二百九十六話「繋がる可能性」
それからシロ様は、呆然とするアイさんとジョウさんに知っている限りのことを教えた。霧雪大蛇の頭の中には、法力を感知して爆発するような呪陣が書かれた紙が仕込まれていたこと。そして今回のタコにも死後タコ墨を媒介に法力が集まる性質を利用した同じ仕掛けが施されていたこと。そのことから、各地で起こっている災害級の発生には何が裏があるのではないかということ。
最初二人は半信半疑と言った風だった。けれどその態度はこっくんが保管していた霧雪大蛇の時の紙の切れ端と、先程タコを倒した際に拾った完全体となった紙を見たことで一変。二人は険しい表情で紙を検分した後、揃って頷いた。
「……信じ難いですが、これは信じざるを得ないですね」
「……ああ。これらが本当に魔物の内部に仕込まれていたのなら、確かに人が魔物を動かした可能性は高い」
しかしどうやって、とジョウさんはそこで眉を寄せる。確かに、災害級をある程度人間の管理下に置くことが出来るのであれば、シロ様や生物の教科書から教えてもらったような被害は出ないはず。なのにあれだけの被害が一般的なら、魔物を利用するような力はこの世界に存在していないのだ。
犯人は一体どんな方法で魔物を操ったのだろう。それも一体だけではなく、複数をこんな各地でばらまく形で。これだけの騒ぎだ、一人でやってるなんてことは無いはず。赤い羽、連続した枯渇死事件と同じように裏で大きな組織が動いているような。
「……一応、レイブ族は秘密裏に魔物を自由自在に操る研究をしてる」
「こっくん……?」
そもそも何が目的で、と考え込んでいた私。けれどその思考は小さな声で途切れた。少し躊躇うように、それでもこっくんは静かに告げる。集まった視線に少し怯むようにしながらも。
「俺が知る限りだとその方法はまだ見つかってなかった。けれどどっかでもし、その方法が完成されていたなら……」
「……となるとレイブ族の手が回ってるのはほぼ確実か」
「そうなる。だが長老とかそっちのレイブ族は、そういう事は許さないだろうな」
「そうだな。一族を束ね上げるものではなく、狂気に堕ちた末端の学者が……という方がしっくり来る」
つまりレイブ族全体が……とかではなく、ちょっと怖いタイプの研究者の人がそういう方向に研究を踏み切って、それでこれらの状況を作り出している可能性が高いという事だろうか。訳知り顔で話す二人を横目に、私は自分の中でも少しだけ話を整理してみた。うんうん、族長さんとかそういう立ち位置の人が関わってるのではないならちょっと安心かもしれない。
「ついでに、ミツダツ族の中にもその組織に加入している者が居るだろうな」
「……!? それは、どういう」
「霧雪大蛇の幼体を駆除してる場所って、ミツダツ族以外の奴は入れないんでしょ。だったら他の種族のやつがどうこうより、騒ぎを起こしてる組織の中にミツダツ族が居るって方がしっくり来る」
「…………」
……更に、メンバーにはミツダツ族の人がいる可能性も高いと。自分の一族もその犯罪組織に加担していると言われたアイさんは、一瞬は狼狽して見せた。けれど続いたこっくんの説明に理が適っていると考えたのだろう。
返す言葉を失い黙り込むアイさんの姿を見て、私は少し胸が痛くなった。自分の近くの人間が大犯罪に加担しているかもしれないと言われれば、誰だって落ち込むだろう。たとえただ、同じ一族の者というだけであっても。私から見たミツダツ族の人達は、自分たちがその一族であるということに誇りを持っているように思えたから。
「……その、目的ってなんだと思う?」
「……お姉さん」
「各地で災害級を暴れさせて、その人は何がしたいのかな」
視線を向けて見れば、ジョウさんもどこか暗い表情で俯いていた。なんとなく見ていられなくなってわざと明るい声を上げる。事を起こしている組織にどんな人間が居るか、それも大切だ。でもきっと今ある情報だけではそれらを全て操っている黒幕には辿り着けない。
それならたとえば動機。そういうのを考えて見て、そこから犯人を絞るのはどうだろう。少なくともそっちに思考を割く方が、今のアイさんとジョウさんにはいいような。一瞬だけ目線を送れば、二人は少し呆然としたように私を見ていた。けれどそれも束の間、アイさんは優しく微笑み、ジョウさんは少しだけ頭を下げてくれる。……これで少しでも、二人のショックを和らげることができていたら良いのだが。
「人に聞く前に、お前はどう思うんだ?」
「えっ」
「ミコ、お前の意見が聞きたい」
けれどそれがやぶ蛇だったのだろうか。まさかの私にマイクが向けられて、思わず動揺してしまう。確かに話を振ったのは私なのだから私が最初に意見を述べるべきなのだろうが。う、うーん……?
各地で災害級の魔物を暴れさせる目的。よし、一回現代として考えてみよう。災害級の魔物を兵器として例えて、その兵器を各地で暴れさせる目的……。となると、私の貧弱な頭では一つか二つくらいしか思いつかない。
「……えっと、一個目としては実験とか」
「実験?」
「うん。各地で災害級の魔物を暴れさせて、どれくらい使えるか試してるとか」
思いついたそれを、私は正直に話してみた。霧雪大蛇、タコとあれだけの被害があった以上実験なんて言うのはかなり心苦しいけれど、仮説の一つとして。
事を起こした理由はたとえば災害級を何かに使う生体兵器として、各地で暴れさせてどれくらいの被害を齎すかを計算したかった。それだとしたら近くではなく、ある程度ばらけさせて騒ぎを起こしているのにも納得が行く。あくまでこれは蝉の件も同じことだったら、という話だけれど。
「爆発させる仕掛けにしたのは……まぁ、証拠がバレないようにするためとかね」
「……でもさ、災害級で実験してその後どうするつもりだったわけ?」
「う、うーん……ま、まぁあくまで仮説その一なので」
まぁ、その結果何をどうするのかが分からない以上こっちの説はかなり弱いのだが。こっくんに尋ねられ、私はそっと視線を逸らした。そこからその力を何かに流用するとなると私にはわからない。戦争くらいかな?と思うけれど、今各地でそういうことはやってないわけだし。となると、もう一つの説の方が有力な気がしてくる。
「じゃあ仮説その二、各地で戦争を起こしたいから」
「……!」
心に浮かんできたそれを、私はシロ様を真っ直ぐと見つめて告げた。誰かの息を飲むような声が後ろから聞こえてくる中、それでもシロ様は凪いだ瞳でただ私を見つめている。
「タコの生息地はわからないけど、霧雪大蛇はミツダツ族の管理下にあるモンスターなんだよね? それがレイブ族の土地で暴れたら、レイブ族はミツダツ族の策略だと思う可能性が高い」
「…………」
「爆発させることで更に被害を増大させて、ミツダツ族とレイブ族の関係を悪化させる。そして誰かが操ったという証拠も残さない」
シロ様はいつか、別種族の幻獣人同士はお互いに不干渉だと私に説明してくれた。力があるからこそお互いに協力するでもなく、いがみ合うでもなく、バランスを取るように。けれどそのバランスを負の方向に傾けるのが、相手の目的だとしたら?
災害級だけでは国を滅ぼす、幻獣人を滅ぼすまでは遠く及ばないだろう。しかしそれを餌に被害を与え、その罪を別の者に擦り付けて戦争を起こそうとしているのなら。それは酷く合理的な世界破壊の方法だと思えた。私が見つめれば、シロ様は静かに口を開く。
「……あのタコの主な生息地はムツドリ族の土地の近海だ。こっちの海に流れてくることは珍しいな」
「そっか。ちなみに、キメラは最初誰が作ったの?」
「……レイブ族だな。そこも繋がってる可能性が高いと思うか?」
「人工的に出来た生物ってなら、それもあり得ると思う」
……成程、タコはムツドリ族の土地の近海に居ることが多く、キメラを最初に作りだしたのはレイブ族。私達が話を続ける程、アイさんとジョウさんの表情は強ばっていく。こっくんはなんとなく最初から察していたのだろう。口を挟むでもなく、私とシロ様の会話をただ静かに聞いていた。
ミツダツ族が管理しているはずのモンスターをレイブ族の土地で暴れさせ、レイブ族がかつて作ったキメラはムツドリ族の管理下にある街で暴れた。そうしてミツダツ族の海で、レイブ族の作った船をムツドリ族の土地下にいるはずのタコで襲わせる。もし全てが繋がっているなら、犯人のやりたいことは理解出来た。
「幻獣人を、揉めさせたいんだね」
「そしてやがて、戦争にまで導きたいのだろうな」
シロ様がそう告げた瞬間、必要分の法力が足りなくなって籠繭が解けた。差し込んできた朝日は眩しくとも、私達の心までは晴らさない。
相手の目的は各地で騒ぎを起こし、戦争を引き起こさせることかもしれない。そして私たちが辿って来た道のりは、赤い羽を追ってのことだった。まだ全てに関係があるとは確信は出来ない。けれど多くの人間をカモフラージュに殺すような残忍な組織と、戦争を引き起こそうとしている過激な組織。大規模であろうその二つの組織が同一である可能性は、高いように思えてしまったのだった。




