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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百二十三話「綺麗な星の隠し方」

 めくらまし。相手の視界を一時的に渡ること。または人の目を欺くこと、幻術の一種。今回の作戦は、どちらかといえば後者だった。


「よいしょ、っと……」


用意するは袋になる布と、そして紐の通し口となる布の二種類。十センチの正方形が二枚と横九センチ、縦五センチの長方形が一枚。後は何故か二十四時間営業だった雑貨屋さんにて急遽買ってきた大量の紐。それらを大体五十センチほどに切り分けて、左隣に山を作成。恐らく傍から見れば、結構な散らかり様だろう。

 本当は内布も入れるべきだが、今はとにかく時間に余裕がない。実用的に使うわけでもないイミテーションだしと躊躇を捨てつつ、私は正方形の布の上部分に通し口となる布を縫い付けていった。この後もう片方の正方形と合わせて並縫い、あとは通し口に紐を通せばミニ巾着の完成である。そう、私は今ミニ巾着を大量生産しているのだ。


 現在時刻は早朝。つまりはシロ様と話し合った翌日の朝である。私は昨日の夜から徹夜しつつ、こうしてせっせと巾着を量産しているわけだ。ちなみにシロ様は別件で外に出向いてもらっている。何についてかは、また後で話すとしようか。

 それで、何故巾着を作ってるかと言えば。それは当然、ヒナちゃんの星火をカモフラージュするための小道具としてである。……いやまぁ、ツッコミたい気持ちは理解できる。巾着に火を入れられるわけないだろう、という言葉は実にご尤もだ。しかしここは異世界。火と名がついているからといって、必ずしも物を燃やすものとは限らないのだ。少なくともヒナちゃんの手の中で輝いていた星火は、何かを燃やすものには見えなかった。現に使い手の手のひらも燃やしていなかったし。


「……あ、糸くんはやいね」


 だから多分巾着も燃えないはず! と望みを込めて量産しているわけである。一応燃えてしまった場合にも、シロ様に耐火の法術を掛けてもらえばなんとかなるというところまで話は進んでいた。ただ如何せん街にばらまくものなので、量が量。シロ様の法力の酷使がえらいことになるので、できれば燃えないでほしいなぁとは思っていたり。そんなことを考えつつも、私は目の前に落とされた新たな正方形を拾い上げた。それに端に寄せていた片割れの正方形と、長方形を縫い合わせていく。そう、「落とされた」正方形である。

 

 ……そろそろあの後の話を本格的にしようか。先程カモフラージュとは言ったが、当然ただの巾着ではヒナちゃんの星火を隠すことは出来ないだろう。例え何かに仕舞われていたとしても、その威圧感は布越しにも伝わってくるはずだ。それでは根本的な騒ぎを治めることは出来ない。

 ならばどうするか。そこで私が思いついたのが、攫われた時に関わることになってしまった呪陣だ。姿を隠すという呪陣をなんとか改良して、星火を隠す代物にできないだろうか。そうしてその法陣を巾着に刺繍することで、ヒナちゃんの星火の威圧感やら畏怖感を取っ払ってしまえれば。そうすれば生まれるのは、星の光のように光る巾着だけ。星を降らせたいと願うヒナちゃんの心も、祭りも守ることが出来るはず。


「……それにしても、流石シロ様だなぁ」


 健やかな一人と一匹分の寝息から遠ざかりつつ、小さな声で独り言を。私の右隣で山になっているミニ巾着の色は様々。フルフが作ってくれた端切れやら、あればあるだけいいと雑貨屋さんで買い漁った紐やらを使っているから当然だが、その色に統一性はない。実にカラフルと言っていいだろう。しかしそれら巾着には一種の統一性があった。それこそが糸くんが白い糸で綿密に縫い合わせた法陣であり、そうしてそれを考案したのがシロ様なのである。

 シロ様に呪陣のことを話した夜。シロ様の口から最初に出てきたのは反対だった。それも当然のことだろう。なんせ恐らくはあの男を殺したものが、その呪陣なのだから。そんなのを使って街に被害を出すわけには行かないというのは至極真っ当な意見であった。まさに本末転倒。触った傍から人が法力を吸われて倒れていくようなことがあっては、阿鼻叫喚の地獄は免れないだろう。それは私にだってわかっていた。


『うん。だからさ、あの呪陣を書き換えれないかなって』

『……書き換える?』

『そう。例えばヒナちゃんが入れる星火を燃料に、威圧感や違和感を隠す効果が発揮できるようなやつに』


 当然、私にだってそんな地獄を作る気はなかった。あれをそのまま起用するつもりも。だがテンプレートがあるのならば、それを元になにか近しいものができるのでは。そう思ったのだ。


『そうすれば星火の力が消える頃に、何かを隠す効果も消える……よね?』

『……成程、話はわかった』


 呪陣はあの男曰く、誰かの法力をエネルギーに効果を発揮するもの。しかしその誰かはきっと、必ずしも人ではなくてもいい。だからこそ星火だけを燃料として動くようにアレを書き換えることができないか。それが私の狙いであった。そうすれば誰かに被害を及ぼす心配もないし、星火のエネルギーを呪陣が吸ってくれることで星火の正体が知られる可能性も低くなる。一応は巾着の紐を開けれないようにしてはおくものの、無理やり破いて中身を取り出そうとしてくる人もいるかもしれないし。まぁ一応、これ以外の対抗策も講じてはいるが。

 ただ、書き換えるなんて簡単に言ったもののそれが出来るかは大分疑問で。だって法陣ならばともかく、シロ様は呪陣については詳しくないはず。いくら法陣が呪陣と似ているからと言って書き換えろなんてのは流石に無茶か、と言った後で私は反省した。テンプレートがあるだなんて言ったものの、呪陣の姿を完璧に覚えているかと言われれば激痛のせいで記憶はおぼろげだし。


『なら、再現しろ』

『え?』

『お前自身では無理かもしれないが、お前の糸は覚えているだろう』


 だが、シロ様は言ったのだ。私が覚えていなくても、その時に私が法力を注ぎ込んだなら私の法力……つまりは糸くんがその形を覚えているはずだと。そうしてその読みは見事当たった。部屋へと戻って指輪に願い、正方形に切った布地に糸くんに頼んで刺繍を。そこに出来上がったのは、淡く緑に輝くあの呪陣と同じもので。


『……ここが、法力を餌に効果を発揮する動力部分だ』

『……ごめん、全然わかんない』

『だろうな。精進することだ』


 そしてシロ様は自らお手本のような法陣を書くことが出来るプロ。法符の量産もござれである。どの言葉がどういう効果に対応しているかを知っていらっしゃる少年は、仕組みが近いらしい呪陣についてもサクッと把握した。曰く、呪陣は力を流せば陣自らが力を発揮するもの。法陣は陣の力を借りて術者本人が法術を使うのを助けるもの、の違いらしい。

 ガソリンと車で例えてみよう。呪陣の場合はガソリンが人で、車が呪陣。法陣の場合はガソリンが法陣で、人が車。違いと言えばどちらが食いものにされているかという違いくらいなんだとか。ちなみにこれは私が自分なりにシロ様の長いお話を簡易的に纏めたものなので、分かりづらかったら申し訳ない。呪陣は陣の方が主体的で、法陣は人のほうが主体的だと思ってもらえれば間違いはないはずだ。


『ここを書き換えれば……ほら』

『……光らなく、なったね』


 まぁ長ったらしい説明はともかく。結果的に言えば今日も今日とてめちゃくちゃ頼りになるシロ様は、布に刺繍された呪陣を見本に紙に新たな呪陣を書き上げた。人の法力そのものを吸うわけではないので呪陣とも法陣とも言い難い陣らしいが、一応主体的なのが陣の方なので呪陣ということにしたらしい。ちなみにテンプレの方はその後燃やされた。あるだけ危険だから仕方ないが、刺繍してくれた糸くんには少し申し訳なかったり。


『これは込められた法術を元に動く。つまり法力から法術に変換された力でなければ動かない代物だ』

『成程……! それなら人の力を勝手に吸わないってことだね』


 そうして出来上がった呪陣の効果は、法力から法術へと変換された力のみを燃料に動く陣。試しにシロ様が紙を風で切り刻もうとすると、紙は切れることなく姿を消した。しかし私が触れても、あの時の激痛を伴った吸われるような感覚に襲われることはない。実験は成功したということである。これならば法術である星火を燃料にはしても、人の法力を燃料にはできない。

 ……ちなみにシロ様はこうやってテンプレートを少し書き換えることができても、新しい陣を一から作ることは出来ないんだとか。そういうのはレイブ族の専門だと呟くシロ様は、珍しくどこか拗ねていた様子だった気がする。シロ様はシロ様でいいのだと励ましたら、すぐに持ち直していたが。正直言ってこれ以上完璧になられても困るし、というか書き換えることができるだけで十分すごいと思うので言葉は本心から出たものである。私も精進せねばならない。


 ……さて、もう私達が何をしているのかがわかっただろう。つまり、糸くんと私はカモフラージュ用の巾着を並行して作っているというわけだ。糸くんがシロ様が書いてくれた見本を元に十センチ四方の布に呪陣を刺繍し、私がそれを縫い合わせて巾着を作る。ちなみに刺繍は勿体ないが裏側だ。表面に露出させてなにか怪しいものだと勘違いされては困るし。


「……おねえ、ちゃん……?」

「あ、おはようヒナちゃん」


 法力にはまだまだ余裕がありそうだと、手をテキパキと動かしてはお代わりと上から落とされた布を拾い上げつつ。しかしそこで聞こえてきた寝ぼけたような声に、私は手を止めた。声のした方を見れば、ベッドの上では起き上がったヒナちゃんが寝ぼけ眼でこちらを見つめている。疑問の入り交じる素直な眼差しに微笑みつつ、私はちょいちょいとヒナちゃんを手招きした。すると覚束ない足取りながらも、少女はちょこちょことこちらへと近づいてきて。


「起き抜けでごめんね。ええと昨日……ヒナちゃん、星を降らせたいって言ってたよね」

「!……うん」


 ざっとミニ巾着の山を寄せつつ問いかけを。すると寝ぼけていた瞼はぱっと開かれ、こくこくとヒナちゃんは頷いた。どこか期待の込められた赤い瞳はいつだって素直だ。これを断る羽目にならなくてよかったと内心で苦笑を浮かべつつ、私は静かに少女を見つめた。

 綺麗な瞳である。誰かに喜んで欲しい、それだけが瞬く瞳はどんな名のついた宝石よりも美しい光を湛え輝いていた。子供の無邪気。言ってしまえばそれだけで、けれど簡単に薄れてしまうものだからこそ大切にしたいもの。いつか私の無邪気を守ってくれた人が居たように、今度は私が。そう思えば徹夜でミニ巾着を大量に量産することなんて苦にならないのだ。


「でも、いきなり火を落としたらびっくりしちゃう人も居るよね」

「……うん、居ると思う」


 私の言葉にやっぱり駄目なのかな、なんて眉を下げたヒナちゃんに今度は本当の苦笑を浮かべつつ。私はそこで傍で山になっている巾着の方を指差した。するとヒナちゃんの視線はそちらへと誘導され。これはなんなのだろう。きょとんと丸まった瞳が問いかけるさま。それに微笑んだ私は、一つの巾着を拾い上げた。赤い布に白地、黒の紐で纏められたミニ巾着。それを少女の手に落とすと同時に、私は告げる。


「だからさ、これに星火を入れて降らしてみない? きらきら光るお守りとして!」

「え……?」


 一拍置いた後に、返ってきた答えは破顔だった。そう言えば、彼女の答えも伝わるだろうか。返事はYES。陽だまりのような笑顔は、徹夜でしょぼしょぼしていた目にとても良く染みた。

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