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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百三十二話「キメラが呼んだ災禍」

 空気を体が切り裂いていく。耳に劈く風切り音。自分一人では生涯決して体験しなかったであろう音と衝撃、それらに目を細めながらも瞼を閉じることはない。骨ばった肩がお腹に食い込む圧迫感から逃げ出すように息を吐いて、そうして私は辺りを見渡し続けた。彼女の影を探すように。


「居たか?」

「ううん。そっちは?」

「見逃してはいないはずだ」


 端的な問いかけに言葉を返す。ふっと息を短く吐く低い声に滲むは、僅かな焦り。それを宥めるように背中を軽く叩けば、ぐっと腰の辺りに回った手が力を増したのがわかった。割と苦しいのでできればやめてほしいのだが、それでシロ様が安心すると言うなら話は別である。私は少年の好きなようにさせたまま、変わらずに視線を動かし続けた。またどこかから聞こえた悲鳴に、ぐっと唇を噛み締めながらも。


 ヒナちゃんたちを籠繭に置いて、二人飛び出してから。それから私達はレゴさんの言う通り、街の西側に向かってレーネさんを探していた。生憎と私の足ではシロ様に付いていくことができないので、彼の肩に抱えられてである。自分の足で歩こうとも思ったが、シロ様曰く「お前程度の重さなどなんの障害にもならない」とのこと。

 それに、といつかテレビでぼんやりと聞いたことを思い出す。救助に置いて最も重要なのはスピード。見つける速度も、助け出す速度も、速ければ速いほどいい。だからこそ申し訳無さを押し殺しシロ様に抱えられ、そうして街の西側に付いてから十数分が経つというのに。それなのに、私達は未だレーネさんを見つけることが出来ていなかった。焦りは着実に心に降り積もり、背中には嫌な汗が滲み出す。そうして何よりも、問題なのが。


「っ、ミコ!」

「はい!」


 鋭い一声。それに反射的に視界をぐるりと回したまま、指輪に願う。そうすれば「ソレ」は私の視界に入るよりも早く、私の意図を汲み取ってくれた糸くんによってぐるぐる巻きにされて。糸くんによって拘束された何か。姿はよく見えないが、黄色い羽が散ったところを見るに鳥類だろうか。それを、片手で大太刀を振ったシロ様が容赦なく切り裂く。グギャア!? なんて、聞くに堪えない耳障りな悲鳴。同時に視界に散った赤は、しかし今回も私達の体を汚すことはなかった。鮮血を浴びる前に、シロ様が一歩と体を引いたから。


「……今のは?」

「つつき鳥、だな。やはりキメラの影響で周辺の魔物が寄ってきている」


 ぱっと刀を振ったシロ様。すると一時は赤に染まっていた白い刃は、再び清廉な白銀へと舞い戻る。けれどそれに安心なんか出来ないのが、生憎のこの現状で。わざと感情を押し殺したかのようなシロ様の声に、私は眉を下げた。降り積もった不安が、胸中でとぐろを巻く。

 問題。それは今しがたシロ様が告げた通り、キメラのとある特殊な力によってウィラの街の周辺地域の魔物が街へと近づいて来ているということだ。本来であれば多くの街には魔物避けの法陣が敷かれているらしく、魔物に近づかれることはほぼ無い。なんでも、ある程度大きく人が暮らす場所ではその法陣を敷くのがこの世界では義務付けられているのだとか。それを超えていけるのと言えば、常識外れの災害級……例えばあの極悪蝉レベルの魔物だけらしく。けれど今はその普通の常識が通じる状況ではない。


「キメラのその周波? みたいなやつって止めれないの?」

「周波は心臓の鼓動と同時に発生してる。止める方法は一つだな」

「……倒すしか無い、んだね」


 何でもキメラには、魔物を呼び寄せるような器官が付いているらしい。これも人間が確実に幻獣人を殺せるようにと付けたおぞましいものらしく、それを止めるにはキメラを倒すしか無い。現に今も街の門の方からは何か咆哮のような声が聞こえているし、空を飛べる魔物たちは今のように簡単に街に入り込む。呼ばれた魔物を倒したところでいたちごっこだ。それは、わかっていた。

 しかし、それならば私達はどうするべきなのか。キメラを倒す? そうすれば確かに魔物が増えることは防げるし、レーネさんの安全度も増すかもしれない。けれど一体を倒すだけでは足りないのだ。全て倒さなければ、魔物の氾濫は防げない。一々倒している間、レーネさんが無事で居る保証はどこにもない。どん詰まりだ。答えが、どうしても見えなかった。


「……っ、くそ」


 きっとそれは、シロ様だって同じで。いつもの如く風を使って探すことができればいいが、いつ敵が襲ってくるかもわからないこの乱戦状況では風為の白爪牙を仕舞うことは出来ない。そうしてシロ様は風為の白爪牙を使っている時は、他の法術を使うことは出来ない。一瞬だけ仕舞って出せばいい、そんなことを暢気に言えるほど私は状況が見えていないわけではないのだ。先程のように魔物は突然現れては私達を殺しに来る。一瞬の隙、この状況下ではそれを作り出すわけには行かない。


「…………」


 けれど、それならば。それならばどうする? 籠繭を一時的に作ってそこでシロ様に捜索してもらう? いやそれだと私がこちらの籠繭を解いたタイミングで、ヒナちゃんたちの方の籠繭が同時に解ける可能性がある。試したことのないことに踏み切るのは危険だ。糸くんなら聞き分けてくれる、そんな根拠のない自信に縋ることは全てを失うことに繋がるかもしれないのだから。

 なら、他に私が出来ることはなんだろう。魔物を私が一時的に糸くんで弾いてその間にシロ様に……? いやそれも駄目だ。情けないことこの上ないが、出来る気がしない。万が一にでも失敗すれば、レーネさんは確実に助からなくなる。ヒナちゃんとの約束を破ることにだってなる。最終手段、そう旗を立てておくことが正解か。それとも今こそ、その最終手段に手を伸ばすべきなのか。周りが見えない状況では最後の切り札を今使うべきなのかもわからない。


 ……それならば、まずは他に道がないか模索しろ。死にものぐるいで、頭を動かせ。


『ええ、本当に! すごく素敵な贈り物です!』


 考えろ。レーネさんは今、何を持っている?


『どうか、その星を大切に。それはかの法術士が、我々の願いに応じて作ってくださった身を守るためのお守りです』


 思い出せ。それは、何が出来る?


『お前自身では無理かもしれないが、お前の糸は覚えているだろう』


 ……それは、誰が紡いだもので出来ている?


「……っ!」


 そこまで考えたところで、一閃が視界に映った。私の粗末な思考ごと切り裂くような、鮮明な彼の刃が。片方しか無い瞳にも、その白は強く強く焼き付いて。


「……シロ様」

「……?」

「一回、降ろしてくれる?」


 また飛んできた魔物。それを今度は声なき一閃が切り裂いたのと同時に、私の思考も開けた。太陽の光を吸った白い刃が、私の脳内のもやを取り払ってくれたと言うべきか。きっと本人に自覚はないのだろうけれど。

 ふっと息を吐く。頼めば、シロ様は何故と問いかけることもなく私を降ろしてくれた。血飛沫が飛んだ地面。そこにはいつもの平和の影はなくて。ただ争いの痕跡だけがあちこちに残っている。それを踏みしめて、私はぎゅっと指輪を握りしめた。出来るかなんて、わからない。しかしこれはきっと、籠繭を新たに作って解くより。糸でシロ様の代わりに応戦するより。それらよりもずっと、リスクは少ない。


「思い出して、糸くん。布は緑、合わせは黄色……紐の、色は……」


 今私の中にあるのは突拍子もない考え、ではある。私が法力を流し込んだから、糸くんはあの呪陣を覚えていた。それならば自分で呪陣を描いたあのお守りの場所を、糸くんならば探すことが出来るのではないだろうか。突拍子もなくて、根拠はなくて、けれど危険はない。シロ様の代わりに、私がこの暗雲の迷路を糸で解くだけ。

 きゅっと左手を顔の近くに近づけて、小指に唇を寄せた。あちこちから聞こえる破壊音や怒声、悲鳴。今はそれらに耳を傾けてはいけない。心に、気持ちを寄せる。針と糸と自分だけの世界に没頭するように。思い出せ。レーネさんが持ってたお守りはどんなものだった? 緑と黄色。布はそれら二色。けれど一つ、足りない。それの紐の色は、何色だった? ……何故、少しばかりの前の記憶なのに、どうして思い出せないのか。焦りから尻すぼみになった声が少し震える。


「……橙だ」

「……!」


 けれど、私は一人じゃなかった。私が何をしているのかを読み取ってくれたのか、必要なことだけを教えてくれたシロ様。その声を疑う余地は何一つだってありはしない。これから先も彼の声を疑うことはない。だって私が全てをシャットアウトしても聞こえてくるような声を、疑う意味なんてないということ。それを私はよく知ってるから。


「……布は緑、合わせは黄色。紐は、オレンジ!」


 願って、祈って、叫んだ。糸くんのことも、シロ様のことも……そうして自分のことも。今ここにある全てを信じて。すると乳白色は呼応するように、薄く、薄く、次第に強く。まるで鼓動を高鳴らせるかのように、次第にその光を強くさせていった。 

 そうして指輪から伸びていったのは四本の糸。きっとこれは全てが、緑と黄色、オレンジのミニ巾着に通じている糸だ。この内のどれかが、レーネさんに繋がっている。闇雲の中に見えた光。これとこれは明らかにここから反対の方角、つまりは街の東側の方に伸びている。それなら、後の二本。この二本のうちのどちらかが、レーネさんが居る場所だ。


「……左の方から、行くぞ」

「っ、とと……うん!」


 ひょいっと言葉もなく担がれる。だがそれに文句を言う時間すら惜しいのだ。消えて、そう願えば間違いなくレーネさんへと繋がっていない糸は姿を消す。残された二本のうちの、左の一本。それをぴんと指で弾いたシロ様の言葉に、一も二もなく頷いた。することはもう、決まっていたから。

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