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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百四十二話「動かない身体と目覚め」

「……あ、」


 ぱちり。瞼が開くと同時に意識が一気に現実へと引き戻される。夢から現へと引きずった違和感を馴染ませるかのように瞬きを繰り返せば、次第にぼやけていた視界は明瞭になっていった。ああ、生きてる。ふとそんなことを思う。当たり前のことを実感として咀嚼する感覚は、空気を噛み締める感触に少しだけ似ていた。

 さて、ここは。一瞬思考を動かそうとして、けれど答えはすぐに出た。三週間、いやまぁ途中で部屋を変えたことを考えると一週間くらいになるのか。それくらい宿泊している天井の姿は流石に覚えている。ここは海嘯亭の、私達が宿泊していた部屋だ。木板が噛み合った、遠い天井。見慣れたその光景に安堵の溜息を零して、そして。


「……えっ!?」


 いやいやいや、いやいやいや。安堵の溜息なんぞ零している場合ではない。記憶を辿ろうとした瞬間に叩き込まれた情報量。それに私は目を白黒とさせた。慌てて起き上がろうとするも、なぜか体に力は入らない。いや、本当に寝ている場合ではないというのに!

 そうだ、思い出した。私は……私達は朱の神楽祭に参加していて、ヒナちゃんが無事前座の役目を終えるのを見守って、そして。そう、そこで私達、というよりはウィラの街は突如として現れたキメラに襲われることになったのだ。そこからどうなったかなんて、そんなの問わずとも覚えている。確か私とシロ様は人の波によって逸れてしまったレーネさんを探しに行って、その結果無事レーネさんとダン君と合流できた。そこまではよかったのだ。けれどシロ様がキメラを倒しきって、いざ皆で帰ろうとした時。その帰り道に私は、あの人を……。


「……! 目を覚ましたのですね! よかった……!」

「……ええ!?」


 しかしそこまで考えたところで、私は起きてから二度目の大声を上げることになった。何故かと言えば思い浮かべていたあの人、すなわちあの時地面で息も絶え絶えに倒れていたユーリさんが普通に部屋に入ってきたからである。見る限りは、すこぶる元気。ど、どういうことだろう。よく似た別人かとも思ったが、ダンくんと同じ灰色がかった銀髪は見間違えようがない。一度話したことがある程度の関係とは言え、流石に同一人物かどうかくらいはわかる。


「気分はどうですか? 痛みなどはありませんか?」

「え、え……ええと、身体に力が入らない、です……?」

「……そうですか。やっと意識を取り戻せた、というところですね」


 これはどういうことだ。頭の中をぐるぐると疑問が巡って気持ち悪い。けれど無視するわけにもいかないからと、私は正直に自分の状態を口にした。そう、先程から身体に力が入らないのである。より具体的に言うのであれば私は今仰向けに寝転がっている状態なのだが、起き上がることができそうにない。なんなら腕が持ち上がりそうにもない。自由にできるのは顔の中にある部位だけである。主に目と口、あとついでに鼻。

 なんとか自由になる部位で表情に混乱を表現しつつ、私は考えた。あの時ユーリさんが血の海に倒れ込んでいるのをシロ様とレーネさんとダン君と見かけて、その後私はどうしたのだったか。不明瞭な糸をちぎれないように手繰り寄せつつ、記憶を探る。そうすれば夢との境界を完全に飛び越えたのか、思いの外早く記憶は蘇った。


『……糸くん、お願い』


「……あ」

「……ミコさん?」


 そうだ、そうだった。ぽろりと零れていった声に、何かのお盆を持ったユーリさんの首が傾げられる。けれど今は呼ばれた名前に反応を返すだけの余裕がなかった。そうか、そうなのだ。私は確か彼女の脈を確かめて、そうしてまだ助かる見込みがあることに気づいた。だからなんとかその命を繋ごうと瓦礫の落ちた街を走って、走って。

 その先に、籠繭があった。希望を繋げるかもしれない、黎明を体現するかのような翼を持つ私の可愛い仲間が居た。私は確かヒナちゃんに掴まって空を飛んでもらい、二人で一緒にユーリさんの元へと戻ったのだ。綺麗だけど恐ろしい星の火に、最後の希望を託して。そうして。


「……ユーリさんこそ、身体は大丈夫ですか?」

「……! ええ。貴方と、貴方の可愛らしい妹さんのおかげで」


 足りない、慟哭するかのような悲痛なヒナちゃんの声を覚えている。だから私は全てをあの子に賭けて、糸くんの力を借りて、その結果意識を飛ばした。その顛末が、今ここに人の形を取って現れている。泣きそうに笑いながらなんとか視線だけをユーリさんへと向ければ、彼女は一度驚いたように目を瞠った後に笑った。その笑顔は生きている人しか浮かべることができない、活力に満ち溢れた美しい笑顔だった。


「……ええと、色々と気になることがあるんですが」

「ええ、そうでしょうね。けれどそれを説明するのであれば、私よりも彼のほうがいいでしょう」

「彼……? シロ様、ですか?」

「シロ様……? ああ。いえ、貴方と一緒にいる男の子と女の子は色々立て込んでいて……ちょっと待っていてくださいね」


 彼女がここに居るということは、とにかくなんとかなったのだろう。とりあえずの安堵で胸を埋めつつも、しかし疑問はいくつもとあった。あの後街はどうなったのか、レーネさんやダン君は大丈夫なのか、シロ様とヒナちゃんはどこに行ったのか。その他諸々。

 けれどどうやら私の疑問に答えてくれるのはユーリさんではないらしい。更に言えば、シロ様でも。ならば誰だろうかと動かない首の代わりに瞬きを繰り返しつつ、私はお盆をベッドサイドのテーブルに置いていった彼女の背中を見送った。微妙に高さが合わないせいでお盆の上に乗っているのが何なのかはわからないが、ふんわりと湯気が漂っていることから考えるにホットタオルみたいなものかもしれない。あれで世話をしてくれていたのだろうか。


 ……いやいや、そんなことを呑気に考えている暇はない。私は目を細めて考えた。考えることはいくらだってある。どうやら今からユーリさんが私の疑問に答えてくれる人を連れてきてくれるらしいので、疑問点を纏めておかなければ。

 まず、あの事件の日からどれくらいが経ったのか。今の状態は落ち着いているように見える。少なくとも私がこうしてベッドでのんびりできているくらいには。ユーリさんの「やっと」という言葉と合わせて考えれば、あの日から数日は経っていると思っていいだろう。睡眠欲が旺盛なことで大変結構だ。いや、そんな嫌味を言っている場合ではないか。


「街は大丈夫そう、なのかな……? レーネさんやダン君も? なら、シロ様とヒナちゃんは……?」


 考えを整理するため、ぽつぽつと言葉を落としていく。今気づいたが若干喉が痛い。間違いなく寝過ぎた予感がする。どれくらい周りに心配をかけてしまったのだろうと胃が痛くなりながらも、思考の糸を辿らせるように私は目を伏せた。

 私がこうしてのんきに眠っていられた辺り、街は今少なくとも混乱状態ではないのだろう。そうしてダン君のことだが、ユーリさんが私の看病をしていたことからそこまで悪い状態ではないとあたりを付けることが出来る。それならば同じようにレーネさんだって大丈夫だろう。まぁあくまで全ては希望的観測で、実際に目にしなければわからないことだらけだけれど。


「…………」


 ただ一つ、わからないことが。それはシロ様とヒナちゃんの現状である。自慢ではない上に多分が五個くらい付くが、二人はきっと私のことがとっても好きだ。流石に二人から好かれていることくらいには自信を持ちたい。問題なのはそう、多分私のことが好きな二人が何故今私の近くにいないのか。これである。

 シロ様はあれで心配性だし、ヒナちゃんに関しては言わずもがな。二人の諸々の事情から考えれば、私が起きた時傍に居ないのは大分不自然というか……。いや、自惚れが過ぎるのだろうか。そりゃあ二人だって、こんな頼りにならない年上の相手が嫌になったりするかもしれないし。というか付いててくれるだろうという考えが甘えたかつ傲慢すぎないだろうか。保護者を気取りながらも年下に甘える年上、嫌過ぎる。まさかこんな考えを読み取られて嫌われたのでは……!?


「よ、嬢ちゃん。 無事起きれたみたいで何よりだ」

「っ!……レ、レゴさん……?」

「おう。あー、身体が動かせねぇんだっけか」


 ぴしゃーん。思考にそんな雷が落ちると同時、部屋の扉が開く。その音に一瞬身体が跳ねそうになって、けれど結局跳ねなくて。そうして聞こえてきた声に、私は再び瞬きを繰り返した。説明してくれる彼、とやらはレゴさんのことらしい。近づいてくる足音、次第にその姿が露わになる。私のベッド前に置かれた椅子に腰を掛けたその人の瞳は、今日も太陽のような黄金色だった。


「……さて、色々聞きたいことあるんだろ? 何でも聞いていいぜ」

「あ……」


 椅子に片足を乗せて、そこに顎をつく態勢。若干の寝癖と気怠げな雰囲気を見るに、寝起きだろうか。目元に薄く残る隈に、私は思わず眉を下げた。例え本人がそれらを全て吹き飛ばすような優しい笑顔を浮かべていても、その姿に疲れは色濃く残る。多分、私に説明するためにわざわざ起きてくれたんだろうな。その優しさに感謝しつつも、私は早急に確かめなければいけないことを問いかけることとした。震える声に芯を持たせてしっかりと。例え何が返ってきても、自棄になることだけはよそうという覚悟を胸にいざ。


「……あ、あのですね」

「? おう」

「私、二人に嫌われましたか……?」

「……は?」


 尚その問いかけへの答えは数秒の間の抜けた沈黙の後、大爆笑という回答になったのだったが。そこまで笑わなくても良くないだろうか。そんな文句は、到底寝起きとは思えない大きな笑い声によって掻き消されていくのだった。

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