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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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二十一話「大落下から一週間が立ちました」

「え、っと……」


 ぺらりと、ページをまた捲る。お目当ての物について書かれた説明は、そのページにも見つからない。手元の現物と照らし合わせて一ページ、ニページ、捲る回数を重ねていく。手元では赤い果実が、窓から差し込む僅かな光によって輝いていた。


「!」


 十数ページ程捲った頃だろうか。ようやくお目当てのページを見つけ、私はそこで手を止めた。紛れもなくそこに飾られた写真は、手元にある赤い果実と同じものだ。確認をするようにその下の文を読み解けば、そこにはこんな説明が書かれていた。

 この果実の名前はリンベリー。クレイシュにある微睡みの大森林に広く分布される果実。毒性はなく食用で、甘酸っぱい味が特徴的。そのままでも糖度が非常に高く、近辺に住む民に保存食としてジャムにされることが多い。


「シロ様ー! 見つけたよー!」


 やっぱり食べられる果物だ。そう思えば、高揚から自然と声は大きくなって。私は高揚のままに、小屋の扉の外へと思い切り叫んだ。そしてそんな大きすぎた声は、ばっちりと彼の耳に届いたらしい。

 がちゃりと、古びた音を立てて扉が開かれる。一番飛び込んで来たのは、頭の上でぴょこんと揺れる猫耳。いや、持ち主の彼曰く虎耳という方が近いらしいが。その愛らしい耳を揺らした彼は、眉を寄せながら小屋へと入ってきて。そして開口一番、どこか不機嫌そうに私に告げた。


「……声が大きい」

「う、ごめん」

「ふん」


 やはり声が大きすぎたらしい。彼の動物に近い耳は私の人間の物よりも性能が良く、はっきりと音を拾ってしまうんだとか。どことなく後ろで揺れる彼の尻尾も警戒で立ち上っている気がするし、これは反省だ。

 眉を下げて謝れば、鼻を鳴らされる。一見不機嫌そうなサインだが、これは彼なりの許しだということを私は知っていた。ここ一週間で、出会った時よりは彼、シロ様について詳しくなった気がする。まぁ表情を見なくても、ゆらゆら揺れている尻尾をみればその機嫌は一目瞭然ではあるのだけれど。


「……で、なんだ」

「あ、そうだった! これ、食べられるって」


 なんとなく感慨深いものを感じて頷いていれば、奇妙なものを見るような視線を向けられてしまった。それに若干傷つきつつも、本来の要件であるリンベリーのことを彼に話してみる。すると少し不機嫌そうだったシロ様の眉間が、その言葉を聞いて少し和らいだ。


「ならば備蓄に、もう少し集めてくるか」

「うん、私も一緒に行っていい?」

「ああ。我から離れるなよ」


 穏やかに頷くシロ様に、私も頷き返す。ついでと言わんばかりに同行をお願いすれば、あっさりと許可を出してもらえた。一人の外出は認められていないし私もする気がないので、シロ様が外に出向くのなら積極的に着いていきたい所存だ。魔物が出るこの森で私のような無力な人間が出歩くのは、彼らの餌にしかなりえないので。

 さて、出向くとなれば準備をしなければ。開いていた本を閉じて、私は立ち上がった。それと同時に脱いでいた靴を履き、下ろしていた髪も縛る。少しでも動きやすい方が、この森では得なこと。それはここ一週間で嫌という程に知ってしまっていた。


「さてと、行こっか!」

「ああ、本も持っていくぞ」

「うん、お願い」


 簡単な準備を終えて声をかければ、シロ様はいつのまにか本を持ったまま扉の前に立っていて。準備が早いと苦笑しつつ、私はその背中を追うように早足で歩みを進める。近づけば、彼の手に抱えられたその本の裏表紙。そこに書かれた文字が目に入った。

 中身や厚さ変われど、外見自体は変わっていないその本。裏にある名前を記入する欄に書かれているのは、マーカーで綴られた城崎尊という文字。それを見れば、あの時本を開いた時の衝撃が蘇った。全く、誰が信じるのだろうか。


 今となってはこの世界の生物図鑑と化した分厚いこれが、元はただの生物の教科書であったことを。


「……ミコ?」

「っ、あ! ごめんね、今行く!」


 どうやらあの日の衝撃を思い出して、ぼうっとしてしまっていたらしい。いつの間にか扉を開けて少し前に行っていたシロ様が、足を止めて声をかけてくる。その行かないのかと告げるような顔に、私は慌てて駆けだした。


 この世界に来てから一週間。この期間で私が何をしたかと言えば、すっかりと変わってしまったリュックの中身のチェックだった。勿論、平凡だったはずの私物がどう変わってしまったのかを調べるのが主な活動である。

 私がこの世界に持ち込んだのは、大きくわけて二つ。エコバッグと、リュックだ。エコバッグの調査は終わっているし、その中身もまた野菜とお肉だけ。食材の変化に関しては食べてみないと分からないため、シロ様との相談の結果保留にしている。本来ならば一週間前に買ったはずの食材も、エコバッグに入れたままなならば今でも生鮮食品としての体を保っている。末恐ろしいことだ。


 まぁだからエコバッグに関しては置いておいて、私は主にリュックの中身の調査を行った。容量が化け物になっているリュックから物を取り出すのは難関に思えるが、なんとこのリュックには呼び出し機能まで付いている。正直このリュックが、一番頭が痛かったりもする。その機能が強大すぎて。

 中に入っている物を全部出して、と言えばあとは簡単。見覚えのあるものからないものまで、リュックは全てを吐き出した。とりあえず、効果がわかったものから説明していこう。


 まず、教科書について。あの日私が持っていた教科書は、三冊。地理と生物と現代文である。一応高校二年生なので生物以外にはBと付くのだが、それはあまり関係ないので割愛することにする。

 生物は先程話した通り、生物図鑑になっていた。それも植物から動物、そしてこの世界独自の生き物である魔物とやらまでもが記載されている。シロ様曰く、こんなにも種類と情報量に長けた図鑑はこの世界にないのだとか。興味深そうにページを捲る彼の姿は、いつになく子供らしく可愛かったことを記しておく。


 そうして次に、地理の教科書。結論から言えば、地理の教科書は世界地図に成り果てていた。しかも現在地がわかるGPS機能付き。ちなみにこれのおかげで、私達が今居る現在地もわかった。今私達はどうやら、クドラ家の領地の一つであるクレイシュという国にいるらしい。まぁ今はあまり関係ないので、説明は省くが。

 鈍器かと思うくらい分厚くなった生物と違い、地理はむしろ薄くなった。開けば世界地図があるだけなのだから、当然とも言えるが。これではむしろパンフレットである。ちなみに世界地図のどこかに常に赤い点が表示されていること、それが私たちの居場所を表しているということ、それらに気づいたのはシロ様だ。相変わらず賢く冷静でいらっしゃる。自分で気づけなかったのは正直悔しい。


 そして最後に現代文なのだが、実はこれに関してはよく分かっていない。何故かと言うと、本の中身が真っ白なのだ。何も書かれておらず、どのページを見ても全て白紙。ちなみに厚さは変わっていない。

 これに関しては色々当たりをつけて調べてみたが、一週間経った今でもわからずじまいである。だからこれもシロ様との相談の結果、保留ということにしている。わからないものは、いくら考えてもわからないので。


「ミコ、そろそろ着くぞ」

「……あ、うん!」


 それにしても現代文の教科書に関しては本当に分からない。手持ちのシャーペンで文字を書こうとしても書けなかったし。そう悩んでいたところで、しかしその瞬間シロ様から声がかかる。はっとして視線をあげれば、同じ森の中でも大分明るいところまで進んでいた。どうやらこの辺りは上の木々に隙間があるらしい。僅かに差し込んだ光が、暗がりに慣れた目には少し痛かった。


「……それにしてもシロ様、よく道覚えられるね?」

「これくらいは当然だ。記憶力は悪くない方ではあるが」

「そっかぁ……」


 しかしシロ様は良くもこの森の中で道を覚えられるものだ。この深い森の中には目印が全く無く、どこをどう行けば目的地に行けるかなんてまったくわからないというのに。やっぱり普段歩き回ってるのが功を奏しているのだろうか。

 思わず感心して問いかければ、不思議そうに首を傾げられてしまった。どうやらシロ様からすれば、この深い森の中でも道を覚えるのは難しいことではないらしい。幻獣人だからなのだろうか、とそんな事を考えつつ。まぁ、到底私には出来ない芸当だとは思う。


「ほら、あれだ」

「っ、!」


 無自覚にすごいことをする彼に思わず苦笑して、しかしその瞬間に目的に到達したらしい。また考え込むように下げていた視線を、シロ様の声に導かれるようにして私は持ち上げる。そしてそこに広がっていた光景を見た瞬間、私は息を呑んだ。視界に広がるのは、穏やかな緑を赤い果実が華やかに飾る光景。それはまるで小学校の時に読んだ、絵本の中の世界みたいだった。深い森の中の、お伽噺の世界観。


「絵本の中みたい……!」

「……そうか」


 天辺を窺うことが出来ないほど、その木は大きくて。そんな大きなツリーを飾るように、赤い果実はぶっくりと膨れて風に揺れる。時折その枝や幹を駆け抜ける小さな影は、栗鼠といった小動物なのだろうか。大きな木で暮らす小動物という存在は、私の胸をときめかせた。だってそんなの、本当に絵本の世界観ではないか。

 きらきらと目を輝かせて感嘆の声を上げる私。それを下から見上げたシロ様が、穏やかに微笑んでいること。生憎とそんな彼に私が気づいたのは、一通り木を眺め終わった後のことであったが。

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