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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第五章 雪積もる世界と地の底の少年
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プロローグ「舞い込む雪と期待」

『お前は天才だよ』


 自分を見てくれる人が欲しかった。自分を認めてくれる人が欲しかった。その人からの、自分にとっての唯一からの言葉が欲しかった。それだけがあれば、きっとそれだけで良かった。冷たい地の底のような世界に差した一筋の日差しみたいに。あの人さえいればそれだけで、「俺」はずっと生きていけると思えた。


 思えた、のに。


『え? 兄さん? ……兄さんもお前のこと、すごいと褒めてたよ』


 所詮全ては最初から嘘で。


『と、父さん? いや、俺も最近会ってないからなぁ……』


 俺を利用するための罠で。


『……なんでお前が、それを」


 俺が日差しのように思っていた存在は、俺に影を齎していた暗雲そのものだったと言うことに気づいた。


「…………」


 灰色の雲が空を覆う早朝。日差しすらも出ていない朝と夜の狭間を縫うように、一つの影がふらめきながらどこかへと向かっていく。背の丈もまた、大人と子供の狭間の人影。ぱさぱさと揺れる黒い髪が妙に印象的な、鋭い三白眼を宿した少年が。

 どこへ行くかを決めていないのか、傍に誰も居ないその影の動きは酷く危うげなものに見えた。ゆらゆら。力が入らないのか、それともただ鈍足なだけなのか、彼の一歩はその一つずつが重い。僅かに道に積もった白い雪の上に、その足音が強く残るほど。


「……さむ」


 ふと、白い息がその口から零れる。それと同時に足は止まり、右足を軸に彼はぶらぶらと左足を遊ばせた。ぶらぶら、ゆらゆら。玩具のように意思なく揺れる足を、興味なさげに見下ろす黒の三白眼。それはまるで、行く先がない故の時間稼ぎのようにも思える動きだった。孤独な世界の暇つぶし。何をどうしたらいいかなんてわからないからこその、子供じみたお遊び。


「……あー」


 自分はどこへ行けばいいのだろう。寒さから身を守るように首に巻いたスカーフに顔を埋めながら、少年は一人思考する。今ならどこにだって行けるのに、どこにだって行くためにあの地の底のような世界を出てきてやったのに。なのに外に出て初めて、自分はどこに行ったらいいのかもわからないということに気づいてしまった。ぽっかりと空いた自分の中の空洞に気づいてしまった。

 自由なはずなのに、不自由。何をすればいいか、何をするべきなのか。それを生まれてこの方与えられ続けてきた少年には、自分で自由に思考するだけの力がない。それに気づいて、自分の浅慮さに笑いが込み上げてきた。嘲笑がスカーフに隠れて浮かぶ。先のことを考えられない人間は愚かだ。自分はその思いで、こうして逃げてきたというのに。


 なのに結局自分も、「彼」と同じではないか。


『ここに居ても、未来はないでしょう!?』


 わかってるよ、わかってる。頭の中に響いた言葉に、少年は返答を返した。思い返すは理知的な色を浮かべた自分とは違う黒い瞳。思えば最初から、彼女だけがあの腐った地の底における清廉な湧き水だったのだ。気づきたくなくて、気づけなかった。唯一の光が偽物だなんて思いたくなかったから。やっぱり自分は愚かなのだろう。愚かで、愚鈍。


「……あーあ」


 そして、それはきっとどこに行っても変われない。だって変わるには、自分はもう彼に散々利用され過ぎたから。こんな愚かな自分には誰だって手を伸ばしてくれないし、こちらからだって手を伸ばせない。だってもう、誰も信頼できない。片方だけとは言え血の繋がった存在に裏切られたのだ。それなら自分は、俺は、もう誰を信じればいいのだろう。

 ……そんなことを考えたところで、今の自分の傍には疑う相手すらもいないのだけれど。また一つ、白い吐息を吐くと同時に浮かんだのは自嘲の笑み。これならばいっそ、こんな世界ならばいっそ。そんな考えが頭の中に浮かぶのに、最後の蜘蛛の糸が少年にその決断をさせるのを邪魔していた。最後に差し伸べられた彼女からの助けを、無為にしてはいけない。そう思うからこそ、頭の中で描いた法陣を彼は現実で形にできなかった。


 だから少年は、決めることにした。


「……まぁ、どうせ」


 自分との決め事を一つ。絶対に破ってはいけない誓いを一つ。もし次に自分が出会う人……いいや、「もし次に──が──を教えた人」が、悪人だったら。その時はもうこの世界に自分が生きていける場所なんてないんだと、この命を絶とう。心の中で結んだ誓いを、聞き届ける人は居ない。同じように認識してくれる人は居ない。だからこそ、必ず守らなければと思った。唯一自分に残された、心だけは。

 期待なんてしていない。どうせまた使い捨てにされるだけだ。どうせまた、良いように利用されるだけだ。そんなことはわかっているけれど、それでも、どうしても。心の中に僅かに浮かんだ期待だけは、完全に握り潰す事ができなくて。


 結局少年はその期待だけは舞い込んできた粉雪と一緒に、大切に手のひらの中で抱えることにした。

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