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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百三十九話「太陽への願い事」

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。思考が、止まる。焦りが鼓動を加速させ、指先を冷たくしていく。どうすれば、どうしたら。そんな風に、外への助けを求めようとしてしまう。呼吸が上手く出来ない。酸素が上手く、頭に回らない。

 ぐらり、視界が傾く感覚。呆然と硬直する少年の姿と、赤が散った地面に座り込む女性の姿。そればかりが視界に映っては、私の中の焦りを加速させて。何をすればいい。何をするべきだ。問いかけても答えは出てこない。どうすればいいのかがまるでわからない。心で煌めいていた希望の星が、理不尽に握りつぶされていくさま。そんな光景が脳裏に過ぎって、嘲笑が落とされた。お前には何も出来ないと、誰かが嗤っている。


 ……いや、本当にそうか?


「っ……!」


 絶望の視界に紛れ込んだのは、動かない後ろ姿。僅かな風に揺れる白銀の髪が、いつもは頼りになる彼をどこか頼りなく見せていて。それもそうだろう。守れなかったことも、こんな風に倒れ伏す姿を見ることも、彼にとってはトラウマ以外の何物でもないのだから。約束を、守れないことだって。

 シロ様は、動けない。それでいい。そういう時だってある。どれだけ強く見えたって、彼は心を抱えて生きている人なのだから。シロ様が動けない。それならば、私が動くだけだ。強く唇を噛み締めて、俯きたくなる衝動を飲み込む。考えろ、考えろ。考えながら、動け。何かまだ、出来ることがあるはずだ。このまま手を離していいわけがない。だって私は、まだ何も確かめていないのだから!


「っ、どいて、ダン君!」

「え……?」


 駆け出してシロ様を追い越して、ダン君を退けて。そうして私はそっと力なく倒れ伏すその人の脈を取った。強く圧迫して、生きている証拠を縋るように追い求める。そうして指先を強く押し付ければ、どれだけ小さくともそこには確かに脈があった。皮一枚繋がった、その感覚に息を飲み込む。

 

「…………」


 だが、安堵するにはまだ早い。生きているとは言え、ただそれだけだ。今度は私は倒れている女性……ユーリさんの全身に視線を向けた。観察したことで見つけた患部は二箇所。腹部と、頭部だ。ついでに傍らにつつき鳥の亡骸が落ちているのも見つける。状況から考えるに、相打ちだろうか。恐らくは逸れたダン君を探すうちにつつき鳥と遭遇し、交戦に。結果倒すことは出来たが、腹部の出血で意識不明に。倒れ込んだことで頭も打ってしまったという可能性が高いだろう。

 そんなことを考えながらも私は、未だ血を流しているユーリさんの右腹に向けて願った。右手で左手の小指に嵌められた石をなぞる。そうすれば伸びていった太い糸はぐるぐるとと巡って、止血するかのようにユーリさんの腹部を抑えた。気休めにしかならないが、それでも。少しでも私の糸で、この人の命が繋がるように。


「……シロ様!」

「っ!」

「私、ヒナちゃんを呼んでくる! だからそれまで、三人を守ってて!」


 さて、止血が済んだのなら。ぷつんと糸をちぎると同時、私は立ち上がった。そのまま見据えるかのように、未だ呆然と宙を彷徨う二色へと視線を向ける。目が合ったのは一瞬。刹那的とも呼べるほどに僅かな時間。それでも、私の声で世界に彼が戻ってきたのはわかった。シロ様が、私を見たのがわかった。


「まだ、間に合うかもしれない!」


 生憎とそれを見届ける暇もなく、私には走り出す以外の選択肢は残されていなかったのだけれど。けれど振り返る必要なんて無い。シロ様は私を見た、私の声を聞いた。それならばきっと大丈夫だ。信頼をベットして、後はただひたすらに駆けた。人も化け物も居なくなった街を、全速力で。

 考えて、考えて、考えきった。この状況では医者の手は望めない。当たり前だ。そもそも医者がどこに居るのかもわからないのだ。素人とは言え、今のユーリさんがあまり良くない状態だということはわかる。見つかるかもわからない医者を探して時間をロスするのは、間違いなく悪手だ。まっとうな方法では、きっとユーリさんは助からない。


 それなら、まっとうでない方法だとしたら? 例えば奇跡に縋るような、そんな方法なら?


「っ、は……!」


 くたびれた足が痛い。法力もなんだかんだと消費してしまったせいか、体力にまで影響が及んでいる気がする。しかし泣き言を言っている暇はないのだ。走れ、ただ走れ。そうすること以外、誰かに願いを繋げる以外、私に出来ることなんてないのだから。

 真っ直ぐに大通りを進んだ。ところどころと進路を妨害する瓦礫を避けて、時には避けきれずにぶつかっては青あざを作って。さらには躓いて転んだりもして。でも何度だって立ち上がった。立ち止まることだけはしなかった。だってまだ、希望は残っている。箱の隅を突き回してひっくり返して叩き割った先に、必ず。


「っ……! ヒナちゃん!」

「……! お姉ちゃん!」


 そうして辿り着いた先。街の中では異彩を放つ、白い糸に覆われた繭。私はやっと見えてきたそれに、思い切り叫んだ。それと同時に籠を解除するように糸へと願う。すると糸は解け、中からは四人の人が出てきた。その内の一人が、私の名前を呼ぶ。大きな赤い瞳を、きらきらと輝かせて。


「っミコちゃん……!? その怪我、っていうかシロ君は? お姉ちゃんは!?」

「っ、皆、無事です! でも、すみません……今、全部話すだけの、余裕なくて……!」


 駆け寄って来た四人。ぎゅっと抱きついてきた少女を抱きしめ返しながらも、私は息を切らしながらミーアさんの問いかけに首を緩く振った。無事、その言葉に綻んだヘーゼルの瞳がしかし次の瞬間には怪訝に細められる。だが本当に一々と説明している時間はないのだ。

 はぁ、と思い切り酸素を吸い込む。そうすれば切れかけていた息は多少マシになった。降ってくる視線は、全て説明を求めているもの。けれど大変申し訳なくも、今はそれを相手している余裕もない。私は知っていてそれをわざと無視して、唯一見上げてくる視線と目を合わせた。安堵と疑問が入り交じる、赤い瞳。それに、苦く笑いかける。


「……ねぇヒナちゃん、お願いがあるの」

「……お願い?」

「うん、すっごく自分勝手なお願い。ヒナちゃん、私のこと嫌いになるかもしれない」


 また一つ、息を深く吸った。見開かれた瞳に、じくりと胸の傷がまた痛む。今は罪悪感なんかを抱えている状況ではないのに、罪の意識ばかりが私をかき乱していく。自分の卑怯さと都合の良さに吐き気がする。それでも、願うことはやめられない。

 あれだけオレンさんにヒナちゃんを利用する気は無いと言っておいて、結局これだ。力あるものに縋ってしまう自分の醜さが腹立たしくて、でもどうすることも出来なくて。ただ、助けたい。今はただ、救えるかもしれない命を。取り戻せるかもしれない一つの家族の形を。いつか私やレーネさんが失った、過不足ない理想を。そのためなら、ヒナちゃんに嫌われたっていい。この子が、私の手を離れていっても。


「ならない」

「……え?」

「お姉ちゃんのことは、絶対嫌いにならない」

「……!」


 なのに。そんな覚悟を全て塗り替えるかのような赤い瞳がこちらを見つめるから。端的で短い言葉に、確固たる意思を私よりもずっと小さな少女が宿すから。だから抱いていた罪悪感やら自己嫌悪やらなんやらが全てどうでも良くなってしまって。


「……うん、ごめんね。ありがとう」

「ううん。お願いって、なぁに?」


 力が抜けて倒れ込んでしまわないよう、地に足を強く付けた。噛み締めるような言葉すらも押しのけて、私からの願いを期待して待っている少女を静かに見つめる。想像とは違って、嬉しそうに輝く赤色。胸に積もるは、確かな実感だった。この子は本当に私を信頼して好いてくれているという、そんな。

 だからこそ、それに真摯に答えて利用しないように振る舞わなければ。新たに固まった覚悟を握りしめながら、私は真っ直ぐにヒナちゃんを見下ろした。葛藤はもう終わり。これ以上考えても毒にしかならない。だから今は、欲しい物を声高らかに。待っていてくれるシロ様たちのために。不安だろうに私達を邪魔しないでいてくれるミーアさんたちのために。


「……ヒナちゃんの星の力で、ユーリさんを助けてほしい」

「……!」


 ただ、願った。流れ星ではなく、私の太陽に。

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