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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百五十一話「ウィラとの別れ」

「おうおう、随分物騒な馬連れてんなぁ」

「……団長、アレを馬で片付けるのはどうかと。本当に、どうかと」

「相っ変わらず細けぇことにうるせぇなおめえは」


 そうして私が馬と言い切るには些か物騒すぎる見た目の新しい仲間を受け入れたところで、新たに聞こえてきたのは二つの声。声がした方に反射的に顔を向ければ、そこには二つの人影があった。仄かな明かりが残る暗闇の中、揶揄するような色を浮かべたどこか野性味の残る金色と目が合う。


「ディーデさん、オレンさん……」

「よ、ミコちゃん。昏睡状態からの起き抜けで出発と聞いたが、割と元気そうで何よりだ」

「ええと……おかげさまで?」


 名前を呼べば、金色は楽しげに細められた。無言のまま頭を下げたオレンさんとは違い、ディーデさんはどこか機嫌良さげに話しかけてくる。とはいえ彼がどこまで事情を知っているのかわからない以上、どう返していいかなんてわからず。結局曖昧に首を傾げた私の言葉に、彼はますますと笑みを深めた。やり辛いことこの上ない。口の端が僅かに引き攣る。


「病人に絡むな。再び地面に沈めてやろうか」

「っ、シロ様……?」


 存外厄介なのはオレンさんよりもディーデさんなのかもしれないと、妙に距離感が近い彼から一歩と距離を取ろうとして。しかし私がその行動を取るよりも早く、ひゅんと飛んできた影が私の前に躍り出る。庇うかのように私の目の前で揺れる白銀。恐らく態々鉄から降りてきてくれたのだろう。……いや、それは大変ありがたい話なのだが。

 なんかシロ様の声音が、いやに鋭いような。少年の声音一つで、空気は途端にひりつくような緊張感を帯び始めた。冷や汗が頬を伝う。あれ、これ……今からやり合う気配では? 勿論「や」の字は「殺」である。物騒なことこの上ない。


「お、いいねぇ。ちょうど坊主のおかげで改善点が見えてきたところだ。相手してくれるってんならこれほどいい練習相手はねぇよ」

「我を練習相手と呼ぶか。舐められたものだな」

「前地面を舐める羽目になったのは俺だけどな」


 いやいやいや、いやいや! 何も良くはない。臨戦態勢とでも呼ぶべきか、到底幼い少年に向けるべきではない色を金の瞳に浮かべたディーデさんに、私の口元は今度はあからさまに引き攣った。とは言え相対している人の表情がこんなことになっているということは、私の前に居るシロ様も人様のことを言えないような表情を浮かべているのだろう。言葉の節々から殺気が伝わってくるし。

 ていうか普通に駄目だろう。今から密入国……というか密脱国? 正確に言えばウィラは街なのだから国ではないというのは置いておいて。とにかく、私達はこっそりと街を出る予定なのだ。いくら人々が寝静まった深夜とはいえ、こんな往来で喧嘩を始めては本末転倒である。そう思えば自然と手は伸びていた。


「やめなさい!」

「やめろって言ってるでしょうがこの馬鹿団長!」

「いって!?」


 ぐいっとシロ様の腕を掴んでこちらを振り返らせる。何やら同時に憤り返った声と鈍い音、ついでに悲鳴が聞こえた気がしたが、今はシロ様を止めることが先決である。そう思った私は、こちらを振り返ってきょとんと見上げる二色の瞳を見下ろした。う、可愛い。こういう無垢な表情のシロ様は割と貴重である。……ではなくて。


「私は大丈夫だから、すぐに喧嘩しないの。こっそり街を出なきゃ駄目なんでしょ?」

「……別にアレぐらい無音で秒で沈めれる」

「人をアレって言わない! とにかく、無益な喧嘩はしちゃ駄目だよ。私のためだって言うなら尚更!」

「…………」


 いくらシロ様が大人びすぎているとは言え、彼は私よりも年下の子供なのだ。普段が頼りになるからと言って、それを忘れてはいけない。特に喧嘩っ早いところに関しては一族の掟のせいか年相応な面があるので、駄目なところは駄目と言わなければ。

 減らず口を叩くほっぺを突きつつ、もう一度言い含めれば渋々ではあるが頷いたシロ様。その姿に、言えばわかってくれるんだよなぁと微笑ましい気持ちになりつつ。うんうん、喧嘩は良くない。するにしても相手や状況を考えなければ。相手が悪人だったり状況が切羽詰まっているなら、私も止めることはしない。この世界が全て話し合いで済むような優しい世界なんてものでないことは、とうに知っているのだから。今回止めたのは、今の二人の喧嘩にはまるで意味がないからである。有り体に言えば時間の無駄、それに尽きた。


「……わかりましたか、団長。無益な喧嘩はやめろとのことです」

「……へぇへぇ。俺にとっちゃ無益じゃねぇんだけどよ」

「状況を考えなさい。プラス点をマイナス点が大きく上回ります」


 どうやらわかってくれたらしいシロ様の頭を撫でていれば、おずおずと寄ってきたヒナちゃんがちらりとこちらを見上げ。それを可愛い! ヒナちゃんマジ天使!だなんて愛でていた私は知らない。何やら知らずの内にシロ様宛のお説教が借りられていたことを。それに気まずい表情を浮かべていたディーデさんが居たことだって。なんせ私は両手で可愛い仲間たちを愛でることに忙しかったので。


「……あー、嬢ちゃん。そろそろ出たほうが良くないか?」

「……はっ!」


 可愛い可愛いと二人を愛でること恐らく数分。そこで気まずそうに声を掛けてきたレゴさんに、私は意識を覚醒させた。そういえば今はこんなことをしている場合ではなかった。シロ様に言っておいて当人の私がこれとは、情けない限りである。救いと言えば、何故か私の暴走に付き合わされていた二人がご機嫌なことくらいだろうか。ヒナちゃんはともかく、シロ様には冷たい目で見上げられてもおかしくないというのに。


「す、すみません……! えっと、それじゃ……」

「おー。馬……達は繋がせて貰ったからよ。後は嬢ちゃんたちが馬車に乗って……坊主が運転するんだろ?」

「ああ、助かる」

「いやまぁ、こえー程暴れなかったから礼を言われるほどじゃねぇよ」


 早く出なければいけないというのに私は何をしているのか。気まずさに顔を赤らめると、レゴさんは生暖かい視線をこちらへと向けてくる。その隣に立つフェンさんも右に同じだ。大変気恥ずかしい。

 さりとてレゴさんは立派すぎる大人の人なので、いつまでも私をからかうことはしなかった。それどころか出発の準備を進めていてくれたらしい。視線を向ければ、確かに馬車の前には既にくーちゃんと鉄がセッティングされていた。御者台の前に繋がれお利口に待つ二人は、けれどやる気満々に瞳を輝かせる。それがちょっと可愛く見えてきた辺り、私は相当にちょろいのかもしれない。レゴさんは未だ若干怯えの交じる視線で二頭を見ているというのに。


「二人共、乗れ。運転は我がする」

「う、うん……でも、出来るの?」

「馬術は里で習った。馬車の運転はそこの男に教えてもらった。問題ない」


 いやでも二人のペット? 友達?と思えばそれは可愛く見えてしまうだろう。などと謎の責任転嫁をしながらも、私はさっさと御者台に乗ったシロ様を見上げた。荷物はいつのまにか馬車の中に置いてきたらしい。御者台に座るシロ様は堂に入った姿には見えるものの、その小柄さから若干の不安は拭えなかった。私が乗り物全般が苦手なのもあるかもしれない。


「シロ君は上手でしたよ。何も問題はないと思います」

「そ、そうですか……よし」


 されどいつまでも不安がってはいられない。なんせ私には馬車の運転なんて出来ないのだから。運転においてはシロ様の先生役だったらしいフェンさんからお墨付きを貰ってしまえば、いつまでも躊躇なんてしてられず。私はリュックの肩紐を掴みながら、馬車の扉の前へと立った。成程、ここを開ければいいらしい。車輪のせいか車よりも大分高さがあるから、私が先に乗ってヒナちゃんに手を差し出すのがいいだろう。いざ覚悟を決めて、と開いた扉の中に上がり込もうとして。


「……待ってください」

「え?」


 そこで掛けられた声に私は瞳を瞬かせた。反射的に振り返った後ろ、そこにはオレンさんがこちらに何かを差し出す姿が。見た感じ、水筒だろうか。私の持っている現代産のものと違い、いつか教科書で見た竹の水筒に似たそれ。それをこちらへと差し出したオレンさんは、私と目が合った瞬間に困ったように笑った。


「……その、私の妻は店を経営していまして。そこで彼女はココミクス、と呼ばれる飲料を取り扱っているのです」

「! ココミクス……って」

「はい。レゴさんから、貴方達が飲みたがっていたと聞いて」


 色々の騒動に対する、心ばかりのお礼です。そう告げたオレンさんはすぐに顔を反らしてしまったけれど。それでも、その心遣いは痛いほどに伝わってきた。受け取った水筒をきゅっと手の中で握りしめる。中身が冷たいはずのそれは、けれどなぜだか温かいように感じた。

 正直、この人には嫌なことをされたけれど。なのに呆気なく許すなんて、とシロ様からは苦言を頂いたけれど。それでも、許すことで生まれる何かがある。改めてそれを実感できた気がした。かといってあの緑の目の男を許せるかと言えば、それは全く別の話なのだが。空の上にまで恨み言を。これからも彼には、もう一生届かない空の上からヒナちゃんが幸せになるのを黙って見守っていただきたい。もしかしたら、地の底かもしれないが。


「……ありがとうございます。レゴさんも」

「……元気でな、嬢ちゃん。坊主の手綱とヒナの嬢ちゃんの姉ちゃんをしっかり頑張れよ」

「我は馬ではない」

「豪鉄野馬より凶暴な癖してよく言うな……ほら、これは嬢ちゃん宛の俺からの餞別だ」


 まぁ今は声が届くかもわからない人に何かを告げるより、目の前の人たちにお礼を言う方が先か。ぺこりとオレンさんに頭を下げた後、私はレゴさんにも頭を下げておいた。勿論、この礼はココミクスのことだけではない。案内代と称したシュシュは十数個程を彼に渡したが、やっぱりそれでは払いきれないほど彼にはお世話になった気がする。それを言うと、レゴさんは相棒の家族を救ってもらっただけで十分だと笑っていたけれど。

 ぽふんと、下げた頭に温かな手のひらが落とされた感覚。それに、やっぱりあの人を思い出すなぁなんて少しだけ泣きそうになって。けれどシロ様の不満そうな言葉が聞こえてきては、やっぱり笑いそうになって。うん、どうせなら笑って別れたい。そう思った瞬間、首に何かが掛かった感覚がした。その感触に慌てて顔を上げれば、胸元では見慣れない白い薄く小さな板が月の光で輝いている。


「これは……?」

「嬢ちゃんは十五超えてんだろ? でも、にしては幼いからよ。これは成人の証って言ってな。十五超えたやつが役所に書類出せば貰えるもんだ。これ付けてりゃ、一発で成人ってわかってもらえる。宿とか取るのもスムーズになんだろ」

「レゴさん……」


 ネックレスと言うには無骨なデザインのそれに、一体これは何だろうと首を傾げればレゴさんはいつものように説明をしてくれた。いつものように、の最後。どこまでも私達とその旅を気遣ってくれた彼の言葉に、ぽかぽかと胸が温かくなる。ずっと一緒に居てくれたからか、彼と別れるのは他の人達と比べても少しだけ寂しさが強い気がした。それはシロ様も同じなのだろう。御者台に座った少年は、透明な瞳で快活に笑うレゴさんを見つめていた。どこか名残惜しさを、二つの色に宿しながら。


「本当に、ありがとうございました! また、お会いできたら!」

「おう、いつでも会いに来いよ。その時俺が居るかはわからないが」

「その時は俺が呼び出す。……今度は家にでも遊びに来てください。ダンとユーリが喜びます」


 これで、本当にお別れだ。この街から、ブローサの街からここまで続いた地続きの縁から。精一杯の笑顔を浮かべて、私は口々にお別れの言葉を告げてくれるその人達に背を向けた。そうして、馬車の扉を開ける。けれどそこにそのまま乗り込むことはせずに。

 席に置かれたエコバッグと重箱。それに並べるようにリュックを置いて……少し考えてから、未だ眠ったままのフルフだけを取り出して。更にその隣に竹の水筒を。これで準備完了だと、私は馬車の扉を閉めた。くるりと振り返ると同時、ヒナちゃんに手を差し伸べる。そうすれば私の考えを悟ったのか、ぱちぱちと瞬いていた瞳は嬉しそうな色を浮かべた。


「……おい?」

「こっちがいいの。皆で一緒に出よう?」

「うん!」

「……はぁ」


 片手にはフルフ、もう片手ではヒナちゃんと手を繋ぎながらもそのまま御者台へ。口では溜息を吐きながらも、手を差し出してくれるシロ様はやっぱり優しい。その手に甘えるように御者台へと乗り込み、フルフをシロ様の膝の上に転がしてはヒナちゃんを膝に乗せて。三人なら少し狭い御者台も、こうすれば存外快適だ。やっぱり、こっちの方がいい。皆で同じ景色を見ながら、この街を旅立ちたい。


 そうして、馬車は動き出す。相変わらず馬のものとは思えない嘶きと同時に。初速はゆっくりと、次第に加速して。ゆっくりと前に進んでいく馬車。私はその間に、ウィラの街の景色を目に焼き付けた。景色と、見送ってくれる人たちをしっかりと。手を振ってくれるレゴさんとフェンさん、頭を下げてくれたオレンさんと腕を組んではいい笑顔で見送ってくれたディーデさん。また彼らに会える日が来ればいい。いいや、きっと会いに来るのだ。勿論、ミーアさんやレーネさんにガッドさん、ユーリさんとダン君にだって。

 次第に加速していった馬車が、街の門をくぐる。車輪が石畳の道を叩く音が、土で出来た道を叩く音へと変わっていく気配。途端に生まれた寂しさに、私はちょっとだけ強く膝の上のヒナちゃんを抱きしめた。あくまで、本人は気づかれないよう。自分だけの寂しさを、心に埋めるように。

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