三百三話「買出し中のトラブル」
そんな風にちょっと恥ずかしい思いをしながらも露天でブローチを購入した後、私たちは市街地の中心部に向かうことにした。露天の店主であった女性に尋ねたところ、やはり中心の方が店が集まっていて便利だと教えて貰ったからである。
その情報の通り、確かに中心部の賑わいはすごかった。立ち並ぶ露店、ぎゅうぎゅうのすし詰め状態になっている店舗たち。こっくん曰く、ミツダツ族の領地から一番近いこのカサヴァの街はエーナ程では無いが貿易街として一部に有名なんだとか。
で、今。
「じゃあ私とシロ様はこっちの本屋さん側見てくるから。こっくんが居るから大丈夫だとは思うけど……はしゃぐのは程々にね?」
これだけ店が近く同士にあるのだ。それぞればらけて目当ての物を購入した方が効率が良いだろうと考えた私達は、二班に別れて買い物を行うことにした。私とシロ様が本屋、それからこれからの旅に必要そうな物資の買い足し。ヒナちゃん、こっくん、アオちゃんが趣味の買い物。フルフはヒナちゃんたちに付いていくとのこと。
「はいはーい! 行こ、ヒナちゃんっ!」
「ピュイッ!」
「わっ、……!」
「……言った傍からかよ」
こっくんは最初私達の方を手伝ってくれようとしていたが、薬の材料を補充するのと……あとアオちゃんがこの様子なので、色々と心配になったらしい。ついでだし、と年少メンバーのお守り役を引き受けてくれた。本当に頼りになる男の子である。
あまり目立たず自由に出来るという状況に浮かれているアオちゃんがヒナちゃんの手を引いて駆け出せば、フルフも激しく跳ねながら着いていく。そんな二人と一匹の背中を呆れ顔で見つめながらも、こっくんも同じように歩き出した。その歩みはいつもよりも速い。……こっくんにだって興味のあるものを存分に見てきて欲しいのだが、あの様子では監督の方に時間を取られてしまいそうだ。
「明日にでも一人歩きさせればいい。停泊期間は一週間ある」
「……なんで考えてること、わかったの?」
「今更だろう」
「まぁ、そうかも」
まぁ確かにシロ様の言う通り、一人になれる時間を後日用意すればいいだけの話なのだが。あっさりと考えてることがバレたことに「私ってそんなにわかりやすいかな?」と思ったが、よく良く考えればシロ様が相手なのだ。バレない方が不思議な気がする。
私だってシロ様の考えてること、八割くらいは分かるようになってきたし。お互い様かと自分を納得させつつ、私達の方はひとまず本屋に向かうことにした。お目当てはそう、結婚について子供向けにわかりやすく書かれている本である。
そんなわけで。
「これなんか良いんじゃないかな? 『けっこんするふたり』だって。絵が多いし、ヒナちゃんの夢を余計に壊したりしなそう」
「……コクの意を汲むなら、『婚姻制度の仕組み、利益と不利益』ではないか?」
「う、うーん……ヒナちゃんにはちょっと早いかも?」
古本屋らしき店でシロ様と二人本を漁る。店主さんが几帳面な方なのかジャンル分けが細かなこの本屋さんは、本探しにはうってつけだった。
ヒナちゃんには丁度よさそうな本を私が掲げた横、シロ様は限りなくリアルな結婚本を持ち上げる。う、うーん、ヒナちゃんは確かに頭がいいけど、そんな専門書みたいなのを理解出来るんだろうか。一応こっくんとアオちゃん両方の意を汲むため買っていくけれど。
「そういえばこっちって紙とか印刷とか出来るんだね。自作本じゃないし」
「……レイブ族が料理の本を普及するためそういった技術に躍起になった時代がある」
「……うん、経緯はだいたい分かったよ」
しかしそこで気になったことが一つ。同じ本が数冊並んでいるということは、これは印刷された本のようである。文字がどれも一定に整っていることから写し本でも無いだろう。紙の質は現代に比べると悪い気もするが、色々と文明の発達が遅れているこの世界でそこそこ精巧な印刷機?があるっぽいのはなんとなく奇妙に思えた。
あれ、あっちで最初に印刷が発明されたのってどの国だったっけ。歴史の授業は得意じゃないんだよな……。なんてことを考えていたところ、不可解そうな表情のシロ様にあっさりとアンサーをいただくことになってしまったのだが。ああ、なるほど……。まぁ世界の美食を巡るため自動修復される船を作る種族だ。印刷機くらいなんて事ないだろう。
「とはいえ一からの開発ではなく、発掘された神聖時代の神器を模倣して作ったらしいがな。発掘されたものと比べると質はかなり劣ると聞いた事がある」
「ってことは神聖時代に印刷機みたいなのがあったのかぁ」
「そうなるな」
成程、模倣品。で、レシピ本は最低限読めればいいわけだからそこまで質は上がらなかったということだろうか。印刷機の質は料理には直接関わらないだろうし。レイブ族は知の種族なのに、なんだか時々分かりやすすぎる気もする。それにしても神聖時代、かぁ。
「神聖時代の文明レベルってどれくらいだったんだろう。聞く話によると、私のいたところと変わらない……というか下手したら上な気もするんだよね」
「……お前の故郷はそれ程文明が進んでいたのか」
「うん。それこそ私の苦手な車とかは、多分馬車の……わ、わかんないな。五倍から八倍くらい? 速く走れたかも……?」
「それは相当だな」
ちょくちょく話は聞くが、ケチャップやらマヨネーズやらがあったり、正邪の天秤とかいうミラクルなアイテムがあったり、果てには印刷機まで。噂に聞く神聖時代は、もしかしたら現代よりも文明レベルが上であったのでは? などと考えてしまう。もしかしたら車があったりもしたのかな。シロ様が全く知らなそうな以上、発掘はされていないのかもしれないけれど。
「だとしてもお前が拒絶するならクルマは要らないが」
「……ふふ、シロ様なら車より速いかも」
「ならお前に一生クルマは必要ないな」
……まぁ私に限った話で言えば、仮にあったとしても発掘される必要は無さそうだ。なんせ車よりも頼もしい相棒が居てくれるので。こころなしか得意げなシロ様を見て思わず笑みを零しつつも、私達は選んだ二冊の本を購入した。その際何故か店主のおじいさんには「……駆け落ちかい?」などと聞かれてしまったが。
「……よし、買い物終わり! お疲れ様、シロ様」
「ああ。お前もいい買い物ができたようで良かったな」
「うん。このビーズはかなり掘り出し物かも!」
のんびり会話をしながら街をうろつくこと一時間ほど。その頃になれば大体の買い物は終わっていた。携帯食料や水、法陣用の紙類、あとはこっくんがダウンしても大丈夫なように薬類など。それらを人目に付かないところでシロ様が背負うリュックに放り込めば、私達の仕事は完了である。
そんな中で一つだけ、私の手の中で輝く購入品が一つ。それは色が何種類かミックスになったビーズの瓶だった。赤、青、黒に白。お察しの通りうちの子たちの色である。これでフルフ用になにかアクセサリーを作ってあげようという話だ。
「何がいいかな〜。結構動くし、中々外れないものがいいよね」
「ああ。あのそそっかしい毛玉が森に帰ったとしても、落とさないようなやつにしてやれ」
「……うん」
けれどよくよく考えれば、これがフルフへの最初で最後のプレゼントになるかもしれないわけで。ならば、なるべく力の入れたものを作ってあげなければ。シロ様の言葉に別れを思い出せば、繋いだ手に優しく力が込められた。慰めてくれているつもりらしい。
シロ様だってあの子と別れることになったら寂しいだろうに、ちっとも態度に出さないというか。いいや、それより心配なのか。これからの旅路が危険に満ち溢れたものになった時、あの優しい小さな命を巻き込んでしまうことになるのが。
「……シロさ、」
「っお姉さん!!」
もしフルフが森に帰らないことを選択したら、どうする? なんとなく聞けなかったことを二人だけの今なら聞ける気がして、尋ねてみようと思った私。しかしその声は遠くから聞こえてきた焦ったような声に遮られ。
「っえ、こっ、こっくん!? ど、どうしたの? そんなに急いで……」
「っ、くそっ、居ない……!」
下げていた視線を持ち上げれば、少し先にはこちらに向かってくるこっくんの姿が。私が問いかけ終わる頃にはもうすぐそこまで近づいていたこっくんは、私とシロ様の周りへと視線を走らせると悪態を付いた。らしくなく焦るその姿、「居ない」という言葉。それに伝っていったのは一筋の汗だった。
何が、居ない?
「……何があった」
「…………」
シロ様の静かな問いかけに、一度悔やむように目を伏せたこっくん。しかし黙っていてもどうしようもないと思ったのか、すぐにその瞳は開けられた。
辺りへと視線を走らせ、そしてそこまで目立っていないのを確認したのだろう。片手で屈むように指示してみせたこっくんは、小声で私とシロ様に囁いた。先程から立ち上っていた嫌な予感。その煙を実体にする、そんな言葉を。
「フルフが、居なくなった」
変動あるかもしれませんが総合評価ポイントが500点を超えました。いつも応援ありがとうございます!
これからも「四幻獣の巫女様」をよろしくお願いします。




