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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百三十三話「二択の賭け」

 白い糸を辿る。民家が立ち並ぶ大通りを暫く道なりに、途中で見えた路地へと飛び込んだ。くねくねと折れ曲がった糸を見るに、ここから先は相当複雑な道順となっているらしい。確かにこんな乱戦の中で魔物から逃げようとどこかに隠れようとするのであれば、私だって似たような場所を選ぶだろう。道理で大雑把に探すわけでは人っ子一人見つけることが出来ないわけだ。


「レーネさん! 居ませんか!?」


 冷静なようで存外先程までは思考が回っていなかったのだな、と苦々しく思いつつ。私は相変わらずシロ様の肩に抱えられたまま、声を張り上げた。魔物が寄ってくる可能性があるので余り目立つことはしたくなかったのだが、四の五の言っている場合ではない。大丈夫、声で近づいてくる魔物はシロ様が切り裂いてくれる。それならば私がすることは、全力でレーネさんを見つけることだけだ。

 ……やっぱり、さっきまでは大概に冷静ではなかった。中途半端に役割を分けて、なんて私達らしくない。お互いに出来ることを全力でやって、出来ないことでも模索して。そうしてお互いを補い合う。シロ様と私の形はそれでいいのだ。きっとそれが、一番いい。


「……はっ!」

「っ、レーネさん! 居るなら返事をしてください!」


 また一匹、飛んできたつつき鳥が白刃によって貫かれる光景。背中に目でも付いているのか、シロ様は私の頭側……自分の背後へと近づいてきた魔物だって、振り返ることもなく処理する。突き刺して振り払えば、先程までは元気だった鳥は地面へと叩きつけられてそれでおしまい。死んだ魚のように光を失う瞳に、怖じ気が走った。

 だが今はその凄惨な光景にも、声を出している私を狙ってきているという怯えにも、それら全てに負けるわけにはいかない。震えそうになる声を噛み殺して、私は再び声を上げた。近づいている感覚。それは糸くんと一心同体である私だからこそわかることだ。間違いなく、この辺りにお守りがある。二択の賭けに負けていないのなら、この近くにレーネさんが居るはずなのだ。


「……ミコ、外れだ」

「……え?」


 しかし、賭けに負けているのならば。それならばここにレーネさんが居るわけもなくて。感情を押し殺したシロ様の声に、私は恐る恐る彼が刃で示す方へと視線を向けた。するとそこにあったのは、糸くんの終点。持ち主の居ないお守りが、ぽつんと石畳の上に落ちている。私の指輪から繋がった糸だけが、唯一の寄る辺だとでも言わんばかりに。それは確かに、レーネさんが拾ったのと同じ色合いのお守りで。


「……これ、持ち主の人は……」

「落としたか……或いは、だな。それが姉の方である可能性もある」

「……っ!」


 ひゅっと、今度は噛み殺せなかった息が喉から無様に零れていく。シロ様が拾い上げた、持ち主の居ないお守り。それが意味することは、ひどく残酷な二択で。あえて言葉にしなかったのはシロ様の優しさか。色のない声は、押し殺したかのような息苦しさを感じさせた。

 そうか。私の糸の先が繋がっているのはあくまでお守り。この混乱状態では当然、お守りを持っておくなんて余裕もなく落としてしまった人だって居るだろう。そうしてそれがレーネさんに適応されるかもしれない、だなんてそんなことをどうして思いつかなかったのだろうか。二択だった二本の糸、その内の一択は潰えた。もしかしたら近くにレーネさんが居る可能性もあるが、あれだけ声を上げて反応がなかったのならその可能性は限りなく低いだろう。少なくとも、無事に生存している可能性は。


「……周辺の捜索か、それとももう一つを確かめに行くか」

「……うん」


 どくん、どくん。鼓動が嫌な音を立てながら加速していく。息が上手く吸えなくて苦しいのは、決してシロ様に担ぎ上げられているせいではない。駄目だ。冷静になれ。揺らいで聞こえる少年の声に瞳を伏せて、私は形ばかりを取り繕った頷きを返した。言葉を零すと同時に、冷たい空気を吸う。動揺から、立ち上がるために。

 なんのために私はここに居るのか、それを思い出せ。私がここに居る大きな理由はレーネさんではない。シロ様のためだ。彼にいつか起きた悲劇を思い起こさせるようなこの惨状の中で、表面ばかり取り繕うことが上手い少年を一人にしないため。なら私に一番に求められるのはレーネさんを捜索するための手ではなく、シロ様を落ち着かせる錨のような役目。声にも表情にも出さないまま、さりとて静かに動揺している少年の根に私がなるのだ。


「もう一本を当たりに行こう」

「……いいのか?」

「レーネさんはまだ無事で居てくれるはず。だって人混みに流された時だって、咄嗟に法術を使って自分の身を守れる人だよ? 私達が頑張って作った、って知ってるお守りを落としたりはしない」


 だから、笑った。生憎と私の顔はシロ様には見えないだろうけれど、その気配だけでも感じさせるために。紡ぐ言葉が自分のためなのか、はたまたシロ様のためなのか。それすらもわからなくなって。それでも尚。根拠のない自信と希望を描く。いつか絶望の縁に陥った少年に、二度目を与えないため。


「……シロ様、私を信じて。私と、私が信じてるレーネさんを」

「…………」


 念を押して告げれば、もうそれ以上言葉は必要なかった。迷いを振り切るかのような反転。抱えられている私の視界もぐるりと回る。もう、後戻りはできない。

 ……本当は、少しどころかかなり怖い。もしかしたらこの近くにまだ生きていて、けれど私達の声に返事を返せない状態のレーネさんが居るかもしれないのだ。今の私の選択は、誰かを殺す一択になってしまったのかもしれない。それも、私達に優しくしてくれた大切な人を。そう思えば指は震えて、歯が勝手にかたかたと音を立てようとする。私の選択が、また誰かを殺すかもしれない。血の気が引く感覚に、じわりと体温は落ちていって。


 でもそれと同時に、こんな感覚をシロ様に味わせたくない。そう、強く思ったのだ。


「……そっちの路地、飛び込んだ方が速い!」

「わかった」


 今更後悔したとて、何も始まらない。今出来るのは、少しでも早くレーネさんを見つけること。無理に首を正面へ、伸びていく糸が伝えてくる感覚に従ってシロ様に指示を出す。階段を通って下に行くよりも、ここの路地から飛び降りて下に行ったほうが速い。そう告げれば、シロ様は迷いなく飛び降りて。


「……っ、!」

「この道は?」

「道なりで! 糸くんそのまんま辿って!」


 ふわっと体が浮く感覚。たん、と軽い足音が上手く着地をして、伸びている糸を追っていく。これ以上の近道は現状無い、そう判断して告げればトップスピードはますますと加速した。下手したら車よりも速いのではないだろうか。

 まぁ一番おかしいのは、こんな安全装置もなにもない腕の中なのに一切の恐怖がない私なのかもしれないが。心をじわりと染める不安から逃げるようにぼやきつつ、私は糸くんに感覚を集中させた。全力でいけ。全てを。急げば、切り捨てた一択が再び拾える可能性が出てくる。今に全てを賭けて、レーネさんを助けるのだ。それが私に出来ること。私にしか、出来ないこと。


「シロ様、飛び降りて!」

「っ、ああ!」


 大通りの果てに差し掛かり、また現れたのは階段。一瞬降りるか迷ったその隙を突くかのように、新たに現れた鳥が私達を狙いに来る。それを容赦なく白爪牙が切り捨てたのを見届けた後、私は叫んだ。指を指すのは階段ではなく、その脇の真下にある路地。結構高いが、シロ様なら問題なく着地できるだろう。何よりも私の勘が告げているのだ。お守りはこの先にある、と。


「掴まれ!」

「っ、了解!」


 ぐっと腰に回った腕の力が強くなる感覚と同時、滅多に揺れないシロ様の声音が大きく揺らいだ。その声に指示されるまま、シロ様の羽織をぎゅっと握りしめる。思えば、こんな運動に向かない服で良くもここまでの大立ち回りが出来るものだ。お金はあるし、動きやすい服を買うのもいいかもしれない。

 しかしそんなのは、全てが終わった後の話だ。路地へと飛び込んだ二つ分の体は、風を容赦なく切り裂いていく。高いところから落ちること、それへの恐怖に一瞬悲鳴が零れそうになって。だが今更そんな情けないことが出来るものか。噛み殺した悲鳴。着地は全てシロ様に任せて、感覚は全てを糸くんに集中させる。この先だ。間違いなくこの先に、もう一つのお守りがある。


 けれどその先にあったのは、お守りだけではなくて。


「……ミコ、さん?」

「……!」


 だんっ、と先程よりも重い音が地面を叩く。一瞬シロ様の足が心配になって、しかし心配するよりも先に聞こえてきた声に私は、私達は目を見開いた。何故ならば、そんなのは最早聞くまでもないだろう。そう、そこに人が居たのだ。糸を辿った先、お守りの持ち主。真っ赤になってしまった瞳を呆然と見開く少年と、そうしてもう一人


「っ、レーネさん……!」

 

 そこに立っていたのはぽかんと見慣れたヘーゼルを見開く、楚々とした美人……レーネさんで。傷一つ無く、ぎゅっと私の糸が伸びたお守りを握りしめるレーネさんで。その瞬間、思わず泣き出しそうな声を上げてしまったことはどうか許してほしい。賭けに勝った、それだけのことがこんなにも嬉しいことはきっと無いのだから。

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