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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第一章 マンホールの底からこんにちは
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十七話「爆発した不安」

「法術を使うにしても……まず、お前が何に適性があるかだ」

「う、うん……」


 そうしてシロ様に手を引かれるがまま、私は小屋の前まで戻ってきた。焼け跡になった焚き火の前、未だ私の手を握ったままのシロ様は端的に告げる。とはいえ私はまだ、突然に急旋回した話の流れについていけていなかった。胸に潜む不安も、膨張していくばかりである。

 確かに使えたらいいな、とは言った。そう思ったのもまた、事実だろう。だかしかし、それと使えるかどうかという話は全く別なわけで。早い話が、この世界で生まれ育った私が法術とやらを使えるわけがないと思う……のだが。


「先程も述べた通り、属性はとある種族しか使えぬ金を除き四つ」

「言って、たね……?」


 しかしなぜかシロ様は、当人である私より乗り気であった。いいや、当人でないからこそなのだろうか。握っていた手を離し、落ちていた枝で地面に文字を書いていくシロ様。その手で地面に刻まれたのは、言葉通りに金を除いた四つの属性を示す言葉。火、水、風、土。私の知った言語でそれを書いたシロ様は、そこで屈んだ状態から私を見上げた。


「今から我は、その属性が付与された力をお前の体へと流す」

「えっ」


 迷いない瞳が、私を貫く。そうして瞳で貫くがまま紡がれた言葉に、私は思わず思考を停止してしまって。属性が付与された力を、体へと流す。それは一体どういう意味で、どういうことなのだろう。原理が理解できないまま、私の頭の中は疑問で埋め尽くされていった。先程風を起こした時のように、そのエネルギーを私の体に送り込むということなのか。それは何だか、怖いような。


「……体に影響は無い。心配するな」


 けれどどうやらシロ様は、その瞬間怯えにも似た感情が私の中に生まれたことに気づいたらしい。緩やかに首を振りながらも、シロ様はそこでゆっくりと立ち上がった。迷子の子供を安心させるかのような、少年らしくない大人びた笑みを浮かべながらも。

 信じろと、その表情が語る。言葉なんかよりも余程雄弁に、自らの意思を持って。そうして目の前に立つ少年に、手を差し出されてしまえば。もうその表情に恐怖を掻き消された私に、手を握る以外の選択肢は残されていなかった。


「う、ん……」


 おずおずと差し出された手を取る。そこにはもう怯えはないけれど、漠然とした不安は依然として消えないままで。だって、きっと私にそんな力なんてない。調べていない以上何とも言えないかもしれないが、私にはそんな力が無いことを心のどこかが直感してしまっている。

 それなのに調べることに意味はあるのか。力がないことの裏付けをとっても、惨めになるだけではないのだろうか。だってそれでは、ますますシロ様に足でまといと思われてしまうだけだ。


「……何も感じないか」

「……! 今、何かしてたの?」


 しかしそうして私が俯き迷っている間に、いつのまにか目の前の少年は触診を済ませてしまっていたらしい。慌てて見上げれば、そこには気難しそうに眉を寄せるシロ様が居て。力が流された、それになんの実感もないまま問いかければ、一拍の間もなくこくりと頷かれる。


「ああ。ひとまずは我の一番の得意分野である風を送り込んでいた」

「…………」

「だがどうやら、お前に風の適性はないらしい」


 ない、と何でもない顔でシロ様は断言した。その表情は透明で、きっと今の彼はなんとも思っていない。少し残念そうではあるが、それだけ。こちらに悪感情なんて抱いていない。

 なのに、なのに。それでも心臓はただただ痛かった。どくどくと鼓動が速度を増して、お腹の底から嫌なぬめりを帯びた恐怖が這い上がってくる。これ以上ここに居たくないとすらも思った。これ以上シロ様に、私が無能なことを知られたくないと。


「……やっぱり、調べるの、やめよ……?」

「……何故。何か力があるかもしれないだろう」


 震える声で言葉を紡ぐ。それは最後の防衛ラインだった。私ができる精一杯の、意思表示。しかしそうして懸命に引いた線を、シロ様はあっさりと超えてきてしまう。心底不思議そうな瞳で見返された時、遂に私の中で這い上がってきた恐怖は形を作ってしまった。


「……だって! 全部調べて全部なかったら、そうしたら……!」

「っ、」


 不定形だったそれが、明確な形を持って心を蝕む。その瞬間衝動のまま私はシロはの手を払い除けて、そうして叫んだ。叫び声にか、突然に乱暴にされたからか、目の前の少年は驚いたようにその瞳を見開いて。だがそれに目を向ける余裕など、その瞬間の私にあるはずもなかった。

 怖い、ただひたすらに。今目の前に居る彼は、この世界で唯一の私のよすが。そんな彼に無能だと思われて、そうして侮蔑の目を向けられたら? その手を離されたら? 一人は嫌だ、酷く恐ろしい。あの日会場で一人ぼっち、後ろ指を刺された幼い私が泣いている。


「……そうしたら私、要らない子になっちゃう」


 消え入りそうな声が、零れた。もう何も見たくなくて瞑った視界には、しかしあの日の悪夢のような光景が浮かんで。葬式会場に、二つ並ぶ棺。喪主を勤めていた祖父と挨拶に忙しかった祖母は傍に居なくて、聞こえてくるのはひそひそとした冷たい声。

 誰が引き取るの、うちは無理よ。じゃあ貴方が、なんで私が。今でも覚えている、厄介者のたらい回し。何も出来ない面倒をかけるだけの五歳の私は、要らない子だった。ただ聞こえてくる声に耳を塞ぐしかできない、弱い子供。そんなのを誰が望むというのだろう。


 この世界でさえもそうなってしまう私を、一体誰が望んでくれるのだろう。


「……おい」

「っ!」


 しかしそこで掛けられた声に、私ははっと瞼を開けた。今日起きてからずっと心の奥底にあった不安をぶちまけたからか、頭は先程よりも幾分か冷静に物を考えることが出来るようになっていて。けれどだからこそ、私は今しがた吐き出してしまった事を思い出して顔を青褪める。


「っあ、あはは……ごめん、違くて、」

「……」

「なに、わたし、何言ってるんだろ……」


 空笑いを零しても、こちらを見つめるシロ様が私から視線を逸らすことはない。誤魔化すように言葉を重ねても、一度放った言葉が消えるはずもない。そんなことはわかっていて、それでもしどろもどろに言い訳を連ねる。最もそんな大失態を見逃してくれるほど、目の前の彼は優しくなかった。


「……先程から時折様子がおかしいかと思えば」

「っ……!?」

「貴様、まさかずっとそんな事を考えていたのか?」


 こちらを見上げた少年は、瞳を細めて問いかける。一度振り払ったはずの手は、懲りることを知らないかのように再び伸びて来て。しかし今度の私はそれに反応することが出来なかった。軽い音を立てて手首が握られる。それと同時に白銀と黒の瞳は、逃さないと告げるような剣呑な光を帯びた。

 気づいていた、気づかれていた? 時折劣等感や不安を積もらせて、そうして踏み込む足を引き下げてしまった私を。そう言われれば心当たりはあった。熊もどきの戦闘との前も、彼は何かを問いかけようとしていたような。結局それは、ヤツの襲来によってうやむやになってしまったけれど。


「……だって、シロ様は一人で何でも出来るし」

「……で?」

「っ私なんて、……私なんて、要らないと思われても仕方ないかなって……った!?」


 しかしそうして頭のどこかでは冷静に判断できても、一度激情に駆られて言葉を零した唇は止まってはくれなかった。言い訳のように言葉を募らせても、目の前の少年の瞳の色は変わることはない。ただひたすら呆れたような、そんな色を灯して彼は私を見上げていた。それにムキになるかのように、私は更に後ろ向きな言葉を連ねていく。

 だがそれは、口走ってしまった瞬間に散った。じんじんと痛む額。衝撃に驚くまま目の前の少年を見れば、私の手を握っていない方の左手が弾くような形を取っていた。それで弾かれたのだと、そう一拍遅れて理解して。けれどそれに対する文句も告げれぬまま、今度口を開いたのはシロ様の方だった。


「そもそもにして、お前が要る要らないという発想が的外れだ愚か者」

「そ、れは……どう、いう……?」


 痛む額、それを空いている方の手で抑えて。額を弾かれた衝撃にまだ、目の奥では星が散っているように感じる。だがその衝撃のおかげか、頭の中はクリアになっていた。するりと耳から入り込んだシロ様の言葉が、何のフィルターも掛からないまま頭へと伝っていく。後ろ暗い思考も、胸を満たしていた劣等感も、その全てを置いて。


「……腰を据えて聞け、卑屈者」

「……は、はい」

「いいか、これから話すのは……」


 半ば呆然と、されるがまま言われるがままにシロ様の言葉に頷く。それに顰めっ面をやめて、少しだけ満足そうにシロ様は笑った。手を引かれて、言葉の通り地面へと座らされて。

 正直何が何だかわからなかった。私に力がないことを知れば、私の弱い心の内を知れば、少なからずとも彼は失望すると思ったのに。けれど私の目の前に座った少年は、そんなのはどうでもいいと言わんばかりに口を開く。何かの物語の始まりのように勿体ぶった口調で、しかしその表情に薄っすらとした影を落として。浮かんだ笑みの裏、仄暗く瞳を灯したのは怒りか恨みか。それとも正義と、そう名付けるべきだったか。


「我にとってのお前は、存在そのものが希望だったという話だ」


 そうして少年は、自分が致命傷を負った顛末を話し始めた。その身を襲った、絶望の記憶と共に。

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