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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第五章 雪積もる世界と地の底の少年
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百八十五話「極寒の黒色」

 絶対に当たったと、そう思った。背中に当たった炎が命へと燃え移って、ほのかに輝いていた灯火ごと炎を奪っていったと。そうでなくても意識を失うような重症になったはずだと、そう思ったのだ。


「……へ?」


 なのに、この状況は一体?


 高らかな少年の声の後に地面に響き渡ったのは、全てを揺らがすような重低音。訪れなかった熱と痛みに思わず後ろを振り返れば、そこには壁があった。いや、これは壁ではない。大きすぎるからそう見えているだけで、これは腕だ。土でできた、物理法則を無視して突如として生えてきた。

 状況を理解する時間も与えては貰えないまま、その腕は私をひょいと摘み上げる。それに呆然とした声を上げれば、すぐに手のひらと思わしき場所に優しく落とされて。土でできてるからか、想像より柔らかい。そんなことを考えたのも束の間、私は伸びていったその腕によって高みへと押し上げられていく。広いエーナの街の全てが見下ろせるほど、高く。


「えええええ!?」

「お姉ちゃん!?」


 何故!? なんで私は突如として絶叫マシンに乗せられている!? いや絶叫と言うには少々優しすぎる動きではあるけれど! ぐんぐんと伸びていく腕。体を襲った浮遊感が怖くて指の辺りに思わず縋り付きながらも、わたしはどんどん遠くなっていく街を見て叫んだ。どこかからか聞こえたのはヒナちゃんの声。残念ながらその姿を視認することはできない。いやだって、高すぎる。

 建物も、人々も、全てが豆粒になったような光景。高いところは別に苦手ではないが、この状況への疑問は変わらない。一体この腕は誰が作り出して、どうして私はこんな高さまで押し上げられたのか。シロ様……ではない。シロ様は確かに法術面の知識も明るいが、自由自在に使えるのは風と火の法術だったはず。これはどう見たって風の法術でも火の法術でもない。だからといって法陣や法符などで補って使えるような規模の法術にも見えず。


「ひいぃぃぃ!」

「えっ」


 この法術の属性は、多分土。しかも風運などのちょっとした法術とは違い、使い手が限られるタイプの強い力を有するもの。しかし使い手は依然としてわからないまま。混乱しながらも状況を理解しようとしていた私だったが、そこで呆気にとられることになる。何故ならば見下ろした先の世界で突如として何かが連結するかの如くすごい勢いで伸びていったかと思えば、暫く経って止まり。そうしてその塊が大きく揺らぐと同時、目の前に甲高く泣き叫ぶ男の人が現れたからだ。私と同じく、土の腕に持ち上げられる形で。

 

「た、たすけてぇぇぇ!」

「え、ええと……」


 違うのは、私みたいに手のひらに乗せてもらっているのではなく指で摘まれているところだろうか。高度が高い、ということは風もそれなりに吹いている。汚いものでも摘むかのように人差し指と親指らしきものでぷらぷらと風に揺らされているその人は、正直すごく可哀想だった。それはまぁ、怖いだろう。縋り付いた指くんに優しく支えてもらってる私とは、なんというか扱いが違いすぎる。


「……お姉さん」

「……! こ、こっくん……?」


 どうにか腕を伸ばして、あの人をこちらの腕へと移すことはできないだろうか。などとなんとかその人を助ける方法を考えていた私。人が命綱も無しに今にも落下してしまいそうな状態を見るのはひやひやしてしまう。けれどそんな思考は、三本目と伸びてきた腕に寄ってかき消えていった。

 お姉さん、そうこちらに声をかけながら現れたのはこっくん。私と同じように手のひらに乗る形で現れた少年はしかし、私達とは違って狼狽えている素振りを見せていなかった。少し猫背気味に立って、脱いだらしい外套の下にあった瞳を気怠げにこちらへと向けてくる。鋭い黒の三白眼は落ち着き払って凪いでいた。この場を支配している者だからこそに、映せる色。そんな色を見ると同時、私の胸には確信が広がっていく。


「……この腕、こっくんが出してくれたの?」

「…………」


 きっとこの腕は、先程私を守ってくれたこの腕は、こっくんが作ってくれたものなのだ。未だ原理だとか、こっくんが何者なのかとかはわからないけれど、それでもわかることは一つ。あのとき絶体絶命のピンチだった私を助けてくれたのは、この少年だった。そう思えば正体不明だった腕への警戒心が溶けていく。思えば最初から私への扱いは優しかった。それならば警戒する必要はないだろう。


「……くれた、って何?」

「え、だって……さっき、火の玉から守ってくれたから……?」


 礼を伝えるように自分のものとは比べるまでもないほどに大きい指を撫でれば、返ってきたのはぶっきらぼうな返事。どこか動揺しているように聞こえるそれに首を傾げながらも答えれば、少年はぎゅっと眉を寄せた。ど、どうしよう。結果的に私を助けることになっただけで、この腕は私を助けるために出したのでは無かったとしたら。腕を出したい気分だっただけなのかもしれないし。やばい、自惚れが過ぎただろうか。


「……そうだよ。俺が出した」

「そ、そっか。ありがとう」

「別に。胸糞悪かっただけだし」


 しかし優しいこっくんは、そこを突き回すことはしなかった。ふいっと視線を逸して瞳を伏せる少年。私は「自意識過剰過ぎない?」などと呆れ顔で見られなかったことに安堵しつつ、ちらりと未だ腕に釣られてぷらんとしたままの男の人へと視線を向けた。もはや叫び声がBGMのようになっている、可哀想なその人の方へ。

 この腕がこっくんの力によるものだとするならば、彼を手のひらに乗せるか地上に帰してやるかしてくれないだろうか。というかなんであんな風に摘んでいるのか。更に言えばなんでこっくんは雲に届きそうなこんな高みまで、私達を連れてきたのだろう。溢れかえった疑問の一つ一つに眉を寄せる。あの飛んできた火の玉から守るためにしては、このパフォーマンスは些かやり過ぎな気もする。それならば何か別の目的があったのだろうか。たとえばそう、あの群衆が多い場所ではできないことが。


「……で? どうする?」

「えっ?」

「こいつ。お姉さんに火の玉撃ったやつ」


 そこで、吹き荒れる風に紛れるように静かな声が一つ。どうするって、何を? その疑問への答えは、すぐに返ってきた。静かで冷たい、雪のような声。引き寄せられるかのように声の聞こえた方へと視線を戻せば、そこにはいつになく冷えた瞳で私を見るこっくんが居る。……いや、彼が見ているのは私ではない。冷たい色をその瞳孔に宿した少年は、私の先の男の人を見つめていた。


「知を証明して、お姉さんは盤上を確かにひっくり返した。それなのにこいつは、卑怯にも場外から攻撃をした」

「…………」


  淡々とした語りが進められるたびに、黒がますますと極寒を帯びていくさま。あんまりにも冷たいこっくんの表情に、無意識のうちにきゅっと大きな指へと縋ってしまう。別人のように冷えた少年の表情を見ていると、火の玉の犯人のことを考えている余裕なんて無くなった。恐怖で泣きじゃくる男の人を完全に無視して、こっくんはその首に巻かれたスカーフを解く。

 私と二人で居る時だって明かされなかった、外套の下で更に秘められていたこっくんの秘密。私はそこから覗いた真実に思わず息を呑んだ。隠すために巻かれた布地の先、細い首に黒で描かれるは何かの紋。亀の甲羅のようなものが左半分を覆うように、右半分には蛇が巻き付く。人が描いたとは思えない程に精巧な、入れ墨のような何か。到底少年の華奢な首には似合わない、それでも冷たいその黒い瞳に寄り添うような何か。


「俺は”レイブ族”として、それを許すことができない」

「!」


 けれどそれが、それこそが、彼がレイブ族であることの証明だった。シロ様のように耳と尻尾があるわけではない。ヒナちゃんのように片耳がふわふわなわけでも、翼を生やして空を飛べるわけでもない。それでも精巧過ぎるその紋様は、人が描いたものには到底見えなかった。そうしてこの法術だってきっと、この年頃の人間の少年が出来ることではない。だってシロ様にだって、これは出来ないのだから。


 この子はレイブ族なのだ。私が出会った、初めての。


「落とそうか、このまま」

「ひっ……!」


 そうしてその少年は今、年に似合わぬ冷酷さを以て知に背いた男を消そうとしている。高い空の上。誰であっても簡単に来ることは出来ない、この場所で。

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