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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第九章 あなたの居場所
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三百十八話「交渉代理人の代価」

「手のひら大の白いふわふわとした魔物、ね……」


 それからこっくんはイファさんにフルフの件について説明した。フルフの見た目の特徴から始まり私達と一緒に旅をしていたこと、今日目を離した隙に行方不明になったことまで全てを。ついでに、イファさんを除いた容疑者候補についてまで。

 行方を知らないか、そう尋ねたこっくんにイファさんは何も答えず暫く黙り込んだ。伏せた瞳の色は窺えず、何を考えているかはわからない。けれど少しの間の後ふ、と落ちていった溜息は言葉よりも先にこちらに意味を教えてくれる。……ああ、彼女もきっと。


「……悪いけど、心当たりはないわ」

「……そう、ですか」


 フルフの行方について、心当たりはないらしい。まぁそれもそうだろう。強欲令嬢なんて呼ばれてはいるが、彼女は冠の水に属す店長さんの知り合い。私達に丁寧に説明をしてくれたのも相まって、今となってはフルフを誘拐するような人には思えない。そうなると当然覚えもないだろう。となるとこっくんの予想通り犯人は……。


「でも、力になれることはある。主にまだ貴方達が接触していない犯人候補である、ミハイル・マスクのことについて」

「……!」


 などと考えている内に、イファさんの口は開かれた。ミハイル・マスクついて、イファさんは何か知っているのだろうか。確かに同じ第三デッキの人間であるし、私達とは違って話す機会がないこともないはず。それならば、私達よりも持ってる情報は多かったり?

 じっとイファさんを見つめれば、彼女はわかっていると言わんばかりに微笑んだ。というよりは、私の隣に座るヒナちゃんに微笑んだのかもしれない。なんせちらっと視線を向けたところヒナちゃんは、「フルフちゃんの手がかりかも!? 」と必死な表情でイファさんを見つめていたから。その切実な感情を悟ってくれたらしい。イファさんは小さく深呼吸をすると、ミハイル・マスクについて教えてくれた。


「あたしは何度か話したことがあるけれど……コクさんの言う通り、彼は欲深く執念深い人間よ。自分の美貌を保つことに執着している」

「……美貌、ですか?」

「そう。ま、プライドがあるだけあってそこそこな美形ではあるわね」


 欲深く、執念深い美に執着している人間。それは聞くだけでなんというか、あまり関わり合いになりたくない人間というか。こっくんの見立てでもろくな性格ではなさそうという話だったし、尽く悪評しか聞かない人である。現状聞いた褒め言葉は美形って点くらいだ。


「彼はミツダツ族の領地の貴族だけど、あそこの貴族には独特の価値観があるわ。それは、己の美をミツダツ族の者に認めてもらうこと」

「……それ、はいけるんですか?」

「ミハイル・マスクがミツダツ族に認められるか? ま、無理でしょ。そこそこの美形とは言え、幻獣人には到底及ばないし。それに案外ミツダツ族は、外見より心の美しさを重視してるように思えるから」


 それも幻獣人には及ばないレベルらしいけれど。幻獣人は確かに美形が多い。人智を超えたレベルであるアオちゃんやシロ様は別次元として、こっくんだって三白眼が特徴的な子役やらに居てもおかしくない顔立ちだし、ヒナちゃんだってアイドルと並べても遜色ない。霞んだ顔なのは私のみである。

 ……私のことは置いておいて。その上で酷評されるような人格であるならば、彼の願いは叶わないも同然のものなのかもしれない。そして尚且つ、フルフを攫った可能性も高くなる。人格者とは到底言い難い、美に執着している人物。そんな彼ならばフルフを攫うことで、別の目的を叶えようとする確率も高いと言えるだろう。


 そう、ヒナちゃんを手に入れるという目的を。


「……?」


 犯人の確率が高まったな、と思わず眉を寄せていた私。しかしそこで私はイファさんが妙な動きをしているのを見て、思わず瞬きをした。何かを手のひらの中に隠すようにして、テーブルにそっと這わせたイファさん。その手は密やかにこちらへと伸ばされる。

 その何かを隠すような仕草に、私は一瞬だけ隣に視線を向けた。私の隣のヒナちゃんは一生懸命考えているのか俯き気味で、こっくんも目を伏せていてイファさんの動きには気づいていない。ということはこれは、私のみに伝えたいメッセージだ。さりげなく彼女を真似するようにテーブルに手を置けば、一瞬だけその白い手のひらと私の手が重なった。手の中に残ったのは、いつの間に書いたのか文字の描かれた紙の切れ端。


『彼は先日の災害級の騒動で、首元に傷が出来た』

「……!」


 そうして齎されたヒントは、もはや答えも同然で。ヒナちゃんへと向けそうになる視線をなんとかねじ曲げ、その紙をポケットへと仕舞う。そういうことですか? 問いかけるように見つめれば、彼女は挑戦的に微笑んだ。私にはそれが、その通りの意味だという表情にしか見えなかった。


「……ともかく、彼が貴方達の仲間を攫った犯人である可能性は高いわね。いいわ、こうしましょう。あたしが彼から情報を聞き出すのを手伝ってあげる」

「……え?」

「その代わり代価が欲しいわ。ミコさんと二人で話す権利を頂戴?」


 やはり相手の真の目的はフルフじゃなくて、きっと。思わず私の表情が強ばったのを見て、何を思ったのだろう。イファさんは快く手伝いを申し出てくれた。いや、快くとは少し違うか。謎の条件を提示されたのだから。私と二人で話す権利?


「……何が目的だ」

「彼女に質問があるの。貴方達幻獣人に聞かれては、ちょっと都合の悪い質問がね」


 別にそんなのはいくらでも、と口が滑りそうになった瞬間。隣の隣から聞こえてきた低い声に、私は口の端を引き攣らせた。ああ、うん……そうか。私と二人きりで話したいなんてことを言われれば、過保護なところのあるこっくんはそりゃあもうバリバリに警戒するだろう。しかもそんな言い方までされてしまえば。

 幻獣人に聞かれては都合の悪い質問、とは。というかまた質問なのか。イファさんは問いかけが大好きである。私なんて大した答えも出せないというのに一体何が聞きたいやら。けれどそれだけの対価でイファさんにミハイル・マスクと交渉して貰えるなら、こちらにとってかなり都合はいい気がする。


「彼は自分よりも身分が下の者を見下し、高いものには攻撃的になる面倒なタイプの貴族。情報を探るにも貴方達じゃ苦労するし、余計に時間がかかるでしょう?」

「……それは」

「あたしと彼、トモダチなの。上手いこと聞き出せることを約束するわ」


 予定ではこっくんが話をする手筈ではあったが、イファさんはミハイル・マスクと既に顔見知りときた。その上でこの余裕の表情。彼と話す上でのコツも、きっと彼女の方がよく知っていることだろう。彼が面倒なタイプであればあるほど、この件は手馴れた人に任せた方が効率がいい。

 ましてや対価が私と二人きりでの話というのであれば、損は無いも同義だろう。こっくんは何やら苦悶の表情で葛藤しているが、どう考えても今最優先すべきはフルフのための情報を得ることだ。そう考えた私は眉を下げたヒナちゃんの頭を安心させるように撫でると、ゆっくりと頷いた。


「……それなら、お願いします」

「っ、お姉さん!」

「そんなに心配しないでこっくん。大丈夫だよ、イファさんは悪い人じゃない。それはこっくんだってわかるはず」

「…………」


 彼女は前評判のように強欲そのものを纏う人では無い。冠の水に所属する人間だからと無条件に警戒を緩めている訳ではなく、店長さんが私達の元へ送った人間だからそう信じられる。もし仮にこれまでの話が全部嘘だったとして、彼女と話すことで私が何か危険な目に遭う事になったとして。そうだとしても私にはシロ様が居るから。それならば仲間を失う以上に恐ろしいことが、この世にあるだろうか。


「……シロにキレられても庇わないから」

「うっ……いや、それは助けて欲しいかも……」

「……ふ、冗談だよ。そうなったら助ける、から」


 俺に任せて。私のことを信じてくれたのかそう笑ってくれたこっくんに、笑みを返しつつ。さて話は纏まったぞ、と私は再びイファさんに視線を戻した。相変わらず意図の読めない笑顔を浮かべるイファさん。しかしその笑顔はどこか、先程よりも満足そうに見えた。


「ま、今は時間が無いし先にその誘拐事件の方をどうにかしましょう。話す機会は解決してからでいいわ」

「へ、あ、ありがとうございます……」


 が、今すぐお話したいということではなく、どうやら先にフルフのことを優先してくれるつもりらしい。それを聞いた私たちはきょとんと三人で顔を見合わせると、それぞれ力の抜けた笑顔を浮かべた。やっぱりイファさんはなんと言うか、振る舞いがちょっと高圧的なだけでいい人な気がする。そんなわけでフルフ捜査線には、また一人助っ人が加わったのであった。

来週はお盆ということで更新をお休みさせていただきます。

次回更新は8/19の月曜日予定です。

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