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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第六章 這い上がった少年が掴むのは
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百九十話「エンドロールのその後で」

「……っと、これでよし。こっくん、着てみてくれる?」

「……うん」


 ぷつり、糸が切れる感覚。以前よりもずっとずっと明瞭に感じられるようになったその感覚を目処に、ふわりと降ってきた布の塊を私は受け止めた。少し重い感触。だが触り心地は悪くない。どうやら今回も成功のようである。

 出来上がったそれを、黒いタートルネックのようなインナーと細身のズボンを着ているこっくんの方へ。こっくんはそれを受け取ると同時、早速羽織った。どうやらいつまでも薄手の格好のままでいるのが落ち着かなかったらしい。一応今着てるのも私が作った服なので、寒さとかは感じていないとは思うのだけれど。まぁでも人前で薄手の服装で居るのは色々と気恥ずかしいものだろう。こっくんはなんというか、思春期真っ盛りのようだし。


「うん! 似合う!」

「ど、どうも。作ったの、お姉さんだけど」


 少々勇み足で少年が羽織ったのは、灰色のコートのような外套のような何か。こっくんの顔全部を覆ってしまえるフード付き、裏地は濃い緑で全体的な形はPコートに少し近い。裾を長くして、その分ポケットを増やしたと言えば少しは想像できるだろうか。こっくんは法術師さんらしいので、法符やら法具を持っておくための収納はいくつあってもいいらしい。その理由で、コートの下には腰に巻くホルターみたいなのも装着している。

 そうして完成したコーディネート、というよりは装備?はこっくんにばっちり似合っていた。前の隠者のような格好もミステリアスで大変良かったとは思うが、こっちの格好の方が健康に見える。まぁ健康に見えるのは、最近の食生活でこっくんの体調が良くなってきたおかげでもあるのだが。店長さん、改めカネラさんに感謝である。


「あ、ところでフードはどうかな? 被ってみてもちゃんと前見える?」

「……! 見える。お姉さん、本当に”付与”出来るんだ……」

「う、うーん……」


 しかし今はかの人物に感謝を伝えるよりも、確かめなくてはいけないことがあった。本日初めての試みとなる、私が意識して服装に何かの効果を載せる……”付与”だったか。どうやらそれはばっちりと成功したらしい。顔全体を隠したこっくんは、しかし視界がまるで遮られないように自由に顔を動かした。こころなしかはしゃいで聞こえる声音から考えるに、どうやらばっちり完璧に私はお仕事を完遂してしまったらしい。喜ぶべきか、否か。


「とりあえずシロ様には言わないとだな……」

「…………」


 脳内で仏頂面の少年がこちらを見ている。我ながら再現力の高さには苦笑するレベルの解像度である。ともかく、この試みが成功した以上はシロ様にもきっちり報告しなくてはならないだろう。そんなこんなで自分の糸くんのポテンシャルに戦々恐々としていた私は気づかなかった。こっくんがフードの下から若干のジト目で、私を見ていることなんて。











 さて、改めて。今日は私とこっくんがめでたく脱獄を迎えてから五日後。コダなんちゃら様の廃嫡を巡る騒動も色々落ち着いて、ようやくのんびり出来る頃になったと言えば伝わるだろうか。少なくとも現在は、私が法力全消費で服を作っても咎められないくらいには暇である。

 ここに至るまでには色々あった。店長さん……うん、店長さんでいいか。店長さんからその後の領のお話をしていただいたり、色々と法外な報酬とお詫びを頂いたり……後は一つ、大きな悩みがあったり。まぁでも特筆するのはそれくらいで、ヒナちゃんの時の事件が終わった時よりは全然忙しくはなかった。むしろ宿泊料が永久にタダになったこのホテルで散々ともてなして頂いたくらいである。……ちなみにこの宿泊料タダは、法外な報酬の一部だ。末恐ろしい話である。

 

 まずコダなんちゃら様やら、その後のエーナの街についてどうなったのかをさらりと。コダなんちゃら様は廃嫡、その後豪雪地帯で一兵士として働くことになった。その場所は人殺しやら火災やらを引き起こした大犯罪者に値する人たちが送られる場所であるらしく、真面目に働かなければろくに食事も摂れない場所らしい。そうでなくても環境の厳しさはレイブの領地内でもトップクラス。これには処刑を望んでいた被害者の人たちも黙り込んでしまったとか。死ぬよりも辛いことはある、その体現をしている場所なのかもしれない。

 そしてコダなんちゃら様の配下であった従者さんと、私に火の玉を撃ってきた執事さん(だったらしい) 彼らはすぐ処分が決まったコダなんちゃら様とは違い、現在拘留中である。なんでも彼らの出自には何か怪しい部分があるらしく、それを探っているのだとか。彼らがコダなんちゃら様の暴走を増長させた可能性も高く、それならばより厳しい沙汰を下さなければいけないかもしれない、とのことである。罪状としては犯罪教唆に近いのかもしれないが、恐らくはそれ以上の陰謀みたいなものがあるのだろう。


「あいつに言う必要ある?」

「え?」

「……法術に関しては俺のが詳しいし。俺が知ってればいいと思うけど」


 後は報酬の件……と情報を整理しようとしたところで、聞こえてきたのは拗ねていますと訴えるような声。慌てて視線を上げれば、そこにはフードを脱いで唇を若干尖らせているこっくんの姿が。あ、また始まってしまった。ぶすくれている少年の表情を見て、私の頭に過ぎったのはそんな言葉だった。そう、これこそが今の私の悩みのタネ。


「それに今回の意識して行う付与だって、俺が言ったことでしょ」


 シロ様とこっくんがなんか微妙に対立し合っている、という問題だった。


「う、うーん。でもシロ様だけじゃなくて、ヒナちゃんにもある程度私の力には知っててもらいたいし」

「……ヒナにも?」

「うん。いざという時、私と糸くんについて知ってる人が多い方が色々楽だからね!」

「……まぁ、それは」


 しかし既にこの問題には一応の対抗策がある。必殺、ヒナちゃんの名前を出す。どうやら今回もそれで流されてくれたらしい。ヒナちゃんの名前をあげれば、寄っていたこっくんの眉は元通りに。納得できたらしい少年はぽすんと自分のベッドに腰掛けた。

  ……ふう、今回もなんとか誤魔化せたようだ。瞳を伏せて何かを考え込み始めたこっくんを見て、私はほっと息を吐く。付与、それはこっくんが名付けた糸くんの力の一つ。この数日間で色々と私は自分の力のことをこっくんに話すことにした。それは彼が強力な法術士であること以外にも、これから先一人の仲間として私の旅に同行することになったからという理由もある。そこまではよかった、よかったのだが。


『……へぇ、ならこれは出来る?』

『えっ』


 しかし誤算だったのが、こっくんが思うよりも私の力に興味を示したということ。こうやって糸を使って仕立てが出来るんですよー、後なんか特殊効果が付くんですよーとやってみせたところ、こっくんの知的好奇心に火が付いたらしく。あれはこれはあれは、とこっくんはすっかり私の力について学者さんモードになってしまった。

 まぁ私としても力について向き合ってくれる存在はありがたくもあるわけで。こっくんと研究して今日で三日目。ヒナちゃんとシロ様が訓練しに行ってる間に、こうやってこっくんと実験をするのが最近の日課である。狙った効果を付与出来るだとか、それを考えることでより法力の使用量を調節できるなど、そこまでわかったところまでは大変助かった。こっくんから法力を戴く形での実験は、彼の法力がほぼ無尽蔵であったのも相まってまるでスキップするかのように進んだと言っていいだろう。しかし問題はここからである。


『へぇ、じゃあシロ様にも話さないと!』

『……なんで?』

『えっ』


 そう、先程もその一端を見せたように。私が上げるシロ様という名前に、こっくんはなんというか過剰反応を見せるのだ。嫌悪とかではないと思うのだが、妙にシロ様に対抗心のようなものを燃やしているような、もしくは警戒しているような。ちなみにこれはシロ様も同じだ。こっくんよりはかなり薄いが、ところどころでシロ様からもこっくん宛の対抗心のようなものを感じる。尚、どちらもヒナちゃんの名前を上げれば落ち着く。現状私の中でヒナちゃんはリーサルウェポンである。うちの天使は可愛くて最強だ。

 けれどヒナちゃんの名前を上げれば一時的に落ち着くとは言え、未だ問題の根本的な解決には至っておらず。このままではやがて現状はのびのびとしているヒナちゃんにまで火の粉がかかってしまう可能性があるかもしれない。そう考えた私は一端頭が痛くなるような報酬のことは置いておいて、シロ様とこっくんの微妙な関係について考察してみることにした。


 ……決して、貰いすぎた報酬のことを考えると頭が痛いとか、そんな理由ではないのである。そう、決して!

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