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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百三十四話「わかっている」

「レーネさん、怪我は!? そ、それと、その子は……」

「……ふふ、大きな怪我はしてないですよ。私も、ダン君も」


 腰に回ったシロ様の手を跳ね除けるようにして地面へと降り立つ。ぱたぱたと駆け寄って詰め寄れば、レーネさんは一度瞳をきょとんと見開いた後に微笑んだ。ざっと視線を走らせる。どうやらその言葉に嘘はないらしい。人混みに揉まれたせいか服は多少よれているような印象を受けるが、見た限りではレーネさんのその体に怪我はないように見えた。


「よ、良かった……」

「……はぁ」

「ごめんなさい、心配をかけてしまったみたいで」


 一気に体から力が抜けていく気配。よろよろと足から崩れ落ちて地面へと力なく座り込めば、背後から聞こえてきたのは溜息で。振り返れば、そこには私と同じように地面に座り込むシロ様の姿がある。疲れたような表情、その裏に滲む安堵。普段滅多に見れないであろうシロ様の姿に、珍しいと思うよりも先に胸がいっぱいになったのはきっと、彼がどれだけ焦っていたかを知っているから。

 今度は、間に合った。今度は、間違えなかった。重なり合う心情は、ふわりと微笑んだその人の言葉で現実味を帯びていく。これは夢じゃなくて、紛れもない現実で。そうして、二人で掴み取った一択だ。じわりと胸に滲んでいったのは達成感。……けれど、ここでいつまでも足を止めているわけにはいかないのだ。

 

「……まま」

「……貴方はユーリさんのところの子……だよね? 私のこと、覚えてるかな?」

「……うん」


 寄り場を失った迷子のような、心細い声。いいや、実際迷子なのだろう。泣きそうに震えているその声に視線を上げれば、そこには涙をいっぱいに瞳に溜めた少年の姿があった。ダン、先程レーネさんが言っていた名前。そうして、その容貌には見覚えがある。彼はフェンさんとユーリさんの息子のダン君。歓迎会ぶりの再会だが、あまり喜ばしい状況ではない。なんせ彼が一人で居るということは、つまり。


「人混みからようやく抜け出せたところで、たまたまこの子と出会って。それで一緒に隠れていたんです。私のようにお母様と逸れてしまったらしくて……」

「……きっと、探してますよね」

「ええ」


 成程、レーネさんと同じように人混みに攫われてしまったのか。確かに短い前髪からのぞく額には何かがぶつかったような痕があるし、肘かなにかがぶつかったのか唇は切れている。ヒナちゃんと同じくらいの子が親と離れ故意ではないにしろ数多の暴力を受ければ、そんな顔にもなるだろう。

 そっと立ち上がって、シロ様よりも灰色が色濃い短い銀髪に撫で付けるかのように優しく触れた。心細くて痛くて寂しい。温厚をそのまま宿したかのような茶色い瞳が不安で揺れる。それを宥めるかのようにその動きを繰り返していたら、母似なのか少女めいた顔立ちの少年の顔がぐしゃりと歪んだ。決壊した瞳からぼたぼたと零れた涙。ぎゅっと腰回りに抱きつかれたのを、そっと抱きしめようとして。


「そう簡単に泣くな」

「っ!?」

「し、シロ様……?」


 しかし私がダン君を抱きしめ返すよりも早く、ぐいと少年の首根っこをシロ様が引いた。突然のことに無垢な少年の瞳がぽかんと見開かれ、ぽとりと最後の涙が落ちていく。驚きから止まった涙。恐る恐ると振り返った少年を、シロ様は淡々と見返す。私と言えば、少年の突然の行動に名前を呼ぶことしか出来なかった。けれどそんな私の声に一瞥すら向けること無く、シロ様は口を開く。


「泣くなら全部が終わってから、母親に会ってからにしろ。今は無駄に体力を使うな」

「え……?」

「必ず会わせてやる。泣くなら不安じゃなくて安堵で泣け。不安な時こそ、真っ直ぐ立て」

「……!」

  

 そうして少年の口から紡がれたのは、優しい叱咤だった。静かな言葉は、もしかしたら彼にいつかの自分を重ねて紡いだ言葉でもあったのかもしれない。……いつかの自分に、言ってあげたかった言葉なのかもしれない。そう思えば、言葉は出てこなくなって。

 しかし言葉を失う私とは裏腹、ダン君の首根っこを離したシロ様は彼の背中を軽く叩くと同時に言葉を重ねていく。絶対に大丈夫だ。言葉の裏に滲んだ頼もしさに、ダン君が息を呑んだ気配がした。自分よりも少しだけ年上の少年の言葉に、けれど確かな芯を感じ取ったのだろう。涙を止め無言のままこくりと頷いた少年の頭を、シロ様が撫でた。ヒナちゃんにするよりはよっぽど雑に、さりとてよくやったと褒めるように。


「……ふふ、やきもちかと思ったのですけれど」

「え?」

「いいえ。シロ君はかっこいい子ですね」

「っ、はい!」


 まさか人を宥める、励ます、ということをシロ様がやるようになるとは。そんな感動に胸がいっぱいになっていた私は、生憎とレーネさんが零した言葉を聞き逃してしまったけれど。されどかっこいい、続いた言葉を聞くに悪口ではなかったのだろう。うちの子を褒められたかのような嬉しさにいい笑顔で返事を返しつつ、私は考えた。

 レーネさんに怪我はない。ダン君は先程まで動揺していた様子だったが、シロ様の見事な叱咤によって気を持ち直している。当然私とシロ様も五体満足だ。さて、最良とまで行かなくとも最善ではある状態。この状態でどうやってダン君をユーリさんのもとまで送り届け、レーネさんをミーアさんたちのもとまで連れ帰るか。最優先は二人と私達の安全。次々と浮かび上がる案を頭の中で捏ねくり回す。


「ミコ」

「……うん。ちょっと待ってね」


 どうする? そんな催促するような声を背に、瞳を伏せて。どうするのが一番いいのか、それを必死に考えた。このまま二人を連れ帰る? キメラによって魔物が跋扈している街の中をシロ様が三人を守りながら進むのは、どうなのだろう。いくらシロ様と言えど限界があるような。こういう時は私が付いてこなければよかったな、なんてことを思ってしまう。一応来た意味は、あったとは思うけれど。

 正面突破が現実的ではないのなら、他に出来ることは? 私がここで籠繭を張って、シロ様タクシーで一人ずつ送り届けるとか? 四人での正面突破よりは安全だが、いまいち手間がかかるだろう。それにやはり一々籠繭を解除することになるのは、残してきたヒナちゃんたちが心配だ。糸くんに願えば出来る気はするが、やっぱり一か八か感が拭えないような。


「……ミコ」

「…………」


 ……いや、わかっている。何よりの安全策は見えているのだ。ただ私が気が進まないだけで、色々と不安なだけで。けれどやっぱり、それを選ぶしか無いのだろうか。振り返った先、銀と黒の瞳はこちらをじっと見つめている。許可を求めるように、信じろと告げるように。そんな顔をされては、信じてない私が悪者みたいである。はぁ、と深く溜息を零した。わかっている、ここから先の私はお荷物にしかならないことくらい。なんせ不安が消えたシロ様は、誰よりも強いのだから。


「……怪我したら、ヒナちゃんが泣くよ」

「ああ」

「……私も、怒るよ」

「それは怖いな」


 ふっと白皙の美貌に柔らかな笑みが浮かぶ。何一つ怖いだなんて思っていないな、なんて突っ込みは言うだけ野暮な気がして飲み込んだ。なんせ表情を見ただけでわかる。怪我をするわけがないだろう、そんなことをシロ様が考えていることが。

 しかしそれを過剰な自信だ、なんて笑うことが出来ないくらいシロ様を信じている自分が一番笑えると言うかなんというか。左手にぎゅっと握り拳を作って小指を伸ばせば、意図を察したのか同じように左手の小指が伸びてくる。願いを紡いでそこにいつか作ったような糸を、一本だけ。白く伸びたそれは、お守りだ。シロ様がちゃんと帰ってこられるように。


「ちゃんと、帰ってきてね」

「わかっている」


 わかっている。それを聞ければもう、十分だった。すっと風為の白爪牙を手に、不敵に笑ったシロ様。その姿を見て呆れたような笑いを返しながらも、私は指輪を見下ろした。法力は問題ない。こことあそこで同時に二つを展開。どれくらい持つかはわからないが、シロ様が帰ってくるまでは持たせてみせる。まぁ最悪、持たないってなれば今しがた結んだ糸を引っ張ればいいわけだし。


「二人共、暫くここで私と待っていてください」

「え……?」

「どう、して……?」


 ぐいっとレーネさんとダン君の腕を引いて、壁際へ。そうすれば私達の主語のない会話に戸惑ったような表情を浮かべていた二人は、ますますと混乱したように瞳を揺らした。ヘーゼルと茶色、二対の瞳が映すのは刃を握って私を見つめているシロ様。まぁそれはこのくらいの歳の子が臨戦態勢で構えていれば気になるよなぁ、なんて苦笑を浮かべつつ。

 けれどまぁ、結局はそれが一番確実なのだ。指輪の石に触れて、籠繭を再度展開。聞こえてきたのは、驚いたような二つの声と地面を蹴る高い音。白く染まった世界の中で、困惑した二色の瞳は今度は私を見つめた。どうする気なのか、シロ様はどこに行ったのか。混乱から言葉も出ないまま、けれど瞳だけで十分に語りかけてくる少年と女性。そんな二人に私は微笑んだ。へらりと、シロ様に気が抜けるなんて悪口を言われるような笑顔で。


「シロ様、キメラを全部倒しにいくらしいので」

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