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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第五章 雪積もる世界と地の底の少年
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百五十四話「時空断裂」

「……れいぶ? それって、行きたかった場所の……」

「うん、ここはもうレイブの領地みたい」


 瞬かれた赤い瞳。それに頷きを返せば、その瞳はまたしても同じ挙動を繰り返し。未だ青白い顔色が若干に心配になりつつも私は彼女……ヒナちゃんに向けて微笑んだ。正直混乱しているのは自分も同じで、けれどそれを表面に出してこれ以上ヒナちゃんを不安にさせないようにと。生憎クッキーを食べながらという状態では、どう足掻いたところで頼りになるお姉ちゃんの風格なんて出そうにないが。


 あの後、外が雪原だということを確認したシロ様と私は次は荷物の確認へと向かった。いや、この言い方だと些か語弊があるか。その行動には勿論箱の中に積んでいた荷物がどうなっていたか、その旨を確認する意図もあったが一番の目的はそれではなかった。そう、私達はリュックの中の地理の教科書……今や世界地図(GPS付き)となったそれを確認しに行ったのだ。より正確な自分たちの位置を特定するために。

 自分たちの位置を示す赤い点。それが現在置かれていたのは世界地図でも北の方角、つまりはレイブの領地内のどこかだった。シロ様曰く、「エーナの街の近くだな」ということらしい。なんでもそのエーナの街とやらは、レイブ族の領地の中でも有名な貿易の街の一つとのこと。だからこそ名前を知っていたと言っていたが、普通に考えて自分たちの領地以外の知識も有しているシロ様は相変わらずハイスペックだと思う。魔物関連の知識も豊富だし、私とは根本から頭の出来が違うのかもしれない。


「……でもわたしたち、下の方に居たんだよね?」

「うん。そうだね」


 そして大変賢いのはヒナちゃんもまた同じである。初めて触れる地図の見方をすぐさま理解したヒナちゃんは、困惑したように下の方……つまりは南側にあるムツドリの領地をつついた。そう、彼女の言う通り私達は確かに南の方に位置するムツドリの領地に居たのだ。それが何の奇跡か突如として北の方に大移動。だがその突然の大移動の原因が何だったかについても、私とシロ様の間ではもう答えは出ていた。というよりは、それ以外に考えられないという方が近いかもしれないが。


「恐らくは、時空断裂の影響だ」

「わ、……!」

「あ、おかえりシロ様。馬車は大丈夫そう?」

「ああ。走行にも問題はなさそうだ」


 そう、恐らく原因は私達が意識を失う前に起こった時空断裂。突然馬車の箱の扉を開けて中に入ってきたシロ様に、ヒナちゃんの肩が跳ねる。それを微笑ましく思いつつも、私は正面の席に座った彼に問いかけた。そうすれば淀みのない返事が返ってきて。シロ様がそう言うのなら本当に問題はなかったのだろう。これにて一安心である。


「ヒナと毛玉は?」

「フルフはまだ寝てるね。ヒナちゃんは……ちょっと具合が悪いかな?」

「う、うん……でも、大丈夫だよ」


 お返しと言わんばかりに投げかけられた質問に返事を返しつつ、私は膝の上でぐったりとしたまま動かないフルフを指差した。余程揺れが堪えたのか、未だ膝の上でフルフは眠ったままである。小動物のような生き物がこのような姿になっているのは、見ていてあまり気分のいいものではない。救いといえば、ヒナちゃんは早めに意識を取り戻してくれたことくらいだろうか。

 私の問いかけにはにかんで首を振ったヒナちゃんの健気さに胸が詰まるような思いになりつつも、私はもぐもぐとエコバックの中に詰め込んだクッキーを取り出しては貪っていた。絵面は間抜けだが、どうか食いしん坊だとは思わないでほしい。これは不可抗力なのだ。著しく削れた法力を取り戻すための、一種の救命処置である。なんせ私の法力がある程度回復しなければ、移動は困難であるとの結論が私とシロ様の間で出てしまったので。

 

 数分前、荷物と現在位置と現在の状況を確認した私達は戸惑いながらも二つの班に別れた。班とは言っても、どちらも単独行動をしているだけなのだけれど。私は自分の法力を回復させるついでにヒナちゃんとフルフの面倒を見る係、シロ様は馬車の損傷を調べる係。そうして別れた後、私はひとまずヒナちゃんとフルフを箱の中に移動させたのである。外が雪原だとわかった以上、いつまでも外で寝かせては後に体調に支障がでるかもしれない。繭の中だからか暖かく感じているが、実際の気温がどうなってるかなんてことはわからないのだ。

 先程も述べた通り、幸いにもヒナちゃんはすぐに目を覚ました。軽く事情を聞いたところ、どうやら乗り物酔いに近い症状が出ているだけで怪我や病気の心配もないようである。私はそんな彼女にリュックから取り出した水筒の水を飲ませつつ、軽く事情を説明していたのだ。地理の教科書を片手に、現在位置が突然南から北へと北上したことを。……その間も、ひたすらクッキーを咀嚼していたことについてはどうか触れないでいただきたい。


「ミコ、説明は我が引き継ぐ。お前は法力の回復に専念してろ」

「はーい……」


 ついでに、その状態がこれからずっと続いていくことに関しても。シロ様に言外にお役御免を言い渡された私は、そっとクッキーの入った籠を自分の方に引き寄せた。どうやらもう私ができることと言えば、クッキーをひたすら口に詰め込むことくらいらしい。シロ様のほうが説明上手なので異論は無いが、私の威厳ポイントがまた減ってしまった気がする。多分元からゼロだったので、今はマイナス辺りに足を突っ込んでしまっているのだろう。とても辛い。


「……さて、ヒナ。意識が落ちる前のことは覚えているか?」

「う、うん……。たしかお姉ちゃんが糸をぐるぐる巻きにした後、すっごくぐらぐらしてた」

「ああ。恐らくはその時、ミコの張った籠繭の外では時空断裂が起きていた」


 だが私の威厳がどうこうよりも、優先すべきはヒナちゃんに確かな理解を与えることである。そう考えた結果断腸の思いでシロ様にヒナちゃんへの説明を譲りつつ、私は先程シロ様から説明された話をもう一度聞くことにした。ぶっちゃけ自分の理解に若干自信がないので、もう一度話を聞けるのは素直にありがたかったのだ。


「まず、今まで知られていた時空断裂について説明する。簡単に言えば時空断裂とは、法力が溢れかえった土地で起こる天災のようなものだ。現在まで巻き込まれた者が生存したという話は我も聞いたことがなかった。まさか自分がその例になるとは思わなかったが」


 真剣な表情でシロ様の話を聞くヒナちゃんの顔を横目に、私はクッキーを片手にシロ様の話に耳を傾けた。これは先程も聞いたことである。時空断裂とはこの世界に法力というものがある故に起こる現象で、いわゆる地震や津波や台風と言った天災に分類されているもの。

 しかしこれまでに時空断裂の謎が解明されたことはなかった。地震が岩盤のズレによって起こるように、津波が海底が動くことによって起こるように、台風が低気圧と水蒸気のコンボが重ね合った結果起こるように。時空断裂は法力が飽和しきった結果起こるものだとはわかっていたが、「その結果どうなるか」については謎だらけだった。何故なら時空断裂は法力が飽和する結果起こるもので、人が法力を使って暮らす以上、人里では法力の飽和という現象は起こり得ないから。


 時空断裂とは大概は人目のない場所で勝手に起こり、人に知られないまま勝手に終わるものだったのだ。そうして巻き込まれた人が極稀に現れたとしても、その人がその後生存していたという記録はない。故にそこで何が起きていたのかを知るものは今まで誰一人として居なかった。そう、私達以外は。


「今回体験したことで、今まで謎に満ちていた時空断裂の原理をある程度我は理解した。恐らくは時空断裂とは世界のどこかで二箇所同時に起こり、その箇所間で物の移動や変動が起こる。今回我らの身に起きた長距離間の移動は、それが原因だろう」

「…………」


 つまるところ、時空断裂は実際は「時空移動」みたいなものだったということである。ただし、中に居る者の安全は保証されない。シロ様曰く時空間を移動することによって発生する法力の力は、大概の法術に寄って齎されるそれよりも余程影響力というかエネルギーが凄まじいらしく。普通の生き物であればそれに晒された瞬間、呆気なく命を落とすだろうとのことである。その発生条件のおかげで被害は少ないらしいが、その影響力はまさしく天災と呼ぶに相応しい。道理で生き残った、という人がいないわけだ。

 私があの時籠繭を張ったのは、自分で言うのも難だが英断だったのだ。ついでに奇しくも籠繭は時空の移動によって起こる法力の嵐のような暴走にも耐えられることが判明してしまった。もはや一種のシェルターかもしれない。これが張れることを少しは誇ってもいいんじゃないだろうか。

 

「……どうだ、理解できたか?」

「……うん、でも……」

「どうした?」


 どうやら私が内心でドヤっている内に説明は終わりを迎えていたらしい。こころなしか私に説明した時よりも優しく聞こえる声で問いかけるシロ様に、ヒナちゃんは頷きながらも困ったように眉を下げた。その表情にまだ何か疑問点があると汲み取ったのだろう。やっぱり優しく聞こえる声で尋ねるシロ様に、ヒナちゃんは若干口籠りながらおずおずと問いかけた。


「その、なんでシロお兄ちゃんはそれがわかったのかな、って……」


 ああ、確かに。私はクッキーを変わらず口の中に運びながら、数回小さく頷く。そう言えばシロ様は何故原理がわかったのか。私とヒナちゃんは同じく巻き込まれた側であるはずなのに、一切と原理はわからなかったのだ。それならば何故、シロ様は時空断裂の原理を理解することができたのだろう。その時は籠繭が透明になっていないので、外が見えたりするわけでもないのに。それともシロ様くらい法術の扱いに長けていると、それすらも体感するだけでわかってしまうのだろうか。


「ああ、簡単な話だ」

「かんたん?」

「そうだ。我は揺れが起こる間ずっと意識を保ち外を探り続けたからな」

「……えっ」

 

 ……しかし、聞こえてきた驚きの真実に私は思わず持っていたクッキーをぽとりと落とす。どうやらぎょっとしたような声を上げているあたり、ヒナちゃんも私と同じ気持ちらしい。大きく見開かれた赤い瞳の中の瞳孔が、正面の白皙の美少年を見て震えている。恐らくは、戦慄という感情で。

 まさかのゴリゴリの脳筋戦法。あの何時間と続いたであろう地震よりも激しい揺れの中で、シロ様は意識を保ち続けたのか。クドラ族怖すぎる。一体どんな教育を施せば、こんなゴリラのような忍耐力と精神力と戦闘力を持ち合わせる美少年が生まれるのだ。多分本人に言えば、「虎だ」と突っ込まれそうなことを考えつつ、しかし私は次の瞬間聞こえてきた呟きに意識が遠くなった。何故ならば驚き仲間だと思っていたヒナちゃんから、突然の裏切りを受けたからである。


「……次はわたしも、頑張らなきゃ」


 いや、多分二度目はないしというかそんなことを頑張らなくていいよ。とは言えなかった。何故ならば私の口の中にはぎゅうぎゅうにクッキーが詰まっていたので。

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