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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第一章 マンホールの底からこんにちは
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十八話「幻獣人という存在」

「まず、我の名にあるクドラという姓。それはこの大陸の四分の一を統治している有力者の姓だ」

「……え!?」


 何から話したものか、そう隣で小さく呟いたシロ様。どうやら自分の身に起きた惨劇のことを話すには、私に基礎知識が足りなさすぎるらしい。仕方ないこととはいえそれでも申し訳なく、僅かに視線を下げる。気分が落ちているからか、今の私はそんな些細なことにもすぐに落ち込んでしまって。だがそうして一度下がった視線は、しかし驚愕の事実に寄って再び持ち上げられることになった。

 シロ様の名前は、シロガネ・クドラ。それでクドラは、大陸の四分の一を統治している人の名前。つまり姓が同じ以上、それは彼が統治者と何かしらの血縁関係にあるというころで。


「シロ様、王子様ってこと!?」

「ああ。我は本家筋の元跡取り故、そういうことになる」

「ひええ……ん? 元?」


 驚愕のまま頷けば、更なる驚愕を以てその情報は更新される。何かしらの、どころではない。本家筋の血筋なんて、冗談無く王子様ではないか。しかも跡取り。高貴な雰囲気はそこから来ていたのだな、と少し納得して。けれど浮かび上がった疑問を、私はそのまま口にした。

 元跡取り。つまり今のシロ様は跡取りではない? もしやそれが、彼が負っていた大怪我に関わってくるのだろうか。元と言う言葉から感じ取った雰囲気は、今の彼を知ってるが故にどこか不穏で。私は恐る恐るとシロ様の瞳を見る。凪の向こう側、怒りを宿しているかのように見える瞳を。


「……それを話すよりも先に。ミコ、お前はこの世界にどんな人種が居るか知っているか」

「……ううん、知らない」

「だろうな。我の身に起きたことよりも先に、まずそれに関してを頭に入れろ」


 しかしその質問の答えは、先延ばしにされてしまった。拒絶をするかのように緩く首を振り、そうしてシロ様は逆に私に問いかけてくる。だが当然、その質問の答えを私は知らない。なんせ私は今、彼の言葉でこの世界にも人種という区分があるということを知ったくらいなので。ただそんな私を嘲ること無く、どこか納得したような表情でシロ様は淡々と語り始めてくれた。この世界についての、人種の話を。


「この世界で暮らすのはお前のような、動物的特徴が一切無い人間。そうして身体のどこかに、耳や尻尾等の動物めいた特徴がある獣人。それらが九割を占める」

「……じゃあ、シロ様は獣人ってこと?」


 そうしてまた説明を話し始めてくれたシロ様のその言葉を、私は聞き漏らさぬようにと真剣に聞いた。どうやらこの世界では私の居た世界のように肌の色で人種を分けるのではなく、もっとシンプルな特徴で分けるらしい。わかりやすくていいと考えながらも、私はぼんやりと想像の中の彼らを描いた。

 私のような動物的な象徴がない人種を、人間。つまるところ私が居た世界の全人類は、ここに分けられるのだろう。そうして私の知らない、獣人という存在。だがそれは、想像に難しくなかった。なんせ私がこの世界に来て初めて出会ったのが、頭の両側頭部に猫耳っぽい耳を生やした人間だったので。


「いいや。我は残りの一割」

「えっ」


 どこか確信めいた心持ちで、問いかけた私。だがその問いかけは予想外の答えを以て、一蹴されてしまう。思わず驚き間抜けな声を零せば、目の前の少年は少し意地悪く笑った。まるで、私からそんな質問が飛ぶのがわかっていたかのように。


「……っ!」


 じゃあ残りの一割とは、一体何なのか。そう問いかけようとした瞬間、しかし隣に居たシロ様がそれを遮るかのように眩く発光して。暗い木漏れ日の中、そうして突如として現れた光は私には眩しすぎた。思わず目を瞠り、開けていられないと瞳を閉じる。目の中に飛び込んだ光は、痛いと思えるほどに暴力的だったのである。

 そうして一拍の間の後、恐る恐ると瞳を開けば。そこには変わらずシロ様が居て。いや、変わらずとは少し違うか。変わらないのは腰から上までだけ。腰から下、そこには先程までの彼にはなかったものが備わっている。ゆらりと魅惑の動きで揺れる、真っ白でふわふわとした尻尾が。


「この世界で絶対の力を持つ、幻獣人と呼ばれる存在だ」


 それに思わず目を奪われるも一瞬、私はそこで落とされた言葉にゆっくりと視線を上げた。私に説明をしてくれるその言葉の紡ぎ方は、先程までのシロ様と何も変わらないのに。ただ左の黒と違って輝く白銀の右目は、どこか人ではない光を宿しているように思えた。人外めいた、とはこういう表情のことを言うのだろう。その姿に私の頭に浮かんだのは、おじいちゃんの部屋に飾られていた立派な屏風の一部。


「……びゃ、っこ」

「……?」

「……っあ、ごめん! その、前の世界に居た生き物?に少し似てて」


 そう、それは白虎。現代では創作の題材に扱われることも多いらしく、知る人も少なからず居るだろう。中国に伝わる神話の、天の四方を守護する霊獣たち。私のおじいちゃんはその伝説が好きで、私に良くその話を聞かせてくれた。何でも、お父さんとお父さんの弟、つまり私にとっての叔父さんは全然相手にしてくれなかったらしいとのことで。

 一瞬懐かしい記憶がフラッシュバックして、私は意識外に言葉を漏らす。だがどうやらその姿がどれだけ似ていても、白虎という存在をシロ様は知らないらしい。私の世界の言葉なので、当たり前なのだが。首を傾げたシロ様に、簡易的に説明をする。それで少しびっくりしたのだと言えば、彼は納得したように頷いた。


「成程、この世界はお前の世界と少し似通う部分があるのかもしれないな」

「うん。言語も同じっぽかったし」


 確かに、シロ様の言う通り私の居た世界とここは少し似ている。そういえば意識をしていなかったが、別世界のはずなのに言語も同じだ。ここが別世界というのなら、言葉が通じずとも決しておかしくないだろう。それなのに私とシロ様はこうして喋れているし、先程地面に書いていた言葉だって私は読み取れた。深く気にしていなかったが、よく考えればおかしいような。


「言語……? いやまぁ、それは置いておく。つまりこの世界は他の二種よりも圧倒的な力を持つ我々幻獣人が、世界を四と一に分割して統治しているというわけだ」

「四と、一?」


 どうやらそれに関しては、シロ様も気になったらしい。初めて気づいたと言わんばかりに眉を寄せ、一瞬考えるような素振りを見せたシロ様。だが今はそんな余裕はないと言わんばかりに、彼はその話を一度置き去りにして。そうして一度首を横に振った後、彼は人種についての話を纏めた。だがそれでも、その終わりはどこか引っかかるような終わり方で。

 四と一。そこを何故、分けるのか。単純に五と、それで良かったはずだ。それなのにわざわざ何かしらの線があるかのように区切ったのには、何か訳があるのだろうか。思わず首を傾げるも、その問いかけにもまた首を振られて。


「……それに関しても、また次回だ。できれば一に関しては、話したくはないのでな」

「う、うん……」


 だがそれだけは、今までの先送りとは少しだけ違った。忌々しいと、シロ様の顔が語る。それは先程法術の属性の一つ、金に関して話していた時の顔にも少し似ていて。それに思わず息を呑む。

 それは、一朝一夕で重ねられたような感情ではない。それこそ幼少期の頃から散り積もったような、そんな苛立ちと怒りが見て取れたのだ。シロ様はなんというか、優しい人だと思う。出会ったばかりの私にだって、ぶっきらぼうであれど思い遣りを以て接してくれている。そんな彼にこんな顔をさせる一と、金という属性。その根底にあるのは一体、何なのだろう。そこには噛みつかんばかりの、明確な敵意があるのだ。


「我の姓名はクドラ。このシリンの西方の大地とそこに属する二つの大国を守護するクドラ一族の、次期跡取りだった」

「…………」

「昨日、いやもう一昨日か。それまでは、な」


 だがそれに関する問いかけは許されないまま、話は進んでいく。気にならないとは言わないが、シロ様がそこまで話すことを拒むのなら聞かないほうが良いだろう。そう自分を納得させた私は、真剣に彼の言葉に耳を傾けた。ここまでは前座、いよいよ彼の身に何が起こったのか。それを聞く時が来たのだ。思わず息を呑みながらも、私はシロ様を一心に見つめる。


「簡潔に言えば、我の家はその日滅びた」

「……え?」


 私の視線の先、彼はどこか寂しそうにその瞳を翳らせていて。けれどその迷いを振り切るように、シロ様は言葉を零す。しかし決して聞き漏らさないようにと耳を傾けていた私は、その瞬間の言葉に耳を疑った。ひゅ、と掠れた声が喉から漏れて消えていく。

 滅びた? 何故、どうして、何が起こって。脳内に溢れかえる疑問とは裏腹、私の口は何も言葉を形作ることが出来なかった。ただ理解が出来なくて、困惑が脳内を染めていって。だってそんな呆気なく滅びた、なんて。だが理解できない私を置いて、シロ様は続ける。己の身に起きた、絶望の記憶を。どこか諦めたような、そんな色を瞳に宿して。


「……身内であったはずの分家筋の叔父、父と血を分けたあの男によって反旗を翻されたのだ」

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