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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第九章 あなたの居場所
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三百二十一話「毛玉大脱走」

「……?」


 その生き物は、自分の居る地面が大きく揺れたことで目を覚ました。つぶらな茶色い瞳をぱちぱちと瞬きすること数回、何度瞬きを繰り返しても生き物の視界は真っ暗なまま。暫く経って、生き物……フルフは、自分がどこか暗いところに閉じ込められていることに気づいた。恐らくは何かに閉じ込められて運ばれ、今目的地に到着したのだろう。先程の揺れはどこかに置かれた瞬間の衝撃だ。

 何故こんなことになったのか。小さな体でフルフは考える。自分はさっきまで小さな女の子たちと、何やら美味しそうなものを買おうとしていたところだったのに。ヒナタとアオイの二人が傍に居ないこと、クレープを食べ損なったこと。それら二つが重なり、フルフは暗闇の中で静かに落ち込んだ。が、いつまでも落ち込んでは居られない。


「ピュ……」


 フルフは考えた。知恵熱が出るくらい考えた。自分は今何か危機的状況下にあるのではないかと。小さくふわふわとした体と間の抜けた顔とは裏腹、フルフという魔物は存外賢い。これがただの迷子ではないと本能で察していた小動物は、大声を上げて群れの仲間たちを呼ぶことは避けた。暗闇の中、何か手がかりはないかと辺りを見渡してみる。

 しかしこの空間には光の一つすら差し込まず、辺りの様子は一切窺えない。視覚からは何も情報が得られないと判断したフルフは、今度はそっと壁に触れてみた。想像よりもその材質は柔らかい。これはそう、自分がいつも仕舞われる「りゅっく」というものに似ている。安心感が段違いとは言え。それに気づいたフルフは、またしても上を見上げた。これが「りゅっく」ならば、上の方にアレがあるはず。


「ピ……」


 フルフはぴょんと跳ねると、空間の上の方に突撃してみた。すると「ちゃっく」らしきものの感触が。フルフはきらきらと目を輝かせる。自分は今、多分「りゅっく」の中に居る。或いはそれと同類の「かばん」の中に。普段は尊が出してくれるまで大人しく待っているフルフだったが、手段を選ばないのであれば出る方法はあるのだ。


「ピュイ……!」


 幸いにして食事は普段からたっぷりと与えられているし、法力も以前布を織る際に余ったものが残っている。全身に力を込めたフルフは、その身を発光させると「りゅっく」の繊維を()()()()()

 フルフは糸から布を織ることが出来る。それが出来るならば、その逆も可能だったというだけの事。暫く繊維を解いていくこと数分。開いた小さな穴から、まるで軟体生物のようにフルフは外へとまろびでた。これもフルフの体がほとんど毛で出来ているから可能だった事である。そうして外の世界に出たフルフは、しかし出発早々ピンチに陥ることに。


「っ、お前!」

「ピュイ!?」

「くそ、どっから出やがった……!」


 まぁ当然とも言うべきか。その鞄の外には見張りが居たのだ。飛び出たフルフを待っていたのは、人相の悪い赤髪の男。獣人なのか、頭のてっぺんからは熊のような耳が伸びていた。男は凶悪な表情でフルフを睨みつけると、その手をフルフの小さな体へと伸ばしてくる。それを既のところで避け、フルフは部屋をごろごろと転がっていった。


「ちょこまかと……! お前に逃げられると、俺らが依頼主サマに殺されんだよ!」

「ピュ、ピュイ……!」


 が、それだけで諦めるなら最初からフルフは誘拐などされないわけで。フルフが全身を使う形で部屋中を転がり回っても、男は諦め悪く追いかけ回してきた。しかしフルフだって必死だ。小さな体を思い切り揺らし、目を回しながらも必死に出口を探す。

 だってきっと、自分が突然居なくなったあの群れは悲しんでいるだろうから。みんなみんな寂しがり屋で、強がりで。だからフルフが居てあげなくてはいけないのだ。寂しさを埋めて、心の奥底に沈めてしまう本音を引き上げるために。だからこの男にいくら都合が悪かろうと、フルフは捕まってあげる訳には行かない。


「っ、ピュ!!」

「っあ、このチビ……!」


 散々部屋を転がりまくって見つかった突破口は、中途半端な扉の隙間。自分の体がなんとかギリギリ入りそうなその隙間に、フルフは思い切り飛び込んだ。しかしいくら部屋を抜けれたとは行っても、そこはこの建物にある部屋の一つに過ぎないわけで。


「おい! 捕獲対象が逃げたぞ! 捕まえろ!!!」

「ピュイ!?!?」


 部屋から出たフルフを待っていたのは、更に大勢の男達だった。男の声を合図にか、フルフを大勢の人間が追いかけてくる。それに毛を逆立てながら、フルフはまたごろごろと転がっていった。


「こいつ、見かけによらず素早い……!」

「何やってんだよ! 回り込め!」

「ピュ……!」


 赤いカーペットを男達の足の間をくぐり抜けることで駆け抜けていき、暫く進んだところで階段の手すりへと飛び乗り更に勢いを付ける。体のあちこちは怪我をしていたし、毛並みには埃が纏わりついて気持ち悪かった。けれどそれでも、ここで足を止める訳には行かなかったのだ。

 ここがどこなのか、どうして自分はこんなことに居るのか。そんなことはどうでもいい。大切なのは群れの皆だ。自分が居なくなったことで、どんな騒ぎになっているだろう。きっと小さな子は泣いているし、綺麗な子も一緒に泣いてるかもしれない。黒髪の子は責任を感じて苦しむだろうし、白い子も冷たそうな表情の下で焦って自分を探していることだろう。


 そしてフルフを見つけてくれた、美味しいものを作ってくれた、片目の女の子は。


「ピュイ……!」


 フルフは知っている。あの子はこの世界で本当の意味で一人ぼっちで、いつだって不安で、そしてとても寂しがり屋だということを。だけど自分の周りが自分よりも小さい子ばかりだからか、ギリギリのギリギリになるまでいつも痛いのを我慢して。

 その痛みは白い子が見つけ出して拾い上げてくれるけれど、白い子の言葉は不器用だから。だからフルフが居なくてはいけない。フルフがあの子を支えなくてはいけない。他の誰でもない、あの子のために『作られた』フルフが。だからフルフは本来の故郷から遠く離れたあの森で、二人と出会ったのだ。


「ピュイッ!」

「あっ」


 必死な思いでフルフは転がった。転がり続けた。何人もに追いかけられ、放たれる法術のせいで毛並みの一部が焦げたり裂けたりしても。ここは自分の居るべき場所じゃない、ここは自分の群れじゃない。自分はあの子と、あの子の仲間たちに会いに行くのだ。

 そのことだけを考えたフルフが辿り着いたのは、一階。何十人対一匹の鬼ごっこの勝者は、まもなく決まろうとしている。最後の階段を転がり終えたフルフは、一目散に窓の方へと向かった。あそこから出れれば、ひとまず自分の勝ちだ! もう体もボロボロな状態の毛玉が、唯一の光明に向かって進もうとした瞬間。


「これは、なんの騒ぎだ」

「ピュッ……!」


 フルフの前に立ちはだかったのは、ヒールの高い靴を履いた女だった。銀の髪を揺らすその女の瞳は、氷のように冷たくフルフを見下ろしている。その姿を見た瞬間、フルフの表面は倍以上に膨れ上がった。思い出したのだ。この女こそが、あの時自分を群れから引き剥がした犯人なのだと。

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