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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第八章 深海の果てに落ちても
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二百九十五話「役者が揃う」

「……遅いと思ったら、ここかよ」

「こっくん」


 そうやって暫くシロ様と海を眺めて、どれくらいが経ったのだろう。こつこつとした足音、呆れたような声。その音たちが聞こえてきた方へと視線を向ければ、そこには目を眇めてこちらを見つめる黒衣の少年の姿があった。私が名前を呼べば、少しだけ早足になってこちらへと近づいてくる。


「もう深夜だよ。お姉さん、眠くないわけ?」

「うーん、逆にあんまり……って感じかな? 海を見張ってた方が落ち着くかも、っと……」

「それは少し、気持ちが分かります」

「とは言っても休むべきだとは思うが」

「アイさんにジョウさんまで……」


 ところがお客さんはどうやらこっくんだけでは無かったらしく。続いて宵闇に紛れ現れたのは二人分の影。ふんわりと微笑むアイさんの横に、ちょっとくたびれたジョウさんが立っている。……恐らく船中を散々走り回ったはずだ、疲れているのだろう。疲れていても相変わらず美男子ではあるが。

 こっくんだけならばともかく、二人も来るなんて。いやまぁでもよく考えなくてもそうか。あの騒ぎの後だし、長い時間姿が見えないと心配になるだろう。心配をかけたのが申し訳なくて眉を下げれば、ぽんとシロ様に肩を叩かれた。気にするなということらしい。いやシロ様に気にするなと言われても……。


「……あれ、ヒナちゃんたちは?」

「ヒナとアオとフルフは寝てるよ。念の為結界張ってきたから心配しなくて大丈夫」


 けれどそこで気にかかったことが一つ。ここにこっくんやアイさんたちが居るならば、ヒナちゃんやアオちゃんは一体何を。しかしその不安はすぐにこっくんが払拭してくれた。寝るのを見届けただけでなく、二人と一匹の守護まで施してきてくれたらしい。ほんとに気が利くというかなんというか。これで十三歳とは到底思えない。


「ありがとう。でもこっくんは大丈夫? 法力使い過ぎたって……」

「ある程度は回復してきたから大丈夫。心配しないで」

「ああ、レイブ族だから問題ない。気にするな」

「……お前が言うのはなんか違うだろ」


 まぁそんなこっくんも、シロ様相手だと一気に普通の子供みたいになるのだけど。眉を寄せるこっくんは、まるで威嚇する猫のようだ。

 多分これを言葉にすれば、こっくんには複雑そうな顔をされるだろうけれど。けれど私としてはこっくんみたいな周りに気遣ってストレスを貯めそうなタイプに、こういう風に自然体で接することの出来る相手が居るのはいい事だと思う。サンドバッグみたいに接されてもシロ様は全く気にかけないし、二人が思うよりも二人の相性はいいと思うのだ。なんというかそう、思考レベルも近いし二卵性の双子みたいというか?


「……ミコ、いいか?」

「うぇ、あ、ご、ごめんね……。どうしたの?」

「役者もいい具合に揃ってるし、あの件について話をしておきたい」

「……うん、わかった」


 実際にはシロ様の方が一つ歳上なのだが。身長はこっくんの方が高いから時々どっちがどっちかわからなくなるなぁ、なんてことを考えていた私。しかしどうやら思考の渦に溺れている暇はなさそうである。

 くいと袖を引かれ、指輪を示される。そうして真剣な色を湛えた瞳が私を見つめた。「あの件について話したい」……あの件とは、タコと霧雪大蛇など災厄級に関する話だろうか。役者が揃ったというのがいまいちわからないが……きっとシロ様にも考えがあるのだろう。そう考えた私は、少し回復してきた法力に頼ってこの場にいる全員を包むように籠繭を張った。目立たないようにと透明の方である。


「え、み、ミコさん……?」

「……なんだ、これは」

「え、えっと……その、シロ様が話したいことがあるみたいで。け、結界、みたいな……?」


 けれど突然そんなことをすれば、こっくんはともかくアイさんやジョウさんのことは驚かせてしまうわけで。私の糸の存在は知りながらも行動の意図が読めなかったらしいアイさんと、そもそも糸のこともあまり知らないジョウさん。二人から向けられた視線に冷や汗を流しながらも、私はしどろもどろに説明した。まずい、これではシロ様の言葉不足を怒れなくなってしまう。


「アイさんは知ってると思うんですけど、私の法術ってちょっと特殊で……。あ、でも二人を攻撃する意図とかはないですから!」

「はぁ……」

「……いやまぁ、そっちは今更疑ってないが」


 とはいえどこまで説明したものかと頭を悩ませて。間違いなく服関係のことは話すのはグレーだし、ともかく攻撃の意図がないことだけは理解してもらわないと。そう焦って言い募ったのが良かったのか、二人には少なくとも害意だとは認識されなかったらしい。その事に安堵している内、ジョウさんはシロ様の方へと視線を向け。


「俺達が気になってるのは話、の方だ。役者は揃ったと言っていたな」

「ああ、言った。正確には我が求めている役者はお前たちではなく、お前たちの祖母の方だが」

「……おばあ様、ですか?」


 ……確かに、それは私としても気になるところだった。災厄級の話をシロ様はこっくんには伝えたいと言っていた。だが何故アイさんやジョウさんにまで話す気になったのだろう。

 その理由はあっさりと明かされる。ああ、そういう事だったのか。確かにこの話は、彼女に伝えた方がいい話である。私達が知るソウスイ様は孫を愛するいいおばあ様という印象が強いが、あれでも彼女は未来を見ることができるミツダツ族の長。この件でも何かしらの力になってくれるかもしれない。なんせ私達の推論が事実だった場合、この件は誰においても他人事では無いのだから。


「我には連絡手段がないからな。この話をミツダツ族の長に伝えてもらいたい。……さて、コク」

「……わかってるよ。ったく、少しはお姉さんの優しさを見習えよな」


 困惑するアイさんとジョウさんをおいて、こっくんへと声をかけるシロ様。その呼び掛けだけで何が言いたいのを理解したのだろう。こっくんはいつか聞いたような呪文を唱えた。壁に耳無し、障子に目潰し。それは、この籠繭から音を断つ呪文。


「……これでいいよ。で、どっちの話なわけ?」

「羽の方じゃない。霧雪大蛇の方だ」

「……そういえばお前、そっちはお姉さんに話したのかよ」

「ああ、さっき」

「さっき、って……」


 これでここで話したことは、誰にも漏れる心配は無い。絶句してこっちを見たこっくんに、苦笑しながらも頷きを一つ。するとこっくんは心底呆れたように深い溜息を吐いた。その辺に関しては私も同感である。あの話はもっと早く話して欲しかった。

 とはいえ今更シロ様を責めても仕方ないことだろう。それより優先するのは、今はてなを頭の上にいっぱい浮かべてこちらを見ている二人にきちんと説明すること。ゆっくりと首を横に振れば、とりあえず今は苦情を飲み込んでくれたらしい。目を細めたこっくんはシロ様の方を見る。


 その時、しんと空気が静まり返った気がした。


「……さて、お前たちも霧雪大蛇については知っているな? 奇しくもミツダツ族の監視下を逃れ、レイブ族の土地に突如と出現した災厄級」

「……ええ。そんな異常が起きたことは、これまで無かったので」


 肌がびりびりするような緊張感の発生源はシロ様。この空間の中、今誰もがシロ様から視線を逸らせなくなっている。場を制圧するってのはこういうことを言うのだろう。一種のカリスマ性とでも名付けるべきなのだろうか。

 二色の瞳が見つめるのはアイさんとジョウさん。二人は空気が変わったことに慄いて、それでも話を聞くためか真剣にシロ様を見返した。返事をするアイさんの声にはこれから何を聞かせられるのだろうという疑問が宿りながらも震えは無い。そのことにか、シロ様の口元が僅かに緩んだ気がした。


「ああ、起きえない異常事態だっただろう。本来であれば」

「……なんだ、何か知ってるのか?」

「そうだな、何かは知っている。今からそれを教えてやろう」


 もったいぶるような間を一つ。鋭い視線を向けてくる二人を気にすることなく、シロ様は一方向へと視線を向けた。……なんとなく、なんとなくだけど、その方向はあの氷の大蛇が居た場所のように思えて。懐かしむように伏せられた瞳。それが開かれた瞬間、シロ様は私に今日聞かせてくれた真実を詳らかにした。


「霧雪大蛇がレイブ族の土地に齎した被害。それは誰かによって人為的に起こされたものだ」

「……は?」

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