていた。温度の無い瞳に浮かぶ殺意に、背筋に冷ややかなものが落ちていったような感覚に陥る。しかしそんな美しい襲撃者を前に、アイさんは一歩も引かない。上品な敬語は放り投げ、威圧するかのような男性口調へと切り替えたアイさん。鍔迫り合った槍と双剣の間で火花が散る。
やがて力が拮抗しあったことでか、両者が武器を強く押し込んだ瞬間に奏でられた高い音と共に、月下の元ひらりとスカートが舞った。
「……ミハイル様の目的の遂行のため、」
あなた方には、消えてもらう。身を翻して距離を取った彼女の視線は、しかし変わらずに私を見つめていた。




