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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第五章 雪積もる世界と地の底の少年
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百八十一話「偽物の腕輪」

「それでは、今より罪人の弁論を始める!」


 なんて、仰々しく晴れの空に響いた声。今にも高笑いしそうな程の表情を浮かべるコダなんちゃら様とは違い、集まった民衆の人達はあからさまな浮かぬ顔。中には中心に置かれたギロチンめいたものを見ては、顔を青くする人も居る。

 そりゃあまぁ、皆様は今から始まるこれが理不尽かつくだらない茶番劇だと理解しているので。流石にこれから無罪だとわかりきってる少年があらぬ言いがかりを受け、そして殺されるなんて場面を笑顔で見れる人は少ないだろう。とんだサイコパスである。それでも彼らは集まった。悲劇とは分かりきってもなお、結末が気になって。


「それでは弁論を始めるがいい!」

「……はい」


 コダなんちゃら様のにたにたと笑った、誰かを苦しめるという悦に浸りきった表情。これが屈辱に歪む姿なんて誰も想定していない。誰もがこれから始まるのは少女が何も出来ないままに終わる、罪なき少年の断罪ショーだと思っている。でもそれを、私が変えるのだ。

 一歩踏み出せば、じゃらりと腕にかけられた鎖が揺れた。けれどそんなのは何も怖くない。何故なら私はそれの"外し方"を既に教わっているから。


 すっと息を吸って、吐いて。


「コクくんの無罪を、証明します」


 不安そうなさざめきの中に落ちていったその声は、私の声は、世界を静寂へと変えて行ったのだった。



 ♢♢


 いよいよ来たる四日目の朝。昨夜看守さんと話をしたおかげか、自分でも不思議なくらいに穏やかに目覚めた私。私はそんな穏やかな朝を共有するように、毛布を取り外套に包まるこっくんに声をかけた。


「おはよ、こっくん」

「……おはよ。なんか今日は落ち着いてるね」

「あ、わかる?」

「いつもが落ち着きないから」


 ……今日はこっくんも絶好調のようである。一言も言い返せない言葉に内心で涙を流しつつも、私はほっと胸を撫で下ろした。こっくんもこっくんで落ち着いた様子だ。少なくとも暴れるような素振りは見せない。

 今更暴れても無駄だと思ってるのか、私を信じてくれることにしたのか。そんなことはわからないけれど、それでも落ち着いているのはいいことだ。下手に暴れたって泣き叫んだって今回はどうしようもない。なんせ相手取るのが、あの嗜虐心から先に生まれたようなコダなんちゃら様なのだ。そんな行動は相手を喜ばせるだけになるだろう。


「……目覚めたか」

「あ、看守さん。おはようございます」

「……おはよう」


 朝から嫌な顔を思い出してしまったな、いやこれから会うことになるのだから関係ないか、とげんなりしていた私。しかしそこのタイミングで現れたのが看守さんだった。若干心配そうな色を宿してこちらを見下ろす緑色。それにのんきな顔で挨拶をすれば、戸惑いながらも挨拶は返ってくる。相変わらず律儀な人だ。


「……こほん。今からお前たちをコダ様のところへとお連れする。だが暴れられては敵わないからな。これを嵌めてもらう」

「……手錠、ですか?」

「そうだ。そちらの少年にはこちらも嵌めてもらう」

「…………」


 気を取り直すように咳払いを一つ。その後看守さんが取り出してきたのは、手錠が二つに足枷が一つ。成程、コダなんちゃら様の指示だろう。獲物を逃さないことに関しては用意周到なものである。もう少しその慎重さを別のところに活かして欲しいな、なんてことを考えながらも私は大人しく手錠を嵌められた。逆らったってどうしようもないのだ。それがわかっているのか、こっくんも大人しく手錠と足枷を嵌められる。

 ぶらぶらと手を揺らせば、慣れない感触がじゃらじゃらと。拘束されるというのは結構精神的にくるものだ。手錠だけの私でさえこうなのだから、足枷まで嵌められているこっくんの心情は如何ほどのものか。というかそもそも転んでしまわないか不安である。いや、私じゃないのだから大丈夫か。


「……少し耳を貸せ」

「え?」

「……貴方達に嵌めた手錠は壊れているものだ。輪を叩けば外れるようになっている」


 しかしそこで落とされた、看守さんからの一言。その言葉にばっと思わず上を見れば、眉を下げてその人は笑っていた。その表情でわかるのは、これが彼が出来る最大限の助力だということ。そう思えば胸がぎゅっと苦しくなった。たったこれだけでも、彼は危険な橋を渡ることになるのかもしれないのに。それでも彼は自分に出来る限り、私達に手を貸そうと思ってくれているのだ。それは昨夜交わしたほんの僅かな会話が、夢ではなかったことの証明。


「ありがとう、ございます」

「……行くぞ」


 聞こえるかどうかもわからない声で礼を告げれば、もう看守さんは元通り厳格そうな表情に戻っていて。背を向けた彼に続くように、牢の中から一歩踏み出す。そうすれば始まるのだ、という緊張感がぶり返した。

 ……大丈夫、何も怖くない。味方をしてくれる人がいる、最初の頃よりは少しは私を信じてくれている子がいる。そして外には、いつだって私の味方になってくれる二人がいる。そうでなくても私には、もう勝てるだけの要素が揃っている。何も不安になる必要はない。


「……行こっか、こっくん」

「……ん」


 振り返って、未だ外套を深く被る少年に微笑みを。今日は顔を見れていないな、という寂しさを消し去りながらも私達は歩いていった。牢の外、久々に浴びた光はまるでスポットライトのように思えて。そうして私達はコダなんちゃら様とお付きの強そうな人と、この大通りまで来たのだった。



◇◇


 その道中でコダなんちゃら様に「怖気づいたか?」やら「今ならお前だけは許してやるぞ」とか妙に甘ったるい声で囁かれていたな、と嫌な記憶まで思い出しつつ。しかしまぁ今はそんなことに気を取られている場合ではない。

 すっと辺りを見渡した。見渡す限りに居るのは人、人……人ばかり。誰もが私を同情的な目で見ている。誰もがこれから始まる悲劇の幕開けに不安な面持ちを浮かべている。けれど私が見たいのはそんな顔ではなかった。私が探しているのは、見ず知らずの人達ではなかった。


「……!」


 数秒経って、見つけたのは積雪の中に塗れる白銀と赤色。その二色を見た瞬間、私の中で僅かに募りだしていた緊張感は一気に吹き飛んでいった。大丈夫、大丈夫だ。見てくれている、見守ってくれている。それならばもう何も怖いことはない。「行け」そう告げるような二色に私は微笑んだ。そうして振り返るは、彼の方。私の言葉を今か今かと……いや正確には、こっくんの首を今か今かと落としたがっているコダなんちゃら様の方。


「……コダ様。もう一度ご確認を」

「なんだ?」

「私が証明するのは”コダ様の朝夜石の腕輪を盗んだのがこの少年ではないこと”でしたよね」

「……確認が好きだな、何の悪足掻きだ? それで合っている、と再三申したであろうに」


 この場に居る人全員に聞こえるように、はきはきと。何度か問いかけたそれに彼がうんざりとしたような顔をするのに、柔らかく微笑んだ。今日も彼はその腕輪を着けている。本日エーナの街は晴天。その下でも腕輪は青いまま。どうやら運は私に味方しているらしい。それを確認して、私は再び前を向いた。

 していることは証明できても、してないことは証明できない。こっくんが言っていた悪魔の証明。けれど今回ばかりは何の悪戯か、私の言ったことを証明する土台はしっかりと出来上がってしまっているらしい。ずるい引っ掛け問題。悪魔なのは私の方だったのかもしれないな、なんて内心で苦笑を一つ。けれどまぁ、どっちが悪魔でどっちが人間かなんてどうでもいいのだ。大切なのはただ一つ。


 どっちが勝つか、それだけ。


「……冤罪の証明をする前に一つ。皆さんは、朝夜石のことをどれくらい知っていらっしゃいますか?」

「……なに?」


 謳うように、できるだけ響くように、言葉を空に乗せた。そうすれば不安げだった民衆の人達の視線は私に集まり、そうして疑問を抱くように揺れ始める。後ろから聞こえてきた怪訝そうな声を置き去りに、私はそっとこっくんの方へと近づいた。いつでも手錠を外して、籠繭が発動できるように準備。見上げてきた外套から覗く黒い瞳に微笑みを。そうすれば流れのない湖のように淀んでいた瞳は、波紋を描き出した。


「朝夜石はその美しさと同時、加工の難しさで知られています。とくにコダ様が着けているような腕輪などは、細工をするのがとても難しいそうです」

「……ふん。まぁこれはかなりの額を支払い手に入れたものだからな」


 いつか桃花の宿でクスノさんから聞いた、朝夜石の話。それは加工されたものなら、手に収まるようなサイズで家が一つ建つ値段であること。それほどまでにその石は希少であり、そうして加工することが難しいこと。更に言えば腕輪であれば、それこそあの大きな旅館を経営するクスノさんですらも驚くような値段になること。

 まさかあの話がこんな形で役に立つだなんて思っていなかったな、なんてことを考えながらも。そこで私はそっと、コダなんちゃら様の方を振り返った。自慢気に腕輪を撫でる指。それのなんと可哀想なことか。彼の宝物は虚像に過ぎない。私はゆっくりと息を吸って、そうしてとどめを刺した。


「……そうして朝夜石の美しさの真髄はその”色が変わる”ことです」

「……は?」


 色の変わらないそれは偽物なのだと、呆然としたその人に言葉の刃を。


「朝から夕にかけては”桃色”に、日が沈み夜から朝にかけては”青色”に。……そうなると、おかしいとは思いませんか?」

「……な、な、まさか……」

「今は日の光が出ている昼間だと言うのに、コダ様の腕輪は青色。……これはこの朝夜石が、偽物であることの証明です!」


 ざわざわ、ざわざわ。予想外の話の展開に人々がざわめく声が聞こえてくる。悲劇が逆転劇へと覆る瞬間。けれどそんなざわめきは私の耳には届かなかった。集まった人達が驚く表情よりもそれよりも、目に強く焼き付いたものがあったから。

 見た、ただ真っ直ぐに。私のよすがである白銀と黒色を。そうすれば彼は……シロ様は私の視線の先で、とっても満足そうに微笑んでいて。その隣ではヒナちゃんはきらきらと瞳を輝かせていて。勝利を確信したのはその瞬間。私の中で証明が完了できたのはその瞬間。


「つまりコクくん……この少年は、彼の朝夜石の腕輪を盗んでいません。何故ならばそれは、朝夜石ではないのですから」


 外套の中から覗く細い黒い瞳が、大きく見開かれていたのを見たその瞬間だった。

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