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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第五章 雪積もる世界と地の底の少年
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百五十九話「門の前で」

 石レンガが高く積まれた外壁。雪の侵入を防ぐためだろうか。正面に聳え立つ門はブローサやウィラで見たものとは違い、金属で出来た立派な造りをしている。あれではよっぽどの馬鹿力の持ち主でもない限り、人の手で壊すことは不可能だろう。例えば、クドラ族の者とかでも無い限り。

 しかし外壁よりも門よりも、一目で目につくのはその門の前の賑わいだった。淡くも雪が確かに降り積もる中、それでも人の波が門の前から途切れることはない。きっとここに並んでいる誰しもが、このエーナの街に用事があるのだろう。先程まで最後尾だった私達の後ろには、もう長蛇の列が出来ている。さりとて、前方の列がなかなか進む気配はない。流石シロ様が大きいというだけある街だ。これでは兵士さんたちもお仕事が大変だろうなと、若干同情して。


「ヒナちゃん、寒くない?」

「うん、大丈夫」

 

 けれどそれよりも気にかかるのは同行者二名の体調である。ちらりと視線を落としてふわふわ真っ白なコートに身を包んだヒナちゃんに尋ねれば、こくりと小さな頷きが返ってきた。繋いだ手が温かいことからその言葉に嘘はないのだろう。ほっと吐いた息が白く染まるのを見届けつつ今度はシロ様の方に視線を向ければ、アイコンタクトだけで問題がないということが伝えられた。今はその頭頂部に、もう白い虎耳はない。

 そのことに一抹の寂しさを覚えつつも、私はヒナちゃんと繋いだ手とは反対の手でエコバッグの持ち手を握りしめた。どうやら今までにない長丁場になりそうである。途中でオレンさんに頂いた、今はバッグの中に入っているココミクスを飲んで休憩するのもいいかもしれない。果たして、休憩をしている余裕があるのかはわからないけれど。


 コートを仕立て終えた後、私達は早速エーナの街の方へ向かった。幸いなことに道中で魔物に襲われることなく、こうして門の前で街に入る手続きを済ませようとしているというわけである。本来であれば私の法力に余裕がないことから向かうのは大分先になるかもしれないと予定していたが、それも糸くんの力とヒナちゃんの法力のおかげで無事解決。布作りでちょっと疲弊してしまったシロ様だって、まだ余裕があったらしいヒナちゃんの法力があれば元通り元気になった。こうして見ると、クドラ族よりもムツドリ族の方が種族的に法力が多いのかもしれない。そんなヒナちゃんが行使する法力が足りない、と言った浄化の星火に使われる法力は如何程なのか。あまり考えたくは無い話である。

 まぁそれはともかくとして。そうして準備万端となれば、赤い羽の持ち主かもしれない声の主を追いかけ急いでいる私達がすることは一つ。さっさと移動することである。エーナの街は大きな街でレイツの貿易の要にもなっているらしいが、その分人の行き交いが激しい。それが意味するのは、例え赤い羽の持ち主のことを見かけた人が居ても急がねば居なくなっている可能性があるということだ。故に私達は籠繭を解き、あの人気の無い雪溜まりからさっさと出発した。多分あそこで時空断裂が起きたということを知る人は居ないのだろうな、と少し侘しい気分になりながらも。


「お姉ちゃん、あれ……」

「ん? ああ……マフラー、であってるのかな? 首に巻いて暖かくするやつだよ」

「まふらー……」


 それにしてもリュックの中に馬車が入っていく姿は壮観だったな、と今はシロ様が背負っているリュックを見てどこか目眩のするような心地になりつつ。ほんとに仕舞えてしまったのだから私の持ち物は末恐ろしい。しかもそれで重さがないとかどう考えてもおかしいだろう。リュックに馬車が吸い込まれていったあの時の衝撃を思い出して若干遠い目になりつつも、私は興味津々と問いかけてきたヒナちゃんに言葉を返した。一瞬、名前が合ってるかどうかシロ様には確認したが。どうやらこの世界でもマフラーはマフラーらしい。ケチャップやら中濃ソースやら、そういうところは紛らわしくなくて助かる。まるで日本人がこの世界を作ったかのようだ。


「……お姉ちゃんみたいに、わたしもああいうの作れるかな?」

「マフラー? 作ってみたいの?」

「うん……!」

 

 てっきりマフラーが欲しいのだろうかと、頭の中で街に入ったら服屋を探そうと思っていた私。しかしその予定は、頬を紅潮させて憧れの眼差してこちらを見上げるヒナちゃんのおかげで書き換えられた。よし、雑貨屋を探そう。マフラーがあるんだからこの世界に編み棒と毛糸ぐらいあるだろう。最悪なかったとしたら木材を加工して編み棒は作ればいいし、毛糸はもしかしたら糸くんが出せるかもしれない。


「お姉ちゃんとね、シロお兄ちゃんの作りたいの」

「……我もか?」

「うん! あとね、フルフちゃんのも……」

「……いいんじゃないか」


 よし決めた。絶対なんとかしよう。一番星よりも余程眩いヒナちゃんの笑顔と、どこか困ったように眉を下げながらも満更でもなさそうなシロ様の表情に私は決意を固くした。どこからかフルフのピュイ!という声が聞こえてくるようである。今はリュックに強制収容されたフルフも、草葉の陰でヒナちゃんの言葉に狂喜乱舞していることだろう。いや、死んだわけではないのだが。

 糸は何色がいいかな、とほのぼのしているヒナちゃんとそんなヒナちゃんの話に無骨ながらも相槌を打つシロ様。そんな二人のふんわりとしたオーラに当てられてか、周りの人の表情が若干和んでいくのを見て「わかる」とヘッドバンキング顔負けの頷きを内心で行いつつ。うちの子可愛いですよね、もう一匹小動物が揃ったらもはや無敵なんですよ、と布教をしたい気分だ。始めた瞬間にシロ様に首根っこを捉えられること間違い無しなので出来ないが。


「お姉ちゃんは、何色がいい?」

「ふふ、そこはヒナちゃんにおまかせしちゃおうかな」

「む……!」


 でれでれと真剣な顔で悩み始めたヒナちゃんを見守りつつ、私は着々と頭の中で予定を立てていた。何の予定かって、当然ヒナちゃんのマフラー作りの予定だ。かぎ編みには触れたことはないが、棒編みならばマフラーと帽子を作った経験がある。まずは手堅くガーター編みで……いや、初心者ならば手編みのほうがいいだろうか。しかし手編みのマフラーはいまいち……。


「皆様、道の端に寄ってください!」


 しかしそこで聞こえてきた大きな声に、私は一時思考を中断して顔を上げた。今の声は、門を守っている兵士さんの声だろうか。何が起きた、それを把握するよりも早く手が思い切り引かれる。シロ様だった。すっと表情を眇めたシロ様が、エコバッグを握った私の手を思い切り引いている。そして当然私の手が引かれれば、私と手を繋いでいたヒナちゃんの手も同時に引かれるというわけで。


「わ……!」

「ひゃ……!?」


 その二人分の移動を当然視野に入れていたのだろう。上手いこと整備されていた道から、雪の積もる地面へと移動した私達。二人分の重みをあっさりと受け止めきったシロ様は、私達が転んでいないことを確認した後に視線を私の背後の方へと向けた。

 そこで漸く、私は何が起きていたのかを悟る。がたがたと、石畳を何かが滑っていく音がするのだ。そしてそれは、私達が馬車を走らせていた時の音に酷似していた。その音はどんどんと近づいてきて、そして当たり前のように私達の前を走り去っていく。馬車だ。私達が貰ったような高級感のある馬車を、その……言ってしまえば、趣味悪く貴金属で飾り立てたような馬車が、目の前を通り過ぎていったのだ。


「コダ・エーナ様のご帰還です! 門をお開けなさい!」


 馬の高い嘶き。くーちゃんや鉄とは違って正真正銘の馬が、手綱で引かれてその動きを止めたのだろう。すごい勢いで走っていた馬車はそこで動きを止めて、乗っていた御者が高々と声を上げる。コダ・エーナ様。聞き慣れない名前は短く覚えやすいはずなのに、仰々しく叫ばれたせいか妙に頭に入ってこなかった。でも、それでもわかることは一つ。


「……エーナ」


 シロ様の小さな呟きが、ざわざわとした空気の中に溶けて混じって消えていく。まるで、ひとかけらの雪みたいに。私は不安そうに瞳を揺らすヒナちゃんの手を優しく握り直しつつ、じっと門が開くのを待っている馬車を見据えた。

 父親の七光り、成金趣味、傲慢。耳に入ってくる人々の囁きは、どれも好意的なものではない。そうして彼らは誰もが、馬車の方を見てそれを呟いている。どこか恐れるように。けれど、どうしても我慢できなかったと言うように。エーナと、街の名前が付いた名前。歓迎していない雰囲気の人々と、妙な雰囲気の馬車。それが意味することは、つまり。

 

 今あそこの馬車に乗っているのは恐らくはこのエーナの街の領主かそれに連なる血縁の誰かで、その人物があまりよろしい素行の人物ではないということだった。

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