三百七話「君の取り柄」
「そうなると怪しいのは第三デッキに居た連中だ」
「……第一、じゃないの? もしくは第二~とか……?」
私の突拍子もない発言。しかしそれを少しも訝しむことなく、二人は受け入れてくれた。座っている私達を日差しから庇うように立ったシロ様は腕を組みながら告げ、首を傾げたアオちゃんは断定したシロ様に不思議そうに問いかける。
アオちゃんとしては、私達と同じ階層の人……まぁつまり船にて第一デッキを居住にしていた人が怪しく思えるのだろう。理由としては単純に生活環境が近くフルフを目にする機会が多かったから、だろうか。しかし私としてはシロ様の案に一票だった。
「フルフは愛玩動物としてハンターに狩られやすい魔物だ。さて、ハンターは捕らえたフルフを誰に売ろうとする?」
「え、そりゃおかねも……あ、」
「そうだな。狩りとして相棒にするならともかく、魔物を愛玩する文化はごく一部の人間、貴族の中で更に上位に位置する者たちに根強い人気を誇る文化だ。我としては心情が全く理解できん」
「あ、あたしは綺麗な子だったら気持ちわかるな~ってなるよ……」
……なんか私の知らない情報が二人の会話に含まれている気もするが。私が考えていたのは、「こんな割と命がギリギリの世界でペットを飼う余裕がある人、よっぽどのお金持ちくらいだろうなー」くらいのことだったのに。貴族には何やらわざわざ魔物をペットにする文化があるらしい。そりゃあ魔物は倒す者認識のシロ様には理解できないし、綺麗なものが好きなアオちゃんには理解があるだろう。
「わかったな。あんな弱そうな生き物と従魔契約する一般人は居ない。個人的に武力がある者の方が、フルフを愛玩目的のために気安く従魔にできる」
「そっか、人間って法力少ないもんね……」
「え……?」
そして更に新規情報の気配が一つ。弱そうな魔物と普通の人は従魔契約をしない、何故ならば人間は法力が少ないから。いまいちイコールできちんと結ばれない話に首を傾げれば、シロ様は「しまった」と言わんばかりの表情を浮かべた。ああ、いつもの伝え忘れらしい。
「……言い忘れてたな。従魔契約は契約主側の法力がかなり重要視される。端的に言えば一般的な人間の法力では従魔契約は一匹が限界だ」
「そ、そうなんだ……」
とはいえシロ様はちゃんと話と話がイコールで結ばれる理由を教えてくれるので、よっぽどなことじゃ無い限り怒ろうとは思えないのだが。直近でちゃんと伝えてほしいと思ったことは、霧雪大蛇の中にあった紙のことくらいだろうか。
それはともかくとして。成程、それなら尚更第一デッキ、第二デッキの人がフルフを攫った可能性は更に低くなるだろう。私達と同じ第一デッキの人は旅人や裕福な商人の一家といったちょっとした小金持ちが多く、第二デッキは大商人や爵位が低い貴族の人。で、第三デッキがあのコーナー家ご子息の男性のような貴族の中でも上の立ち位置になる人となる。……爵位に関しては詳しくないのでご勘弁いただきたい。多分伯爵?とかそこら以上だと思う。
「でもでも、従魔契約しなくてもフルフちゃんはあたし達と居たよ? おんなじように出来る~って思うんじゃない?」
「逆だ。我らと居たからこそ、相手には従魔契約という手しか取れない」
「?」
私が従魔契約と法力の関係を理解したのを察してくれたらしい。そわそわとシロ様への質問を待っていたアオちゃんがそこで手を上げた。やはりまだいまいち第三デッキの人間が手を出したとは考えにくいようだ。が、わざわざ従魔契約を結ばなくてもフルフを懐柔できるのは、という理論には一理あるような気がする。
「ミコの言う通り相手が我らを暫く前から監視し、フルフを奪う機会を虎視眈々と狙っていたなら、フルフが我らとの時間を好んでいたことは十二分に知っているはず。その上で我らの元まで逃げられることを危惧し、無理やり従魔契約を結ぼうとするはずだ」
「っ、そんなの……!」
「ああ、阻止しなくてはいけない」
けれどやはり、シロ様はその一手二手と先を行く。そう、私の計画的犯行という考え方が合っているのなら。その場合、犯人はかなり用意周到な性格のはず。懐いてくれるかも、なんて楽観視をする可能性はかなり低いと見ていいだろう。
その上で絶好の機会を待つだけの執着も持ち合わせているとなると、フルフを決して逃さないために従魔契約を結ぶ線がかなり濃いはずだ。従魔契約は一度結ばれればその契約は一生解くことは出来ず、契約主から離れると魔物側が弱ることになってしまう。無理やり従魔契約を結ばされるフルフを想像したのか、勢いよく立ち上がったアオちゃん。そこに浮かんでいた憤怒の色は、しかしシロ様の表情を見た瞬間に一気に引いていった。
「……し、シロくん? 怒ってる?」
「そう見えないように努力している」
「出来てないよ!!」
何故ならば同じ想像をしたらしいシロ様の表情は、その二色の瞳には、今までで見たことがないくらいの極寒が吹雪いていたので。
「……シロ様、落ち着いて。まず街からいつもの風で調べるやつでやってかない? ダメ元で、フルフの声を探る感じで」
「……しかし、船の方は」
「まだ用意周到な計画的犯行って決まったわけじゃないよ。通りすがりのめちゃくちゃ運が良かった素早い人がフルフを攫った可能性もある」
流石にこの状態のシロ様を宥めるのはアオちゃんには荷が重すぎる。そんなわけで私はシロ様の両手を取ると、包み込むような形で握った。温度の高い手のひらは、怒りからかいつもよりも熱く感じる。その体温を私で冷ますように。
……フルフが攫われた瞬間鳴き声を上げなかった以上、何かしらの方法で意識を刈り取られている可能性は高い。まだそう時間が経っていないことを鑑みるに、フルフの意識が戻ったことは期待できないだろう。だからシロ様はいつもの風に聞く術に頼らなかった。けれどダメ元で、メインとしてはシロ様の怒りを落ち着かせるため。多分脳内でフルフが従魔契約を迫られ脅される図を浮かべてしまった身内には優しい男の子を、宥めるため。
「やれることからコツコツやってこう。今から積み重ねれば、絶対間に合うよ」
「……根拠は?」
「今、私の目の前にある」
フルフが脅しや暴力でこれから無理矢理に迫られる可能性。それを恐れる気持ちはよくわかる。あの毛玉が酷い目に遭っていたら、その光景を想像するだけで吐き気がするのも。けれどシロ様の一番の取り柄はその強さ。そして二番目は冷静に着実に正解を積み上げ、成果を何が何でも奪取するところである。
揺らいだ瞳を真っ直ぐに見つめた。私と一緒でフルフは弱く、自分で抵抗ができない。そういった弱者の気持ちがわからないから、シロ様は想像から動揺してしまったのだろう。でもどんな絶望でも壊すことが出来る根拠は、私の目の前にあった。法術しか効かなくてとんでもなく硬いセミ、何百人の命を奪った大蛇、船を破壊しようとした巨大タコ。
そんな絶望を壊してきたシロ様が今更、毛玉一匹を救えないわけがない。
「……風に聞く。手は握ったままでいろ」
「うん、よろしくね」
シロ様に一番効く薬は、どうやら私の信頼らしいので。私の言葉に一度目を見開いて、瞬きをして……そうして表情を凪がせて。そしてシロ様は立ったまま目を瞑ると、耳をすませた。私はそれを静かに見守る。いつの間にか自分に出来ることが自然にできるようになっていたこと、そのことを内心嬉しく思いながら。
「……あたし空気じゃんね~。フルフちゃん見つけたら、あたしもミコ姉といちゃつこ」
……あとちょっと、アオちゃんの発言から危険なものを読み取りながら。「いちゃつく」が指す行為は、できれば家族がするようなコミュニケーションくらいであってほしい。




