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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第五章 雪積もる世界と地の底の少年
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百六十話「謎の宿」

 門の前でそんな謎の邂逅に遭遇しつつも、その後暫く待つことで私達はエーナの街に入ることが出来た。しかし人が多かったせいか、その時点で時刻は夜に差し掛かってしまっていて。いやまぁ、これでも急いだ方ではあるのだ。時空断裂に巻き込まれたのが昨夜の深夜で、その後時空断裂で経過した時間は半日程度……つまり、今日のお昼頃。そこから現状確認やら食事やら服の仕立てを済ませ、街へ向かった。そんなきついスケジュールでは、夜になってしまうのも致し方ないことだろう。寧ろ街へ入れただけ良いというべきか。


「ごめんね、満員なんだよ」

「そうですか……」


 さりとて、街へ入るのが遅れたことで困ったことが一つ。それは、本日の宿が取れていないということ。ここの宿で三件目。ひとまずは宿の確保をしなければいけないという私達の考えは、現状連敗中である。申し訳無さそうに首を横に振った恰幅のいい女性に、私は笑顔で気にしないでくださいと告げた。満員なのは彼女のせいではなく、どちらかと言えばこんな時間に宿を取ろうとしている私達にあるのだから。……いやまぁ、それも致し方ない事情なのだとは先程告げたのだけれど。

 それにしても困ったなと、溜息を一つ。レゴさんから頂いたネックレスのおかげで「未成年だけの利用は……」といった勘違いは避けられてはいるものの、それも部屋が空いていなければ意味がない。最悪野宿になるだろうか。毛布やらの蓄えがある以上それでも二人は構わないのだろうけれど、私としてはちゃんとしたベッドで眠ってほしい。子供の頃の睡眠の質は大事なのである。二人の成長に密接に関わってくるのだから。

 

「そうさね、裏通りのあそこなら他所のお客さんがあんまり来ないんで空いてるかもしれないね」

「裏通り?」

「そうそう! 店長さんがちょっと癖がある人なんだけど、あんたみたいな女の子なら安心だと思うよ」


 すると私の零した溜息を聞いて不憫に思ってくれたのか、そこで宿の人はさらっと紙に何かを書いて渡してくれた。簡易的な地図である。どうやらこの宿の後ろ側に回ると細い路地があるらしく、そこを道なりに進んでいけば目立たない場所ではあるが宿があるらしい。とてもありがたい情報である。現地の人がおすすめしてくれているのなら、よそ者の私達が宛もなく探すより余程可能性があるだろう。……ちょっと癖がある店長さん、というのが少し気にかかるが。


「行くなら気をつけるんだよ。裏通りでは不審者が出るかもしれないからね」

「はい。ご親切にしてくださりありがとうございます!」


 心配そうな顔をした宿の人に頭を下げつつ、私は地図を片手に宿を出ていった。不審者は確かに怖いが、今は四の五の言っている場合ではない。それに不審者ごときなら私の糸でぐるぐる巻きにして……いや、その前にシロ様の拳が出るか。

 シロ様が真顔で半裸になった変態を殴り飛ばすのを想像しつつ、粉雪が僅かに舞う外へと出る。木で出来たこの宿の看板の前、そこには二人の少年少女が並んで待っている姿があった。宿の中が混雑していたので、私が聞き込み役として行ってきて二人には外で待っていてもらっていたのである。変な人に絡まれていないかと心配だったが、その様子もなさそうだ。ぼんやりと雪を見上げる二人の方へと駆け足で近づけば、二つの視線がこちらへと向けられ。


「おまたせ。ここも駄目だったけど、もしかしたら空いてるかもって場所を教えてもらったよ」

「そうか。どこだ?」

「ここから裏通りの方だって。探れる?」


 即座に私に近づいて手を握ってくれたヒナちゃんの手を握り返しつつ、私はシロ様に紙を見せた。急ぎで四の五の言っていられないとは言え、それでも私達には確認しなくてはいけないことがある。それは、宿のセキュリティや評判。

 私達はこの世界で言う神具に近い持ち物を持っている上に、目立つ容姿を持つ二人がいる。しかもそれだけではなく、シロ様は一応今でも追手を掛けられている身なのだ。クドラの領地を今では遠く離れたとは言え、油断は禁物である。そんな諸々の事情で、私達は一定以上のクオリティの宿に泊まらなければいけなかった。まぁそれをチェックしているからこそ、宿を取れていないとも言うのだが。評判のいい宿はそりゃあ早く埋まる。この世の理である。


「少し待て」

「うん。……ヒナちゃん、疲れてない? お腹が空いたりとか、喉が渇いたりとかもないかな?」

「えっと……うん。大丈夫だと、思う……」


 シロ様が風で辺りの状況を窺い始めたのを横目で見守りつつ、私は自分の腰のあたりにひっつくヒナちゃんを見下ろした。私としては結構歩き疲れているのだが、ヒナちゃんはどうだろうか。けれどそんな疑問は、向けられたウルトラ級に可愛い上目遣いで吹き飛んでいった。うん、可愛い、天使。ヒナちゃんの可愛さの前では疲れなど霞むどころか消えていく。これがいわゆる、万病に効くというやつなのかもしれない。クラスの橋本くんが「推しは今は解明されていないが、そのうちガンに効くようになる」とか言ってたのはこのことなのだろうか。今冷静に考えても多分効かないとは思うけれど。


「…………」

「……? シロ様?」

「……いや、問題はない」


 懐かしい思い出を思い出しつつ、私はそこで再びシロ様の方へと視線を向けた。それはなんとなくであったのだ。なんかいつもより探る時間が長いな、とか。もしかして周りや中に人が居なくて情報を探れなかったな、とか。しかし視線を向けた先、シロ様は言葉では形容し難い表情を浮かべていた。宇宙を背負っている、というのが一番しっくりくるだろうか。その姿は、まるで猫が天井のあたりをじっと見ているかのような光景を彷彿とさせた。

 もしかしてあまりよろしくない感じの宿だったのだろうか、そんな不安で名前を呼ぶ。けれどそんな私の声に、シロ様は妙に硬い動きで首を振った。問題はない、とは言っているが……それならその表情やら動作やらは何なのか。異変に気づいたのか、シロ様を見上げるヒナちゃんの視線も若干怪訝そうである。


「……行くぞ。恐らく、空いてる」

「え……う、うん……?」


 しかしシロ様は意味深な言葉を残すと同時に、私達を先導し始め。早足で目の前の宿の裏の方へと回っていくシロ様を、私とヒナちゃんは一度顔を見合わせたあとに慌てて追いかけた。なんだったのだろう、あの素振りは。しかも恐らく空いてる、という言葉は一体。もしかして宿の人から直接「今日は閑古鳥よね~」みたいな言葉を聞き取ったのだろうか。けれどそれにしてはやっぱり、様子がおかしかったような?


「なんだろうね……」

「うん……」


 こつこつと前を歩くシロ様の背中を見ながら、ヒナちゃんと二人で首を傾げ合う。夜に徐々に染まり始めたエーナの街は、それでも貿易都市という名に恥じぬように人があちこちに居て。しかし裏通りに差し掛かった途端、人々は姿を消し始めた。それに若干不安な気持ちになりながらも、それでもシロ様に遅れないようにと少し足を早める。万が一不審者が出てきた場合、シロ様の拳よりも早く糸が出せるようにしておかなければ。そうでなければ被害者が生まれてしまう。胸に積もるのはそんな使命感だった。


「……ここ?」

「……そう、らしい」


 けれどそんな使命感が発揮されることはなく、不審者が出てくる前に私達は宿……うん、多分宿に到着した。目の前にあるのはびかびかと輝く看板を飾った、謎の黒い建物。しかし地図を見たところ、この場所であることは間違いない。まさか宿の人に騙されたのかと思って紙を握りしめるも、そう言えばここはシロ様がチェックした場所なのだ。それならばここが宿ということに間違いはない。その、大分、宿には見えないが。

 なんとなく信じたくない思いで、わかりきっていることを尋ねてみる。返ってきたのはどこか疲れたようなお返事だ。それはそうだろう。桃花の宿みたいな旅館は別として、海嘯亭とこの街に来てから私達が見てきた三件の宿は温かみのある普通の家屋のような建物だった。しかしこれは……これはいわゆる、現代で言う夜のお店のような外観をしている。果たしてここにヒナちゃんとシロ様を入れてもいいのか。私の頭にそんな思考が過ぎった。けれどぐだぐだと言っている場合ではない上、この場所をシロ様が問題ないと判断している以上、他に選択肢はないのだろう。


 ……私はそっと店の扉の取っ手に手を掛け、そうしてその扉を引いた。


「……おや、今日の姫君がいらっしゃったようですよ」

「…………」


 その瞬間聞こえてきたのは、綺麗なアルトの声。ぎぎぎと、私はブリキの動きに逆戻りしながら恐る恐る上を見上げた。すると視界に入ったのは、どこのお姫様のお城ですかと言わんばかりの綺麗な作りのラウンジで。そしてその先、カウンターの内側にその人物は居た。細身に燕尾服を纏った、美しい……男装の麗人が。

 しかも、その場に居たのはその麗人だけではない。その声で私の存在に気づいたのか、もう一人分の視線が私を突き刺す。恐らく掃除をしていたのだろう。箒を片手にこちらに視線を向けるその人の顔立ちは、酷く整っていた。恐らくドレスなどを着ていればどこぞのお嬢様と見間違えるほどだろう。しかしその人もやっぱり、男装の麗人だった。身に纏うはふんわりとしたドレスではなく、かっちりとした印象を受ける燕尾服。カウンターの人よりも全体的に可愛らしいその人の、どんぐりのように丸い瞳がこちらを映している。私は、そんな二人を見て。店の内観を見て。


「……すみません、間違えました」


 そっと、扉を閉じた。

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