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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第九章 あなたの居場所
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三百六話「ぶつかり男の罪状は」

「捕らえたぞ」

「ひっ、ひい……!!」

「…………」


 シロ様とこっくんが突然風のように駆けていった、その数分後。戻ってきた二人、というかシロ様の手には見知らぬ人の首根っこが握られていた。なにこれデジャヴ、と思ってしまったことを許して欲しい。数日前にも私は船の上で同じ光景を見たので。


「……その、ひとまず降ろそうか。首締まってるよねそれ」

「ああ。なんなら落とすか?」

「意識をだよねそれ!? そしたらお話聞けないでしょ!」

「……お前が望むなら仕方ない」


 シロ様に捕らえられていた人は男性で、ちょっとヤンチャしてそうな見た目の二十代前半の茶髪のお兄さんだった。しかし私が目を逸らした隙にシロ様に何をされてしまったのか、完全に萎縮しきってしまっている。偏見で申し訳ないが、明らかにイケイケそうなお兄さんなのに。

 アオちゃんにぶつかった瞬間法術を使っていたらしいので限りなく黒いが、ワンチャン無罪の可能性がある人を放っておくのは何となく気が引けて。それとなくシロ様に離してあげるよう頼んでみる。その結果渋々ではあったがなんとかお兄さんを解放することに成功した。肩で息をしている辺り、完全に技が決まっていたらしい。意識を落とす前に救出できて何よりだ。


「……え、えーとシロ様? この人がアオちゃんにぶつかって来た人……でいいんだよね?」

「ああ。ついでに風の法術を悪用し財布を盗んだらしい」

「えっ」

「えっ!?」


 だがまぁ彼は無罪なんかではなかったらしく。恐る恐ると尋ねてみたところ返ってきたお返事に、私は思わず間の抜けた声を上げてしまった。ついでにアオちゃんも仰天とした声を上げたあと、ぱたぱたとコートのポケットを漁っている。……暫く経って青ざめたところを見るに、本当にお財布が無くなっていたらしい。別行動用に私が預けた小さな巾着のことである。


「ほらアオ、これ」

「あ、ありがとうこっくん……! これ、この人が?」

「そ。俺らが話あるんだけど、って近づいた瞬間すぐ法術使ってきてさ……」


 黒でしかないよね。呆れた表情でアオちゃんにその巾着を返してあげたこっくんは、その足をお兄さんの足の間に振り落とした。逃げようとでもしていたのだろうか。その行動にお兄さんの肩は大きく跳ね、引きつった顔には何かを誤魔化すような愛想笑いが浮かぶ。

 ……こっくんの動きが、完全にヤのつく自由業の方のそれである。シロ様の悪い影響が出ている、と思わず私まで表情が引き攣ってしまった。……い、いやいや落ち着け! 物騒な男子コンビを前に動揺している場合では無い。この人がアオちゃんのお財布を盗んだというのなら、他のものを盗んだ可能性だって高いのだ。


「……貴方が盗んだのは、この子のお財布だけですか?」

「……それ以外何盗むわけ? 値打ちのありそうなモン持ってないガキから?」

「…………」


 尋ねたところ、随分と小馬鹿にしたようなお返事を頂いてしまったが。まぁ泥棒なのだ、感じが悪いくらい普通だろう。今大事なのはこの人の態度よりも、言っていることが本当かどうかだ。見たところ嘘は言ってないように見えるが、果たして。


「……コク、足から折れ」

「言われなくても。お前口抑えとけよ」

「ああ。……それと、抵抗されたら面倒だ。先に縛っておくか?」

「ひっ……!」


 ……その辺りを見抜きたかったのだが、どうやらそれよりも暴走状態のシロ様こっくんを止めることが急務らしい。私が小馬鹿にされたせいか、というよりは元々アオちゃんから財布を盗むという卑劣な行為に苛立っていたのもあるのだろう。公共の面前で一気に物騒さを押し出してきた二人を見て、私のこめかみに冷や汗が伝った。まずい、このままでは私達の方が逮捕される。


「二人ともストップ! まずお話聞こ!? ね!?」

「……ミコがそう言うなら」

「……わかった」


 上手いとこ話だけ聞き出して、このお兄さんにはささっと避難して貰おう。警備隊辺りの方に泥棒だと突き出せば少なくとも命は助かるはずだ。泥棒をした以上黙って見逃す訳にも行かないのでそれが最善な手である。


「……その、命が惜しければササッと話して投獄された方がよろしいかと……」

「……くそ」


 投獄されるのは嫌そうだったが、流石に命には変えられないと考えたらしい。私が下手におずおずと話しかければ、お兄さんはガックリと項垂れながらも頷いてくれた。そのお兄さんが語った話がこうである。

 お兄さんはスリの常習犯で、今日もいい感じの獲物が居ないか探していたらしい。で、そこでうきうきと楽しそうにしているヒナちゃんとアオちゃんに目を付けたと。あとはさりげなくぶつかって財布を強奪。そこそこの中身にご機嫌になっていたところ、二人の悪魔に襲撃されたらしい。……ご愁傷さまというか、スリの常習犯なら自業自得というか。


「……ところで、その時にふわふわとした生き物は見かけましたか?」

「……ガキたちの近くに? 居なかったけど」

「……そう、ですか」


 で、その時にはもうフルフは居なかったと。このキョトンとした顔を見るに、嘘は吐いていなさそうだ。シロ様に視線を向けても特に妙な反応はされなかったし、彼はフルフ誘拐の件については白なのだろう。まぁ失礼ながら、この状況下で嘘を吐けるほどの胆力があるようには見えないので。


「それならお前は用済みだ」

「そうだな、どこに捨てる?」

「……お、おい、せめて警備隊に突き出すくらいにしてくれよ……!」


 だって自分よりも小さい少年たちにこれだけ怯えるくらいである。いやまぁ、私が見ていないところで酷い目に遭わされたのかもしれないが。

 物騒な相談を始める少年たちを前に怯えるお兄さん。確かに二人の言葉は明らかに冗談ではなさそうである。というかまず冗談じゃないのだろう。このままでは魚の餌ルートパート二が始まってしまうので、私がなんとかしなければ。普段常識的なこっくんでさえ、フルフの誘拐に財布盗難と事件が続いてあまり冷静じゃなさそうなので。


「……ヒナちゃん、このお兄さん悪い泥棒さんだから……えっと、こっくんと一緒に警備隊の人のところに連れて行ってくれる?」

「え、わたし……?」

「うん。ヒナちゃんにお願いするのが一番いいな、って」

「……! うん!」


 とりあえずシロ様とこっくんを隔離して、こっくんに冷静さを取り戻してもらおう。そう考えた私はヒナちゃんに監督を頼むことにした。ヒナちゃんに傍に居てもらえればこっくんもシロ様によるバーサーカー感染が落ち着くはず。

 両手を合わせてお願いすれば、ぱあっと表情を輝かせたヒナちゃん。とことことこっくんに近づき「いっしょに行こう?」とはにかむ姿は大変可愛らしい。これでヒナちゃんの方の責任感からくる呵責が落ち着くことを期待しつつ、私は二人の少年少女に送られるお兄さんを哀れみの目で見送った。シャバに出たら今度は真っ当に生きて欲しいところである。


「で、宛が外れたがどうする?」

「……うーん、そうだね」

「ミコ姉……」


 さて、しかしシロ様の言う通り宛は外れてしまったわけで。今から列に並んでいた人を探すのは現実的では無い以上、どうするのか。シロ様の問い掛けと、アオちゃんの不安そうな声にはそんなものが滲んでいるように思えた。けれど少し落ち着いて考えたこともあり、私の中には新たに一つ心当たりが生まれていたのだ。


「……二人はさ、今回の事件って計画的なものだと思う? そうじゃないと思う?」

「……?」

「私はさ、計画的なものだと思うんだ」


 ベンチの上、空いたヒナちゃんの席……すなわちアオちゃんの隣に座ると、ふっと私は息を零す。そして空を見上げた。嫌味なくらいに青い空は何故かやけに眩しくて、もう一つしかない目を焦がすようで。でもその光から目を逸らしてはいけない。

 シロ様とこっくんが離れている少しの間に考えていたこと。それは今回の犯行が、やけにスムーズだったなということ。私やシロ様、こっくんが離れたタイミングで。二人が意識を外したほんの僅かなタイミングで。その瞬間犯人は、まるで手品のようにフルフを奪い去って行った。まるで虎視眈々と狙っていたように。


「もしかしたら相手は、フルフが船に居た時からこの計画を練ってたのかもしれない」

「……!」


 そこから考えたのは、これが船に居た時からフルフを狙っていた人による犯行なのではないかということ。だからこそ今回あの警戒心の高いこっくんの隙を突いて、フルフを攫えたのではないかということ。そしてそれが本当なら……。


 もしかしたら私達は何度か、あの船で犯人に会っているかもしれないということ。

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