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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百二十九話「星に焦がれる太陽」

 そうして、星を降らせるという私達の作戦は見事大成功。その後祭りは余興から、選ばれた選手たちの飛行術を競う大会の方へと移り変わり。つまるところヒナちゃんはとっても立派に、朱の神楽祭の前座を果たしたのだった。


「ヒナちゃん!」

「っ、お姉ちゃん……!」


 大会の本番前、高揚感のあるざわめきで満ちている街の中。誰もが拾った星を眺めては嬉しそうにする雑踏の中で、私はこちらへと近づいてきていた二つの影の方に手を広げた。そうすれば迷いなく飛び込んできたのは、小さい方の影……ヒナちゃんで。ちなみにもう一人の影は、そんな私達を苦笑して見守ってくれているレゴさんである。彼の手の中にも、輝いたお守りが一つ。どうやらお守り役を任せたレゴさんも、ばっちりとヒナちゃんの前座を楽しんでくれたらしかった。

 飛び込みの際の衝撃に若干よろけそうになりながらも、ぽかぽかとした体を抱きしめる。一度抱きしめた後に離して見下ろせば、そこにはきらきらと輝く赤い瞳があった。もうその背中に翼は無くて、今の彼女はちょっと可愛すぎるだけのただの女の子だけれど。けれどその瞳の中には確かな意思がある。何かをやり遂げた人間にしか出来ない、そういう人間しか見せることが出来ない、そんな意思が。


「……お疲れ様。すっごく素敵だったよ」

「……うん!」


 そっと頭に手を伸ばして、優しく撫でる。するともっとを強請るように彼女の首は上を向いて。成し遂げた、その気持ちは確かに彼女の心の中にあるのだろう。胸元で揺れる貝殻のネックレス。私達が作ったお守りが、まるでその心を表すかのように太陽の光に照らされては輝く。

 本当に、本当に素敵だったのだ。街の上を迷いなく飛び回る姿も、ふわりと人々に星を降らせる姿も。太陽の光に照らされた彼女の翼は、希望の色をしていた。降らせる星の輝きは、祝福以外の何物でもなかった。それが少しでもこの子に伝わればいい。自分が何をやり遂げたのかが、この街のざわめきに背中を押されるようにして心に響けばいい。


 もう自分は影の中を抜けて日向を歩きだしているのだと、そう思えれば。


「ヒナちゃん! 見てみて、私が拾った星!」

「こらミーア、空気を読みなさい」

「もう何よ! お姉ちゃんだってはしゃいでたくせに!」

「こ、こら!」


 しかしそんな感傷も長くは続かず。ぐい、とそこで私とヒナちゃんの間に入り込んできたのはヒナちゃんに負けず劣らず瞳を輝かせるミーアさんで。後ろからレーネさんが止めようとしているが、図星を突かれたのか彼女の勢いはそこで僅かに削がれた。ちらっと視線を向けた先では、大和撫子を体現するかのようなおっとりとした美人の頬は赤く染まっている。可愛らしい。


「俺も拾ったんだぜ? 金色と赤」

「お前は見守ってたんじゃないのか?」

「いやあんなの見たら拾いにいきたくなるだろ。ていうかガッドの旦那だってちゃっかり拾ってんじゃねぇか」

「……いや」


 今度は後ろでレゴさんとガッドさんがはしゃぎはじめた。いつもよりも幼い表情で拾ったお守りを見せびらかしてくるレゴさんに、呆れたように言葉を返すガッドさん。けれど二人の流れも先程のミーアさんとレーネさんのような流れへと向かっていってしまい。

 ごほん、僅かに眉を下げて視線を逸したガッドさん。それをレゴさんのからかいが滲んだ表情が追従する。とはいえ二人は今も言い争っている姉妹よりもずっと大人なので、それ以上言葉を重ね合わせることはなかった。姦しく言い合う二人の少女の音声をBGMに、小突きあっては笑い合って。


「よく役目を務めたな」

「! シロお兄ちゃん……」

「ピュピュ! ピューイ! ピュイピュイ!」

「わ、フルフちゃんも……!」


 その隙間を伺うように、今度はシロ様とフルフが。ヒナちゃんの頭をぽふぽふと撫でたシロ様は、労うような微笑を浮かべる。今日も大変見目麗しい白皙の美少年が浮かべる穏やかな笑顔は、大輪の白百合に勝るとも劣らない輝きであった。ちなみにシロ様のこの手の笑顔は激レアである。少なくとも私宛に向けられることはまず無い。

 貴重な笑顔をこっそり目に焼き付けつつも、シロ様の手からヒナちゃんの肩へと飛び込んだフルフを苦笑して見守る。小さなふわふわはその全身でヒナちゃんを褒めちぎるように、ヒナちゃんの頬へと体を擦り寄せた。くすぐったそうに笑うヒナちゃん。それが見えているのか見えていないのか、フルフのテンションは最高潮であった。「えらい!」「頑張った!」そんな声が聞こえてきそうな程に鳴き声を上げ続ける。本当はあまり外で鳴かせたくはないのだが、まぁ今は祭りの真っ只中であるし紛れてくれることを祈るしか無い。微笑ましいこの構図を邪魔したくはないし。


「大体ミーアは、もう少し周りを見るということを……!」

「お姉ちゃんは逆に周りを見すぎ! 女はちょっと自由奔放なくらいがいいのよ?」

「ちょっとで済んでないでしょう!」


「そういえば夕陽ケ丘の様子はどうだった? 最近見に行けて無くてな」

「綺麗なもんだったぞ。ちと暑いがな」

「ふ、太陽が近いからな」


「ピュイイピュイピュイ!」

「……………」

「ピュッピュピュー! ピュイイ!」

「……少し静かにしろ」


 姉妹喧嘩をするミーアさんとレーネさん。テンション高く夕陽ケ丘の話をするレゴさんとガッドさん。一人呆れたように沈黙するシロ様と、はしゃぎまわるフルフ。普段ならきっと紛れずに注目を集める光景たちは、しかし大きな喧騒の中ではその中の一つとして混ざり合っていって。


「……わたし、頑張れたんだ」


 そうしてその声も。そんな喧騒の中に溶けていった。きっと拾い上げたのは、今度こそ正真正銘私だけ。


「……ヒナちゃん」

「……ねぇ、お姉ちゃん」


 一瞬どう言葉を掛ければいいのかがわからなかった。明るく頑張れてたよ、すごかったよ、ってそう言えばいいのか。それとも何か不安?と語りかけるべきなのか。わからないからこそ、出来損なった声だけがその名前を呼んで。けれどやっぱりどう続ければいいかわからなくって。

 しかし私が言葉を紡ぐよりも早く、その子はこちらを見上げて口を開いた。浮かんだ二の句はどこへやら。赤い瞳が静かにこちらを見上げるのを、私は言葉を飲み込んで見返す。一瞬、喧騒がどこか遠くへと行った気がした。そんなはず、そんなはずはないのに。なのに一瞬だけ、私とヒナちゃんしかこの場に居ないように錯覚したのだ。あの時の空の上、二人きりで黎明を迎えた朝のように。


「わたし、日向を歩けてるかな?」

「……!」


 そうして、あの時と同じ。ただ純粋な願いの色を湛えた赤が私を見上げた。あの時と違いヒナちゃんの頬はもうこけてはおらず、傷も殆どないけれど。でもそれでもあの時と同じあの子が、まだ名前も無かった時のあの瞬間と同じように私を見つめるから。今のその瞳に涙は一つだって無い。けれどやっぱりその瞳には、太陽が宿っている気がした。


「……うん」

「…………」


 だから私はあの時を再現するかのように、そっとそこで屈んでみせた。僅かにヒナちゃんの顔が上にある状況。見上げた色は、やっぱりあの瞬間と何も変わらなくて。

 小さな肯定を一つ。沈黙と保たれた唇は、無言のまま小さく綻ぶ。笑うようになった。話すようになった。傷は治ったし、今の彼女には名前だってある。けれどそれでも根は変わらない。小さな体に大きな優しさを宿しているのも、少しだけまだ自分を好きになれないところも。誰かに認めて貰わなければ、自信を持てないところだって。


「いつか、太陽そのものになれちゃうくらいには」


 でも、それでも。夢を見るようになったその心の空虚はきっと、埋まってきている。


「……たいよう?」

「うん、お日様。それくらい眩しかったよ」


 きょとんと丸まった瞳。それを見ると同時に、私は現実の世界へと引き戻される。耳に喧騒が戻っていく気配に、安心したような残念なような。そんな気持ちを抱えつつも、私は不思議そうに瞬く赤い瞳に微笑んだ。

 すっとヒナちゃんから視線を逸して辺りを。相変わらず姉妹喧嘩は続いているし、レゴさんとガッドさんはどこから持ち出したのかお酒を飲み始めている。フルフはいよいよ強制的に黙らされたのか、シロ様に片手で握られていて。その光景を見ると、やっぱり胸に安堵は降り積もった。ヒナちゃんは、私達は、きっと一緒に日向の下を歩いていけている。私の選択は間違いではなかったと、そう思える気がして。


「……でもわたし、太陽よりお星さまがいいな」

「え?」

「お姉ちゃんは、お星さまみたいだから」


 けれど。そこで降ってきたのはちょっとだけ困ったような声。思わず視線を戻せば、少女の眉は八の字となっていた。私がお星さま? それは大分、なんというか、不相応なような。私なんて道端に転がっている石ころくらいの親しみがある立ち位置でいいのだが。見上げては願われる星役は、大分荷が重い気がする。


「だからわたしも、お星さまみたいになりたい」

「……そ、そっか」


 なのに、ヒナちゃんは心底そう思っていると言わんばかりにはにかむから。だから私は何も言えずに、困ったような表情を浮かべることしか出来なかった。私が、お星さま。ヒナちゃんにはそう見えているのだろうか。シロ様に言ったら鼻で笑われそうである。

 ……まぁでも、正直悪い気はしないというのが本音なわけで。ならば当面は星役として立派な大人を務めねば。私は嬉しそうに笑うヒナちゃんを見守りながらも、内心で「頼りになるお姉ちゃん計画」を進めるのだった。たぶん今のままでは、すぐに彼女の星役から落とされてしまう気がしたので。

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