表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第五章 雪積もる世界と地の底の少年
175/511

百六十九話「安心できる場所」

「じゃあ、行ってくるね」

「うん……」

「ピュッ!」


 翌日、ホテルの一室にて。私は自分が仕立てた紺色のコートを羽織りながら、出かける準備をしていた。髪を高い位置で束ね、小指に嵌っている指輪の乳白色のその埃を落とす。その横で私と同じように支度をするシロ様とは裏腹、ヒナちゃんは楽な格好でベッドに横たわっていた。その横でぴょこぴょこと跳ねるフルフも右に同じ、だ。

 さて、察しの良い方ならおわかりだろう。つまるところ、二手に分かれるというやつだ。いや、そこまで大袈裟なものではないのだが。簡潔に言えば私とシロ様が街で情報収集。ヒナちゃんはまだ熱っぽいのでお休みで、そんなヒナちゃんの面倒を見るのがフルフということである。


『わたし、フルフちゃんとお留守番してる』


 昨夜から一晩明けて、熱のせいで不安定だった心やら今まで抱え込んでいたストレスなどに一区切り付いたらしいヒナちゃん。これは、そんな彼女が提案したことである。朝一番に起きた彼女は今日も一緒に居ると言った私に、首を振ってそう告げた。だからお姉ちゃんとシロお兄ちゃんは赤い羽の手がかりを探しに行って、と。


『わたしが二人に出来ることをしたいの』


 正直最初は、まさか私が鬱陶しくなったのだろうか……!?とショックを受けたものだったが、そのショックは続いた言葉であっさりと払拭された。はにかみそう告げたヒナちゃんの顔に、もう暗い影はなくて。そこにあったのは憑き物が落ちたかのような晴れやかさと、揺るぎない温かな優しさ。

 きっとヒナちゃんは眠りながらも自分なりに考えたのだろう。無理して頑張る必要はない。休むことは大切だから、まだ熱っぽい自分はお休みしている。じゃあそんな自分が二人に出来る一番のことはなんだろうか、と。そうして彼女なりに一生懸命考え出した結論が、これだった。フルフと大人しくお留守番して、その間私達に情報を探してもらう。


「いい? 具合悪くなったらシロ様に連絡するんだよ?」

「うん。約束、ちゃんと守るよ」


 当然私としては少し不安であった。熱は大分引いたとは言え、まだ幼いヒナちゃんを残して外に出ていっていいものだろうかと。しかしそんな私に待ったをかけたのがシロ様だった。曰く、「ヒナが前向きに自分で考えたことを否定するものではない」ということである。まぁ、その言葉には百理くらいあった。無理に役に立とうとするのではなく、遅れた分を取り返すのではなく、自分に出来ることを精一杯やりたいというヒナちゃんの言葉。昨日みたいに、自分を犠牲にしたわけではない考え。それを否定したくないというのは私も同じだったので。

 だがシロ様も大概過保護というか、私と考え方が似ていると言うか。一応はヒナちゃんの考えに感謝を述べながらも、シロ様が提案したのは一つの法術……そう、風運である。ヒナちゃんは幻獣人なので、四つの属性の法術を使うことに問題はない。つまるところ、具合が悪化したら風運でこちらに連絡してこいという旨を伝えたのだった。


「使えそうか?」

「大丈夫、だと思う……」

「そうか。最悪毛玉を走らせろ」

「ピュピュッ!?」


 ヒナちゃんは身内の欲目を引いても物覚えがいい部類に入る。微熱の中とは言え、風の法術の基礎の基礎であるらしい風運を覚えることに一切の問題はなかった。そう、スーパー天才少女ということである。……いやまぁ、そんな贔屓目百パーセントの感想は置いておいて。とりあえずこれで心配は大分軽減された。やっぱりいざという時の連絡手段というものはどの世界に置いても重要なのだな、と痛感する。


「いいか毛玉、ヒナをよく見ておけよ。暴れて負担をかけたりもするな」

「ピューイ……」

「なんだその目は」


 準備を終えたのか、フルフに本日何度目かもわからない注意をするシロ様。そんなシロ様にフルフは、「はいはいわかっていますよ」と言わんばかりに投げやりの態度だ。まぁ数回じゃ飽き足らないほどの数繰り返されれば気持ちもわからなくはない。眇められたいつもはまんまるの茶色い瞳。それを見たヒナちゃんはふんわりと笑ってこう告げた。


「ふふ……フルフちゃんは、ちゃんと私を守ってくれるもんね?」

「ピュイ!」


 当たり前だ! と言わんばかりに返ってきた強い鳴き声。本日の毛玉はふんふんと体を揺らして随分とやる気なご様子である。布作り以外に自分に出来ることがあるのが嬉しいのかもしれない。もしくはフルフはヒナちゃんがお気に入りの様子なので、一緒に居られて嬉しいのか。まぁ両方だろうなと当たりをつけつつ、私はリュックのチャックを閉めた。

 お金はこれだけあれば十分。あとはこの巾着をシロ様に渡しておけば、スリにあったりすることはないだろう。エコバッグとリュックは置いていって……あ、ヒナちゃんの暇つぶしになるように買っておいた絵本をいくつか取り出しておこうか。生物図鑑と成り果てた生物の教科書も一緒に出しておけば、時間を潰すのには困らないはず。あとあと無限に書けるノートと筆記用具類があれば、お絵かきとかで楽しめるだろうか。


「……何してるんだ」

「はっ……!」


 気づけばぽいぽいとリュックから物を漁りまくってしまった。シロ様が声をかけてくれなければ最悪全ての物を取り出してしまっていたかもしれない。散乱する物類に苦い笑みを浮かべつつ、私はきょとんとした視線を向けてくるヒナちゃんと目を合わせた。言い訳タイムとも言う。


「えっとね! 絵本とか図鑑はここに重ねてるから、文字の練習とか読みたかったらこれ読んでね! あと文字書けるやつとかはここに纏めて置いておくから、お絵描きしても楽しいかも!」

「……う、うん」

「あ、あと着替えはこっちに纏めて置いておくから、汗掻いて気持ち悪くなったら使ってね! おやつとかはこっちのバッグにあるからフルフと一緒に食べてもいいからね!」

「…………」

「それとマフラーを編むの、帰ったら一緒にやろう!」


 まずい、ちょっと引き気味の反応だ。ちゃっちゃかと出しっぱになってた荷物をわかりやすく纏めながら、私は冷や汗をかいた。ヒナちゃんの沈黙が怖い。まんまるになった赤い瞳からは一見悪感情は伺えないが、その表情は一体どういう意味のものなのだろう。ヒナちゃんにドン引かれたらショックで三週間くらいは寝込みそうなのだが。


「……ふふ」

「えっ?」


 しかし私の戦々恐々とした感情もなんのその、暫く経った後でヒナちゃんはふっと笑みを零した。くすくすと柔らかで穏やかな笑い声が、窓から差し込む光と一緒に部屋の中に降り積もっていく。エーナの街は本日は晴天。雪は降り積もらない。レイブに来てからの初めての晴天は、ヒナちゃんの心にもいい影響を及ぼしたのだろうか。

 誰も、なんとなく言葉を発せなかった。ただぽかんと柔らかく、それでいて幸せそうに笑うヒナちゃんを見ていることしか出来なかった。それぐらいヒナちゃんが零す笑顔は美しくて、それでいて初めて見る表情だったのだ。重荷から解放されたその笑顔は、無邪気と呼ぶに他ならない。子供らしい、見ているこちらが安心できるような、そんな笑顔。


「ううん……お姉ちゃんも、シロお兄ちゃんも、わたしが大事なんだなって」

「……!」

「そう、思っただけ」


 暫く経った後で、ヒナちゃんはやっと口を開く。安堵が預けられきった、ぬくもりを体現するような声で。その言葉に、全てが報われたような気がした。私達の言葉がやっと彼女を長い間蝕んできた空虚を埋め出したのだと、心からそう思えたのだ。役に立ちたいという形だけじゃなくて、役に立たなきゃという強迫観念だけじゃなくて、頼っても良いのだとヒナちゃんが私達にそう思えるようになった。これを快挙と言わずして何と呼ぶのか。それ以外の言葉を私は知らないから、だから目頭に熱く込み上げてくる何かを言葉以上の心なのだと思うしか無かった。


「ピュイ!」

「あ、うん。フルフちゃんも、だね」

「ピュー!」


 くすくすと、楽しそうに笑い合う少女と毛玉。生憎と少女の顔はまだ赤らんでいたけれど、もう心配は何一つだってないように思えた。きっと今日からは、ヒナちゃんは私達を迷いなく頼ってくれる。そうだよね、と視線を向ければその先の少年は穏やかに微笑んでいて。まさしくこの部屋の今日の光景は、光が差し込み始めたようなそんな光景だったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ