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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第五章 雪積もる世界と地の底の少年
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百五十五話「朧げな赤い手がかり」

 まぁ、シロ様のフィジカル……いやこの場合はメンタルになるのだろうか? それらが強靭なんて今更な話は置いておいて。現状の把握が済んだ以上、次にやることは決まっている。


「あ、やっぱりぐちゃぐちゃになっちゃってる……」

「ああ。しかし味に問題はない」


 ぱかり、重箱の蓋を開けて残念そうに呟いたヒナちゃん。その悲しそうな声が気にかかりクッキーを片手にちらりと重箱を覗けば、成程確かに。恐らくは綺麗に詰められていたであろう重箱の中身は、崩れては混ざり合って無残な姿になっていた。そのいっそのこと哀れみを誘うような姿に、私はこの重箱を発見したときのことを思い出した。座席部分から落ちて、床に転がっていた重箱。ああなってしまっては、中身がこうなるのも致し方ないことだろう。

 だがどれだけ見た目が悲惨であっても作成者の腕が良かったおかげか、味に対した影響はなかったらしい。一足先、毒味と言わんばかりに崩れたおかずを一口掬ったシロ様。そのまま咀嚼を終えた彼は、今度は私の膝の上から拾い上げたフルフの口元へと別のおかずを近づけた。するとぐったりとしていた毛玉はぴくりと動き。


「ピュ……?……ピュイ!」

「! フルフちゃん!」

「見上げた食欲だな……」

「あ、はは……」


 その匂いに釣られてか、そこでフルフの意識はようやく覚醒した。目覚めてすぐ、自分の口元にあったおかずに食らいついたフルフはその味にか歓喜の鳴き声を上げる。そんなフルフをずっと心配していたヒナちゃんは嬉しそうにその表情を綻ばせたが、私とシロ様は喜ぶよりもまず先にフルフの食欲の強さに少しばかり呆れてしまった。無事起きることができたなら何よりだが、なんというか「心配させやがって」という気持ちが勝ってしまうのだ。


 さて、現状の把握を済んだ私達が今何をしているのかと言えば。見ての通り、腹ごしらえである。ずっと起きてたとか言うシロ様曰く、あの時空断裂に巻き込まれた時から今は半日程度が経っているらしく。それならばまず体調面に支障をきたさないよう、食事を取ろうということになったのだ。幸いにも出発の際にガッドさんからお弁当を持たせてもらったことだし。

 残念なことに致し方ない事情でクッキーを貪る怪物になってしまった私はいまいちお腹が空いていないのだが、シロ様にヒナちゃん、そしてフルフは別だったのだろう。崩れてしまったとは言え美味しいお弁当をもぐもぐと食べ進める二人と一匹の姿は、とても可愛い。見ているだけで満足感からお腹いっぱいになる程度である。


「……ミコ、これは法力回復にいい」

「っ、むぐ……!」

「シロお兄ちゃん、これ……」

「……ああ、それもだな。食え」

「ピュ!」


 ……だが二人と一匹は優しいので、私を放っておいてはくれなかった。一休憩とリュックから取り出した水筒で水を飲んでいた瞬間、対面側から身を乗り出したシロ様によって何かを口に突っ込まれる感触。口の中に広がった甘くまろやかで濃厚なこの味は、卵焼きか何かだろうか。確かに大変美味しいが、それ以上に突然口の中に突っ込まれた衝撃の方が勝ってしまった。どうやらおかわりも既に用意されてるらしいが、次はせめて予告をしてほしい。


「……ん、それで、さ」

「ああ」

「これからどうする? 近くにあるエーナって街に行ってみる?」


 咳き込みそうになりながらなんとか無事卵焼き(?)を飲み込みつつ。私は再度水をで喉を潤した後、シロ様に問いかけた。食事をしている時にこんながっつりとした話し合いをするのは行儀が悪いかもしれないが、それでも次の目的地を早急に決めたほうが良いのは確かだ。いつまでもこんな人が通らないような雪の中には居られないだろう。籠繭があるとは言え、最悪の場合遭難だって考えられるのだ。

 私の問いかけに、シロ様は一度箸の動きを止めた。長い睫毛が一度伏せられ、思い出したかのように現れた頭の耳がぴこんと揺れる。ああそういえば、ここには私達以外が居ないから目立つ耳を隠す必要はないのか。久しぶりのお耳様にそんな思考が過りつつ、私はシロ様の答えを待った。恐らくはシロ様の耳を初めて見たであろうヒナちゃんの表情が輝くのを、横目で微笑ましく思いながら。


「……我がレイブの領地を訪れることにしたのは、レイブの領地の中にあるとある国に行きたかったからだ」

「うん? それが……なんだっけ、キョウク?じゃないの?」

「違う。キョウクはあくまで一時的な目的に過ぎない」


 暫くの沈黙の後、小さな声が耳を打った。その言葉に、そういえば私がレイブの土地に行きたかった理由は話したけれど、シロ様の話は聞いていなかったななんてことを思い出す。最初に言っていたキョウクも真の目的地ではなかったとしたら、シロ様はどういう理由でレイブの土地を目指し、どこに行きたかったのだろう。


「これを見ろ。レイブ族の領地は他に比べて広く、五つの国を保有している。それで我らが今居るのは、その中の一つのレイツだ」


 私のそんな内なる疑問を悟ってか、シロ様は再び地理の教科書を取り出した。白い指がなぞるのは、地図では北北東の方角。地図の中で一番大きな地続きの大陸の上側を、シロ様はなぞっている。

 その辺りの土地はシロ様の言う通り、確かに五つに別れていた。そうしてその連なった五つの真ん中、レイツと名前が描かれたその場所に私達の現在地を示す赤い点がある。シロ様の指はその文字をなぞった後、すすっとそこから右上に移動した。躊躇うような指がすっと一つの文字をなぞる。「リーレイ」という文字を。


「我の目的地は、ここだった」

「……りー、れい」


 どこか緊張したかのように言葉を絞り出したシロ様の代わりに謳うように、ヒナちゃんがそこに書かれていた文字を呟いた。世界の一番端っこの国の名前を。もう重箱の中身を食べているのはフルフだけで、そのフルフすらも若干戸惑うように私達を見上げていた。いや正確に言えば、どこか釈然としないままに眉を寄せているシロ様を見上げていたという方が正しいだろうか。

 シロ様は、今までにない厳しい表情でその場所を見下ろしていた。厳しい、といっても今まで見てきた顔とは少し違う。その顔は敵に向けるような殺意や敵意に満ちたものではなく、僅かな躊躇いと本当にそれでいいのかと自分に問いかけているような疑問が含まれていた。そうしてその躊躇いを自分で許せないからか、眉が寄る。どうしてシロ様がリーレイを目指していたのかはわからないが、きっと彼がそこに見出した手がかりは確かなものではなかったのだろう。


「……どうして、ここに行こうと思ったの?」

「…………」


 ならば、まず問わなければ。問うて、その言葉を私なりに考えて、それをシロ様に伝えなければ。その思いで尋ねれば、シロ様は再び沈黙した。けれどその沈黙は答えたくないが故の沈黙ではなくて、どう答えればいいのかを迷っているような沈黙のように思えて。だから私は待った。おろおろとした様子のヒナちゃんに向けて、人差し指で唇を封ずるジェスチャーをしながら。


「……あの、捕まった男が死んだ次の朝。風で外を探っていたら、嫌に明るい声が聞こえた。それは敵意に満ちていたわけでもなく、邪気の一欠片だってなかった。だが、どことなく気にかかるような『何か』があった」


 そうして黙っていれば、考えが纏まったらしいシロ様は静かに話し始める。あの男、とは緑の目の彼のことだろうか。随分と前の話だな、と若干意外に思いつつも私は口を挟まずにただその話に耳を傾けた。躊躇うような少年にしては低い声が、続きを語る。


「それに意識を向けていれば……視界の端で赤が舞った。視界に映ったのは一瞬でしかなかったがそれは、……あれは恐らく、赤い羽根だった」

「……!」

「その声が、リーレイに行くと言っていた。……我はその声と、その瞬間に散った赤い羽根に、何かしらの関連性があると思った。それが今回、我がレイブに行くと言い出した理由だ」


 その語りは、意外な形で締め括られた。赤い羽根。私達が探していた、クドラの里を裏切り壊滅に追い込んだシロ様の叔父……ビャクの変心の原因かもしれない、手がかり。その手がかりをまさかそんな前にシロ様が見つけていたとは、気づきもしなかった。

 恐らくはその後にヒナちゃんの前座のことや朱の神楽祭のことが決まったから、こちらに余計な気を回させないようにと黙っていたのだろう。朱の神楽祭で赤い羽根を持つムツドリ族が現れるかもしれない、というのも危惧していたのかもしれない。一瞬の記憶に過ぎない朧げな手がかりに手を伸ばすよりは、他の手がかりも確かめておきたいと思ったのだろう。


 けれどその躊躇が、瞬く間に過ぎ去っていった激動の時間が、手がかりに対するシロ様の中の確信を薄れさせた。それ故に、今のシロ様には自信のなさが現れている。あの時のことは、自分の幻覚ではなかったのだろうかと。あの日のことを白日の元に晒すための自分の執心が見せた、ただの幻想ではなかっただろうかと。


「……もう、もうちょっと早く言ってくれてもいいのに」

「……悪い」


 二色の瞳と目が合う。何故か、シロ様がそう思ったのだろうなということが一から十までわかってしまうようだった。私の勝手な解釈ではなく、ただ彼が思ったことや考えたことが私に流れてきているような、そんな。それはまるで、彼が思い浮かべた感情の一つ一つを、元は私のものだった黒い瞳が教えてくれているようだった。

 もう少し早く知っていたら、シロ様がそんな幻覚を見るわけがないと言ってあげられたのに。そんな気持ちで軽く睨めば、存外に素直な謝罪が返ってくる。いつもこうならいいのにな、と大概に傲慢で不遜な普段の少年の姿を思い出しつつ。私はそこで、ちらりとヒナちゃんの方へと視線を向けた。私達の話に、目を白黒とさせながらも必死に付いていこうとしてくれている優しい女の子を。


「ヒナちゃん」

「……う、うん」

「あのね、ずっと話してなかったことがあって……私達の旅の目的のこと、なんだけど」

「!」


 もう一度シロ様を見て、無言のままに問いかけた。そうすればやっぱり無言のまま、けれど確かな頷きが返ってきて。これは話していい、のサインだ。それならばと、私はヒナちゃんに語りかけた。ぱちりと瞬かれた赤い瞳。それにしっかりと視線を合わせて、私は問いかける。とある一族の里に起きた、残酷の一言で済ませていいわけもない災厄の話。それをこんな優しい子に話していいのかと迷いながらも。それでも、彼女は旅の仲間だからと躊躇を押し殺して。


「すごく悲しくて、残酷な話なんだけど……聞いてくれる?」

「……うん」


 短くも、覚悟を込めた一言。真剣にこちらを見上げる瞳を見て、私は話し始めた。シロ様とクドラ族に起こった裏切りの話と、その裏切り者に残された違和感と、それを探るための小さな手がかりの話を。……私達の、旅の目的を。

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