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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第六章 這い上がった少年が掴むのは
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百九十三話「大きな分銅」

 さて、店長さんから突然そんな頼まれごとをされた私達。当然、その話を持ちかけられた個性豊かな子供たちの意見はバラバラに割れた。


「……そんな危険な魔物の相手をお姉さんやヒナにさせるつもり?」


 静まり返ったラウンジ。そこで最初に口を開いたのはこっくんだった。顰められた眉とその口から発せられた言葉が意味するは反対、はたまた拒絶の意思。信じられないと言わんばかりに縦に広い瞳孔を眇めると、こっくんは静かに店長さんを睨みつける。

 

「お姉さん、断るべきだと思う。災害級の魔物になんて関わるべきじゃない」

「う、うーん……」


 しかし店長さんを睨みつけながらも、こっくんが声を向けた相手は私だった。心配と不安が滲む声音。私を思い遣ってくれていることがすぐに分かるその声に、けれど私は眉を下げてしまった。いやだって、その……既に大分前、あの極悪蝉という災害級に関わってしまった後だったので。

 いや関わったどころか、多分視界にがっつりはいってしまったしなんならちょっかいみたいなのをかけてしまったのだが。されど今ここでその話はするべきではないだろう。間違いなくこっくんの心労がピークになる。私の鈍い反応に訝しげに眉を寄せたこっくん。私はそんな彼からそっと視線を外した。なんでもありませんよ、のポーズである。


「……わたしは、助けたい、な」

「……ヒナちゃん」

「それで困ってる人とか、けがしてる人とかがいるなら。助けたい、って思うの」


 案の定ますますと疑惑の視線が強くなってしまったが、そこで口を開いたのが我らが天使ヒナちゃんである。ぎゅっと膝の上で両の拳を握りしめて、おずおずと自分の意見を告げたヒナちゃん。その言葉尻は自信なさげな色に滲んでいたが、告げていることはとても彼女らしくそして高潔だった。

 無垢で純真で真っ直ぐな言葉。それに何を思ったのか、こっくんは私へと向けていた疑惑の視線をヒナちゃんへと移した。しかしそこからもう疑惑は消えている。否定したくても否定できない、そんな苦々しさを飲み込んだような目からはこっくんの苦悩が伝わってきた。危ないことに身を突っ込んでほしくはない、けれどその言葉を否定したくはない。その気持ちは私にだってよくわかる。だって私だって同じことを思っていたのだから。


「…………」


 さて、ここで私個人の意見である。正直に言えば、現状断りたい気持ちと引き受けたい気持ち半々というところだ。罪のない人々が殺されてしまうという惨劇。それを己の力で止められるというのなら、それを請われたというのなら、引き受けたい気持ちはどうしても生まれてしまう。この世から理不尽なこと全てなんて消えはしないが、手の届く範囲ならば手を伸ばしたいと思うから。

 さりとて、である。今回に関しては大分話が別だ。今回の話、というか依頼は戦闘が関わってくるもの。力どうこうの前に生き物を殺すことに躊躇してしまう私では、まるで役に立たない。いや正確に言えばぐるぐる巻きにする、などと言ったサポートくらいは出来るだろうが、物理的には触れることも難しい敵相手に私の糸くんが何の役に立つのか。一応法術の糸ではあるが、効果が未知数な以上確信は出来ない。


 そして何より、今はヒナちゃんとこっくんと共に旅をしている状態。霧雪大蛇とやらがどこにいるかはわからないが、二人を放っておくことは出来ない。討伐をするとなると、間違いなく二人を巻き込むことになるだろう。守りたい子たちを危ないところに近づけたくはない。私の方が彼らより弱いとは知っていても、その意見だけは曲げられないのだ。

 ならばシロ様だけを、と思わなかったわけではない。店長さんが求めているのは恐らくクドラ族の武力。実際極悪蝉をほぼ単騎で倒したシロ様ならば、単身で霧雪大蛇を倒してしまえるのかもしれない。でもそれは、シロ様だけに都合悪い部分を押し付けることと同義。得手不得手、適材適所。そうは言うがあの日一緒に全てを背負っていくと決めた以上、どれだけ強かろうが本人がそれを望もうがそういう形にしたくはない。行くなら、一緒に行きたい。


「……シロ様は、どう思う?」

「……そうだな」


 結局、考えは纏まらなくて。こっくんみたいに「大事な人を守りたい」とか、ヒナちゃんみたいに「困っている人がいるなら助けたい」とか。強い思いを一つだけ抱くことが出来ない自分の弱さに、お腹の奥が重くなったような感覚がした。色んなことを考えてしまう、まさしく優柔不断。そうしてそのまま意見をシロ様に託してしまう当たり、本当に情けないと言うかなんというか。


「個人的な興味はある。強い者に好奇心を抱くのは種族の性だ」

「……じゃあ一人で行けばいいだろ。お前の好奇心に俺らを巻き込むな」

「こ、こっくんお兄ちゃん……」


 しかし私のぐちゃぐちゃに入り混じった葛藤の全てをわかっているかのような顔をして、シロ様は静かに話し始めた。まず最初に、自分個人の意見を。それはこっくんに容赦なく蹴り飛ばされ、一瞬漂った険悪な雰囲気にヒナちゃんはおろおろと視線を彷徨わせたけれど。それでもここで喧嘩をすることに意義はないと悟ったのか、シロ様は瞳を眇めながらも挫かれた出鼻を持ち上げた。


「……話は最後まで聞け。興味はある、がそれはお前たちと天秤にかければ霞む程度の薄さだ。必要に駆られていない以上、悪戯に身内を危険に巻き込む趣味はない」

「…………」

「……シロお兄ちゃん」

「……だがヒナは、助けたいのか」


 一つ一つが、重い言葉だった。こっくんも思わず何も言えなくなってしまうような、一つ一つに覚悟が乗っている声たち。シロ様の過去を知っている私からすれば、胸の奥底まで沈んでいってしまうような。身内を危険に巻き込みたくない。それはいつか彼の身に起こった惨劇から来る言葉。

 ならそうした方がいいのかな、断ったほうがいいのかな。ゆらゆらと揺れる意見。どうすればいいのか、迷いが心で揺蕩う。ヒナちゃんの真っ直ぐな言葉を守りたい。でもこっくんの優しさも受け入れたい。シロ様の好奇心に付き合いたい。シロ様の過去をほじくるような真似をしたくない。自分個人としては助けたい。でも皆を危ない目に遭わせたくない。同じだけの分銅を乗せられた天秤が揺れる。


「……あの、聞きたいんですが」

「……おや、なんでしょうか?」


 ……なら、分銅を増やせばいい。同じだけの理由で揺れるのなら、何か一つ大きな分銅を。ヒナちゃんの縋るような言葉に黙り込んでしまったシロ様。彼にあそこまで言わせたのだから、私が黙っているべきではない。少しでも話し合いを進めなければ。その思いで声をかければ、黙って私達の話を聞いていてくれた店長さんはこちらを見返した。その視線に緊張しながらも、ぎゅっと拳を握りしめる。


「依頼、ということなら報酬があると思います。こういうの、こちらから聞くのは現金で申し訳ないんですけど……」

「……いいえ。ミコさんの気持ちはわかります。決めかねている、だからこそ判断材料を増やしたいのでしょう?」

「……はい」


 依頼、頼み事。それならばこちらに何か対価が発生するのではないか。その思いのまま尋ねれば、店長さんは全てわかっていると言わんばかりに微笑んでくれた。報酬は何だ、なんて率直に聞かれて嫌な気持ちをするかもしれない。その懸念は現実にならないまま、気づかぬ内に空になっていたティーカップに紅茶が注がれる。注いでくれたティアさんは、目が合った瞬間にこちらにウインクをしてくれた。気負わなくていいと、またそれを教えてくれるように。

 現状、この話を受けるかどうか決められない。それは心情という面において二つの意見が対立しあっているから。ならば目に見える利で決めてしまえばいい。多くの人命が関わっている最中報酬次第で引き受けるかどうか決める、なんて少し申し訳ない気もするけれど。しかしそれ以外の方法がうまく思いつかなくて。


「……そうですね。実はこの話をしたかったので、聞いてくれてありがたいかもしれません」

「え……?」

「皆さんにお渡ししたい報酬がありまして。そのついでに依頼を持ってきたようなものだったのですよ」


 よくわからない罪悪感がぐるぐると渦巻いていた私。けれどそれは、告げられた予想外の言葉で霧散していく。渡したい報酬があって依頼を持ってきた? それでは順序が逆のような。当然私に浮かんだ疑問は皆の中でも引っかかったらしく、店長さんの言葉にシロ様とこっくんは眉を寄せ、ヒナちゃんはこてんと首を傾げた。そんな私達の心情を全てわかっているのだろう。穏やかに微笑んだ店長さんは一度カップを持ち上げて紅茶を一口分飲んだ後、口を開いた。


「……我が領の機密事項となっている、”赤い羽”に関する情報。領地を危機に陥らせる魔物を討伐してくださった暁には、皆様にそれをお教えします」

「……!」


 そうして今度落とされたのは、全く予想だにしていなかった情報で。思わず息を呑んで硬直した私の視界に移ったのは、シロ様が大きく目を見開く姿。店長さんによって落とされたのは、全てをひっくり返すような大きな大きな分銅だったのだ。

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