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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百五十話「強面の仲間たち」

「足の調子はどうだ?」

「大丈夫。指先とかはまだぎこちないかもだけど」


 三組の足によって絶え間なく叩かれる石畳の道。日が沈んで暫く経つせいか若干肌寒くなっている空気の中を、今日でお別れになるウィラの街を、三人と一匹で歩いていく。先頭はシロ様、真ん中は私で最後尾がヒナちゃん、とその手のひらにフルフ。深夜でも開かれている酒場やら討伐者ギルドがこの通りにはないからか、街は完全に寝静まっているようにも思えた。脱走日和、というやつなのかもしれない。

 こちらを振り返らずに落とされたシロ様からの小さな問いかけに、見えていないと分かりながらも緩やかに首を振りつつ。そのまま首の動きだけで背後を振り返れば、暗闇の中目が合った赤色は一度ぱちりと開かれた後に穏やかに綻んだ。大丈夫だよ、そんな言葉が伝わってきそうなヒナちゃんの瞳に微笑みを返す。穏やかな夜だった。月の輝きで星々が少しだけ霞んでしまうような、到底逃亡前夜だなんて思えないような、言葉や想いが満ち足りた夜。


「ヒナ、今のうちに毛玉をミコの鞄に入れておけ。兵団の連中に見つかると面倒だ」

「……うん。お別れも、おわっちゃったから」


 そんな静かな夜に落とされた声に、背後の少女の声が少しだけ沈む気配。その狙われやすいという希少性を危険視して、本来街を歩く時はリュックに仕舞っておくフルフ。そんな小動物を今夜仕舞わなかったのは、ひとえにヒナちゃんの「せめてお別れの時だけは」という言葉があったからだった。眠りに落ちてるとは言え、お世話になった宿の人たちに最後の姿を見せられるように。けれど、その時間はもう終わりを迎えた。それならばもうフルフを外に出しておく理由はないだろう。


「お姉ちゃん、りゅっく……」

「うん、開けるね」


 寂しそうな声に眉を下げながらも、私は一度足を止めて振り返ると同時リュックの紐の片方を肩から外した。そのままくるりとリュックをお腹の方へと回し、チャックを開く。そうして口を開いた先に見えたのは、相変わらず底の見えない中身で。何度見てもどこか不気味なその中に口の端を引き攣らせつつも、ヒナちゃんの手が届くようにと膝を折った。すると、小さな両の手のひらによって眠った毛玉はダークホールもどきへと吸い込まれ。


「おやすみなさい、フルフちゃん」

「…………」


 ぽつり、深夜の街に落ちていった寂寥感を帯びたささやき。手の繋がる先を失ったかのようなその声に苦笑を浮かべながらも、私はチャックを締めた。そうしてリュックを元通り背負った後に、そっと目の前のその子へと手を伸ばす。すると、小さく息を呑んだ音がその小さな口から零れていった。またしても見開かれた瞳が、いいの?と問いかけるようにこちらを見返す。

 けれど、そんな躊躇は瞬きの間に溶けていって。私の了承なんてもうそこにあるのだと気づいたのだろう。おずおずと伸ばされた小さな手のひらが、きゅっと私の指を捕まえた。伝わってくる体温の温かさに口元が綻ぶ。言葉は必要なかった。そのままシロ様の方へと振り返り、ヒナちゃんと手を繋いだまま少し先を歩く彼の背を追いかける。三人で、ずっと向こうに見える僅かな光へと歩いていく。


「……お、来たな」

「レゴさん……と、フェンさんも」

「こんばんは。具合は……大丈夫そうで何よりです」


 そうやって特に会話も無く歩き続ければ、遠くに見えた光はあっという間に大きくなって近づいて。ウィラの街の門の前、佇んでいた数人の人影。その一番手前に立っていたその人の声に、私は目を瞬かせた。レゴさんが居るのはまぁ、想定内で。でもフェンさんまでもが見送りに来てくれるとは思わなかった。よくよく考えれば馬車を譲ってくれた張本人だから当たり前かもしれないが、そこまでの交流を結んだかと言えば大手を振って頷けず。

 穏やかな笑顔を浮かべ、どこかほっとしたように呟くフェンさんに何を返せばいいのかわからずに曖昧に微笑んだ。するとその困惑が伝わったのか、人の良さそうな笑みを浮かべたその人は頬を掻いて。あ、その癖。どうやら仕事上の相棒というのは、癖も似通うものらしい。困った様子の相方を眺める金色の瞳は、夜のせいか少し意地悪げに見えた。


「おいおい、なんか言うことあるんじゃねぇかフェン君よぉ」

「うるさいな……お前に言われずともわかっている」

「どうかな。ユーリへのプロポーズのときもヘタれてたお前だからなぁ」

「今それは関係ないだろうこの姪馬鹿」


 ……いや、意地悪げとかではなく素直に意地悪なのかもしれない。ニヤニヤと笑いながら、フェンさんを肘で小突くレゴさん。そういえば二人が話しているのを見るのは、これが初めてなような。あの時の歓迎会では奥さんたちに付き添っていたしな、などとレゴさんの珍しい姿に新鮮な気持ちを味わいつつ。


「……その、ミコさん。そしてヒナさん」

「!……はい」

「改めて、俺の妻と息子を救ってくれてありがとうございます。貴方たちが居なければ、俺はまた二人を失うかもしれなかった」

 

 しかしそこで真剣味を帯びた茶色に見据えられ、私は思考を切り替えた。また、その言葉に滲む悔恨に思わず眉を下げる。この短い期間で、彼は二度も奥さんと息子さんを失いかけた。自分の不甲斐なさに目がいってしまうのはしょうがないことだろう。例えそこに、彼の非なんてものが一切ないとしても。

 誘拐をしたのはあの男たちが百パーセント悪くて、キメラのことだってフェンさんがどうにかできることではなくて。それでも自分が傍に居たら、と考えてしまう。その悔恨が一生のものにならなくてよかった、彼が何も失わなくてよかった。救いのある結末に改めて安堵しながらも、私は彼が深く下げた頭を上げた瞬間に合わせてゆっくりと頷く。もう二度と彼ら家族を、外なる不幸が害さないように。この願いが空に届くことを願いながらも。


「この馬車はせめてもののお礼です。一応、俺の伝で用意できる一級品の物を用意しました」

「ちなみに費用は俺と折半な。大事に使ってくれよ、嬢ちゃんたち」

「は、はい……ありがとう、ございます」


 とはいえ、この御礼はやっぱりやりすぎ感が否めないのだが。ぼっとレゴさんの指先に火が宿ると同時、僅かな光に照らされていた大きなものが影を完全に取り払う。そこにあったのは、明らかに私達にはそぐわないような作りの馬車で。一級品。その言葉に思わず遠くを見る。旅をする身として馬車はありがたいけれど、ここまでのものではなくてよかったような。いつか攫われていた時に乗った馬車もどきがもはや粗大ゴミに見えるレベルのもの、なんて。


「なわけで、坊っちゃん。嬢ちゃんにお前らが捕まえた……馬? を紹介してやれよ」

「……わかった」


 艶のある赤茶色の箱と、同じ色の御者台。鉄で枠やら乗口がしっかりと補強されたその馬車は、見るからにただの旅人が使うものにしては上等過ぎた。この世界に来てからというもの、馬車は一応街中やら街に入る前の待機時間で何度か見たことがあるが、こんな素人目でも高級だとわかるくらいの品はお目にかかったことはない。もしかしてこれは大きな街に住んでいるというお貴族様が使うような類のものでは、と若干慄く。しかしそこで更なる爆弾が私には落とされるのだった。


「ミコ、暫く動くなよ。ヒナ、こっちに来い」

「うん」

「……?」


 何故かシロ様より動くなという司令が出された私。けれどまぁ特に逆らう理由もないので大人しくその場で突っ立ったままでいれば、今度はヒナちゃんの手が私の手からすり抜けていって。一体何をする気だろう。御者台の前に近づいた二人を私はぼんやりと見守る。

 並んで立った二人は、何かを呟いたように見えた。そのまま手を伸ばすと同時、私の視界に謎の紋様が目に入る。法陣に似たそれは、突如として二人の手の甲に現れた。待て、今二人は何をしようとしている? このまま黙って見ていていいのかと、思考に疑問が過ぎって。しかし止めるには、私は少々気づくのが遅すぎたらしい。


「来い、『鉄』」

「おいで、『くーちゃん』」


 二人が再び何か言葉を紡ぐと同時、辺りを強い風が支配する。ヒナちゃんに身を任せて飛んだ時のような風の強さに、咄嗟に瞼を閉じた。完全に暗くなった世界の中、どこかで嘶きが聞こえる。馬のようで、さりとて馬にしては些か凶暴性が強すぎるような。そんな、ナニカの嘶きが。


「ウォォォォン!」

「グルルルルル……!」


 いや、もう馬と呼ぶ方が馬に失礼かもしれない。聞こえてくるのは完全に猛獣か何かの声だ。びしびしと感じる威圧感に、目を開けたくないなと現実逃避をしようとして。さりとて思考に逃げたところで現実は変わらないのだから、逃げる意味なんて一切ないだろう。私は諦めて、瞼を開いた。

 瞬間、二匹の獣と目が合う。私の二倍以上の背丈を持つその生き物は、確かに馬の形を取ってはいた。取ってはいたが、どうしても優しい瞳を持つ馬と目の前の二匹の姿が重ならない。その生き物たちは、さながら獲物を狙う鷹の如く鋭い目付きでこちらを見つめていた。鉄のように黒く硬そうな表皮も合わせて、馬と言うには大分無理がある姿である。


「お姉ちゃん、この子くーちゃん! 私の馬さんだよ!」

「グルル……」

「ソッカ……」


 くーちゃん。まさかそれがこの生き物の名前なのだろうか。どう足掻いてもちゃんを付けていいような見た目の生き物には見えないのだが。馬?の隣に立ったヒナちゃんがぽんと馬?の後ろ脚を撫でながらも自慢げに言う。それに馬?は唸り声を返した。何も知らない人が見たら、顔を真っ青にしそうな場面である。明らかに凶暴そうな生物の隣に、小さくて可愛い女の子が無防備に。通報待ったナシだ。

 しかしその光景を見て私が焦りを覚えないのは、ひとえにくーちゃんとやらの尾と思わしきものがヒナちゃんを支えるかのようにその背に回っているからであった。じゃらじゃらと何本も連なった鎖のような尾が、主人が転ばないようにとヒナちゃんの背で弧を描く。どうやらヒナちゃんは、この怖い顔をしたくーちゃんという馬?にしっかりと懐かれているらしい。


「こっちが鉄だ。乗るか?」

「ウォン……」

「イヤ、イマハイイカナ……」


 そして懐かれているのはシロ様も同じらしく。シロ様の言葉に、鉄と呼ばれた方の馬?が小さく屈む。見た目のいかつさに反して存外馬らしく温厚な性格なのだろうか。瞬間揺れた白灰色のたてがみは、鉄の如き表皮よりは柔らかそうであった。鼻につけられた鉄の輪のようなものが少し気にはなるが。


「……まさかあの凶暴な豪鉄野馬が二匹もとは」

「まぁ、あっちの白いのは規格外だからな……」


 いや、驚いたようなフェンさんの言葉を聞くにどうやらゴウテツヤバ……この馬?たちは凶暴な生き物らしい。危うく騙されるところだったと心を引き締めつつ、私はどこか諦めたような声音で零すレゴさんを内心で詰った。何故これを知っていたのに黙っていたのかと。心の準備のため、教えてくれても良かったではないか。

 とはいえ、起こってしまったことは致し方なく。背後に回っていた尻尾に気づいたのか優しくくーちゃんの脚を撫でたヒナちゃんと、私の代わりとでも言うように軽快な動きで鉄に跨ったシロ様。私は気づかぬ間に馴染んでいたこの馬?たちを受け入れるために溜息を一つ吐いた。二人がいいならもうなんでもいいか。そんな諦めとともに。

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