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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第五章 雪積もる世界と地の底の少年
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百七十七話「襲来と黒髪」

 そんなこんなで牢屋生活も二日目。昨夜は食事を摂った後、軽い会話を交わしてから備え付けの藁のベッドで眠った。狭い牢屋とは言え、一応ベッドとごわごわした毛布は二人分置かれている。決して寝心地や触り心地が良いとは言えない、囚人らしい最低ランクのものではあるけれど。

 ところで、牢屋の中は恐らくとても寒い。まぁ暖房なんてものがろくに設置されていないから当然ではあるのだが。つまり温度調節が出来る服を着ている私ならばともかく、服に外套一枚のこっくんはとても寒いはずだ。故に昨夜は藁ベッドをくっつけて一緒に眠ろうと言ったのだが、それに関して返ってきた返答はこうである。


『……駄目に決まってるでしょ。抜けてるのも大概にしろ』


 じとりと細められた黒い瞳を思い出す。そういえばシロ様で麻痺していたが、十歳を超える少年と共寝というのはあんまりよろしくない。家族ならばともかく、出会ったばかりの少年相手ならばなおさらだろう。……いけない、こうして羅列するとなにやらいかがわしくなってしまった。決してそんな気はないのである! 決して!

 まぁこっくんの言うことは大変ごもっともであったので、私は自分の分の毛布をこっくんに投げ渡すと同時大人しく初期位置から変わっていない自分のベッドで眠った。戸惑いの声が返ってきた気はしたが、生憎と眠気には勝てそうになかったので。朝起きて自分の体に毛布がかかっていなかったことが、こっくんが私の厚意を受け取ってくれたことへの何よりの証左。その時はまたちょっとは信頼してくれたのかもしれない、と嬉しくなったものである。


 ……さて、なんで私がこんなほのぼのと回想をしているかと言えば。


「昨夜のベッドは寝心地が悪かったのではないか? お前が乞えば快適なベッドのある部屋へ招くことを考えてやってもいいぞ……?」

「……いいえ。囚人が何かを願うなんて、あってはなりませんので」

「……ふん、殊勝な娘だ」


 ヤツに襲撃されているからである。格子の先、でっぷりとお肉を蓄えた体。見下ろしてくる頬のお肉に埋まった赤い瞳から視線を逸しながらも、私はなるべく弱々しく見えるように首を振った。すると返ってきたのはどこか満足げなお返事で。私の大根役者レベルの健気な少女アピールは彼に通じているようである。商業都市の領主の息子だと言うのであれば、どうか目を磨いて欲しい。


「だがその強がりがいつまで続くか。見物だなぁ……」

「…………」


 ねっとりと後を引くような語末。にたにたと浮かべられた笑みを見て感じるのは嫌悪感である。どうやったらこんなに性格悪く笑えるのだろう。いや、性格が悪いからこう笑えるのか。私も人のことを言えるほど崇高な思想を持っているわけではないが、流石にここまでではないとは思いたい。

 何を思ったかお昼時に襲撃しに来たコダなんちゃら様は、先程からこうして私の勧誘を続けていた。普通囚人にするなら尋問だとか拷問だとか、そういうのだとは思うのだが……何故か彼が放ってくるのは口説き文句じみた何かである。まぁ私達は一応仮の囚人兼罪人なわけで、やったことも割れてるわけで。そんな相手に今更何かを聞く必要はないというだけかもしれないが。


「その子供の弁解を諦めれば、すぐにこんなところから出して愛でてやるというのに。謙虚な娘よ」

「……お気持ちは大変ありがたいですが、自分で選んだことですので」


 けれど、けれど一つだけ物申したい。確かこの人は、「忙しいから三日後に弁論の場を設ける」って言っていなかっただろうか。忙しいならば何故ここに来る。暇ならさっさとこっくんの弁論会を開いてほしいものだが。そんなことを頭の隅で考えながらも、私はそこで一度だけこっくんの方へと視線を向けた。私の返事に愉しげに笑う男に、あくまで気付かれないように。


「…………」


 ちらりと視線を向けた先、そこでは昨日のように外套を深く被ったこっくんがただ沈黙している。しかし布の隙間からこちらを覗き込む黒い瞳は雄弁だ。不快感と怒り、それらを滾らせた黒に私は心配になった。怯えていないだけマシかもしれないが、こっくんからすればこの男は自分を理不尽に牢屋に叩き込んだ仇敵である。当然視界に入っていい気はしないだろう。噛み付いていかないあたり、こっくんはかなり理性的だ。シロ様だったらこの格子をぶち破って切り刻みに行くだろう。いや、そんなことになりかけたら私が止めるのだが。

 シロ様のことはともかく。私はなんとか早いことこの人を追い払えないだろうかと、精一杯考えた。正直話してて何も楽しくないし、何より彼の話す言葉はこっくんの教育に悪い。こんな相手の語彙を得てもこっくんが性悪男にチェンジしてしまうだけである。故にさっさと帰って欲しいのだが、まさかそれを正直に言うわけにもいかないし。


「……コダ様、お時間です」

「……ちっ。興が乗ってきたところだったが、仕方ないな」


 すると神の助けか何か、そこで現れたのは昨日こっくんを羽交い締めにしていた従者っぽい人だった。短く刈り上げられた黒い髪。鋭い鷹のような眼光を見れば、彼が武に精通している人だということはなんとなく理解できた。なんせその手の瞳はシロ様で散々見慣れているので、この見解には割と自信がある。ついでに多分この人はあの日門の前で、コダなんちゃら様が帰ってきたぞー!と騒いでいた人じゃないのだろう。あの声と比べれば、声が低すぎる。


「覚えておけ、私と同じ黒髪の娘よ。私達は知ある者同士、レイブ族の方々の祝福を得て結ばれあう運命なのだ!」

 

 ということはコダなんちゃら様には少なくとも二人は腹心と言える従者が居るのかもしれない。と思ったところで正面から告げられた言葉に私は目を瞬かせた。レイブ族の祝福? 運命? なんだそれは。確かに私は黒髪で、コダなんちゃら様も黒髪ではあるが、一体それは何の意味があるのだろう。

 結局それは説明されないまま、コダなんちゃら様は従者っぽい人と去っていってしまって。助かったは助かったが、謎が残ってしまった。首を傾げる私。しかしそこで聞こえてきたのは溜息。重苦しいそれに、恐る恐ると背後を振り返る。そこには外套を外したこっくんが、心底忌々しそうに顔を歪めている姿があって。


「……馬鹿をレイブ族の奴は祝福しねぇよ」

「……? こっくん、何か知ってるの?」

「逆になんでお姉さんは知らないんだよ……変なことは詳しいくせに」

「う……」


 吐き出すような言葉。それにこっくんは何かを知っているのだろうかと尋ねれば、返ってきたのは呆れたような視線であった。あ、これは知ってる。レゴさんがたまに私に向けてきた視線だ。大体は私が一般常識を知らない時に向けられてきたものなので、心はきっとこっくんも同じなのだろう。けれど私が眉を下げれば心が傷んだのか、こっくんは「まぁなら教えるけど」と取り繕うように言葉を続けてくれた。


「レイブ族はクドラの奴らと一緒で、全員黒髪黒目なんだよ。まぁあっちは銀髪で銀目だけど」

「うん、それで?」

「……で、レイブ族と同じ黒を持ってる人間や獣人は『知ある者』でレイブ族の祝福を受けてる、って風習が北の方にはあるの。ここらでは有名な話」


 成程。それでさっきコダなんちゃら様は運命だとかなんだとかをほざいていたらしい。ただ髪の色が黒ってだけで随分大袈裟なことである。というか黒髪が皆頭がいい!ってことになるのなら我が故郷はどうなるのか。少なくとも私はその例から外れているので、間違いなく眉唾ものであろう。レイブ族は種族的に全体的に頭が良く出来ているのかもしれないが、人間はそうじゃないのである。


「お姉さん、この街じゃ割と丁寧な対応受けたんじゃないの? 黒い髪ってだけじゃなく黒い瞳だし。それ信じてるやつ、多いから」

「……た、確かに」


 そうして更に続いたこっくんの補足に私は納得してしまった。そういえばこの街に来てから、何かと周りは私に親切だった気がする。荒っぽい見た目の人も、私が赤い羽のことについて尋ねればちゃんと返事をくれた。店員さんだって、仕事とは関係ないことを聞いても嫌な顔一つせずに答えてくれたし。普通こういうのは情報料を求められるものだと思っていたが、今思えばそんなのを求められたことはなかった。

 ついでに、あの痴漢の事件も。いや、あのお爺さんのことではなく、そのお爺さんを引き取りに来たお孫さんの方である。彼は私が……というよりもシロ様が大切なご家族を半殺しにしてしまったのにも関わらず、私に必死に謝ってきた。それはお爺さんが常習犯だったから謝り慣れているのかと思っていたが、今思えば私を「知ある者」と見てのことだったのかもしれない。気づかぬうちにとんでもない詐欺を働いてしまっていた。


「ど、どうしよ……全然そんなんじゃないのに必要以上に人の親切を……」

「……いや、相手が勝手にしたことを気にする必要はないと思うけど」


 己のしでかしたことの罪深さに顔を青褪めさせた私。しかしそんな私を見て、こっくんはまたしても呆れたように告げた。どうやらこっくん的には全然セーフらしい。詐欺罪で捕まる心配はなさそうである。いや捕まるも何も、今絶賛捕まってるのだった。最初から考えるだけ無駄だったようだ。


「……てか、あんなの信じてる奴が馬鹿。お前らの領主の息子様はなんなんだって話だろ」

「あはは……まぁ私も人のことは言えないけど……」


 確かにコダなんちゃら様のことを考えると、その祝福やら何やらの話は余計に眉唾に思えてしまう。彼は黒髪だが、どうお世辞で塗り固めても「知ある者」ではなさそうだし。なんて辛辣なことを考えたところで、私もその同類であることに代わりはないのだが。

 ここから出たら黒髪を隠すべきだろうか。こう、ターバンみたいなものを巻いて。いや駄目だ。どう足掻いても瞳だけは隠せない。まさか両目に眼帯とかいう面白不審者ルックになるわけにはいかないだろう。そんなことをした日にはヒナちゃんに軽蔑され、シロ様に極寒の瞳を向けられる未来が待っている。後者は日常なのでともかく、前者だけは耐えられない。この世を儚むレベルだ。かといって詐欺(?)を続けるのも、どことなく申し訳なく。


「……別に、お姉さんに言ったんじゃ」

「え?」

「っ、何でも無い!」


 どうすればこの無自覚発動詐欺を止められるのか考えていた私は知らない。私の苦笑じみた軽い一言に、不器用な少年が小さな反発を起こしていたことなんて。自分が思うよりもこの時点で、彼にずっとずっと好かれていたことなんて。それが判明するのはまだ先の、三日経った後の決戦の日だった。

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