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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百十九話「優しさに背中押されて」

「お姉ちゃんっ!」

「わっ……!」


 そうして、果てのない青空が吸い込まれそうな夕焼けに染まった頃。ようやく降りてきたヒナちゃんは、地面に足を着けると同時に私の方へと飛び込んできた。夕焼けよりも真っ赤な翼は未だその小さな背中に生えたまま、腰のあたりにぽすんと着地した温かい体を受け止める。ずっと動き回っていたせいか、ぽかぽかとした体温は服越しにでも伝わってきた。

 

「あのね、あのねっ……! 空、すごく気持ちよくて……! それで、それでね!」

「……ふふ、落ち着いて。聞いてるよ?」

「あ……うん、えへへ」


 きらきら。こちらを見上げる茜色は、夕日の光を帯びて輝く海よりも輝いていて。興奮、高揚、爽快。紡ぐ言葉は拙いけれど、瞳を見れば飛ぶのが楽しかったことは十分に伝わってきた。弾けるような声に合わせてか、遠くなった波が砂浜で弾ける。水飛沫がぶつかり合う音にすらも、ヒナちゃんの声は負けていなかった。

 大層微笑ましい姿のヒナちゃんの頭を撫でつつも、宥めるように一言。するとぱっと瞳を瞬かせた少女は、今度は照れたようにはにかんで。今更になってはしゃぎまわったことが少し恥ずかしくなってしまったらしい。大天使である。無邪気という言葉は今のヒナちゃんのためにあるのではないかと、そんなことを考えてしまいそうになるほど。


「おーいヒナちゃん、翼は仕舞えよ? それも練習だ」

「あ……ごめんなさい」

「いいや。そこまで楽しんでもらえたんなら教師冥利に尽きるぜ」


 いや実際本気でそうかもしれないと、そんな馬鹿なことを大真面目に考え。だって翼があるし、可愛いし、無垢だし。これは間違いなく天使なのでは。しかしそこでレゴさんから掛けられた声によって、彼女の真っ赤な翼は仕舞われてしまった。ふわふわの左耳に触れると同時、まるで幻だったかのように翼は消えてしまう。残ったのは僅かに痕が残る背中だけ。


「お姉ちゃん、ケープ……」

「ああ、そうだね。でも暑くない? そのままでも良いと思うけど……」

「ううん、着たい」


 相変わらず法術というか幻獣人の原理は謎というか。シロ様の耳やら尻尾は法術でしか隠せないというのに、ムツドリ族の翼はまるで当たり前のように仕舞うことができる。傍から見てる分には、仕舞うと言うよりは生やしたり消したり出来るという方が近いかもしれない。まぁあえて理由を考えるとすれば、耳やら尻尾やらに比べて横に広がる翼は邪魔になるからそういう風に進化したと考えるべきか。

 ムツドリ族は愛に生きる一族。孤高のクドラ族とは違い、翼を仕舞うことが他の種と混じり合うために必要な進化だったのかもしれない。そんな合ってるかも定かではない考察を浮かべつつも、私はヒナちゃんの望み通りにリュックから取り出したケープを差し出した。飛ぶのに差し当たり、翼を阻害するからと脱いでいたケープ。運動した直後だから暑いと思うのだが、どうやら本人からしてみれば着ていないと落ち着かないらしい。気に入ってくれたようで製作者としては嬉しい限りである。


「レゴさん、今日はありがとうございました!」

「あ……ありがとう、ございました……!」

「気にすんなって。俺も楽しかったよ。ヒナちゃんのおかげでいつもよりも自由に飛べた感じがしたっていうか……な!」

「わっ……!」


 っと、忘れるところであった。ケープを着たことにかどこか安心したような表情を浮かべるヒナちゃんを横目に、私は翼を仕舞ったレゴさんに向かって頭を下げる。決して暇ではないだろうに、こうして一日と付き合ってくれたレゴさんには感謝しか無い。シュシュ以外にも何かのお礼を送らねば。今日拾った貝殻でリースなんかを作れば、姪っ子さんへのいいお土産になるだろうか。それとも食事を奢らせていただくべきか。

 そんな私の姿を見てか、私が頭を上げると同時にぺこりと頭を下げたヒナちゃん。深々と頭を下げたことでふわっと揺れた髪を見てか、苦笑を浮かべたレゴさんが小さなその頭をかき混ぜる。その言葉には相変わらず裏がなく、表情には太陽のような快活さが滲んでいた。こういう姿を見ると、本当にこの人はカッシーナさんの友人なのだなとそんな当たり前のことを考えてしまう。強くて、温かくて、優しい。正しく類友というやつだ。


「初めてとは思えねぇほど自由に飛ぶもんな。こっちも負けてられねぇなって思ったよ」

「え、えへへ……」

「まぁでも、雲よりは上に飛んじゃ駄目だぞ。そこまで飛んだらヒナちゃんや、ヒナちゃんの大好きなお姉ちゃんたちが危ないからな」

「! はい……!」


 こうして褒めながらも大事な注意を忘れないところなんか、特に。雲よりも高くを飛べば神……リンガ族に目を付けられる。いつか気球の中で教えてくれたそれを、レゴさんはしっかりとヒナちゃんにも教えてくれていたらしい。褒められて緩んでいた顔をきゅっと引き締め、真面目な顔で頷いたヒナちゃん。真面目なヒナちゃんのことだ。いくら飛ぶのが楽しくても、言いつけはしっかりと守るだろう。


「それと今日みたいにぶっ続けで飛ぶのも、慣れねぇ内はお預けだ。するなら俺が居る時にするんだぞ」

「? どうして?」

「子供の頃はいまいち力がセーブできねぇからな。限界ってのがいまいちわかんないんだよ。ふって急に力が抜けて落ちるってことがある」

「えっ……」


 しかし私がうちの子は良い子だな、と親馬鹿ムーブを出来ていたのはそこまでだった。初耳な情報に思わずひゅっと息を呑む。確かに急にエネルギーが切れて倒れるのは子供にありがちな話だ。私とて覚えがある。けれどまさかそれが、飛ぶ時にも発揮されるとは。

 でもよくよく考えれば当たり前かもしれない。アドレナリン、とでも言うのだろうか。ようは楽しいからと走りまくって走りまくって倒れるのが、飛ぶということに置き変わっただけ。ムツドリ族は幻獣人と言えど体力の限界があるし、子供のヒナちゃんならばそれは尚更だろう。保護者としてちゃんと気をつけておかなければ。特にヒナちゃんは我慢強いと言うか、自分の疲れやら痛みやらに無自覚なところがあるのだ。恐らくはこれも、その特質を知っていてこその忠告のはずである。ヒナちゃんというよりは、主に私への。


「……ま、落っこちたとことであいつが居るなら問題なさそうだけどよ」

「……でも、気をつけるのは大切なので」

「……?」


 とはいえレゴさんの言う「あいつ」が居るならば、確かに大丈夫な気はしてしまうのだが。ちらりと視線を、未だフルフに付き合って波打ち際を歩いている小さな背中の方へ。シロ様が居るならば、例えヒナちゃんがエネルギー切れを起こして落っこちてもその瞬発力で拾い上げる事が出来るだろう。とはいえ、負担やら危険はないだけいいのだ。私に出来る最善は尽くさねば。シロ様に頼りっぱなしというのも情けない話だし。


「ピュイ!!」

「……なんだ、見つけたのか」

「ピュピュー!!」

 

 そこで見つめていた方から聞こえてきた、歓喜の鳴き声。シロ様の声は遠く聞き取れないが、シロ様の手のひらで何やらフルフが狂喜乱舞と暴れているのは見える。何か良いものでも見つけたのかもしれない。

 そのまま視線を浜辺の方に固定していれば、傘を持ったシロ様がこちらへと近づいてくるのが見えた。その一歩先をぽふぽふと駆け上がってくるフルフの姿だって。砂浜を駆けずとも、シロ様の肩に乗ったほうが楽だろうに。けれど小さな生き物に理屈は関係ないのだろう。ある種の必死さを持ってこちらへと走ってきたフルフは、そのままヒナちゃんの肩まで跳躍した。某有名な赤帽子のゲームキャラクターもびっくりの跳躍力である。


「ピュ!」

「っ、フルフちゃん……?」

「ピュピュ! ピュイ!」

「……今向かっているだろう。少しくらい待て」


 驚いてか僅かに身じろぎをしたヒナちゃんの肩の上で、興奮したように動き回るフルフ。何かを伝えたいようだが、如何せんその動きから何かを察するのは難しく。そんな私達の反応に焦れてか、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってきていたシロ様の方へ向けてフルフは大きく鳴いた。早くしろ、そう言わんばかりの鳴き声である。尚それで動きを早くするシロ様ではなく、相変わらずその歩みはどこまでもマイペースだったが。


「ほら」

「えっ……」

「こいつが見つけたものだ。お前に渡したかったらしい」

「ピュ!」


 けれどシロ様も鬼ではなく。恐らくはこの中で唯一、言葉も通じない小さな毛玉のやりたいことをわかっていたのだろう。手に広げた貝殻の山の中から、一つの大きな貝殻をヒナちゃんへと手渡したシロ様。ホタテの形状に似ているそれは、拾ったものとは思えないほどにキラキラと宝石のように輝いていた。

 きゅっと細まったてっぺんは真っ赤、そこから下にかけて淡い桃色へとグラデーションしていく貝殻。少なくとも日本では見られない色合いのその貝殻は、成程確かに驚くくらいに綺麗だった。それを目にしたヒナちゃんの瞳の奥が、驚いたようにきゅっと小さくなるほど。自慢気に鳴くフルフ。どうやら小さな小動物は、これを探したくてずっと浜辺を散歩していたらしい。時に波にさらわれ、砂で汚れながらも。


「ピュピュ!」

「恐らく、朝にお前に元気がなかったのを心配したのだろうな」

「あ……」


 綺麗でしょ! そう言わんばかりに今度はヒナちゃんの手のひらに飛んで、貝殻にすりすりと体を寄せるフルフ。それを見ていたシロ様は、小動物の行動への補足を入れた。そう言われれば確かに、ガッドさんの話を聞いた後のフルフは口数少なくヒナちゃんをじっと見つめていたような。てっきりご飯に夢中とばかり思っていたが、この子なりにヒナちゃんを心配していたらしい。だから綺麗な物を見せて、ヒナちゃんに元気を出して欲しかった。

 それを聞いたヒナちゃんの瞳が、ゆっくりと見開かれる。きゅっと噛み締めた唇は、しかし悪い意味で閉じられたものではなかった。泣きそうに揺れる瞳。それを見上げるまんまるの茶色は、どこか不安そうにも見えた。嬉しくない? そう問いかけるような無垢な瞳に何を思ったのだろう。ヒナちゃんは手のひらの中のフルフに、そっと額を合わせた。


「……ありがとう、フルフちゃん」

「ピュ」

「わたし、すっごく嬉しいよ」

「ピュピュ!」


 濡れては砂が付いて、今の状態では決して触り心地が良いとは言えないフルフ。けれどそんなフルフに一切躊躇うこと無く額を預けては、震える唇でぽつりと。ふんわりと微笑んだ少女の横顔は、夕日影に照らされても尚幸せそうなことがわかった。それが伝わってか、不安そうだった毛玉もそこで嬉しそうな声を上げる。


「……お姉ちゃん」

「……うん、どうしたの?」

「あのね、あのね、わたし……」


 ……そうしてヒナちゃんは、私のことを呼んだ。フルフに預けた額を戻しながら、毛玉を肩に手のひらで貝殻を握りしめて。彼女の言いたいことは、聞かなくてもなんとなくわかる気がした。澄み切った表情を見れば、何を聞かずとも全てを悟れる気がしたのだ。

 それでも、あえて。促すように問いかけた私を妨げる人は居ない。勿論、一生懸命に息を吸って何かを言おうとしているヒナちゃんのことだって。レゴさんは全てをわかったような表情で見守ってくれているし、シロ様は海の遠くを見つめている。珍しくフルフも空気を読んだのか、ピュイピュイと間の抜けた鳴き声がその口から漏れること無く。そんな静まり返った赤に染まりゆく海辺で、誰もが彼女を見守る中、ようやくヒナちゃんは自分のしたいことを口に出すことが出来たのだ。


「朱の神楽祭に、出てみたい」


 と。

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