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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百二十六話「祭りのはじまり」

それから、時間はあっという間に過ぎていった。私はフルフに布を織ってもらいながらも出来るだけミニ巾着を量産。シロ様はそんなフルフの供給源となり。そうして出来た巾着にヒナちゃんが星火を零す。ヒナちゃんの法力や私の生産力の問題で一日で生み出せる量は街中に配るには足りなかったけれど、五日間も時間があれば話は別だった。

 そのように午前や夜の時間をお守りづくりに専念。午後の時間はヒナちゃんの飛行練習に付き合い。日に日に自由になる翼を見上げている時間は、とても充実した時間だった。海辺に敷くはレーネさんから借りたシート。その上で貝殻のリースを作ったり、ネックレスを作ったり。時折危なっかしく空から急降下するヒナちゃんに慌てて、何事もなかったことに安堵して。何度だって皆で笑いあった。お祭りが楽しみだね、って。皆が喜んでくれたらいいね、って。


 ……そうして慌ただしく過ごす内に、待ちに待った時間はついに訪れる。


「ミコ」

「ん、……これ、どうしたの?」

「露店で買った。今日は暑い」


 視界に映るは露店が所狭しと並ぶ町中。誰もが楽しそうな声で囁きやってははしゃぎ合って。そんながやがやとした人混みの中に二人と一匹。雑多と行き交う人の中をはぐれないように歩いていれば、くいと後ろから服を引かれた。振り返ればそこには、木で出来たコップに入った飲み物を差し出すシロ様が居る。いつの間に買ったのだろう。相変わらず色々と手早い彼の手腕に感心しつつも、私はありがたくそのコップを受け取らせていただくことにした。なんせシロ様の言う通り、本日はとても暑かったので。


「ピュ!」

「……お前には我のをやる。一人分は多いだろ」

「ピュー!」

「ふふ、足りなかったら私のもあげるね」


 自分のは? と言わんばかりにセーラー服のスカート、そのポケットから声を上げるフルフ。その鳴き声に呆れたように溜息を吐いたシロ様に、私は小さく笑みを零した。不満げな表情を浮かべる割に、相変わらず面倒見はいい。ウィラの街に訪れてからはますますと、シロ様の面倒見の良さは磨かれている気がする。ヒナちゃんと出会い、フルフとよく交流するようになったのが要因だろうか。

 ……もしくは、彼が負った深い深い傷が優しい人たちとの出会いによって少しだけ癒やされている、とか。初めて出会った時の全てが敵だと言わんばかりの瞳を思い出せば、少しだけ感慨深くなった。瞳の効果か私には比較的速く心を開いてくれたけれど、ブローサの街ではその警戒心の高さで色々やらかしたんだよなぁ。なんて、そんな話をいつかあの子に聞かせるのもいいかもしれない。私は遠く澄んだ青い空を見上げた。少しだけ目が痛くなるような、眩しいくらいの快晴。


 今日私達の愛おしいあの子は、この空を飛ぶ。人々に期待と高揚と星を降らせるために。そう思えば決して手が届かないはずのこの空が、少しだけ身近なものに感じられる気がした。











「ミコちゃん、こっち!」

「わー、ありがとうございます!」


 コップの飲み物を零さないようにと人混みを掻き分け、人の波の中から脱出。ようやくメイン会場である街の広場へと辿り着けば、すっかりと聞き馴染んだ声が遠くから聞こえた。視線を向ければ、ヘーゼルの瞳を持つ二人の美女がこちらへと手を振っている。その後ろには、二人をナンパから守ろうとしてか威圧感強く立つお父さんの姿が。ミーアさんにレーネさん、そしてガッドさんである。


「すみません、席取りしてもらって……!」

「いいのよ! ところでお店は回れた?」

「うーん、人が多すぎて……あ、でも飲み物は買えました!」


 声の聞こえた方へと駆けつければ、暖かな笑顔と共に広げられたシートに迎え入れられる。お花見ではないが、朱の神楽祭ではこのように広場の席取りがあるらしい。なんでも、広場の中心辺りが一番飛行大会の選手がよく見えるんだとか。まぁ広場の上をメインコースにするらしいので、当然といえばそうなのだけれど。今回はどうせなら一緒に見ましょう、というミーアさんのご厚意に甘えさせていただいた。……決して、一緒に見てくれなきゃ仕事をサボるという駄々に屈したわけではない。

 苦い記憶を思い出しては、その記憶に重なるような悪戯っぽい笑顔に苦笑を返しつつ。私は唯一の戦利品である木で出来たコップをミーアさんへと見せた。会場に返す場所があるらしく持ってきてしまったが、あまり長い時間拘束するのもお店側に迷惑が掛かるだろう。中に入ったオレンジジュース、それはさっさと飲んでしまうこととする。何やらポケットから悲痛な悲鳴が聞こえた気がするが、気の所為だ。まさかこのコップの半分を飲んでくれたフルフが水分不足ということはあるまい。


「ヒナさんはもう夕陽ケ丘へ?」

「はい。レゴさんと一緒に」


 知らん顔でジュースを口に含みながらシートの上にシロ様と二人並んで座れば、役目は完了だと思ったのかガッドさんも同じように座り込んで。そこで投げかけられたレーネさんの問いかけに、私は苦笑を浮かべた。本当は付き添いたかった、ヒナちゃんの本番前。しかしそうはできない理由があったため、今回の付添はレゴさんに任せることにしたのである。レゴさんが快く引き受けてくれたことには感謝しか無いが、やっぱり少し悔しいような。


「……あそこは空が飛べるやつじゃなきゃ、行くのに時間がかかるからな」

「そうなんですよね……」


 夕陽ケ丘。それはここウィラの街の一番高いところにある、全てを見渡せるような丘……らしい。実際行ったことはないので全ては聞きかじった情報なのだが。なんでもカグラ様が自ら名付けた場所らしく、生前の彼女のお気に入りスポットだったらしい夕陽ケ丘。それはムツドリ族の彼女らしく、そして先程説明した通り、最早山頂と言っても言い程の高度に位置していた。

 足で行けないことはないのだが、正攻法で登ろうとすると何時間も掛かってしまうらしく。私はそこがスタート地点であるとガッドさんから聞いたその日から、付添役はレゴさんの頼んでおいたのだ。本当は自分が付き添いたいという気持ちもあった。けれど流石に無理なものは無理なのである。ヒナちゃんの出番は朝一番とは言わずとも、祭りの開始からすぐ。人間の私では数十分で山頂を目指すことは出来ない。まさか前夜から待機するわけにもいかないし。


「……我なら登れた」

「そ、そうだね……」


 それはしょうがないわよね、なんて苦笑しながら話し合う中で聞こえた不満そうな声。恐らくは私にしか聞こえなかったであろうその呟きに、私は冷や汗を足らしながらも同意しておいた。いやまぁ、シロ様なら余裕で登れるのだろうが……。残念なことに彼の容姿は保護者役と言うには幼すぎるし、その後起きる問題が色々と面倒過ぎる。大人でも数時間かかる山をこんな子供が!? と突っ込まれれば面倒なのはシロ様なのだ。ここは我慢していただきたい。


「ピュ!」

「ん?」

「ピュピュー」


 とはいえ、心配な気持ちはよくわかる。今こうして制服のポケットから出てきたフルフも、恐らくは同じ気持ちなのだろう。私の膝の上で跳ねる毛玉のつぶらなその瞳から窺えるのは、不安の種。ちょくちょくヒナちゃんに兄貴風? いや姉貴風だろうか。そんな風を吹かせていたフルフのことだ。彼?がどこまでこちらの事情を理解しているかはわからないが、ヒナちゃんが何か大きな役目を背負っていることくらいはわかるのだろう。そうしてそのために、今日までヒナちゃんがどれだけ頑張ってきたことだって。


「……大丈夫だよ」

「ピュ」

「ヒナちゃん、頑張ってたでしょ? だからきっと、大丈夫」


 飛び跳ねるフルフをあまり目立つのもなという打算三割、話を聞いて欲しい気持ち七割で捕まえる。そうして瞳をしっかりと合わせて笑えば、つぶらな瞳は大きく見開かれた。少し経って短く「ピュ」と鳴いたフルフは手の中で大人しくなる。とはいえその瞳はまだかまだかと空を見上げているのだが。一体この小動物はどこまで何を理解しているのか。永遠の謎である。

 けれどそんな謎よりも、今私の心を大きく占めるのは祈りの感情。どうか何も問題が起きず、ヒナちゃんが無事に前座を務められますように。あの子が心から満足できる時間になりますように。星の火が、この街に幸福を降り注ぎますように。フルフが私の手からシロ様の肩の上へと移ったのをいいことに、私はきゅっと両手を握り合わせて祈りの形に変えた。誰に願っているのかなんてわからない。それでもどこかに、この祈りが届けばいい。


「……ところで、何が降ってくるの?」

「え?」

「だって! ヒナちゃん、花びらは断ったでしょ? しかもミコちゃんたちはずっと部屋でこそこそしてたし……何か特別なものが降ってくるんだろうな、とは思ってるけどさ」


 しかしその祈りは不思議そうな声によって中断されて。眉を寄せて疑問を浮かべるミーアさんに私は一回ぽかんと口を開けて、そうしてその後に笑った。いつも彼女が浮かべるような悪戯っぽいそれを真似するかのごとく。


「秘密、です」


 当然そんな返答に返ってきたのは、「えー!?」なんて不満そうな声。大きく声を荒げたミーアさんに降るのはデコピンという鉄槌と、追い打ちのようなお姉さんのお叱りの言葉で。そんな平和な家族団欒をくすくすと見守りつつ、私はシロ様の方へと視線を向けた。そうすればそれがわかっていたと言わんばかりに、少年もまたこちらを見つめていて。

 大丈夫。言葉にはしないまま、お互いに視線でその思いだけを共有した。徹夜を乗り越えては作ったミニ巾着たちも、疲れを振り切って頑張った練習も、きっといい形となって現れる。そう信じている。私達はとびっきり可愛くてがんばりやさんで、優しいあの子のことを信じている。祈るなら、願うなら、きっとそれはあの子の頑張りにだ。


「……お守り、届くかな」

「あいつなら、受け取るはずだ」


 ついでに、こっそりと用意しておいた贈り物が届くようにとも祈っておくこととしようか。秘密の合図のように呟けば、ふっと口元を緩めたシロ様は空を見上げて。それを合図に、紙花火薬がばんばんと弾ける音が聞こえてきた。フルフが毛を逆立てたのを横目に小さく笑い、私もシロ様と同じように空を見上げる。ひらひらと花びらのように紙が散って、歓声を思い切り吸い込んでいく快晴の空を。


 朱の神楽祭が今、始まる。

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