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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第六章 這い上がった少年が掴むのは
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百九十二話「討伐の依頼」

「皆さん、霧雪大蛇って知っていますか?」

「……え?」


 その後、帰ってきたシロ様とヒナちゃんを伴って下のラウンジへと降りた私達。しかしそこで優雅に紅茶を嗜んでいた店長さんから発せられたのは、何の脈絡もない一言であった。


「霧雪大蛇って、今騒ぎになっているあの……?」

「おや、新聞を読んでいらっしゃるんですね。ミコさんもまだお若いのというのに感心です」

「い、いえ……そこまで褒められることでは……」


 とはいえ、珍しいことにその名前は私でも知っている名前であった。対面側のソファーに座っている店長さんと、その傍にまるで控えるかのように立っているティアさん。そんな二人を横目にもう一つと置かれたふかふかのソファーに左からシロ様、ヒナちゃん、私、こっくんとなるように座りながら返事を返す。

 霧雪大蛇。それはホテルで売っている新聞を購入した時に見た言葉。私達は今も赤い羽の持ち主の手がかりを探し続けてはいるものの、現状その手がかりは途切れてしまったと言っていい。私が投獄されてしまったせいで情報収集は滞ってしまったし、かといって今更リーレイに向かったところで宛を探すのは砂漠にある大量の砂の中から一粒の硝子を見つけ出すようなもの。


 路銀はかなり余裕があるとは言ってもいい。さりとてお金というのは無限に湧くものでないのである。少しの手がかりすらもないのであれば、しばらくはこの街に留まるのが吉。それは四人とついでに一匹で話し合って決めたことだった。この街は貿易都市。他の街よりも情報は入りやすいのだから、そのチャンスを待つのは悪策ではない。

 そんな理由で定期的に出ているという新聞を昨日購入してみた私なのだが、そこでは霧雪大蛇という存在はかなり大々的に報道されていた。あの極悪蝉と並ぶ災害級で、なんでもかなり危険な魔物らしい。シベリ湖という場所で出没が確認されたが、現在の居場所は不明。別の水源に移った可能性も高いとのことで、リーレイだけでなく周辺国のレイツやレイメルといった国々の民も怯えているのだとか。


「……霧に姿を変えることが出来る大型の蛇のような魔物だ。首が何本もあり、物理的な攻撃は基本的に通らない。その上、全ての属性の法術に耐性がある。そのように主に防御面に優れた魔物だが、掠めただけで凍りつく息も吐くらしい。文句なしの災害級だな」

「へ、へぇ……」

「…………」


 しかし霧雪大蛇本体に関しては詳しく知らないな、と思ったところでタイミングよくシロ様からの解説が。心を読まれているのだろうか、なんて今更なことを考えながらも私は羅列された言葉たちに戦慄した。なにそれ怖い。聞くだけならばいつかの極悪蝉よりも凶悪に聞こえるのだが。ようは物理攻撃無効かつ魔法も効きにくいヤツ、ということなわけで。橋本くんあたりが聞いてたらクソモンスター、などと口悪く罵りそうだ。

 けれどそんな害悪蛇さんの話よりも気にかかったのは、こっくんの様子。シロ様の説明に何か思うところがあるのか、先程まで警戒するような視線を店長さんへと向けていた少年はシロ様を見て不満げに口角を曲げた。いつもの対抗心が出てしまったのかもしれない。これはいよいよどうにかしなければな、なんて考えたところで。


「……素晴らしい。流石はクドラの一族の方ですね」

「……!」


 それよりも、捨て置いてはいけない言葉が耳を掠めた。クドラ、それはまだ話していなかったことのはず。咄嗟に店長さんの方へと視線を走らせれば、蠱惑的な微笑みを浮かべた麗人はこちらを意味深に見つめていた。考えが読めないその表情に、じりじりと胸に焦燥感が走っていく。


「……どこで、それを?」

「あの戦いっぷりと彼の髪色を見れば薄々は。ご安心を、他の街の方々には周知されないように根回しをしておきましたので」

「……用意周到なことだな」


 シロ様がクドラ族であることは私達にとってタブーな情報だ。忘れがちだが、シロ様は未だに指名手配をかけられている身なのである。遠くに離れたレイブ族の領地にまでそれが知れ渡っているとは考えにくいが、身分は出来得る限り隠しておかなければならない。ヒナちゃんやこっくんを守るためにも、尚更。

 しかし周囲に知れ渡らないように隠してくれているということは、今回の話はそっち方面の話ではないのだろうか。私とシロ様が警戒態勢に入ったのを見てかおろおろと視線を彷徨わせるヒナちゃんと、話についていけていないのか訝しげに眉を寄せるこっくん。そういえばこっくんにはシロ様側の事情を話していなかったな、と思い至ったところで凍りつきかけた空気は綻んだ。


「もー、店長。そんな風にからかってたらこれからの話受けてもらえないッスよ?」


 ことんと、私達の前に用意されたお茶とお菓子。軽い調子の声が張り詰めていた空気を緩ませていく。困ったような笑顔を店長さんへと向けたティアさんは次に私達を見て、ふんわりと微笑んだ。まるでそう緊張しなくてはいいのだと、それを伝えてくれるように。


「ふふ、すみませんティア。ついからかいたくなってしまって」

「悪癖ッスね~。あ、ほらほらお姫さん方、食べて食べて。今日のクッキーは料理長の自信作なんで!」

「え、あ……い、いただきます」


 そのお姫様のような微笑みに見惚れてしまえば、あとはもう一瞬だった。あれよこれよの内に勧められたクッキーを手にとって、そうして口に含む。香るはバターの芳醇かつ濃厚な匂いの層。さくっとした口当たりととろけていくような後味。自信作、そう言うだけあってお茶請けのバタークッキーはとても美味しかった。毛並みを逆立てるかのように警戒していたシロ様も、思わずもそもそとクッキーを食べ始めるくらいである。ちなみにヒナちゃんは背後にお花を飛ばしながらクッキーを味わい、こっくんは警戒しながらも美味しさには抗えずに頬張っていた。うん、可愛い。


「さて、改めて申し訳ありません。確認のためにお聞きしただけで、それをネタに脅そうと思ったわけではないのです」

「そう、ですか……」


 クッキーとティアさんのおかげですっかりと緩んだ空気。店長さんの穏やかな微笑みを見るに、本当に何か企んでいるわけではないらしい。たとえばそう、シロ様を無理やりクドラ族に引き渡そうとしているとか。店長さんが領地を管理している側の人間である以上、そういう駆け引きじみたものが発生しているのかと警戒したのだが……どうやら無駄骨だったようである。

 まぁそれならこんな風に尋ねてくるのではなく、料理か何かに薬を仕込んでどうにかすればよかったわけで。しかしそこまで考えたところで、私の中に新たな疑問が浮上した。今店長さんは「確認のため」そう言った。けれどそれは何の確認だったのか。ティアさんは言った。「これからの話を受けてもらえなくなる」と。シロ様がクドラ族であることを確かめて、そうして店長さんは一体何を私達に頼もうとしたのか。


「……その顔だと、これからお話することを察していただけたようですね」

「……多分、ですけど」


 そんなの、先の霧雪大蛇の件と合わせて考えれば一つしか無い。なんせクドラ族の主義は武なのだから。薄々とこれからの話を察してしまい顔を引きつらせた私に、店長さんはにこやかに微笑んだ。その様子をみるとマジのマジのようである。


「お姉ちゃん……?」

「う、ううん。大丈夫だよヒナちゃん」

「? うん」


 というか周りの様子を見るに、察せていないのはヒナちゃんだけのようであるが。クッキーをもぐもぐと食べながら首を傾げたヒナちゃん。その可愛らしさに削れた精神力が一気に回復していく。ヒナちゃん、今日も天使。この無垢さを守るためならば私は世界を敵に回すことになっても頑張れるだろう。いや、そんな状況に陥るほうが中々に難しいとは思うが。

 ともかく、シロ様もこっくんも話のオチはもう掴めているらしい。読めない凪ぎきった表情のシロ様と、あからさまに眉を寄せて拒絶感を示すこっくん。対象的な少年二人の表情を横目に、私はヒナちゃんと合わせていた視線を店長さんへと戻した。するとそれを待っていたと言わんばかりに店長さんは優しく微笑んで。


「皆さんに、霧雪大蛇の討伐をお願いしたいのです」


 この場にいる八割にとって予想通りの言葉を紡いだのであった。

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