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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第五章 雪積もる世界と地の底の少年
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百六十四話「おかしな様子」

 その後、朝食を終えた私達は街へと繰り出した。ホテルを出る前に「お時間があればまたお話を」と忍び寄ってきた店長さんの影を振り切って、である。残念なことに、そう本当に残念なことに、お時間がないから仕方ない。私にはやるべきことがたくさんあるので。あるので!

 そんな店長さんを見てか「随分と気に入られたっすね~」と呟いていた金髪碧眼の麗人……ティアさんの言葉に、またしても背筋に霜を降り積もらせつつ。何がそんなに気に入られたというのだ。まさか眼帯か。そういえば昨日店長さんは「眼帯がよくお似合いですね、姫君」としきりに呟いていた気がする。クラスメイトの橋本くんも時折「眼帯キャラいいよな~」とスマホの画面を見下ろしながら呟いていたし、もしかしたらコンセプトホテルじみたあのホテルを経営している彼女の何かに刺さったのかもしれない。いや、そんなことは私に関係ないのだが。


「……で、どこに行く?」

「あー、とりあえず雑貨屋さん?」

「!」


 では、また夜に。そんなことを妖しげな流し目で囁いていた店長さんの姿を頭から消し去りつつ、私は思考をリセットした。出る時は店長さんから逃げるので精一杯だったので、そういえば行き先を決めていない。シロ様の問いかけでそれを思い出しながらも、けれど自然と答えは口から出ていった。行きたいところと言えば。


「毛糸とか、編み棒とか、買おっか」

「うん……!」

「ついでに店の者に話を聞けばいい。雑貨屋ならば対象が寄っている可能性は高いだろう」


 そう、雑貨屋さん。昨日のヒナちゃんの言葉を思い出す。マフラーを編んでみたいと言っていた、彼女の言葉を。情報収集をするにしても特に行く宛はないのだし、それならばその用事を優先してもいいだろう。嬉しいと叫ぶようにきらめきだした瞳を見下ろしながらも、私は微笑んだ。若干頬が赤いのは、興奮しているからだろうか。

 シロ様もその案には特に異論は無いらしい。片目をとじているところを見るに、一番賑わっているお店を探しているのだろうか。それならば任せようと万が一彼が人混みに攫われないよう周囲に気を配りつつ、私はエーナの街を見渡した。正確には昨日は宿探しでゆっくりと見られなかった建物たちと、溢れかえる人々を。


 建物はやはり、ウィラの街と比べて基本的に開放感がない。まぁそれはそうだろうと、空から降り積もっていく雪を見上げた。昨日も今日も、天気は雪。こんな風に毎日雪が降り積もるのであれば、涼を得るための開放感なんて無意味どころか自殺行為だ。十分に事足りている。故に建物は基本的に石造りで、暖を逃さないような作りにしているのだろう。ホテルにあった暖炉を思い出しながらも、私は今度は行き交う人々の方に目を向けた。

 当然、誰もがコートやマフラーに手袋と言った完全防備をしている。私は特に寒さを感じないどころかかなり快適なのだが、それは恐らくはセーラー服や私の仕立てた服の効果故なのだろう。彼らの重装備を見るに、もしかしたらマイナス何度とかの世界なのかもしれない。これではコートだけの私達は少し浮いて見えるだろうか。マフラーを編むのは、ヒナちゃんのためでなくてもやった方がいい気がする。


「……見つけた。二人共、行くぞ」

「お、ありがとうシロ様。よし……ヒナちゃん、手離さないでね」

「うん!」


 そんな感じで私が人間観察をしていれば、探り終えたらしいシロ様にぐいっと腕を引かれて。そのまま颯爽と人混みをかき分けるように歩き出したシロ様に遅れないようにと続きつつ、私はしっかりとヒナちゃんの温かな手を握った。返ってきたご機嫌な返事に、小さな笑みを浮かべながら。


「……おお、おっきいね」

「わぁ……」


 そのまま人混みを歩くこと数分。たどり着いたのは、これまでの道中で見てきたどの店よりも広いお店だった。百貨店やら、地方の百円均一のショップと例えれば伝わるだろうか。ででん!と主張するその存在感に、私は思わず気圧された。なんせこの世界に来て、ここまで大きいお店を見るのは初めてだったので。

 ブローサは個人経営と言った店構えの店舗が多かったし、ウィラはどちらかといえば屋台で物を売っている店舗が多かった。こういう風にインパクトのある大きさのお店を見ると、ここが本当に貿易都市であることを実感できる気がする。そういえば、宿の数も他の街より遥かに多かったし。


「毛糸だったな」

「うん。あ、私達が探してる間、シロ様は聞き込みとかしててもいいよ?」

「……街にだって変な輩は居る。お前達二人を放っておけるか」

「あー、そっか」


 現代日本のデパートを思い出しながらも、私達は店に足を踏み入れた。引き戸を開けばその先には、数多くの売り場が広がっている。ここから毛糸を探すのは骨が折れそうだと思いながらも、私はシロ様に提案してみた。大分時間が掛かりそうだし、その間に聞き込んでみてはどうかと。なんせ店の中も外と同じく、賑わっていたので。

 しかしその提案はごもっともな言葉で却下された。それもそうである。私はともかく、ヒナちゃんはウルトラ弩級に可愛いのだ。これは決して身内贔屓ではない。客観的な事実である。身内贔屓をするのであればこの世に敵う者は居ない天使級の可愛さと例えているので。……いや、そんなことはいい。つまり不審者に目を付けられる可能性がある以上、私達を二人には出来ないというシロ様の言葉はやっぱりごもっともなのだ。何故ならば私は無力。籠繭を張ることくらいしか出来ない。


「……わたしも、お姉ちゃんを守れるよ」

「え?」


 けれどそれに異を唱える声が、一つ。私は一瞬、その声が誰のものかわからなかった。だってまさかヒナちゃんが、そんな風に反論するとは思っても居なかったから。予想だにしなかった声に、私は声が聞こえてきた方を見下ろした。するとそこには、眉を下げながらシロ様を見上げているヒナちゃんが居て。

 

「……つよく、なったから。わたしだって、役に立てるから。立つから。だから、シロお兄ちゃん……」

「……ヒナ」


 ……何かが、ヒナちゃんの琴線に触れてしまったのだろうか。というか、そうとしか言いようが無いような動揺っぷりだった。突然どうしたのだろう、そんな事を考えながらも私はヒナちゃんを見つめる。揺れて潤む瞳。いつの間にか離れていってしまった小さな手のひらは、一人孤独に二つの拳を作る。何故かそれがどうしようもなく、寂しそうに見えた。

 懇願とも取れる声が小さな唇から溢れていく。嗚咽のようなそれに、シロ様の瞳が動揺するかのように揺らいだ。きっとシロ様は、諸々の事情でこの世界の一般常識が疎い私達を心配しただけなのだろう。きっとそこに強さとかは関係なくて、役に立てるとかは関係なくて、ただの親愛の一種でしか無くて。けれどきっとシロ様が放った言葉のどこかが、ヒナちゃんの何かを揺らした。それだけは、見ている私にも伝わったから。


「……ヒナちゃん、落ち着いて」

「……っ、!」

「シロ様は、ただ一人が嫌なだけだから」

「……え?」


 だから、とりあえず宥めることにした。なんせ何がヒナちゃんを動揺させたのかわからない以上、それ以外の方法は取れなかったので。後ろから「は?」などという低い声が上がった気がするが、気にしてはいけない。今一番重要なのは、ヒナちゃんを宥めることである。後でお叱りを食らう羽目になるかもしれないのは……まぁ甘んじて受け入れることにして。私はにこりと上からヒナちゃんに微笑みかけつつ、言葉を続けた。空洞に見えるその瞳の穴を、埋めるように。


「だって一人で聞き込み、寂しいでしょ? だったらみんなで一緒に毛糸探して、聞き込みして……って方が楽しいよ」

「……そう、なの?」


 だが案外こういうやり方が響くのだ。現にその言葉を聞いた瞬間、ヒナちゃんの瞳の中の空虚は一瞬でなりを潜めた。一人が寂しいという感情はきっと、恐らくは痛いほどにわかるのだろう。彼女の境遇を思えば当然のことだ。きょとんと丸まった瞳が、純粋にシロ様を見上げる。

 ……さぁシロ様、頷くのだ。私はヒナちゃんに気付かれないように、笑顔で圧を掛けた。それにぐっと苦虫を潰したような表情を浮かべながらも、ここで首を振ればヒナちゃんがまたおかしな様子になってしまうのはわかっているのだろう。非常に受け入れがたいという表情を浮かべながらも、シロ様は暫くの沈黙の後に頷いた。後でマジで締められる気配がするが、気にしてはいけない。過去を振り返っては囚われてしまうことだってあるのだ。未来だけ見て生きていこう。


「……そうだ。だから一緒に行く。いいな?」

「……うん。一人はさみしい、から」


 なんとか穏やかに話が纏まったのを、若干現実逃避をしながら横目で見守りつつ。しかし、さっきのはなんだったのか。私はヒナちゃんと手を繋ぎ直しながら、内心で首を傾げていた。何の言葉が琴線に触れたにしても、先程の様子はおかしい気がする。

 言外に頼りないと言われたのが気に障った? いや、ヒナちゃんはそういう風に感じるタイプではないし、自分の常識が足りていないことを自覚している。それにそもそもいつものヒナちゃんであれば、シロ様の判断は正しいと理解して従ってくれるはずだ。だからそもそも反論したことが不自然なわけで。というか、あの時の反応は気に障るというよりは寧ろ……。


 役に立てないのが、嫌だった?


「お姉ちゃん?」

「……ううん、なんでもないよ」


 まぁ、どれだけ考えても私にはヒナちゃんの心を覗くことが出来ないわけで。これがシロ様なら全てが共有できているように理解できるのにな、なんてことを一人ごちながらも私は不思議そうな呼びかけに微笑んだ。今日のヒナちゃんは、少し様子が変。それだけは頭に入れておくこととする。

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