表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第五章 雪積もる世界と地の底の少年
171/483

百六十五話「仲間で家族」

「あのっ、この辺りで赤い翼の人を見ませんでしたか?」

「え? えーと……ごめんね、ムツドリ族の人は貴方以外見ていないよ」

「……そう、ですか」


 ……ええと。


「あの、この辺りでこういう色の耳の人……見ません、でしたか?」

「おやお嬢ちゃん、お母さんを探してるのかな? でもごめんね、見てないよ」

「……はい、ありがとうございます」


 ……あー。


「あの、さいきんムツドリ族の人って、見ましたか?」

「ああ? 見てねぇなぁ。なんだ、親でも探してんのか?」

「……見てない、ですか」


 ……ごほん。私は一度、咳払いをした。なんでかって、思考を落ち着けるためである。先程から行き交う人々に熱心に声をかけては、毎度しょぼくれているヒナちゃん。そんな彼女の考えていることを探るための、深呼吸を一つ。結果、思ったよりも冷たい空気が口の中に入ってきて咽たことは内緒だ。隣に居たシロ様に呆れたような視線を向けられた時点で、内緒も何も無いけれど。


 私のしょうもない深呼吸の件はともかく。大きな雑貨屋さんで編み棒四本と何種類かの毛糸をマフラーを編める分だけ買ってから。そうして店を出てから、ヒナちゃんはずっとこんな調子なのだ。いや正確に言えば、店で店員さんに最近ムツドリ族を見かけたかと聞いてからだろうか。

 店内でちらちらとヒナちゃんの様子を見ながらも、毛糸を選んだ私達。それまでは少しテンションが高いかな?くらいだったヒナちゃんの様子は、レジ……勘定場だったか。で店員さんに話を聞いてから一変した。ちょうど空いていたこともあり、世間話を振るつもりで「最近この子と同じ羽の色のムツドリ族って見かけましたか?」と問いかけたところ、こんな返事が返ってきたからである。


『ここ暫くはムツドリ族の方は見かけていませんね……すみません』

『そうですか……いえ、こちらこそお仕事中にすみません』

『お気になさらず。ですがお客様、探すのであれば急いだ方がいいかと』

『え?』


 店内が広いせいで暖炉をつけていてもまだ寒いのか、ロングコートに身を包んだ店員の女性。彼女は素っ頓狂な声をあげた私に、眉を下げながらもこう告げた。てきぱきと商品を包む手と同じように、ばっさりと。


『エーナは人の行き交いが激しいので。お探しの人も、その目撃情報も、急がなければ見失ってしまう可能性が高いと思います』

 

 ……恐らく、今ヒナちゃんが道をすれ違う人達全員に声を掛けているのはそれが理由だ。確かに急がなければ、と言われて焦る気持ちは理解できる。シロ様の事情を考えると、何が何でも情報を掴みたいと考える気持ちは私とて同じなのだから。きっとそれは、当人であるシロ様も同じだろう。彼ほどにあの時の赤い羽の情報を求めている者は居ない。

 けれど人々に声をかけるヒナちゃんの表情には、それ以上の焦りが滲んでいる気がした。なんと言えばいいだろう。責任感、とでも言うのだろうか。元来ヒナちゃんは人に散々な目に遭わされてきたせいで、人が苦手なはずなのだ。基本的に私が信頼している、と感じた人以外に積極的に話しかけに行こうとしない。しかし今のヒナちゃんは平時のヒナちゃんとは真逆で、キャッチセールスも顔負けの人数に声を掛けている。その様子を見ていると、どこから来たかわからない責任感がヒナちゃんを突き動かしている。そんな風に感じた。はっきり言って、心配になるレベルである。


「ヒナ」

「っ、シロお兄ちゃん……」

「一度休め。場所を変えた方がいいかもしれない」


 ほら、一番情報を欲してるはずのシロ様だって。またしても「知らない」と首を振られては暗い表情を浮かべ、それでもめげずに次の人に話しかけようとしたヒナちゃん。しかしそれに待ったをかけたのがシロ様だった。私に呆れた視線を向けていたと思ったら、いつのまにかヒナちゃんの近くまで移動していたらしい。ぐいと手を引いた後、宥めるように声を掛けたシロ様。けれどヒナちゃんは、その手を振り払った。


「だ、大丈夫……!」

「…………」

「まだ、てがかり……ないから。もうちょっと、ううん、もっといっぱい! いっぱい、がんばれるよ……!」


 まさか手を振り払われると思っていなかったシロ様の瞳が、大きく見開かれる。当然だ。ヒナちゃんの行動には、私だって息を呑んだのだから。あのヒナちゃんが、誰かの手を振り払うなんて。ヒナちゃんは誰かと手を繋ぐのが好きだ。本人が言わなくたって、それくらいのことなら私にだってわかる。だって誰かと手を繋ぐヒナちゃんは、いつだって嬉しそうに頬を緩めていたから。

 なのにそんな寂しがりな少女が手を振り払った挙げ句、ぎゅっと拳を握りしめて息巻いている。これはちょっとおかしい、どころではない。明らかな異常事態だ。私は瞳を細めて、そっと二人に近づいた。先程も言った通り、店員さんの話を聞いて焦る気持ちは私にだってある。けれどそれよりも先に、ヒナちゃんの方をどうにかしなければ。それが私に課せられた、「ヒナちゃんと一緒に旅をする」という幸せな責任の一つなのだから。


「ヒナちゃん」

「……おねえ、ちゃん」


 ちらりとシロ様を見下ろせば、揺れている瞳はそれでも頷いた。その後押しに安堵しながらも、私は雪が僅かに降り積もる地面の上にしゃがみ込む。ヒナちゃんと視線を合わせるため、その心に近づくため。

 すると、赤い瞳が動揺に揺れる。なんというかやっぱり、ヒナちゃんは私に弱いのだろう。ぎゅっと小さな両手を私の両手で包むように握っても、今度は振り払われることはなかった。握ったその手は、温かいを通り越して熱い。そこでようやくヒナちゃんの今までの妙な様子に、焦りを不自然なほどに走らせる姿に、合点がいった。こつんと、顔を近づけて額同士を合わせる。やっぱりその先の熱は、普段彼女が持つものよりもずっとずっと熱かった。


「……お熱があったんだね」

「……おねつ?」

「風邪引いちゃってたんだよ、ヒナちゃん。気づけなくてごめんね」


 すっと頬に撫でるように触れれば、その冷たさに背中を押されてか赤い瞳に膜が張る。私が言葉にしたことで、ようやく自分の状態を自覚したのだろう。ぐらりと傾いた体を優しく抱きとめて、私はぽんぽんと背中を優しく撫でた。肩の辺りに滲んだ感覚がするのはきっと、助けてって言えなかったその子が泣いているから。


「シロ様、今日は帰ろう」

「ああ」

「っ、まって……! わたし、だいじょうぶだから……! ちゃんと二人のお手伝い、出来るから」


 その小さな体を抱き上げて、振り返った。すると振り返った先のシロ様も私と同じく一も二もなく頷いて。二色の瞳が僅かに翳っているのは、心配からだろうか。超健康優良児のシロ様のことだ。風邪を引いたことなどないのだろう。ならば看病の仕方を教えなければいけないな、と考えながらも私は腕の中で僅かに暴れた体のその背中をまた軽く撫でた。すると自分がどこに居るのかを思い出したのか、ヒナちゃんは暴れるのをやめて。


「ヒナちゃん、駄目」

「っ……!」

「お手伝いは嬉しいよ。ヒナちゃんがシロ様のことを気にしてくれてるのもわかってる。でも、まずは自分を一番に大事にしなくちゃ」


 居心地悪そうに身動ぎする腕の中のその子に、優しく語りかける。優しいヒナちゃんのことだ。自分が暴れては、私が怪我するかもしれないという発想に至ったのかもしれない。これがシロ様だったら暴れていたのだろうか、なんてことを考えながらも私は背中を撫でる手を頭へと移動させた。

 きっと今までは風邪を引いたとて、誰にも振り返られなかったのであろう寂しがり屋の女の子の頭を撫でる。熱はふわふわの髪の毛越しでも伝わってくるくらいには高かった。そのことにまた胸が痛むような心地になりながらも、ただ優しくヒナちゃんを抱きしめる。シロ様が周りの人にぶつからないようにと腰に手を回して誘導してくれている。それならば私の役目は、ヒナちゃんの心を落ち着かせること。それなら、私にだって出来るはずだ。いや、ううん、きっと。


 私の言葉が一番、届くはずだ。


「……でも、わたしのせいで。わたしがお祭りやる、っていったから……」

「……それなら、寝込んでた私のせいでもあるね。五日も寝ちゃったし」

「! ちがう! おねえちゃんは、なんにもわるくない……」

「ならヒナちゃんも、なんにも悪くないよ」


 ぼろぼろと溢れていく、砕けた星屑のような言葉達。きっとシロ様の話を聞いた時から少しの責任感がヒナちゃんの胸にはあって、今となってそれが露出した。「自分が我儘を言わなければ、もう情報は手に入っていたかもしれない」そんな罪悪感が、恐らくは熱に背中を押される形で。

 けれどそれならば、私にだって責任の一端はある。なんせヒナちゃんに全部任せて眠ってしまった頼りないお姉ちゃんは私なので。それを冗談めかして言えば、すぐさま返ってきた否定。それを利用してカウンターを仕掛ければ、言葉が詰まったのか嗚咽のような声が聞こえてきた。そう、ヒナちゃんは何も悪くない。私も多分、悪くない。だってシロ様は、悪いと思っていないのだから。だから、そう。


「……あのね、ヒナちゃん。私達は旅を一緒にしてるけど、目的は違うんだ」

「……もくてき?」

「そう。私は私の目的があって、シロ様にはシロ様の目的がある」


 星に語りかけるように、静かな声で紡いだ。世界の誰にも聞こえないくらいの小さな声で。それでも多分、シロ様には聞こえてしまっているのだろうけれど。それでも構わない。ヒナちゃんの心を慰めるための言葉を紡ぐ。優しくて自分を犠牲にしてしまいがちなこの子が、少しでも自分を大切にできるように。そんな言葉を、紡ぐ。


「だからヒナちゃんだって、ヒナちゃんの目的を持ってそれを一番大切なことにしてもいいの。自分だけ我慢しなきゃとか、考えなくていいんだよ」

「…………」

「私はお姉ちゃんで、シロ様はお兄ちゃん。ヒナちゃんはすっごくいい子だけど、ちょっとくらい悪い子になったってこれからも一緒に居るんだから」


 それが仲間で、家族だよ。その言葉がヒナちゃんに届いたかはわからない。けれどすぐに健やかな寝息が聞こえてきた以上、きっと少しはその心を落ち着かせることが出来たのだろう。

 ……あーあ、反省である。まさかヒナちゃんの体調不良に気づけないとは。第一幻獣人がシロ様だったせいで麻痺しているが、彼らだってご飯を食べなければ動けなくなるし最低限の睡眠を取らなければまずいのだ。勿論風邪だって引く。子供のヒナちゃんなら尚更。ヒナちゃんの我慢強さと優しさに甘えすぎてしまった。頼れるお姉ちゃんポイントがマイナス街道を突っ走っている。


「……どうしたの?」


 そんな風に自省しつつも、私はそこで隣を歩くシロ様の方に視線を向けた。二色の瞳が、じっとこちらを見上げて不思議そうにしている。私は何か、シロ様的に引っかかることを言ってしまっただろうか。もしかしてシロ様をお兄ちゃん、だなんて言ったことか。いやでもシロ様も、お兄ちゃんと呼ばれて内心満更ではなかったはずでは。


「……お前に旅の目的があるなんて、初めて聞いた」

「あ、そっち」

「どんな目的だ?」


 違った。どうやらそこよりも、彼の興味を引いたのは私の旅の目的の方らしい。そういえばシロ様に言ったことはなかったかもしれないな、と今までの会話を思い出しつつ。私は珍しく好奇心に輝くシロ様の瞳を見下ろした。

 私の旅の目的。それは、安住の地を探すこと。でもそれは正直シロ様のついでのついでのついでくらいに位置しているくらいのもので、ヒナちゃんにはあんな風に言ったけれど正直大事にするつもりはあんまりない。これからもシロ様やヒナちゃん、フルフと旅をして見つけられればいいなぁ程度である。


「……内緒」


 だからなんとなく告げるのが恥ずかしくって、私は不格好なウインクと共に口笛を吹いた。よく考えれば眼帯をしているのだからウインクが決まっていなかったことに数秒経ってから気づき、少し恥ずかしくなったのは内緒である。ついでにそんな私に、シロ様が白けた視線を向けていたのも。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ