百五十七話「防寒具の入手法」
「……つまり、私が作った服には体温を一定に保つ効果が付いてると」
「最初からそう言ってるが」
呆れたようにこちらを見上げるシロ様。そりゃあシロ様からすれば今更な話な挙句、一から十まで説明させた私にそんな表情を向けたくもなるだろう。しかしお願いだから待ってほしい。私にとっては寝耳に水な話を突如として落とされた上に、理解が追いついていない状況なのだから。
「だが目立つのは避けたい以上、やはり防寒具のようなものは羽織ったほうがいいだろうな」
「ええ……全然待ってくれない」
だが現実は無情である。私の理解が追いついていないことなど織り込み済みで、けれどそんなのはどうでもいいと言わんばかりにシロ様は話を進めた。非情過ぎる。いやまぁ、ぐだぐだと話している余裕が無いのはわかるけれど。
シロ様に突然の情報を暴露された後、私は一体どういうことかと根掘り葉掘りと質問を繰り返した。明らかに相手が面倒くさそうな表情を浮かべていてもお構い無しで、である。その結果わかったのは……まぁ、私と糸くんが作った服には体温の調整効果があるということだけだったのだけれど。あとついでに、今私が寒くないというのならばセーラー服にも似たような効果があるかもしれないらしい。まぁよくよく考えれば、セーラー服もリュックなどと一緒にマンホールを越えてきた私の持ち物の一つ。そんな効果があったとしても今更だと流すことはできる。
「もー……」
しかし私と糸くんが作った服にまでそんな便利機能が付くのは、やっぱり何かおかしくないだろうか。さりとて、ここにそんな当たり前のツッコミに同調してくれる存在は居らず。無慈悲にも話はどんどんと進んでいくのであった。
「故にミコ、お前に余裕があったのならばコートの類を仕立ててほしいところだが……」
「え……」
「…………」
「まぁ、厳しいだろうな」
完全に衣服をどうするか、という議題に移り変わった馬車の中。私とシロ様の言い合いにおろおろとしていたヒナちゃんが、そこで小さく声を上げる。どこか物言いたげな声色。赤い瞳はじっとシロ様を見つめて、眉は非難するかのように八の字に歪んだ。私だったら間違いなく土下座を決めたくなるような、罪悪感に駆られる表情。けれどそんな反応が返ってくるのは織り込み済みだったのか、シロ様は緩く首を振る程度の反応で済ませた。鉄の心臓の持ち主である。
「ただでさえ法力不足だった挙げ句、籠繭を長時間張り続けた。その状態では三人分の衣服を仕立てるのは不可能だ。……そうだな?」
「……うん。多分無理、だね」
そうして年少者二人が真面目に話を進めている以上、いつまでも「まだ納得できてません」と駄々を捏ね続けることは私にはできそうにもなく。念を押すかのようなシロ様の問いかけと共に、私は今進んでいる議題に真面目に参加することにした。現在の議題。それは「この薄着でどうやって雪国の人達に馴染むか」である。ちなみに今、法力かつかつ状態の私が三人分の防寒具を仕立てるという案は却下された。ヒナちゃんに無理しないで、と言わんばかりの視線を向けられて頷けない人間が居るなら見てみたいものである。
「……うーん、普通に街に行ってみる? それでさっさと防寒具を買って……そのまま溶け込んじゃえばいいんじゃないかな?」
「……その案には些か不安が残るな」
「え?」
しかし第一案が却下されたのならば、次の案を出す必要があるというわけで。私は一度顎に手を当てて考えた後、ぱっと思いついたことを口に出してみることにした。名付けて、特に気にしない作戦。どうせ街に行けば防寒具を売っている店はあるわけだし、入ってから買ってしまえばいいのではないだろうか。街に入る際には目立つかもしれないが、その後は着込んでしまえばいいわけだし。
しかしその案もまたしても却下されて。私の言葉に一度眉を顰めた後、首を二度三度緩く振ったシロ様。単純ではあるが、存外いい案ではないかと思ったのだが何故だろう。されどシロ様が首を振るのならば当然、理由はちゃんとあるわけで。私とヒナちゃんとついでにフルフの疑問の視線に、シロ様はしっかりと答えてくれた。
「エーナの街は先程も言ったとおり大規模だ。そしてこれまでの街とは違い、街に領主と呼ばれる権力者が居ると聞いたことがある。故に見張りも厳重だ。……ところで、こんな話を知ってるか?」
「え、どんな話?」
「体温調整のできる衣服は、かなりの値が付けられて上流階級の間で出回っているという話だ。さて、冬の街に現れた薄着の子供三人。どんな目で見られるだろうな?」
「…………」
……成程、そういう事情があるのか。自分が子供にカウントされたのにいまいち納得がいかない気持ちになりつつも、話そのものはわかると私は視線を下げた。どんな目で見られるのか。シロ様の質問に対する答えは一つ、すなわちめちゃくちゃ目立つと思う、である。
なんせただでさえ私達は目立つところがあるのだ。いや正確には、目立ってしまう要素が増えたと言うべきか。そう、ヒナちゃんのことである。ヒナちゃんは贔屓目なしでも、それはもう可愛い。往来で歩いているだけで子供好きの人達の表情が緩んでいくレベルだ。人外レベルの美貌のくせに気配を消すのにこなれているシロ様はともかく、そんなヒナちゃんを連れてる上に私達が着ているのは高級疑惑のある薄着。……それを私が作れるかもしれない、という事実は一旦置いておくとして。そんな有様では、街に入って服屋に入るだけの短い時間でもおかしな輩に目を付けられる可能性はあるだろう。何ならその領主とやらに危険人物として目を付けられるかもしれない。考えるだけで面倒だ。
「……その案は却下ということで。えっとそれなら、いつか私がクスノさんに貰った服の中に厚手の服があったと思うから、それで私が一足先に街に入って三人分の服を買ってくるのは?」
うん、却下却下。その領主さんが悪い人がどうかは知らないが、権力者に目を付けられていいことはないだろう。浮かんだ案をぱっぱと頭の隅に追いやりつつ、私は次の案を口に出した。これは結構いい案な気がする。私一人では服装さえちゃんとすれば目立つ要素もないし、そうやって買い出しに行ってくればいいのではないだろうか。
「……お前一人でか?」
「……お姉ちゃんが一人?」
「……ピュ」
しかしその案を口にした瞬間、私を突き刺したのは三種類の不安に満ちた視線で。いやまぁ、シロ様までならギリギリ許容はできる。なんてったってシロ様は私に過保護だから。けれどヒナちゃんにそんな「大丈夫?」みたいな目で見られるのは普通に悲しいし、フルフに至っては屈辱感すら芽生える。何故小動物にまでそんな視線を向けられなければいけないのだろうか。私は買い出しすらもできないほど頼りになく見られているのか。
「言っておくがミコ、普通に街までの道中に魔物が出る可能性があるからな」
「……あ」
だが存外真っ当な理由でその案は却下された。そういえばそうだった。この世界には魔物とかいう危険生物が居るのだった。現状私は一人では魔物たちに対する有効手段が無いし、頼みの籠繭も現在は乱発できない状態。そりゃああんな「大丈夫?」みたいな視線を向けられるわけである。これは完全に私が悪い。
馬鹿なことを言ってしまったと自分で自分に呆れつつ、私は次の案を考えた。それならばシロ様にクスノさんの服を着せ……つまりは女装をしてもらって、買いに行ってもらうとか。いや駄目だ。顔に関しては全く問題ないだろうが普通に声でバレる。買い物をする以上会話は必要だし、シロ様に女装趣味の少年なんて謂れを被せるわけにはいかないだろう。ならばヒナちゃんに……? いや普通に心配過ぎる。まさかここで万策尽きたか、と眉を寄せかけたところで。
「……わたしの」
「? ヒナちゃん?」
「どうした、ヒナ」
そこで小さく響いたのは、おずおずと揺れる少女の声。その声に一度思考を止めて隣の方に視線を向ければ、不安そうな色を宿しながらもこちらを見つめる赤い瞳と目が合った。どうやら何か案があるようである。促すように名前を呼べば、シロ様もそれに続き。そうして二人に聞き返されたところで漸く少し自信を持てたのだろう。ヒナちゃんはその小さな唇で、躊躇いがちに言葉を紡いだ。私達が予想だにしていなかった、そんな一言を。
「あ、えっと……わたしの法力、お姉ちゃんに渡せないかな」