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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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二十六話「現状把握」

「まず、我らが居るのはここだ」

「うん」


 開かれた世界地図、という名の地理の教科書。その左上にある一角を確かめるように指したシロ様に、私は頷く。一通りの地理や分布に関しては、前にシロ様に教えてもらったことがあった。故に全てというわけではないけれど、あらかたは把握している。今居る場所に関してなら、尚更。

 世界地図に一つ浮くように記された、赤い点。これが私達の居場所を指していると思われるGPSもどきだ。そうしてそれは前にも軽く話した通り、クドラの領地の一つであるクレイシュという土地に配置されている。クレイシュの中でも一層緑が濃く見える、とある森の中へと。


「微睡みの森、だよね」

「ああ」


 前に教科書でちらりと見たことを思い出し恐る恐る問いかければ、シロ様はそれを裏付けるように頷いてくれる。リンベリー、ジャムに使った果実。それはクレイシュにある微睡みの森に広く分布されていると、生物の教科書にはそう書かれていた。クレイシュで森ならば、今私達が居るこの場所の可能性が高いと考えたのである。そうして案の定、その考えは当たっていた。


「微睡みの森。この場所は光刺さず同じような景色ばかりが続く、そんな迷いの森だと言われている」

「……ま、まぁ、そうだね」

「実際に入ってみれば迷いの森と、そう言われる程度ではなかったがな」


 ふんと、鼻を鳴らすシロ様。と、そんなシロ様の言葉に顔を引き攣らせる私。口が裂けてもここは迷いやすいと思うんだけどな、なんてことは口にできなかった。なんせ目の前の少年は心底理解できないと言わんばかりに、不可解そうに首を捻っているので。

 彼と一週間過ごして気づいたことの一つ。それはシロ様が空間把握能力、とやらに異常に長けているということだった。彼の頭の中には、この暗い上に景色が変わらないこの森の周辺地図が入っているのだ。これに関しては、私の空間把握能力がかなり劣っているとかではないと思う。これでも一応地球に居た頃は、迷子知らずのノット方向音痴だったわけであるし。


「そ、それはともかく! この森、出れるんだよね?」


 なんとなくいたたまれなくなった私は、そこでそっと話を主軸へと戻した。理解できるのが当たり前、と言わんばかりの人を前に異論を唱えるのは中々難しいものだ。出来うることならば、わかんないよ! なんて叫んでみたいのだが。


「ああ、恐らく洞穴か何かと間違えているわけではない」

「そっか……」


 だがそんなことをすれば、話は脱線に次いで脱線する。故に私は反論をぐっと飲み込んで、シロ様の言葉に神妙に頷いてみせた。シロ様曰く、法術で探っている際に風が広く吹き抜ける感触のした場所があったという。それはこの深すぎる森の中では、異様な感触だったんだとか。木々がそこら中に生い茂る森の中では、当然風は吹き通らないらしい。

 それまで日々僅かにではあるが、欠かさず毎日探っていたシロ様が言うのだ。可能性の高い情報であることに、間違いはない。それにその場所は小屋から少し離れた位置ではあるが、万が一間違っていたとしても戻ってこれる距離ではあると言っていた。本当に出口かどうか、確かめにいくことに不都合はないだろう。


「高い可能性でこの森から脱出はできる。近辺には街があったはずだから、ひとまずはそこに向かえば良いだろう」

「うん。道は……まぁ地図があるしね」

「そうだな」


 そしてそれからの展望についても、考えはあった。シロ様曰く微睡みの森の近くに小さな街があるらしく、それは地図となった教科書にだって描かれている。地図曰く、ブローサの街。その辺りもシロ様の持つ知識と照らし合わせ、間違いがないことは確認済みだ。これから何をするにしても、まずはその街に向かうのが得策だろう。


「問題は、この森を出た我とお前がどうするかだ」

「……うん」


 そう、つまるところ問題とは。今しがたシロ様が述べた通り、その後の私達がどうするかなのである。私は元の世界に戻れない以上、特にやりたいことは見つからない。……いやまぁ、見つからないというのは嘘か。

 私は、出来るならばシロ様に付いていきたい。こんな縁も寄る辺も無いこの世界で、一人になるのはあまりにも恐ろしいから。それならば信頼できる彼と一緒に居たいと、そう考えているのだ。だがしかしそんな考えは、以前に聞いた彼の目的を考えるにぶっちゃけ足手まといしかならないだろう。そう考えるとどうしても、そんな自分の希望を口に出すのは憚れて。


「……シロ様は、やっぱりお姉さんとの約束を守るんだよね」

「……いや、それに関して一つ、気がかりなことがある」

「え?」


 なのでとりあえず私は、シロ様の希望を探ってみることにした。この質問が彼を傷つけてしまうことにならないだろうか。そんなことを案じながらも私は、そっとまだ生傷であろう彼の傷に触れてみる。だがその問いかけには頷きと共に、予想外の言葉を以て返されてしまった。


「……少し時間を置いたからこそ、わかる。叔父の突然の変心は、やはりおかしい。我が知る限り父上と叔父は仲のいい兄弟であり、忠節になぞらった当主と臣下であった」


 思わずぽかんとした私は、しかしこれは真剣な話だと直ぐに表情を引き締める。そんな私の表情の変化に、気づく余裕もないのだろう。言葉を選ぶようにしながらも、シロ様は何か深く考え込むように眉を寄せて言葉を紡いだ。

 変心。それは突如としてシロ様の叔父さんが、シロ様のお父さんを殺したこと。詳細は聞いていないが、その殺し方は武人だったシロ様のお父さんを侮辱するような殺し方だったという。むしろそうでなければ、シロ様の叔父さんではシロ様のお父さんを殺せなかったんだとか。なんせシロ様のお父さんは、シロ様が三人がかりでも倒せないような強さだったらしいので。


「……あれから何夜か経って、一つ思い出したことがある」

「思い出したこと?」

「ああ」


 そんな怪物級の強さと、その上再生能力のあるクドラの瞳を持っていたシロ様のお父さん。話を聞けば聞くほど、どうしてそんな人があっさりと殺されてしまったのか。考えれば考えるほどわからないが、今は聞くべきではないのだろう。そう考えた私は、絞り出すように言葉を落としていくシロ様に相槌を打つ。今彼が一生懸命に考えていることを少しでも前に進めることが出来れば、そう思って。


「反乱よりも幾許か程前のとある夜、我は叔父に稽古の打診をするため彼の部屋へと向かった」

「うん」


 私の相槌によって記憶が引き出されたのか、シロ様は少しだけ流暢に話すようになった。僅かに眉の皺が薄らいだシロ様に少し安堵しつつも、私は続けて相槌を打つ。私と出会ったばかりのシロ様は、まだ家族を殺された直後。傍目から見れば冷静に見えたが、それでもやはりその中には怒りや悲しみはあったのだろう。そんな中私を守ってくれたことに関しては、本当に感謝しか無い。

 だがこうして一週間経ったことで、あの時のシロ様に見えなかったものが徐々に見えるようになった。何故シロ様の叔父さんが、反乱を起こしたのか。きっと彼は真実を詳らかにするというお姉さんの言葉で、その理由を考えていたのだろう。そうしてそこで今、一つの引っかかりを思い出したのだ。


「その時叔父は部屋に居たが、何故かひどく動じている様子で……」

「……うん」

「……そしてその部屋の隅には、赤い羽根があった」


 記憶を探るように、黒と白の瞳がその色を僅かに掠れさせる。とある晩、叔父さんの部屋に向かったシロ様。そこに居た叔父さんはひどく動揺していて、そうしてそこにあったのは赤い羽根。シロ様はそこで一度瞳を伏せて声を止めて、しかし直後に言葉を形にした。自分で告げているはずなのに、信じられないという心情を声音に乗せながら。


「あの真っ赤な羽は恐らく……ムツドリの物だろう」

「……え?」


 そうして信じられないという心境は、それを聞いた私も一緒だった。確かムツドリとは、シロ様クドラと同じこの世界を統べる四の内の一つだったはず。赤い鳥に似たような種族で、空を飛べることが特徴的。私はその話を聞いた時、朱雀に近いのだろうかなんて考えた。だが今大事なのは、そこじゃない。

 シロ様のような幻獣人たちは、お互い別種となる幻獣人たちに干渉しないらしい。それは世界の法律のようなもので、力が強すぎる彼らが同盟を組んだり争ったりすれば、世界に多大なる影響が及ぶからだとか。だから彼らはそれぞれ東西南北に己の領地を作り、無干渉を貫いている。全ては世界を安寧に保ち、バランスを崩さないようにするため。


 それなのにシロ様の叔父さん、ビャクの部屋にはムツドリ族の羽があった。それはつまり。


「……もしかすれば叔父上の反乱。それには、」

「……ムツドリの人達が、関わってるかもしれない?」


 シロ様が躊躇うように紡ぐのを止めた言葉。それを引き継いだ私が疑問形で問いかければ、シロ様は唇を僅かに噛み締めながらも頷いた。動揺からか、無理に叔父と呼んでいたその人を叔父上と零したシロ様にどこか胸が痛くなって。稽古を申し出るくらいだ、仲は良かったのだろう。最も今となってはその叔父上は、シロ様にとって家族の仇なのだが。

 噛み締める頷きと共に、そこで視線を俯かせたシロ様。そんな彼を前にどうすればいいかわからず、ただ私はそっとその手に手のひらを重ねた。すると、弱々しく握り返してくる自分と同じくらいの大きさの手。縋る寄る辺が、私しか無いこと。それに若干の申し訳無さと、頼りない自分への苛立ちを募らせつつ。しかし私達はそうして、しばらく二人で手を繋いでいた。まるで胸の痛みを、襲う戸惑いを、二つに分かち合うように。

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