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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百四十八話「質問タイム、からの」

 たたかう? タタカウ? た、戦う……? ぐるぐると、理解できるはずの言葉が理解できないままに頭の中で渦巻く。今ヒナちゃんはなんて言った? いや、そんなことは改めて考え直さなくたって目の前にある。ただ、私が理解したくないだけで。


「わたしね、火と風の法術使えるようになったよ! あとね、弓も教えてもらったの!」

「そ、そっか……」


 そんな私の様子に全く気づかず、にこにこと嬉しそうに出来るようになったことを報告してくれるヒナちゃん。その笑顔は大変可愛らしいが、庇護対象であった自分よりも小さな女の子が知らぬうちに戦えるようになっていたという事実を、私はどう受け止めたらいいのだろう。

 きゅっと唇を噛み締め、考える。止めるべき、なのだろうか。今からでも遅くはないかもしれない。私はヒナちゃんにもう辛くない道を歩いて欲しくて、一緒に居ることを選んだのだ。戦うことは決して楽しいことではないはず。けれどそれはこの世界の残酷さを考えると、酷く甘い考えのようにも思えて。


「…………」


 レーネさんの話を思い出す。レーネさんとミーアさんのお母さんのような、戦える人ですらあっさりと命を落としてしまうことがあるこの世界。ここで生きていくためには、自分を守るための能力なんていくらでもあったほうがいい。戦えない私にだって、籠繭という最終手段があるのだから。けれど、「それでも」という言葉は私の中から消えてくれない。

 そう、これは私のエゴなのだ。私の生きてきた世界にあった一般的な幸せを想像しては、それに戦うことがそぐわないように感じて。だから私よりも小さく幼いヒナちゃんが戦うことになるという現実に、強い忌避感を覚える。ここはあそこみたいな平和な世界じゃないのに。自分を守る手段なんていくらでもあった方がいいのに。こんなのは本当に、ただの私の我儘でしかないのに。


「……わたしね、強くなりたいの」

「……え?」


 結局私は、どうしたいのだろう。鬱屈とした感情が、迷いに揺れて脳内で響く中。しかしそこで聞こえてきた言葉に、私はいつのまにか伏せてしまっていた瞼を持ち上げた。するとそこには、強い意思を湛えた赤い瞳がある。いつかの時、自分で前座役を務めると決めた時のように。


「わたしもシロお兄ちゃんみたいに強くなって、お姉ちゃんを守りたい」

「!」


 誰かに強制されたわけではなく、空気感に流されたわけでもない。自分でやりたいことを定めた、そんな少女の姿がそこにはあった。


「……そっか。ちゃんと自分で考えて、頑張ろうって思ったんだね」

「うん」

「すごいね、ヒナちゃん。かっこいいよ!」

「! えへへ……」


 ……なんだ、それなら反対する必要も止める必要もないじゃないか。ふっと肩から力が抜けていく感覚。この世界で生きるためでもなく、選択肢がなかったわけでもない。ヒナちゃんはただ、自分で選んだのだ。そこに悲壮感なんてあるものか。例え誰が見出したとしても、私は否定してやる。ヒナちゃんは決して、可哀想な子なんかではないのだと。

 例えば守られるだけの少女でも、私は良かった。きっとシロ様だって心は同じで。けれどヒナちゃんはそれが嫌だったのだろう。この優しい女の子は、守られるだけじゃなくて誰かを守りたいと思った。そうして他でもない私を、守りたいと考えてくれた。その考えを私だけは否定してはいけない。私の「かっこいい」という言葉に、心底嬉しそうに頬を緩める彼女のために。


「ちなみに、ヒナが使ってるのは法術によって改造された短弓だ。昔は遊び用の弓だったが、レイブ族の改造によって法力で出来た矢を放つことが出来るようになった。今となっては法具の一種だな」

「あんまり考えずに引くとね、火の矢が出るの! でも森の中では危ないから、ちょっとだけ使える風の方の矢を使ってるんだ」

「……す、すごいね」


 話が済んだと思いきや武器の解説をしてきたシロ様には、いささか苦情を申し立てたいところではあるが。どうせ何をしていたのかという話をヒナちゃんに話させたのも、彼女の口から私を納得させたかったからなのだろう。シロ様の口から聞いた説明では、私は納得しないかもしれないから。

 

「それでヒナの訓練をしながら、ウィラの近辺の森でお前のための食材を集めていた。海嘯亭の店主の勧めもあってな」

「ガッドさんの?」

「ああ、昔女房がその手の依頼をよく受けていたらしい。討伐者だったそうだ」

「あ……」


 私の性格をよくご存知というか、策士というか、なんというか。上手く手のひらで転がされてるような感覚に若干の不満を覚えながらも、そこで続いた話に私は息が詰まりそうになった。そうか、どういう話で食材集めになったのかと思っていたが、ガッドさんの勧めからだったらしい。そしてその情報源は、亡くなったという姉妹のお母さんだったというわけで。

 繋がってるな、などと思ってしまう。私は色んな運命の糸が交差した上で、周りに助けられているのだと。レーネさんとミーアさんのお母さんで、ガッドさんの奥さん。その人は、どんな人だったのだろう。もし何か糸が一つ掛け違っていたのなら、話すことも出来たのだろうか。そんな未来には残念なことにならなかったけれど、それでも私はこの世界をとうの昔に去ったその人に助けられた。それならば、礼の一つは空の向こうに馳せるべきかもしれない。


「……ちょっと待って? 普通に街と森を行き来してたの?」

「姿消しの呪符を使ってな。言っておくが、それで街を出るというのは却下だぞ。あれは姿を消すという性質のせいか、自身の法力でしか上手く発動しない。消費する法力も少なくはないから、今のお前の体には毒になる」

「……ハイ」


 けれどそんな感傷は一つ、違和感のように残った疑問で吹き飛んでいった。待てよ、今森に行ったと言ってなかったか? 今私とヒナちゃんは面倒な人に目を付けられ、街を出られないのではなかったのか。話が違うと、思わず問いかけた私。しかしその疑問は、淡々とした理詰めの言葉で丁寧に潰されていった。姿消しの呪符、そういえばそういうものもあった。そうして今の私は、それを使うのを許されないらしい。まぁ倒れた身としては異論はないが。


「後は北に行く理由と馬の話だったか。馬は現在仕舞っているから世話は必要ない。というかあいつらには馬における一般的な世話が必要ない」

「……え? 仕舞って?」

「その辺りは実際会ってから話した方が早い。お楽しみにでもしておけ」


 そうだった、私が考えるようなことは先にシロ様がその可能性を潰しているのだった。今日はとことんやり込められているなと、謎の敗北感に眉を下げつつ。更には何故か一つの疑問の回答までもスキップされてしまった。

 仕舞っている、世話が必要ない。そんな馬が居るかと突っ込みたいところだが、シロ様が言うならそうなのだろう。なんせここは異世界。私の常識が通用した試しはない。そうして会ってから話を聞いた方がいいとシロ様が言うのなら、それは間違いなくその通りなのだ。なにせここまでの話で分かる通り、シロ様は私の性格を熟知していらっしゃるので。せいぜいが二ヶ月程度の付き合いのはずなのに、どうしてこうもお互い大した言葉もなく分かり合えてしまうのか。魂を交換したせいかもしれない。


「それで、北に行く理由だが……」

「……!」


 どうせなら考えてることや知っていることまで共有できれば便利だったのに。いや、流石にそれはプライバシーが無さすぎるか。そんなことを考えながらも、私は突然剣を帯びて響いたシロ様の声に目を細めた。間違いない、シロ様は何か重要なことを話そうとしている。その雰囲気を悟ったのか、先程までは楽しそうに私達の会話を聞いていたヒナちゃんまでもがどこか緊張したように唇を窄める。呑気なのと言えば、その膝で眠るフルフくらいのものだ。

 突然シロ様が、北に行くと決めた理由。元は赤い羽根の手がかりを探すため、私達はクドラ族の領地からムツドリ族の領地に来たのだ。そこにはビャクの追手から逃げるという意図もあったが、一番の目的はそれだった。北、つまりはレイブ族の領地。そこにシロ様はどんな手がかりを見出したのだろう。緊張感の増した空気に、無意識の内に唾を飲み込んで。


「ミコちゃーん!! 起きたんだってね!」

「……わ!? ミ、ミーアさん?」


 しかしその空気は突如開いた扉に寄って打ち砕かれた。扉が開くと同時、弾丸のような勢いで飛び込んできたミーアさんによってベッドに押し倒される。現在の私は無力なのだ。当然彼女を支えきれるわけもない。幸いなのは背後が布団だったことで、痛みが無かったことくらいだろうか。


「こらミーア、危ないでしょう?」

「レ、レーネさん……?」

「はい。おはようございます、ミコさん。無事起きられたようで何よりです」


 ぐりぐりと胸元に頭が押し付けられるのを、どうしたものかと考えていた私。自分よりも年上の女性に甘えられている状況には、正直混乱しか無い。痛くはないが、動けない以上誰かに引き剥がしてもらうしか無いのだ。けれど助け舟は思っていたよりも早く飛んでくる。ひょいっと重さが消える気配。栗色の三編みの先に覗いたのは、今日も楚々とした上品な笑顔を浮かべるレーネさんの姿だった。

 成程、レーネさんが私に飛びかかっているミーアさんをどかしてくれたらしい。清楚な美人さんは外見に似合わず意外と力持ちである。そのギャップに若干胸をときめかせつつも、私はこちらを見て楽しげに笑っているミーアさんに何か嫌な予感がした。どかされたというのに、その表情は何なのだろう。何か私にとって都合が悪いことが起こるような、そんな気がする。


「そんなわけでミコちゃん」

「は、はい」

「お風呂、入れてあげる!」

「……えっ」


 かくしてその予感は現実のものになった。ミーアさんがニヤリと笑うと同時、私の体はレーネさんによって抱き上げられる。お姫様抱っこだ。いや、そんなことを言っている場合ではなく。待ってほしい、今ミーアさんはなんて言った? お風呂に入れてあげると、そう言わなかったか?


「ま、待ってください!?」

「待ちませーん。ヒナちゃんも一緒にどう?」

「! 行きたい……!」

「ふふ、じゃあお手伝いをお願いしましょうか。ミコさん、暴れちゃ駄目ですよ?」


 いや暴れるも何も、暴れることが出来ないからこんな事になっているのだが。動かそうとしてもぎこちなくしか動かない手足に血涙を流すような気分になりつつ、私は一瞬で取り込まれたヒナちゃんに言葉を無くした。これでは助けを求める相手が減ってしまう。しかもその相手が助けてくれるかどうかは、かなり未知数だ。

 しかし縋らずには居られないのが人というもので。私は一縷の望みを掛けて、必死に背後を振り返った。なんとか扉が閉まる前に残された最後の手、シロ様に助けを求めなければ。美人二人と美少女に世話されるお風呂とはどんな拷問なのだ。いや私の体が動かせない以上、二人の申し出が善意なのはわかっているけれど! それでも世の中には応えられない善意というものもあるわけである。


「大人しく世話されてこい」

「!?」

 

 そんなことを考えながらも、なんとか振り返ってみせた私。けれどそんな私に差し伸べられたのは救いではなく、最後通牒だった。若干哀れみの籠もる瞳で、ひらりと手を振ったシロ様。その姿に助ける気は一切なさそうである。裏切り者! そう心の中で詰ってしまったことに関しては、どうか許してほしい。口に出さないだけマシだったと。

昨日が「四幻獣の巫女様」一周年ということで番外編置き場を作り、そちらに一周年記念SSを載せています。尊たちがのんびりと話していたり、今後出てくる予定の子たちがちらっと出てくる程度のおまけSSですが興味がある方は覗いてくださると嬉しいです。

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