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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第五章 雪積もる世界と地の底の少年
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百五十八話「三着のコート」

 繋いだ糸から温かな何かが辿ってこちらへと送られてくる感覚。それに自分の中の管を開くようなイメージを続けながらも、今日久しぶりに触れた裁縫箱を再び開く。その状態で乳白色の中に咲いた菖蒲に触れれば、ふわりとした光が広がると同時にからからだった植物が水を吸うかのような勢いで一気に法力が吸われていった。白く厚い布が空中でひらりと揺れたかと思えば、伸びていった糸がそれを仕立て上げていく。瞬きをすれば、そこにはもう。


「わぁ……!」

「これでヒナちゃんのも、完成っと……」


 広がるステートメントカラーの襟が可愛らしい、連なる赤いしゃか結びのボタンがアクセントとなった真っ白なコート。両裾には飾り用の赤いリボンが揺れ、少女らしい印象を演出している。これならばヒナちゃんが着ているワンピースにも似合うだろうと、安堵の溜息を一つ。しゃか玉をいくつか作り置きしておいてよかった。まさかこんなすぐに使うことになるとは思っていなかったのだけれど。

 じわりと額に滲んだ汗を拭いつつ、私は慌てて宙から落ちてきたコートを受け止めたヒナちゃんを見守っていた。きらきらと輝く両目が感動したようにコートを見つめる姿は微笑ましくもあり、少し心配でもあり。私はちらりと彼女の左手の薬指へと視線を向けた。細く白い指に巻かれた糸、そこから流れてくる変わらない勢いの法力。様子を見るに、まだ余裕はあるのだろうか。


「……ヒナ、法力はどうだ?」

「あ……えっとね、ちょっと減った感じはするかも。でも、まだ大丈夫だと思うよ」

「そうか。それなら一気に作った方がいい」


 するとそんな私の心配を悟ってくれたのか、見守っていたシロ様がヒナちゃんに尋ねてくれる。いつもの羽織を脱ぎ、代わりという風に黒のトンビコートを身に纏ったシロ様からはどこか大正ロマンのような雰囲気が感じられて。美少年は何を着せても絵になるなぁと、その姿にどこか満足感のようなものを抱きながらも。それならばと、私は三着目に取り掛かることとした。正直、自分の分のコートが要るかはいまいち疑問なのだが。


 さてはて、何故法力不足でからからだった私が、こんなにも余裕の振る舞いで衣服を仕立てているのかといえば。それには当然、ヒナちゃんの言った「わたしの法力をお姉ちゃんに渡せないかな」という言葉が関わってくる。もう結果がわかっている以上、端的に告げよう。出来た。それだけのことである。

 あの時、ユーリさんを助ける時に私は自分の糸を伝ってヒナちゃんに法力を流した。それならば逆のことが出来てもおかしくないというヒナちゃんの考えは、見事にドンピシャリだったというわけである。うちの子天才! うちの子将来有望! そんなファンファーレが頭の中で鳴り響きつつも、その時は言葉にせずにヒナちゃんを軽く褒めるだけで済ませた私は偉かったと思う。いや、シロ様が難しい顔で黙り込む中、空気を読まずにヒナちゃんを囃し立てられるほど図太くなかっただけなのだが。


『その糸はやはり特別性なのだろうな』


 暫く考え込んだ後、シロ様はそう言った。試してみたところ法力の譲渡ができるのは私とヒナちゃんの間だけではなく、私とシロ様、シロ様とヒナちゃん、という組み合わせでもできることが判明したのだ。ただし条件が一つ。それは、私の指輪から伸びた糸が両者間の間に繋がりを作っていること。

 本来、法力というものはひとところに留めておけないものらしい。そうして他人の法力は、基本的に吸収したり扱ったりすることができない。例外なのが法陣と、呪陣。その二つはああやって複雑な陣を施すことで、物に法力を留めておくことと他人に流用させることが可能になる。あとは法具も一応その類らしいが、あれは神具を前提にしたレイブ族の叡智の結晶というわけで門外不出らしい。だが私の糸くんには、その叡智を超えていく力が込められている可能性がある。それがシロ様が導き出した結論だった。

 

『門外漢ゆえ詳しくはわからんが、お前の糸には法力を変換して放出する力があるのかもしれない。だからこそ自在に服を作り、法力の譲渡といった頓珍漢なことまでができる』


 ……正直、頓珍漢などと言われたことにはいまいち納得が言っていないが。とにかく、これはすごいことでなおかつ知られたら面倒になることらしい。まぁその辺りについては詳しく説明されなくてもわかる。つまるところ私は、本来であれば決して成立することのない法力の変換装置になれるというわけなのだ。私が居ることで生まれる有効手段は、わざわざ並べずともぽんぽんと浮かんできた。シロ様曰く、レイブ族にとっては生きた神具レベルの存在らしい。


『他言無用だ、いいな?』

『……うん』


 流石に道具のように扱われるのは勘弁被りたい。だって私が変換装置として仕事をするのに必要な法力は、糸一本分。流石に海嘯亭で眠っていた時のような完全枯渇状態では無理だが、ちょっと干からびているくらいでは全然余裕でその役目を果たしてしまえるのだ。まず間違いなく、知られたらまずい。そんなことは未だこの世界の常識に疎い私でも理解できて。

 厳しい表情で強く言い切るシロ様の顔は、正直夢に見そうなくらいには怖かった。でもそれが私への心配ゆえだと思えば、悪い気はしないというかなんというか。尚そんな呑気な私とは違い、ヒナちゃんは緊張感でがちごちな表情を浮かべていた。その後に言われた、「私がお姉ちゃんを守る……!」という言葉は暫く忘れられそうにない。っていうか一生忘れない。うちの子尊い。心情はまさしくそれである。……完全に守られる側として見られていることに、一抹の情けなさを覚えなかったわけではなかったが。


「っと……」

「わ……!」

「……ふふ、見てみる?」

「うん……!」


 そうしてそうこう考えている内に、最後のコート……つまりは私の分のコートは完成した。ぽふんと宙から降ってきたそれを受け止めれば、腕の中に合ったのは紺色のダッフルコート。ちなみにフード付き。色は違えど見覚えのあるデザインは、高一の時の誕生日におじいちゃんがくれたものと形が酷似していた。半ば無意識の内に作っていたので、記憶の中にあるそれが引き出されたのだろう。

 どうせなら本家そのものの茶色の布で作ればよかったかな、と思いつつ。まぁ紺色の方がセーラー服に合うといえばそうかもしれない。じっと興味津々にコートに視線を向けるヒナちゃんにダッフルコートを渡してあげれば、高揚で輝く赤い瞳は手に取ったコートを楽しそうに眺め始めて。ちなみに先程作ったコートを羽織るヒナちゃんははちゃめちゃに可愛かった。自分のデザインが天才かと錯覚してしまうほどである。天才的に可愛いのはモデルの方であるということを失念してはいけない。


「これでいいな」

「そうだね……ところで、ほんとに私の分まで仕立てる必要あった? 私はクスノさんから貰ったのがあったし……」


 きゃっきゃとコートを持って寄ってきたフルフと戯れるヒナちゃんを横目に、私はそこで近づいてきたシロ様にちらりと目を向けた。珍しいことに顔色が悪い。何が原因かと言えば、フルフの布づくりである。生憎と手持ちに厚手の布がなかったので、シロ様は一気に三人分の布を作るための法力を持ってかれる羽目になったのだ。ヒナちゃんは私に法力を送る役目になっていたので、空きがシロ様しか居なかったのである。


「何があるかわからんからな。もしかしたらお前の仕立てる服に付くのは、気温調整の効果だけでない可能性もある」

「怖いこと言うなぁ……」


 しかし存外服の仕立てに持っていかれる法力の量は減っていて。もしかしたら写経じみた練習が効果を発揮し、以前よりも仕立てに持っていかれる分が減っているのかもしれない。頭の中で細かく描写せずとも、あっさりと仕立てることが出来てしまっていたし。

 自分の成長を実感しつつ、今度はフルフの布作り用の法力役と私の応援の法力役は交代した方がいいかもしれないな、なんてことを考えていた私。けれどそんな思考は疲れたようなシロ様の一言で飛んでいった。なんてことを言うのだ。いわゆるRPGで言う、防御力アップの効果とかがあるとでもいうのか。それはありがたい話だが、それと同時にますますと私の価値が跳ね上がってしまうという致命的な欠点がある。自分で言うのも難だが、今の私は正直金の卵を産む鶏かなにかになってしまっている気がするのだ。


「……まぁでも、何があっても」

「……?」

「シロ様とヒナちゃんが、守ってくれるらしいので」


 まぁ、私がどれだけ金の卵を、いっそのこと宝石を産むような鶏になっても。そうなったとしても、今は守ってくれる人達が居る。はっきり言って年下に頼るのはどうかとも思うのだが、そんなのはそろそろ気にしないことにした。だって二人は、出来る部分で私を守ろうとしてくれている。それなら私がすることは一々気負いすぎることじゃなくて、自分に出来る部分で二人を守ろうとすることだと思えるようになったから。例えばほら、こうやって服を仕立てることとか。

 若干照れが混じって、尻すぼみになってしまった私の言葉。しかし本日は健在な虎耳は、しっかりとその言葉を拾い上げたらしい。一度開かれた瞳孔が、すぐさま収まって穏やかな色を浮かべるさま。ふんわりと外に開いた虎耳に照れくさいような心地になって視線を反らせば、ふっと零れるような笑い声が小さく聞こえてきた。


「……ああ、任せておけ」


 ……大変、頼もしいことである。

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